ピッタリの相性だと思って結婚したのに、いざ一緒に住んでみると、どういう訳か思い違いだったと後悔する夫婦がなんと多いことだろう。中には、仲睦まじく一生添い遂げるカップルもいない訳ではないが、そんなケースはごく稀である。殆どの夫婦は、こんな筈じゃなかったと後悔する日々を送っている。結婚する前は、この人だったらお互いの価値観や性格は申し分ないからと、結婚に踏み切ったのである。ところが、結婚生活を送るうちに、何でこんなにも相性が悪いのだろうと後悔するようになり、その思いが益々強くなるのだ。
中には、もう我慢できないと離婚したり別居したりするカップルも少なくないし、そこまですると世間体が悪いと我慢して、家庭内別居や仮面夫婦の日々を送る人が殆どである。どうして、こんなにも相性が悪い結婚相手を選んでしまうのであろうか。どうやら、脳科学的もしくは遺伝子学的に考察すると、敢えて相性の悪い相手と結婚して子孫を設けようとするのが生物としての本能らしい。動物どうしのカップルでも同じことが起きるのであるが、人間の場合はもう少し複雑であると共に、より深刻な相性の悪さを抱え込むらしい。
それが証拠に、何度も結婚を繰り返してしまう人が多い。一度結婚に失敗したとしたら、二度目はより慎重になる筈である。ところが、二度目も失敗すると、三度目も同じように結婚生活が破綻するのである。こんどこそは上手く行くはずだと思って結婚したら、やはり最悪の相性だったと後悔することになるのだ。離婚する原因は、性格の不一致だとするケースが殆どである。つまり、夫婦の性格は不一致になるのが当たり前なのである。相性が最高で、仲睦まじく過ごして一生を過ごす夫婦なんて、例外中の例外なのである。
さて、寄りによってどうして相性が最悪の結婚相手を選んでしまうのかを、遺伝子学的と脳科学的に考察する。人間という生物は、より優秀な遺伝子を持ち生命力が誰よりも強い子孫を残すという宿命を負っている。自分の遺伝子を後世に残すには、自然淘汰されず生き残っていくような心身がタフな子孫を産み育てなければならない。社会の荒波にも負けずに、様々な生存競争にも打ち勝つ遺伝子を持つ子孫を作ることが必要なんだと、無意識のうちに認識している。その為には、自分とはまったく違う遺伝子を持つ異性を選ぶのである。
つまり、自分と同じような遺伝子どうしの異性を選んでしまうと、遺伝子の多様性という面では少々物足りなくて、いざという極限状態が起きた時に生き残れなくなるのである。例えば、精神的に繊細で感受性が強過ぎて神経があまりにも過敏な女性がいたとする。そういう女性が、同じようにセンシティブな男性を選んで結婚したとする。そうすると、子孫はより強いセンシティブなパーソナリティを持つことになり、このあまりにも思いやりがなくて平気で相手を傷つけるような社会では、生きて行けなくなってしまうのである。
その為に、センシティブな女性はどちらかというと鈍感で空気の読めないような男性を結婚相手に選んでしまうのである。その逆のケースもあろう。精神的にか弱い男性が、物事に動じない強いメンタルを持つ女性に惹かれることもある。だから、昔から『破れ鍋にとじ蓋』という諺があるのだ。自分にない遺伝子を持つ相手を、どうしても選んでしまうのである。特に女性は、出会って僅か数秒で遺伝子の違いを体感するというのである。これが、一目惚れである。そして、結婚してからことごとく意見が違う事に気付くのである。
こんな最悪の相性を持つ伴侶を選んでしまったら、どうしたら良いのであろうか。離婚するという選択肢もあることにはあるが、違う相手を選び直してもどうせまた相性の悪い相手を選んでしまうのだから、諦めて家庭内別居とか仮面夫婦を演じて過ごすという選択肢もある。それは寂しいと思う人も多いかもしれない。所詮、どのような夫婦も同じようなものなのだから、割り切って過ごすのもありかもしれない。ちょっと親切なお隣のおじさん(おばさん)だと思って生活するも良いし、宇宙人と暮らしていると思えば腹も立たない。どうしても、相思相愛の恋愛をしたいと思うなら、あまり薦められないが伴侶以外の相手しかいないだろう。