線維筋痛症の原因を考える

繊維筋痛症や神経障害性疼痛はやっかいな疾病である。原因が解らないし、症状が起きるメカニズムも完全に判明していない。したがって治療法も確定していなくて、症状を抑えるための薬物による対症療法しか手がない。どうしてこんな原因不明の痛みやしびれが起きてしまうのか、医療界でも解明できず、不思議な症状として打つ手がない状況らしい。おそらく、他の痛みと違って、脳や神経が疼痛を起こしているのではないかと推測している専門家が多い。したがって、認知行動療法や理学療法で治療を試みているケースが多い。

線維筋痛症の原因を探るうえで、重要な点が存在する。それは、圧倒的に女性の患者が多いと言う点である。男性の患者もいない訳ではないが、圧倒的に少数である。また、子どもにも罹患者がいるという点も注目される。つまり、女性と子どもに多いと言うことは、社会的弱者といってもよい人たちが罹患しやすいということが言えはしまいか。つまり、社会的には強い立場にある男性と大人は罹患しづらく、社会的に弱い立場の人間が罹患しやすいという点が注目できる。ということは、何らかの心因による疼痛だと言えよう。

線維筋痛症の発症メカニズムは、痛みの起きる部位と脳との神経伝達系統における暴走ではないかと考える専門家が多いらしい。痛みというのは脳で認知するとされているが、痛みが起きている部位から脳に痛み信号を送ると共に、逆に脳からも痛みを感じるようにその部位に信号を送っていると考えられている。この双方向の痛み信号をやり取りしながら、痛みが強化されていると考えられている。つまり、脳と神経系統の誤作動(暴走)によって痛みが発症しているとも推測されているらしい。

だから、神経伝達回路を遮断、または阻害する働きをする薬が効果を示すのではないかと思われる。線維筋痛症や神経障害性疼痛は、今までの消炎鎮痛剤では効果が殆どなく、神経回路を臨時的に遮断する薬だけが効果をあげていると言われている。ということは、ある意味、脳がわざと痛みやしびれを起こしているのではないかと捉えることも可能になる。それでは、何故に脳がそんな痛みを起こしているのかという点が注目される。無意識の脳の働きだとしても、自分で自分の身体に痛みを起こすなんて考えられない。

自分の身体に痛みをあえて発症させる意味を深く考察すると、ひとつの仮説を思い浮かべることができる。脳が痛みを起こす理由は、痛みに意識を集中させることで、何かを忘れさせているからではないかという仮説だ。人体という完全なシステムは、意味のないことをしない。システムは自己組織化するし、常に全体最適を目指すのである。無意識の脳は、自分自身を守るために痛みを起こしているのではないだろうか。とすれば、自分の心身の大きな破綻を防ぐ為に、痛みでその破綻を防御しようとしているとしか思えないのである。

そこで、社会的に弱い立場にある女性と子どもが線維筋痛症になりやすいという点が注目される。家庭の中で、女性や子どもの発言力や立場が強くなったとしても、どうしたって男性である夫や父親の発言力のほうが圧倒的に強い。家庭内でモラハラやパワハラの受けるのは、どうしても妻や子どもになりやすい。ましてや、主な収入の担い手である夫や父親に対して、妻や子はどうしても気兼ねしてしまう。夫や父親に対して不満を持ったとしても我慢しなくてはならない。もっと強い感情である、怒りや憎しみを妻や子が持ったとしても、それを表出させられない。この怒りや憎しみを爆発させてしまうと、家族の関係を破綻させてしまう危険があるからだ。

怒りや憎しみが積み重なって、ある一定限度を超えるレベルになれば、爆発させてしまい相手を攻撃する。そうなると、その相手との関係は破綻してしまう。それは絶対避けたいと無意識の脳が選択したのが、痛みに意識を集中させて、怒りや憎しみを忘れさせてしまうという方法であろう。長い期間に渡り腰痛や肩こりに悩ませられている人たちに、身近な人に対して怒りや憎しみを抱いているかと聞くと、殆どの人がそうだと答えることが多い。そして、その腰痛や肩痛は怒りや憎しみから起きているのだと伝えると、痛みが和らぐ。心身の緊張を和らげるボディーワークをすると、痛みが劇的に少なくなる。線維筋痛症は『怒り』から起きているのではなかろうか。

※線維筋痛症は、職場にパワハラ、セクハラ、モラハラを繰り返すような問題の上司に仕える部下にも起きると考えられます。原因不明の痛みやしびれは、問題上司のせいかもしれません。相談をするだけで痛みが和らぐことがあります。イスキアの郷しらかわにご相談ください。問い合わせフォームからどうぞ。

貪欲な生き方は身を破滅させる

個性派俳優で人気のあった新井容疑者が暴行の容疑で逮捕されたニュースは、実に衝撃だった。どこか陰のある脇役がとても似合う、根強いファンのいる渋い俳優であったが、とんでもないことをしたものだ。被害に遭われた女性が実に気の毒であり、暴力や恐怖感を用いて相手を自分の思うままに弄ぶなんて、絶対に許せない行為である。彼の心無い行為によって、多くの作品が放映や上映が出来なくなり、多大な迷惑と損失を与えている。目先の欲望に押し流されたというような弁明で、許されるような行為じゃない。

自宅にセラピストを派遣する、癒し系のサービスをする店があるということにもびっくりした。いくら性的サービスはしないと謳い、性的な行為はしないという確約書を書いたとしても、自宅という密室に異性どうしが二人きりになるのだからリスクは高いだろう。ましてや、身体に直接触れるのだから、性的欲望が高まるだろうとの予測は誰でも可能だ。以前に新井容疑者にサービスをした女性は、インタビューで彼から股間のマッサージを要求されたと答えている。おそらく利用料金は1回20,000円を超えていたであろう。この驚くような高料金も、過剰サービスを求めることに繋がったのではなかろうか。

お店におけるサービスでなく、あえて自宅というリラックスできる場所でセラピーを受ける意味はあると思われる。これだけの高ストレス社会だから、ストレス解消の為に自宅でセラピーを受けたいと思う人も多いに違いない。女性を派遣するサービスではなくて、男性をセラピストにして派遣するなら理解できる。それなら危険性は低くなるし、事故が起きることは限りなく少なると想像できる。それを、男性のお客に対して、あえて若い女性を派遣して、法外な料金を設定してビジネスに利用するというのは如何なものだろうか。こういうビジネスをする経営者の見識を疑いたいし、事件を起こした責任も問われる。

勿論、このような事件を起こした最大の責任は新井容疑者にあるのは間違いない。いくら欲望をそそられるシチュエーションだったとしても、踏みとどまる理性をなくしてはならない。どうして、こんな破廉恥な行為をしてしまったのかというと、彼が欲望を押さえつけることが出来る確かな理性を持っていなかったと言える。それは新井容疑者の価値観にも問題があるだろうし、普段の生活態度にも影響を受けていると推測される。酒に酔っていての犯行らしいが、お酒に溺れるなんて最低の人間である。

よく酒に溺れて身を崩す、または酒の勢いで愚行をしでかした、などということを聞き及ぶことが多い。酒さえ飲まなかったら良い人間なのに、という評価をされる人間がいる。普段はおとなしいのに、酒を飲むと人間が変わって暴れる人間がいる。しかし、脳科学的に検証すると、それは間違いである。お酒によって人格が変わるのではなく、元々持っていた人格が、お酒によって現れるだけなのである。普段は抑え込んでいる本能が、お酒に酔って大脳辺縁系や前頭前野が麻痺することで抑えが効かなくなり、本来の欲望が顔を覗かせるのである。酒を飲まない時は、本来の醜い人格を隠しているだけなのだ。

このようなアルコールを飲酒しての事件、または覚せい剤・麻薬の使用事件を起こすような人間の日常の行動をよく観察してみると、タバコを吸う、過剰飲酒をする、ゲームに溺れる、ギャンブルをする、セックスにまみれる、というような行動を取っていることが多い。つまり、日常からして欲望に溺れてしまうような行動を取っているのである。新井容疑者もまた、このような行動を取りがちだったと報道されている。自分の欲望をしっかりと抑えきれず、煩悩の渦の中に埋没している感さえある人物こそが、人生を破滅させてしまうことが多いのは歴史が証明している。

何も聖人君子たれと言っている訳ではない。過度に欲望を貪るような生活を続けると、危ないぞと警告しているに過ぎない。糖分や栄養を摂り過ぎると糖尿病などの生活習慣病になるし、やがては脳血管障害や心臓血管障害を起こして寝たきりになる。過度の飲酒によって、アルコール依存症や肝臓疾患の危険性が高まる。なにしろ、普段から煩悩を抑えきれない生き方をしている人は、新井容疑者のように欲望に溺れてしまうし、とんでもない身の破滅を生むことになろう。けっして貪欲な日常生活を続けてはならないということを心に刻んで生きていきたいものである。

機能性補助製品の危険性

身体の機能を補助する食品・薬品や製品がブームになっている。機能性補助食品と銘打って大々的に宣伝活動がされている。そして、その機能性補助する商品が次から次へと開発されていて、ビジネス的にも大成功を収めているケースが少なくない。最初は、衰えてしまった身体の機能を援助する薬品や健康食品から始まったらしい。特に、サプリメント類ではそのような機能補助の性格を持つものが殆どである。メタボに効果があるとして、厚労省からお墨付きをもらった機能性補助の飲料品は大量に売れている。

このような機能性補助の飲料水やサプリメントは大人気であるが、果たしてどれだけの効果があるかというと、専門家の間でも評価が分かれている。科学的に考察しても効果がある筈だとお墨付きを与えている栄養学者もいるかと思うと、一時的には効果があったとしても長い目で見るとそんなに効果はなくなるとする専門家も存在する。効果があるなしに関わらず、このような機能性補助商品はあまり副作用もないだろうし、プラシーボの効果もあるからいいんじゃないかとする消極的な評価をする医学研究者もいる。

機能性を補助する食品・薬品だけでなく、機能性を持つ補正下着やコルセット、または機能補助するスポーツタイツなども販売されている。インフルエンザや重症感染症などを予防するとして、殺菌・除菌の製品なども続々と開発されていて、大量に売れている。このような便利な商品は、乳幼児のおもちゃや日常品にも応用されている。特に、清潔さを過剰に追及する神経質なお母さんたちに絶大な支持を受けて、人気を博している。このような機能性補助製品は、実害はないだろうと厚労省や環境省も問題視をしていない。

このような機能性を補助する薬品・食品を始めとした様々な商品は、高齢者や乳幼児などの身体機能が低い方や衰えた方には、それなりに恩恵を与えていることは間違いない。しかしながら、若くて元気な人にこのような機能性補助製品は本当に必要なのだろうか。そして、このような機能性補助製品は、使用し続けることによる副作用は、本当にないのであろうか。ましてや、乳幼児に対して何でもかんでも殺菌・除菌効果のある製品を与えることによる副作用はないのかと心配である。高齢者でも、機能性補助製品に頼り過ぎることによって、本来持つ自らの機能が低下する心配は不要なのだろうか。

ひとつ例を挙げて機能性補助製品の功罪を考察してみよう。スポーツ用品の中で、機能性タイツと呼ばれるものがある。スポーツ専門メーカーや下着専門メーカー各社が開発していて、高齢者のスポーツ愛好者やアスリートに重宝されている。自分でも使用していて、確かにハードなスポーツや登山に大きな効果がある。厳しい登山後に下山する時やゴルフの際に、膝や腰に疲れが溜まってきた時に補助してくれるので、とても助かっている。しかし、この機能性タイツは絶対に日常的に使用してはならないとされているが、その注意事項を知らずに毎日履いている高齢者がいる。これはとんでもない逆効果になり危険だ。

何故かと言うと、この機能性タイツを日常的に着用し続けると、人間の本来の身体機能を劣化・低下させてしまうからである。一時的に身体機能を補助するのは良いが、あまりにも使い過ぎると、人間本来の持っている筋肉の機能が低下する。筋肉や骨格にはある程度負荷をかけないと、成長が止まるし衰えるのである。科学的に考察すると理解できるが、それは人体システムというものが持つ本来の『自己組織化』と『オートポイエーシス』いう働きを阻害するからである。人体システムに対して、あまりにも外部からのインプットがあり過ぎると、アウトプットがなくなるし、自己組織性が失われるのである。

殺菌剤・除菌剤も過剰に使用過ぎると、同じようなことが起きる。西洋医学の薬品も長期投薬をすると同じように、人間の自己組織性を低下させて、人体システムを破綻させて自己免疫力や自己治癒力を低下させてしまう。機能性補助製品を長期間使用すると、人間が生来持っている自己免疫力や自己治癒力を低下させてしまうのである。機能性補助製品というのは、便利であるし効果もあるとされているから、どうしても利用したくなるのは理解できる。しかし、長期に使用したり安易に乱用したりすると、人間の本来持っている機能を低下させる危険性があることを認識して使用すべきである。

ひきこもりは老化が進み早死に

ひきこもりの方は、あまり外出しないし運動をする習慣がない傾向にある。運動が大好きだというひきこもりの方は殆どいない。当然運動不足になる。運動をしないと、人体というシステムがとんでもない方向に向かってしまうという真実を知らない人は意外と多い。骨折して寝たきりになった高齢者は、急激にQOL(生活の質)が低下してしまうことは広く知られている。認知症になる人も少なくないし、筋肉量の低下、骨密度の低下、消化器や循環器の低下、免疫力の低下まで起きてしまう。運動が出来ない故に起きる反応であろう。

こういうQOLの低下は、運動しないことによる影響だということは知られているが、何故こういうことが起きるのかを医学的に正しく認識している人は少ない。運動しないことによる老化は、骨に関連するホルモン(神経伝達物質)によって進むということが解明された。そのホルモンとは、スクレロスチン、オステオカルシン、オステオポンチンという三つの神経伝達物質である。スクレロスチンとは骨を増やす骨芽細胞の増減に関わっている。その骨芽細胞からは人間の老化に関係するオステオカルシンとオステオポンチンというホルモンが作られているのである。

骨芽細胞から産出されたオステオカルシンが、血液によって脳の海馬まで運ばれて、海馬を刺激する。そうすると海馬の働きが活性化するだけでなく、海馬の細胞も増加して大きくなるという。反対に骨芽細胞が少なくてオステオカルシンが分泌されないと、海馬の働きは衰え、海馬の体積も縮小するという。極端に海馬が委縮すると、記憶力が極端に低下してしまい、認知症にもなりやすい。つまり、骨芽細胞の多い少ないが、脳の老化を進めるかどうかを決めているというのである。

それだけではない、オステオカルシンが筋肉組織に届くと、筋肉組織の細胞を増加させて、筋力を上昇させる。さらに、オステオカルシンが精巣に届くと、テストステロンというホルモンを活性化させ、精子の生産力を向上させる。生殖能力を高めるのだ。一方、骨細胞から分泌されるオステオポンチンというホルモンが、人体の各組織に送られて、免疫力が活性化される。オステオポンチンが不足すると免疫力が低下して、ガンや生活習慣病、または重篤な感染症を引き起こすのである。

どうして骨が人体の老化を支配するのかというと、どうやら骨の状況によって寿命を延ばすかどうかを決めているのではないかと見られている。どういうことかというと、骨の密度が低下して骨粗しょう症の状況になってくると、もう無理して長生きさせる必要がないと記憶力や免疫力を下げるのかもしれない。さらには、筋力も低下させてしまうし生殖能力も必要ないと判断するのであろう。骨の状態を見て、少しずつ老化をさせて死を穏やかに迎えさせる準備をするとも言える。ある意味、高齢者には残酷なシステムとも言える。

その際、若返りをさせるオステオカルシンやオステオポンチンというホルモンを出す骨芽細胞を増やすかどうかを決めるのが、スクレロスチンというホルモンである。このスクレロスチンが骨細胞を作るかどうかのアクセル役とブレーキ役を果たしている。スクレロスチンが多いと破骨細胞が多くなり骨芽細胞が減少する。逆にスクレロスチンが少ないと破骨細胞が少なくなり骨芽細胞が増加する。つまり、スクレロスチンが少ないと骨細胞が増えるし、スクレロスチンが多くなると骨細胞が少なくなることが判明したのである。

スクレロスチンを少なくすれば、骨細胞を増やして老化を防げるし若返りも可能になる。このスクレロスチンの分泌量の多い人と少ない人の研究調査をしたら、運動する人が多いことが判明した。その運動も、骨に対してショックを与えるような運動こそ効果が高いという。つまり、ただ歩くだけでなく、走る、ジャンプする等、骨に対して負荷をかけることで、スクレロスチンが少なくなることが判明したのである。運動不足の人はスクレロスチンが増加して老化させて死に向かわせる。これは若者だって例外ではない。どんな運動が良いかというと、バレーボールやバスケなどが最適だが、ひきこもりの方にはチームスポーツは合わない。とすれば、軽い縄跳びや登山などがよいし、軽いジャンプをするダンスなども勧められる。ひきこもりは、病気になりやすいし老化が早まり長生きできないということであるから、少なくても運動することを薦めたい。心を動かすためにも、身体を動かすことが必要である。

 

骨が人間の寿命を決めている?

人間の寿命は骨が決めていると言ったら、医学的常識では考えられないことであるし、そんなこと絶対ありえない話であると思うことだろう。世の中の医療関係者、特に殆どの医師は寿命を骨が決めているというエビデンスがないと主張するに違いない。人間の寿命が骨によって決められているというのは、今までは考えられなかったことである。しかし、最新の医学研究によって、人間の寿命を『骨』が決めているという衝撃の事実が判明した。

最先端の医療研究で、骨が人間の寿命を決定していることが証明された。その科学的根拠も明らかになっている。勿論、寿命は骨だけで決めている訳ではない。けれども、骨の状況が寿命を延ばすか、それとも寿命を縮めるべきなのかの重要な決定をしているというのは確かなのである。骨密度が高いのか、それとも骨密度が低いのかによって、人間の老化を進めるのか、それとも老化を阻止するのかを決めているというのは事実である。

人間の老化を促進させてしまうシステムは、骨に関連するホルモン(神経伝達物質)によって動いているという。そのホルモンとは、スクレロスチン、オステオカルシン、オステオポンチンという三つの神経伝達物質である。スクレロスチンは骨芽細胞を増やすか減らすかの決定をしている。そして、その骨芽細胞からは人間の老化に関係するオステオカルシンとオステオポンチンというホルモンが作られているのである。

骨芽細胞から産出されたオステオカルシンが、血液によって脳の海馬まで運ばれて、海馬を刺激する。そうすると海馬の働きが活性化するだけでなく、海馬の細胞も増加して大きくなるという。反対に骨芽細胞が少なくてオステオカルシンが分泌されないと、海馬の働きは衰え、海馬の体積も縮小するという。極端に海馬が委縮すると、記憶力が極端に低下してしまい、認知症にもなりやすい。つまり、骨芽細胞の多い少ないが、脳の老化を進めるかどうかを決めているというのである。

それだけではない、オステオカルシンが筋肉組織に届くと、筋肉組織の細胞を増加させて、筋力アップにも寄与するらしい。さらに驚くのは、オステオカルシンが精巣に届くと、なんとテストステロンというホルモンを活性化させ、精子の生産力を向上させるというのである。また、骨細胞から分泌されるオステオポンチンというホルモンが、人体の各組織に送られて、免疫力を高めるのに役立っているというのだ。オステオポンチンが不足すると免疫力が低下して、ガンや生活習慣病、または重篤な感染症を引き起こすのである。

どうして骨が人体の老化に関係しているのかというと、どうやら骨の状況によって寿命を延ばすかどうかをコントロールしているのではないかと見られる。どういうことかというと、骨の密度が低下してスカスカの状況になってくると、もう無理して長生きさせる必要がないと記憶力や免疫力を下げるのかもしれない。さらには、筋力も低下させてしまうし精力も必要ないと判断するとみられる。骨の状態から判断して、少しずつ老化をさせて死に至らせる作用が働くのではないかと推察できる。ある意味、残酷なシステムとも言える。

その際、オステオカルシンやオステオポンチンというホルモンを出す骨芽細胞を増やすかどうかをコントロールするのが、スクレロスチンというホルモンだという。このスクレロスチンが骨細胞を作るかどうかのアクセル役とブレーキ役を果たしている。スクレロスチンが多いと破骨細胞が多くなり骨芽細胞が減少する。逆にスクレロスチンが少ないと破骨細胞が少なくなり骨芽細胞が増加する。つまり、スクレロスチンが少ないと骨細胞が増えるし、スクレロスチンが多くなると骨細胞が少なくなることが判明したのである。

ということは、スクレロスチンというホルモンを少なくすれば、骨細胞を増やして老化を防げるということである。もし、スクレロスチンを減少させることが出来たら、若返りすることも可能になるのである。このスクレロスチンをどうしたら減少させることが出来るのかを研究したら、運動することでそれが可能になるということが判明した。その運動も、骨に対してショックを与えるような運動こそ効果が高いということが解った。つまり、ただ歩くだけでなく、走る、ジャンプする等、骨に対して負荷をかけることで、スクレロスチンが少なくなることが判明したのである。骨に強い刺激を与える運動が老化と死を防止して、健康で長生きさせるのである。

 

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味覚異常による深刻な危険性

日本人に味覚異常、または味覚障害が急増しているという。なにしろ、若者たちは味の濃い料理しか美味しく感じないというから困ったものだ。それも刺激的な味の食事しか美味しくないというのだから深刻だ。チェーン店で提供されるファストフードは、塩味が強く甘みが濃いものでないと売れない。インスタント食品も塩味が強くて辛いものがもてはやされる。食べログなどで点数が高く人気のある飲食店で食べる食事なんて最悪である。素材の味が感じられなくなっているほど化学調味料で胡麻化しているだけだ。

清涼飲料水やお菓子なども同じである。甘味や塩味は限界を超えている。コンビニ店で販売されているコーヒーなんて最悪である。コーヒー色がついた、ただ苦みとえぐみだけで、粉っぽいお湯を飲まされている気分になる。コーヒー本来の旨味・甘味・酸味なんて皆無である。あんなコーヒーもどきの水を美味しいと毎日飲んでいるのだから、味覚異常は相当に酷い。そして、深刻なのは自分が味覚異常だと気付いていないことだ。

味覚異常は若者だけに限ったことではない。高齢者にも多いのである。長期間に渡り糖尿病の治療を受けている人や生活習慣病で長期投薬を受けている高齢者にも味覚異常が多い。塩味が感じられなくなっているから、醤油やソースを大量に使用する。砂糖を大量に入れて煮物などの料理を作らないと美味しく感じられない。味覚異常が深刻になると、食べ物が美味しく感じられなくなり、摂食障害までも引き起こす。栄養失調にもなってしまう。

このような味覚異常者が増えてしまうと、飲食店の料理人や食品企業の商品開発担当者が味覚異常者であるというケースも出てくる。ましてや、大多数の消費者が何らかの味覚異常であるとするなら、味覚異常の提供者が味覚異常のある消費者に販売しているという構図になってしまう。これでは、正しい味覚を持った人に美味しい食が提供されなくなってしまうのである。日本の伝統的食文化が、味覚異常によって破壊されてしまうではないか。

味覚異常はどうして起きるのかというと、化学調味料や大量の食品添加物などによる原因もあろうが、亜鉛の欠乏によっても起きると言われている。日本人の食生活は乱れている。偏った食事にもなっているし、ファストフード、ジャンクフード、インスタント食品、コンビニの弁当・おにぎり・惣菜で賄っている人が多い。当然、亜鉛の不足した食事になっている。また大量の農薬・化学肥料を用いて生産された農産物は亜鉛が欠乏している。さらにある種の食品添加物は亜鉛の摂取を阻害しているのである。

こうした味覚異常は、さらなる偏食を助長していく。そうなると、亜鉛不足は益々深刻になるばかりでなく、腸内環境も悪化する。胃腸の不具合は日常化し、便秘や下痢で苦しむ人が増加している。腸内環境が悪化すると、うつ病などの気分障害も発症しやすいし、肥満になりやすい。亜鉛不足は性ホルモンの異常を来たすので、男女共に性不感症になりやすい。皮膚炎やアレルギー疾患も引き起こしやすい。生きる気力さえ失うことが多い。

味覚異常を亜鉛のサプリメントで補い改善するという方法があるが、いろんな副作用も報告されているので薦められない。やはり、食生活の改善で亜鉛不足を解消するしかない。まずは、食生活において食品添加物の少ない食品を食べることである。また、なるべく農薬や化学肥料の少ない農産物を食べることを薦める。そのうえで、亜鉛の含有量が多い食品、牡蠣、牛肉、豚レバー、鶏肉、いわし、鯖、抹茶、大豆製品などを摂取することだ。是非とも薦めたい食材は、天然の山菜である。わらび、ぜんまい、こごみ、うど等の春の恵みである。特に多いのはコゴミ(クサソテツ)だ。もし春に沢山採れたら、冷凍または乾燥して保存するとよい。コゴミを食べるとアレルギー症状が軽減する。

味覚異常は、正しい食生活をしてストレスを貯めないようにすると、治ると言われる。強度のストレスがあると、唾液の分泌が減って味蕾(みらい)の働きが悪くなると言われている。また、多少まずいと感じても化学調味料に頼らず、薄味の食事に慣れることである。外食を控えて、自分で伝統的な和食を中心にした食事を摂るとよい。カップ麺を美味しいと感じて、毎日カップ麺を食べないと気が済まなくなっている人は、間違いなく味覚異常だと思われる。カップ麺依存症は、人生をだいなしにしかねない。味覚異常は深刻な異常ではないと思って放置すると、数年後にとんでもない痛い目に遭うことであろう。

精神疾患は脳のせいじゃない!

メンタルの不調や精神疾患は、脳の不具合から起きると殆どの人は思っている。精神科医やセラピストさえも、脳の器質的な機能障害からメンタルの不具合を起こすと思い込んでいる。確かに、精神医学の世界では長年に渡ってそう教育してきたし、脳神経学の研究でもそのように発表されてきたのだから仕方ないであろう。脳内における神経伝達物質(脳内ホルモン)の分泌や受け渡しの不具合が起きて、精神疾患が発症するとされてきた。しかし、最新の医学研究ではそれが間違いだと判明したのである。

勿論、脳原因説が全面否定された訳ではない。ごく一部においては、脳の機能障害による影響があるのは間違いない。しかし、それは限定的であり、メンタルの不調は人体における全体のネットワークシステムの不具合により起きるというのが真実である。それなのに、脳の機能障害によって起きるのが精神疾患だと思い込んでいる精神科医やセラピストがいて、その脳原因説にいまだに固執していて、クライアントを治療しているのは非常に残念である。患者さんたちが可哀想で仕方がない。

精神科医の9割以上は、精神疾患に対して投薬治療を行っている。その薬剤は、脳に働く機能を持つ。精神症状はその投薬によって少しは効果がある場合が多い。しかし、その効果は限定的であるし、症状が緩和されることはあっても完治することはない。あくまでも症状を緩和する効果しかないし、次第に投薬量が増えるケースが殆どである。ましてや副作用が深刻であり、便秘や低血圧、肝機能障害というような副作用に対して、さらに薬剤投与が増える。患者はクスリ漬けにされてしまうのである。

投薬治療による効果が何故あまり上がらないのかというと、脳の機能障害が精神疾患の原因ではないからである。確かに脳の神経伝達系の異常が起きているのは、間違いないと思われる。しかし、脳の神経伝達系に働く薬を投与すると、その薬の効果を減少させようという人間の恒常性が働いてしまう。人間の脳における恒常性を保つ機能があって、そうしなければならない訳があって神経伝達系の異常を起こしていると思われる。人間全体を守る為に異常を起こしてしまっているのである。それを無理やり投薬によって直そうとすると、逆に異常を強める働きが起きると考えるべきである。

日本における精神医療において、抗うつ剤や向精神薬が大量に用いられている。そして、それらの投薬治療によって精神疾患の患者は増えることはあるものの、完治して離脱する患者は殆ど存在しない。この事実だけでも投薬治療が無駄であるばかりでなく、患者を益々苦しめているのは間違いないであろう。精神疾患が起きる原因が脳の機能障害にないのだから、治療方針や治療計画が間違っているのである。投薬治療をすべて否定している訳ではない。緊急避難的に短期間使用するケースがあるのも承知している。しかし、何ケ月や何年にも渡り同一薬剤による投薬治療を行うべきでない。患者と治療者は一刻も早くその間違いに気付いてほしいものである。

メンタル不調や精神疾患を発症する原因は、人体におけるネットワークシステムの不具合である。人体には37兆2千億個の細胞がある。細胞どうしがネットワークを持っていて、過不足なく協力し合って働いている。また細胞によって組成されている臓器、骨格、筋肉組織は同じく親密なネットワークを組んでいて、人体の全体最適を目指している。誰かに命令指示されている訳でもなく、細胞や組織自体が自発的に主体的に働いている。セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、オキシトシンなどの神経伝達物質は、人体の適切なネットワークによって生成されて必要箇所に適量が運ばれる。

食べ物、環境因子、人間関係のストレスなどが不適切な場合に、そのネットワークが不具合を起こすのである。例えば、食品添加物、農薬、化学肥料が含まれた食事が腸内環境を悪化させると、体内ネットワークの不具合を起こすことはよく知られている。精神疾患だけでなく様々な身体的疾患もまた、人体におけるネットワークの不具合で起きることは最近知られるようになった。さらに人体のネットワークシステムの不具合は、社会における人間どうしのネットワーク(家族関係等)が希薄化したり劣悪化したりすると起きることが判明している。このネットワークを正常に戻したり再生したりすることが、メンタル不調や精神疾患を治すということを認識してほしいものである。

見返りを期待すると病気になる?

見返りを求めると病気になるなんていうと、大きな誤解をされそうだ。おそらく、私は見返りを求めたことがないのに病気になっていると、おおいに憤慨する人も多いに違いない。確かに、それぞれの行動する際に、見返りを期待している人はいないであろう。見返りというのは、そういう意味ではない。何かを期待して行動するということではなくて、知らず知らずのうちに、何らかの謝意や評価、または好かれたい自分を密かに期待しているという意味である。無意識における期待のことである。

家庭においては、子どもやパートナーに対して何も見返りなんか求めていないと言い切る人が殆どであろう。ただ、何も期待することなく世話をしたり家事育児をしたりしていると思っているに違いない。しかし、自分の心のうちを冷静に観察してほしい。どこかで、感謝の言葉や家族から好かれる自分をそっと期待していないだろうか。毎日せっせと家事育児をこなすとか、収入を得るのに仕事に精を出していても、それを当たり前のように思っている家族に何となく違和感を覚えていないだろうか。

職場において、家庭を犠牲にしても仕事第一で、身を粉にして働いているのに、正当な勤務評価を得ていないと不満を持つ人は多いことであろう。人一倍努力しているのに、待遇や昇進が思うように向上しないことに苛立つ人も多いに違いない。職場の同僚や上司には、いろんな気遣いや思いやりを持って接しているのに、どうして自分が他の人から疎まれるのは納得できないと思っている人もいることだろう。職場では何も見返りを期待する訳ではないが、無意識のレベルでは求めているものがあると思われるのである。

このように、職場でも家庭においても、意識して見返りを求めている訳ではないものの、無意識下においては淡い期待をしていることはあるだろう。実は、この淡い期待というのが叶えられないことによって、人間の心身にダメージを蓄積して行くのである。職場や家庭というには、日常性である。毎日、この淡い期待が裏切られていく生活の積み重ねこそが、心身の疾病に繋がっていくと想像する。意識していない怒りや憎しみ、悲しみや寂しさが、神経伝達系のシステム異常、自律神経の乱れや免疫システムの破綻を起こすと思われる。

どうして見返りを求める生き方が心身の疾病に繋がるのかを、科学的に解明してみたい。人間の細胞は60兆個あると想像されてきたが、どうやら37兆2千個だと解明されたようである。そして、医学や生物学、分子細胞学などの研究が飛躍的に進歩した。今までの医学常識が覆されるような大発見が起きているのである。それが、細胞の自己組織性である。近代医学においては、人体のシステムというのは脳からの指示命令によって各臓器や各組織がその機能を発揮しているものと思われてきた。その各組織や臓器を形成する細胞もまた、脳からの何らかの指示命令を受けているものと考えられてきたのである。

ところが人体システムが科学的に解明されてくると、どうやらそれは完全な間違いだったことが判明したのである。細胞そのものが、誰からも指示命令されずに、主体性・自発性・責任性を持って、人体全体の最適化の為に働いていることが解明されたのである。これをシステム論的に言うと、自己組織性と呼ぶのである。テレビ東京系列で放映されている「働く細胞」というアニメをご覧いただければ一目瞭然である。例えば白血球は、誰にも指示されていないのに、人体の生命システムを守る為に、自分を犠牲にしてでもウィルスやばい菌と戦うのである。つまり、『見返り』を一切求めず、自己犠牲を厭わずに日々働いているのである。

人体を構成する細胞が自己犠牲を厭わず、見返りを求めずに活動しているのである。それなのに、人間がたとえ無意識とはいえ、見返りを求める生き方をしたらどうなるのか。そして、その期待した見返りが叶えられないことを不満としたらどうなるであろうか。細胞や各臓器と組織が自己組織性を持って働き続けているのに、全体である人間がシステムに反する生き方をしたら、人体における免疫システムの異常や神経伝達系システムの破綻が起きるのは、火を観るより明らかである。見返りを無意識下でも求めない生き方、つまりは与え続けることを無上の歓びと感じる生き方をすれば、細胞の自己組織性と同じ生き方になる。そうすれば、心身がすこぶる健康になり疾病になることはないのである。

妻の寿命は夫が握っている

妻の寿命は夫が握っているなんてことを言うと、世の中の旦那さまからクレームが来るに違いない。そんなことはない、寿命は自分が決めている、または神様がお決めになっていると主張する男性が多いと思われる。妻の立場にある女性の多くも、そんなことはあり得ないと反論することであろう。ところが、多くの奥様たちは知らず知らずのうちに、旦那さまの言動によって心身共に傷つけられ痛めつけられ、身体疾患や精神疾患に苦しんでいる。そして、旦那さまによって寿命が縮められているということさえ自覚していない。

奥様を傷つけている旦那さま自身も、自分がそうしていることを自覚していない。つまり、夫婦が共に傷つけて傷つけられていることを自覚していないことが問題なのである。例えば、女性特有の疾病である、子宮筋腫、子宮がん、卵巣嚢腫、乳がんなどは、夫からの行き過ぎた『介入』により発症していると言っても過言ではない。独身の方も発症しているケースもあるが、それは親か上司による介入で起きている場合が多い。『介入』していない場合もあるが、それは『無関心』という態度で傷つけているのである。

介入と無関心(無視)とはどういうことなのか、具体的に示すとこういう態度である。介入とは、指示、指導、圧力であり、それが酷くなると所有、支配、制御の態度になる。つまり、夫が妻に対して、様々な言動で自分の思い通りに操ろうとするのである。妻の自由を奪い、まるで操り人形のように支配するのである。そんなことはないと言うかもしれないが、当事者たちも気付いていないだけである。勿論、夫婦お互いが尊厳を認め受け容れて愛を与えている例外もあるが、殆どの夫婦は夫が妻を支配しようとしている。

無関心(無視)の態度とは、妻の話を聞かないとか妻の姿や行動に関心を持たないという態度である。そんなことはないと夫は主張するかもしれないが、多くの夫は「あんたは私の話をちっとも聞いてくれない」と言われていることだろう。聞いているふりははしているかもしれないが、傾聴と共感の態度で聞かなければ、聞いているとは言えない。また、妻が美容院に行ってきた際、精一杯おしゃれをした時に、「それ似合うよ」と言う夫がどれほどいるだろうか。または、自分の意に添わない時に不機嫌な態度や沈黙してしまうことがあるが、これが無関心・無視の態度である。

人間という生き物は、本来自由であり自律性を持っているし、関係性をもっとも大切にして生きる。それが、夫によって支配され制御され無視されたとしたら、妻の心身はボロボロに傷付いてしまうということは容易に想像できる。妻は、夫から愛されていないし嫌われているのではないかと思い込んでしまう。それは私が悪いからではないかと、自分を責めるのである。そうすると、メンタルはボディブローのように毎日痛め続けられる。そのため、身体の血流やリンパの流れの循環機能だけでなく、人体のネットワークの不具合を起こして、臓器や筋肉組織の石灰化が起きて病気になると考えられている。

これが妻の寿命を夫が握っているというエビデンスである。夫源病という疾病があると主張しているドクターが存在する。妻が夫の機嫌を損なわないように一喜一憂しながら生きていると、様々な不定愁訴が起きて、やがて重篤な身体疾患に発展するというのである。これもやはり夫が妻の寿命を決めている証左である。ということは、妻が病気になるかどうかは、夫の態度次第ということになる。介入と無関心の態度をすることを改めないと、夫は妻を早く失ってしまうということになり、孤独になるということだ。

老後を一人で生きるというのは寂しいものである。仕事をリタイアして夫婦で余生を楽しもうと思ったら、妻が他界していないとしたら、詰まらない老後を生きることになる。または、もう我慢がならないと妻が定年を機に家を出て行くことがあるかもしれない。そんなことがないように、夫は妻の話を傾聴し共感することから始めてみてはどうだろうか。妻の寂しさ悲しさ苦しさを我がことのように聴いて、自分のことのように悲しむことを慈悲と呼ぶ。まさに慈悲の心を発揮して、妻が喜ぶことや満足することを精一杯提供しようと心を入れ替えることを薦める。そして、妻を所有・支配・制御することなく、自由を満喫させることである。そうすれば、いつまでも妻は若々しく元気で健康で長生きすることだろう。

オープンダイアローグはコミュニティケア

オープンダイアローグ(OD)が精神疾患や精神障害だけでなく、様々な社会問題の解決に対しても有効だと言える。例えば、組織における関係性の欠如から、組織の不健全化や崩壊が起きるケースがある。その際に、ODの手法を活用した日常のミーティングを徹底して行うことで、見事に関係性が復活することになる。行き過ぎた業績評価で社内競争が激烈になって、社員どうしが劣悪な関係になることはしばしば起きる。そういう時に、ODの手法でミーティングや会議をすると、社員どうしの協力関係ばかりでなく信頼関係が構築され、会社全体の業績が驚くほど回復することになる。

サッカーの日本代表がハリルホジッチの時は、選手間の連携がうまく機能せず、バラバラであった。西野監督がOD的手法で対話を重視してミーティングを活用したら、見事にチームが一丸となり、あの活躍となったのである。また、家族関係がぎくしゃくしてバラバラになることはよくあることである。この際に、ODの手法を活用して家族全体のミーティングを行うと見事に家族の関係性がよくなる。勿論、夫婦関係においてもOD的会話を心がけるだけで、見違えるように夫婦関係が改善する。会話が少なくて、親子関係が希薄化しているケースでもODが有効だ。ひきこもりや家庭内暴力が起きている家庭でも、ODで改善すると思われる。

何故ODによって社会問題が解決するのかというと、その問題がコミュニティの構成要素そのものにはなくて、その構成要素間(関係性)にこそ問題が存在するからである。様々な社会問題が起きる原因は、端的に言うとコミュニティが機能していないか、または崩壊しているからである。そして、このコミュニティの本来の機能が停止または停滞しているのは、関係性が希薄化しているか低劣化していることによる。コミュニティはひとつのシステムである。第三世代の最新システム論から言うと、家族というコミュニティが機能不全に陥るのは、関係性というネットワークが希薄化し、お互いが支えあうというシステム本来の働きが鈍るからである。

コミュニティというシステムの構成要素である個とか課・部そのものには自律性があり、オートポイエーシス(自己産生・自己産出)が働くはずなのである。したがって構成要素は、本来アクティビティ(主体性・自発性・責任性)を持ち、しかも自ら進んで自己組織化(関係性=ネットワーク化)する。さらにはオートポイエーシスにより、自らが自己進化や自己成長を遂げるのである。コミュニティというシステムは、本来自律的に全体最適を目指すのである。ところが、何らかの原因で、自己組織化の働きが鈍ることがある。そうなるとシステム全体に不具合を起こすのである。

例えば、夫婦関係の破綻や親子関係の憎悪感情など起き、家族がバラバラになり、不登校やひきこもり、または家庭内暴力などの問題が起き続ける。やがては、家庭というコミュニティは機能不全に陥る。企業も同様であり、地域もそして国家というコミュニティも崩壊してしまう。家族というコミュニティが崩壊するのは、個に問題があるからだと誤解されやすいが、そうではなくて個と個の関係性の劣悪さが問題を発生させていると見るべきである。個をいくら治療や指導教育しても改善しないのは、家族というシステムの関係性が希薄化している為に機能してしないのからである。

この関係性を良好なものに再構築することが出来たとしたら、コミュニティというシステムが本来の機能を取り戻すことが出来る筈だ。その豊かな関係性を取り戻す唯一の方法が、お互いが否定せず共感するだけの対話を続けるという、共通言語を紡ぎ出すODである。ODは構成要素である個の、一方だけの優位性を発揮させない。OD的ミーティングでは、すべて平等に取り扱うから、一方的な指示・命令・支配・制御がない。あくまでも構成要素である個が、自ら気付き学び自らアクティビティを発揮するのを待つだけである。構成要素どうしがお互いに支えあうコミュニティを創造するのである。そういう意味では、オープンダイアローグとはコミュニティケアであるとも言える。

現代ではコミュニティが機能不全に陥っていると言われている。家族の心がバラバラになりコミュニティとして機能していない。不登校、ひきこもり、児童虐待、家庭内暴力、モラハラ、などの様々な問題が起きている。企業においても不祥事が相次いでいるし、経営破綻も起きている。地域においても、お互いが支えあうという共同体意識がなくなっている。国家や官僚組織だって、モラルが欠如して収賄や文書偽造などが発生している。こういうコミュニティの機能不全をOD的な日常会話やミーティングが解決するに違いない。ODによるコミュニティケアが進化を遂げて、愛が溢れる関係性が構築され、お互いを支えあう社会が必ず実現すると確信している。

 

※家族の問題解決、または企業の問題解決にオープンダイアローグが効果を発揮します。オープンダイアローグを学びたいという方は、お問い合わせ願います。「問い合わせ」のフォームからご質問ください。