元々強大な不安や恐怖感が根底にあって、何度も大きな失敗や取り返しのつかないミスが起きてしまい、これ以上そんな状況が続くと、自分自身を破綻させる危険を防ぐ防衛反応としてイップスが起きるということを説明した。この背側迷走神経の暴走によるシャットダウン化は、メンタル疾患や自己免疫疾患を起こすことも非常に多い。イップスは治療が困難である。非常に治りにくい。プロを辞めるか、スポーツを諦めるしかなくなる。
イップスやジストニアが治りにくいのは、迷走神経が関係しているからである。自分の意識で何とか改善させることが、極めて難しいのである。一旦、背側迷走神経による心身のシャットダウン化が起きてしまうと、現代の医学ではどうしようもない。この遮断状況を解決しようと、投薬治療やカウンセリング・セラピーを実施したとしても、迷走神経はこれらのアプローチを跳ねのけてしまうのである。しかし、イップスやジストニアを克服するのは不可能ではない。適切で懇切丁寧なサポートをすれば、時間は長くかかるが克服できる。
どうすれば克服できるのかというと、まずは根底にある不安や恐怖感を持ちやすい気質を改善することが必要である。とは言いながら、この不安や怖れを強く持ち過ぎるという気質は、幼い頃からの育てられ方に起因しているので、解決するのは困難である。両親のどちらかまたは両方が、子どもに対して強い干渉や介入を繰り返しながら育てると、優秀な学業成績を収めるし、運動選手としても成功しやすい。ところが、その代償として自己組織化の能力が低下すると同時に、不安や怖れを人一倍抱きやすい大人になってしまうのである。
こうしてはいけない、こうすると駄目だ、このようにすると失敗すると、親が子に対してマイナスの未来を示して、それを避けることだけの子育てをすると、子どもは健全に育たない。誉めて認めて育てて、どうすれば上手く行くのか一緒に考えようと、プラス思考的な子育てや指導をすれば、不安や怖れを強く持つことはない。多少の失敗や逃避をしたとしても、または問題行動をしたとしても、強く叱らずに大目にみることが大事である。失敗しても叱らずに、今度は上手く行くよと励まして育てれば、不安や恐怖感を持たない大人になる。
脳科学的にこのことを検証すると、よく理解できる。安心・快楽ホルモンであるオキシトシンホルモンが関係している。乳幼児期にあまりにも強い介入や干渉(しつけ)を繰り返すと、オキシトシンホルモン受容体が作成されない。無条件の愛である母性愛をたっぷりと注がれて、いつもスキンシップをされて育つと、オキシトシンホルモン受容体が沢山出来て、不安や怖れを感じなくなる。オキシトシンホルモンが沢山取り込まれると、幸福ホルモンであるセロトニンホルモンも分泌され、益々安心感が強くなるのである。
このように、いつも不安や恐怖感を持つ人というのは、オキシトシンホルモンが不足しているのである。ということは、もう一度小さい頃からの愛情たっぷりの子育てをやり直すことが必要だが、現実的には無理だ。だとすれば、親に代わる誰かが、無条件の愛情を注いで安全と絆を提供するしかない。この安全と絆を提供できる臨時的な『安全基地』が傍にいて、無条件の愛をたっぷりと注いであげれば、時間はかかるけれど不安や恐怖感を持ちやすい気質を改善出来よう。この安全基地の存在は、精神的にも安定していて包み込むような豊かな包容力を持ち、どんなことを言われてもされても揺るがないメンターライゼーション能力を持つ人物であらねばならない。
イップスを起こす人間は、スランプにも陥りやすい。運動の世界だけでなく、生活の場面でも社会全般においても、スランプを起こしやすい。そうした屈折した心理を抱えているので、精神的に不安定なこともあり、反抗・反発しやすい。そうしたことをされても、けっして見離さずに、寄り添い続ける覚悟が必要である。こうして安全基地が寄り添い、無償の愛を注ぎ続ければ、背側迷走神経のシャットダウンは解けて、不安や怖れを感じなくなり、イップスやジストニアは克服できる。人生におけるスランプも容易に乗り越えられる筈である。