NHK朝ドラ『あんぱん』が面白い。前期の『おむすび』があまりにも詰まらなかったという反動もあるが、朝ドラを鑑賞するのが楽しみになっている。ご存知の通り、漫画『アンパンマン』の作者やなせたかし氏とその妻の物語である。あのアンパンマンの主題歌の歌詞「何のために生まれて、何をして生きるのか」というのは、やなせたかし氏の育ての親である叔父さんが、いつも口癖のように言っていた言葉である。ことあることに、やなせたかし氏と弟に対して、「何のために生まれて、なにをして生きるのか」と問うていたようだ。
ドラマだから父親代わりの叔父さんを美化して描いているのかもしれないが、それにしても素晴らしい父親であったと思われる。理想の父親像を実践していたようだ。子どもの生き方や将来を、親の都合や思いを一切押し付けることなく、子ども自身が望むように生きることを認めてあげたようである。自分が医院を経営しているのだから、息子たちのどちらかに後を任せたいと思うのが常だ。医師にさせたいと親なら強く思うに違いない。しかし、子どもの進路は子ども自身が選択していいよと、叔父さんは優しい眼差しを向け続けたのだ。
世の中には、親の思うとおりの生き方をしてほしいと子どもの学校や職業までも押し付ける親さえいる。教育虐待と呼べるような厳しい養育をする親も増えている。子どももまた、親の期待に応えようと必死になって勉強やスポーツに取り組んでいるケースが多い。それがすべて間違っているとは言い切れない。しかし、親が子どもに対してあまりにも指示や指導を強くし過ぎてしまうと、子どもの自主性や自発性、主体性が育たない。つまり、自分で自分の進む道が決められなくなるのだ。自立が阻害されるだけでなく、生きる目的を見失う。
朝ドラ『あんぱん』のやなせたかしの親代わり役の叔父さんは、二人の甥の進路に対して何も口出しをせず、二人の考えを尊重する。それだけではない、「何のために生まれて、何をして生きるのか」と二人の甥に問い続ける。子どもの教育において、もっとも大事なことは哲学である。何のために生きるのかを子どもに大人が示して、正しい生き方の後ろ姿を見せてあげなければ、子どもたちはどのように生きていいのか解らなくなる。生きる意味や生きる目的を大人が子どもに語らなければ、子どもはどのように生きていいのか迷うだろう。
やなせたかし氏は、アンパンマンで子どもたちに人間としてどう生きるべきかを問い続けた。けっして強くはないし、悩みや苦しみを抱えるヒーローであるアンパンマンは、自分を犠牲にしてでも困った人々を助け続ける。悪さを働くバイキンマンをパンチで懲らしめるけど、けっして必要以上にダメージを与えることはしない。私利私欲や自己満足の為に生きるのでなく、人々を救いその幸福実現とのために生きることの大切さを教えてくれるアンパンマンは、叔父さんがその原型を作ってくれたのではなかろうか。
現代の若者たちの死因第一位は、自殺だと言われている。自殺の『きっかけ』は、人様々である。自殺をしてしまう原因については、いろんな見解があろう。若者が未来に希望を見いだせないということであり、そんな失望する社会を作ってしまった我々大人に責任がある。それ以上に我々が若者たちに対して責任を負うべきことは、子どもたちに対して「何のために生きるのか、何をして生きて行くのか」ということをしっかりと伝えて来なかったことにある。生きる意味や目的を子どもに示していないし、正しく生きるための哲学を実践する姿を見せていないのだから、子どもたちが生きるのに迷うのも当然である。
やなせたかし氏の叔父さんが、何のために誰の為に生きるのか、どのように生きるのかを自分自身の生き方でもってやなせたかし氏に示したからこそ、アンパンマンの物語が生まれたと言えよう。子どものうちは、哲学なんて語って聞かせても理解できないし無駄だと思う人は多いかもしれない。しかし、子どもたちは哲学が大好きである。子どもたちに哲学の話をすると、目を輝かせて聞き入るものである。子どものうちにこそ正しくて高い価値観の話を聞かせてあげなくてはなない。是非にも、何のために生きるのかを子どもたちに伝えてほしい。そうすれば、自殺をする若者を減らせるに違いない。