ご婦人の不定愁訴症候群のうち、他の特定のストレス要因がなくて、夫が原因としか考えられないものを『夫原病』と呼ぶという。この夫原病が益々増加しているし、その症状が深刻化しているという。そして困ったことに、この夫現病がそのまま改善しないと、重大な免疫疾患や内分泌疾患にもなりやすいし、うつ病やパニック障害などの精神疾患に追い込まれることが多い。さらには、これらの症状を放置しておくと、乳がん、子宮がん、卵巣がんになるケースも少なくないから、軽症のうちに治す必要があるとみられる。
ところが、この夫現病を治癒させることが非常に難しいのである。元々、夫の言動や関わり合いが原因なのだから、投薬治療やカウンセリングで完全治癒することは期待できない。夫が変わらない限り、この夫現病は完全治癒することはない。または、夫と離婚すればこの夫現病から解放されるが、子どもが居れば踏み切れないし、離婚したあとの経済的な不安があると思いきれないものだ。自分が原因だと分かったとしても、夫は自分から変わろうとはしない。ましてや、ドクターから夫原病だと宣言されても納得できないのが人間だ。
だとすれば、夫原病になった妻は一生この苦しさに甘んじなければならないのか。ましてや、夫が高い社会的地位や立派な職業に就いていて、高収入で経済的にも裕福な暮らしを保証している夫婦関係であればあるほど夫原病を発症しやすいから複雑である。自分が我慢しなければならないと思うほど、そして良妻賢母ならなおさらこの夫現病になりやすいから、治りにくいのである。妻よりも夫の方が社会的成功者に見られていて、圧倒的に優位な立場であるほど、夫原病が完治することが少ないというのである。
ひとつだけ夫原病を治す方法がある。教養や学歴が高くて、プライドの高い夫が唯一自ら変化しようとする心理療法があるのだ。それは、オープンダイアローグという最新の家族カウンセリング療法である。フィンランドのセイックラ教授が開発した、難治性の精神疾患を完全治癒させるという精神療法のひとつである。これを夫婦に対する家族カウンセリング療法として実施すれば、かなりの効果を挙げることになろう。このミラノ学派の家族カウンセリング療法は、家族内に存在する病理を糾弾することはないし、介入することはない。だから、夫も協力的な態度をしてくれるし、自ら変わろうとするのである。
通常、メンタルの疾患の原因が家族にあるとすれば、家族に対するカウンセリングを行い、その病理を明らかにして、メンタル疾患の原因になっている家族の言動を変化させるという手法を取ることが多い。ただし、その場合家族の疾患の原因が自分にあると指摘された本人はどのように感じるであろうか。おそらく、原因が自分にあるとされたならば、当事者はおおいに反発するに違いない。ましてや、妻の病気の原因が自分にあると断言され、あなたは変わらなければならないと言われたら、相当なショックを受けるし、反論したがるのは目に見えている。自分だけの責任ではないと、変化するのを拒むに違いない。
オープンダイアローグ(以下ODと略する)という家族カウンセリングの手法は、今までのそれとはまったく違うのである。だから、治療効果が高いという。ODは基本的に確定診断をしないし、治療計画を示さない。当然、診断をしないのだから原因も追究しない。ましてや、特定の誰かに疾患の責任を負わせることをしないのである。どうするのかというと、当事者と家族に対してセラピストが開かれた対話を繰り広げるだけである。それも、当事者のつらくて苦しい状況とその気持ちを聞き取って明らかにするだけである。さらに、どのような時にそういう症状が起きるのかを否定せず共感的に傾聴するだけである。
ODをするセラピストは、家族関係に対して一切『介入』をしない。つまり、インプットをしないしアウトプットも求めない。あくまでも、家族が自分たちで現状をどのように認識して、自分がどうすれば良いのかを気付き学ぶ場を提供するだけである。ODのセラピストは、当事者が治癒することを求めないのである。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、人間というのは何か変化することを他人から求められると拒否するからである。人間が本来持つ『自己組織性』と『オートポイエーシス(自己産生)』を引き出すのが、ODなのである。ODを続けて行くと不思議なことに、本人自ら変わろうとするのである。当事者も含めた家族全員が、自分から変化したいと心から思うのである。これは、実に不思議な化学反応が起きると言えよう。夫原病を治すには、ODが最適だと言える所以である。
※「イスキアの郷しらかわ」では、オープンダイアローグの勉強会を実施しています。ODの手法を実際に展開しながら、その効果を実感することが可能です。家族カウンセリングをしたいからと、当事者と家族が一緒にセラピストを訪問するというのは、かなり敷居が高くて難しいことです。しかし、あくまでも心身の保養のために、一緒に農家民宿を利用するというのはハードルが低いと思われます。その際に、オープンダイアローグの手法を学びながら、家族カウンセリングを体験するという形を取れば、実質的なODが受けることが可能です。まずは「問い合わせ」フォームからご相談ください。