抜け出すのが難しいオーバードーズ

 オーバードーズで昏睡に陥った女性を放置して死に至らしめたとして、医師たち男性3人が逮捕されたというショックなニュースが報道された。市販薬の咳止めを多量に飲むと、ハイな気分を味わえると、SNSで知り合って共同で使用していたらしい。市販薬に限らず、処方された睡眠剤や咳止め薬をオーバードーズしてしまうケースも少なくない。薬物依存の一種と言える、このような危険な行為は身体を徐々に蝕んでしまうだけでなく、精神をも破滅させてしまう。また、オーバードーズによりショック死してしまうケースも多い。

 そんな危険なオーバードーズを何故止められないのだろうか。それは、薬物にすっかり依存しているからである。薬物の過剰使用をしている時に感じる快感やハイな気分を一度でも味わってしまうと、抜け出せなくなってしまうのであろう。薬物の過剰飲用というのは、昔から存在していたが、このオーバードーズという言い方が軽く感じてしまい、ついつい習慣化してしまうのかもしれない。命の危険が伴うオーバードーズに陥ってしまう原因、そしてその状態から抜け出そうとしても抜け出せないのはどうしてなのであろうか。

 オーバードーズは薬物依存であると前述したが、まさしく深刻な依存症に陥っているのは間違いない。快楽や麻痺をもたらす脳内ホルモン、または脳内ホルモンと同じような薬理効果を起こす物質が放出されて、一時的な現実逃避ができるのであろう。それだけ、強い生きづらさや生き苦しさに追い込まれているのではなかろうか。薬物依存を起こしてしまう青少年は、押しなべて強烈な生きづらさを抱えている。その生きづらさは、不安感や恐怖感に起因しているし、強烈な自己否定感と強いHSPを持っていることが多い。

 自己否定感が強いというのは、子育ての間違いによる悪影響と言っても過言ではない。学校教育や社員教育の影響が強いと思っている人が多いかもしれないが、三つ子の魂百までもと言われているように、三歳の頃までの子育てによって自己肯定感を持つかどうかが決まる。乳幼児期まで、まるごとあるがままに愛されて育てられると、絶対的な自己肯定感が作られる。また、無条件の愛である母性愛をたっぷりと注がれることで、オキシトシンホルモンが分泌されるので、愛着障害にはならないし、HSPにもならない。

 親から支配され制御され育てられ、愛着障害を根底に抱えるとHSPになり、不安や恐怖感をいつも感じることになる。それ故に強烈な生きづらさを抱えてしまうし、何かに依存しないと生きていけなくなる。オキシトシンホルモンが不足している状況から、愛情不足と不安をいつも感じることになる。それ故に、薬物依存を起こしやすくなるのである。快楽や癒しを求めるあまりに、それを手軽に感じさせてくれる薬物に依存してしまい、もっと快楽や安心、またはやすらぎを求めて薬物のオーバードーズを起こしてしまうに違いない。

 薬物のオーバードーズを医学的に治療することは、非常に難しい。入院させて医学的に管理した状況に置けば、オーバードーズを抑えることは可能だ。しかし、退院すると再びオーバードーズを起こすことが多い。オーバードーズによって入退院を何度も繰り返すことは、想像以上に多い。それだけオーバードーズに対して医療は無力であるとも言える。それでは、薬物依存によるオーバードーズは、絶対に治らないのかというとそうではない。適切な愛着アプローチとオープンダイアローグ療法によって劇的に治るケースが少なくない。

 しかし、残念ながらこの愛着アプローチとオープンダイアローグ療法でケアしてくれる医療機関は殆ど存在しない。それだけ難しい療法であるとも言えよう。適切な愛着アプローチによって愛着障害を癒せるカウンセラーやセラピストは、あまり存在しない。ましてや、オープンダイアローグ療法ができる医療機関は非常に少ない。それだけ、難しいし時間がかかる。ましてや、オーバードーズを治療してくれる医療機関が少ないのである。精神科の医療機関では、オーバードーズの治療に対して消極的になることが多いからである。オーバードーズの真の原因を知ろうともしないのだから、当然であろう。

芸能人が心身のトラブルを抱えやすい訳

 日本の芸能人だけでなく著名な世界のスターたちもまた、心身のトラブルを抱えているケースが少なくない。それも、身体と心の両方にトラブルを持っていることが多いのだ。日本の芸能人では、昔から心身のトラブルを抱えていても、あまりカミングアウトをすることがなかった。最近はあまり気にすることなく、心身のトラブルをカミングアウトして、療養のために休養する芸能人が増えた。世界的な大スターでも、レディーガガが線維筋痛症をカミングアウトしたし、ジャスティンビーバーがラムゼイ・ハント症候群という難病だと発表した。

 ジャスティンビーバーは、この難病だけでなく鬱と薬物依存症だったと告白したし、レディーガガは摂食障害で苦しんだと伝えられている。日本の芸能人でも、線維筋痛症や原因不明の痛みやしびれを抱えている人も多いし、鬱や摂食障害、PTSDやパニック障害、薬物依存やアルコール依存で苦しんでいる例が多い。そして、それらの芸能人に共通しているのが親との関係に問題を抱えていて、中には毒親だったとカミングアウトするケースもあるということだ。自己肯定感が育ってなく、HSPを抱え不安や恐怖感を持つ芸能人が多い。

 どうして芸能人は心身のトラブルを抱えてしまうのかというと、根底に愛着障害を抱えているのではないかと思われる。親が才能ある子どもに大きな期待をして、過介入や過干渉を繰り返し、親の思うままに支配しコントロールをしているのである。勿論、親は意識してそんな毒親まがいの仕打ちをしている訳ではない。子どもが有名になり大スターになるように育てたいと強く思い過ぎるあまり、親はそんなふうに子どもを操ってしまうのだ。まるで自分の思いのままに踊るマリオネットのように子どもを扱うのだ。

 子ども時代に愛着障害になるように育てられた子どもは、大人になってもその障害を乗り越えることは難しい。強烈な生きづらさを抱えて生きるようになるし、不安や恐怖感から抜け出せない。このような芸能人は、おしなべて魅力的なのである。多くのファンを惹きつける芸やパフォーマンスを披露する。それは、天性の才能があるとも言えるからである。HSPという症状がそのような才能を開花させると考えられる。彼ら彼女らの何とも言えない素敵なパフォーマンスは、ファンの心の琴線を打ち震わせるのである。

 もしかすると、芸能人がたまたま愛着障害とHSPを抱えているのではなくて、愛着障害とHSPを根底に抱えているから芸能人として大成しているのではなかろうか。だから、多くの芸能人が心身のトラブルを抱えているのかもしれない。愛着障害とHSPを抱えるが故に、そのパフォーマンが人々を惹きつけたとしても、その心身のトラブルが深刻になってしまい、自死を選んでしまうことは避けてほしいものである。何人も自らの命を縮めてしまった芸能人がいるが、苦しい胸の裡を誰かに打ち明けていたら防げたと思うと残念だ。

 愛着障害を抱えて心身のトラブルを抱えた人が、愛着障害を癒せて心身のトラブルを乗り越える方法はないかというと、まったくない訳ではない。親が深く反省して、生まれ変わったように母性愛(無条件の愛)を注ぎ続けて、安全基地の役割を果たすことが出来たら、愛着障害は癒える。しかし、そこまで変われる親は皆無である。自分が我が子を愛着障害にしてしまったという認識がないからである。心身のトラブルに苦しむ当の本人も、愛着障害であるという認識がないのだから当然だ。もし、愛着障害であるという認識を持てたとしても、親が高齢になっていたら、乗り越えるのは極めて難しい。

 それでは親に期待できないとしたら、どんな癒しの方法が考えられるだろうか。親に代わって安全基地となれる存在がまず必要である。個人でも良いが、出来たらチームで安全基地になるのが好ましい。何故なら、個人だと依存され過ぎるし、異性だと転移が起きやすいからである。勿論、転移が起きても結婚できるなら良いが、なかなかそうは行かない。安定した愛着を持っている人なら安全基地になれるが、そういう人は極めて少ない。チャールズチャップリンが四度目の結婚をしたウーナ・オニールはそういう女性だった。それまでは私生活で不幸だったチャップリンは、彼女の献身的な愛により愛着障害を乗り越え、幸福な人生の幕開けを迎えられたのである。

メンヘラ女子を卒業する方法

 メンヘラ女子という言い方があることを、中高年の方々は知らないであろう。ネットの世界で広まっているだけで、メンヘラというのは正式な医学用語でもない訳だから、当然だと言えよう。メンタルヘルスから派生した言葉であり、転じてメンタルを病んでいる人という意味で使われている。それも軽症のメンタル疾患であり、入院や投薬の治療も必要ではなく、単に生きづらいとか常に悩みを抱えていてメンタルが落ち込んでいる人という括りである。だから、重症のメンタル疾患で、入院治療が必要なレベルはメンヘラ呼ばないらしい。

 メンタルを病んでいる人は、通常はその事実を隠したがるが、自分がメンヘラ女子だとカミングアウトすることが少なくない。匿名だけでなく、FBなど実名を晒しているSNSでも、広く知らしめるケースも少なくない。おそらくは、カミングアウトすることで自分の苦しさを理解してもらえることの方が、隠すよりも得策だと考えているからではなかろうか。メンヘラ女子という言葉は、メンタル疾患という言葉よりも軽い印象を与えるので、自分がメンヘラ女子だと言いやすいのかもしれない。

 メンヘラ女子という言葉は、軽い印象を与えるかもしれないが、本人は辛い症状や苦しい胸の内を抱えていて、強い生きづらさを抱えていると思われる。何とか仕事をしているものの、職場でも働く喜びを感じにくいし、上司や同僚ともしっくり行かないことが多い。家族とも良好な関係を築くのが、難しい状況にあるケースが多い。特定の恋愛パートナーとも、一時的には上手く行っても長続きすることも少ないし、ゴールインすることも少ない。よしんば結婚できたとしても、やがて破綻することも多いことだろう。

 自分がメンヘラ女子だとカミングアウトするのは、苦しくてどうしようもないから自虐的になっているのかもしれない。そして、誰か私を救ってよと助け船を求めているような気がする。しかしながら、現代の精神医療のレベルではメンヘラ女子を救うことが出来ないし、優秀なカウンセラーやセラピストでも一時的なやすらぎは与えられても、完全治癒までは導けないであろう。何故なら、メンヘラ女子の根底に『愛着障害』を抱えているからだ。愛着障害を乗り越えることが出来たなら、メンヘラ女子も卒業できるが、それは極めて難しい。

 それでは、メンヘラ女子を永久に卒業することが出来ないのかというと、けっしてそうではない。適切な愛着アプローチという方法により、メンヘラ女子という呼び名を返上するのは可能である。つまり、抱えている愛着障害を癒すことにより、メンヘラを卒業するという方法だ。愛着アプローチは、可能ならばオープンダイアローグという療法と併用するとより効果が高まる。オープンダイアローグとはミラノ型の家族療法の一手法だ。親と一緒にこの療法を受けることを勧めたい。それが無理ならば、本人だけの愛着アプローチだけでも仕方ない。

 メンヘラ女子が抱えている愛着障害は、親子関係の問題から起きている。乳幼児期から少女期にかけて、親からあるがままにまるごと愛されるというような育てられ方をされなかった。逆に、過介入や過干渉を繰り返されて、支配されコントロールされて育てられたのである。絶対的な自己肯定感は育まれず、自己否定感に苛まれている。HSPが強く、いつも不安や恐怖感を抱えていて、強烈な生きづらさを抱えている。メンタルだけの症状だけでなく、様々な身体の不調も抱えている。例えば、原因の解らない痛みやしびれ、またはしつこい肩凝りや頭痛なども起こしているメンヘラ女子も多い。

 メンヘラ女子を卒業するための愛着アプローチであるが、まずは安全基地の存在が必要である。それは、一人でも可能だが負担が大きいので、チームとしての安全基地が望ましい。そして、オープンダイアローグをすると共に、助言や指導をなるべく排除して、カウンセリングやセラピーが有効だ。その際に、自然体験や農業体験が可能な農家民宿に滞在するのも良い。不安感や恐怖感が強く、HSPを抱えていて身体がいつも緊張しているので、緊張を和らげるボディケアーも必要である。迷走神経の遮断を起こしているので、安心感を与える関係性が求められる。複合的なセラピーをすれば、メンヘラ女子を卒業できるに違いない。

メンタルを病むのは自分のせいでない

 人間、誰しもメンタルを病んでしまったという経験を持つことだろう。勿論、一度もメンタルを病んだことがないという人も居ない訳ではないが、ごく少数に違いない。それだけ、現代日本のような職場環境や家庭環境では、精神的な病気に追い込まれても仕方ないということだろう。メンタルを病んでしまうのは、周りの環境のせいだから仕方ないと思う一方で、やはり自分の性格や気質がメンタルを病んでしまう要因だと思う人が殆どであろう。そして、そんな自分が嫌いになり、自分自身を責めてしまうことが多い。

 しかし、メンタルを病んでしまうのは、自分のせいではないのである。科学的に考察しても、医学的に検証したとしても、自分自身が原因でメンタルの疾患になることはない。メンタルを病んでしまう原因は、自分には100%ないと言い切れるのである。何故なら、メンタルを病んでしまうのは、育てられ方に起因しているからである。間違った家庭教育や学校教育に、その原因があるのだ。勿論、間違った価値観に支配されている現代社会にも原因がある。間違った教育と社会の価値観によって、大量のメンタル患者が産みだされているのだ。

 間違った教育というのは、どういうことかと言うと、まずは家庭教育から紐解いてみたい。三つ子の魂百までもという諺をご存知だろう。3歳頃までの子育てで、その後の人生が決まってしまうと言っても過言ではない。昔の人々は、3歳までの子育てによって、その子どもの人格が形成されてしまうということを経験的に学んでいたのである。子育ての基本は、まずは豊かな母性愛だけを注いで育て、それから父性愛を用いて躾けるのである。この順序を間違うととんでもないことになる。父性愛と母性愛の同時進行も良くないのである。

 生まれたての赤ん坊は純粋無垢の存在である。その赤ちゃんを育てる際に、過保護に育ててしまうと、依存心が生まれて自立を阻んでしまうと今でも勘違いしている親がいる。世間の人々も、過保護は良くないと未だに思っている人がいるのは残念である。過保護はまったく問題ない。ただし、過干渉や過介入は良くない。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすという諺があるが、あれはまったくの出鱈目である。ライオンの母親は、我が子を過保護にして育てる。殆どの動物の親も同様で、十分に自立できるまでは過保護である。

 本来、人間もそういう育て方をすべきなのである。おそらく、縄文時代は子どもを過保護で育てたに違いない。だからこそ、一万数千年もの間に渡り、争いのない平和な社会を築けたし、お互いが支え合う高福祉の社会を構築できたのだ。乳幼児期においては、無条件の愛である母性愛をたっぷりと注いであげなければならない。我が子をあるがままにまるごと愛することだ。そして、子ども自身が自分は親から愛されていて守ってあげられているという実感を子どもに与え、子どもの不安を完全に払拭しなければならない。安全基地が存在するということが大切なのである。

 ところが、親があまりにも過介入と過干渉を繰り返して子育てをすると、子どもの自己組織化が阻害され、絶対的な自己肯定感が育たないばかりか、愛着障害を抱えてしまう。こうなると、やがてメンタルを病んでしまうばかりか、不登校やひきこもりをも起こしてしまうことにもなる。さらに、学校でも過介入と過干渉の教育を繰り返すから、主体性や自主性を失ってしまうのだ。これでは自己肯定感なんて育つ訳がない。家庭教育と学校教育の誤謬が、メンタルを病んでしまう人を大量に作り出しているという構図になる。

 そして、社会に出て職員教育や指導を受ける場合も、自己組織化を阻害するような過干渉が行われる。企業や組織において、間違った人材育成が蔓延っている。もっといけないのは、間違った価値観に支配されている社会になっていることである。自分さえ良ければいいとか、自分の利害や損得を基準にした行動規範になっている。本来は、全体最適(全体幸福)の価値観を基準して行動すべきなのに、個別最適を重視する価値観になっている。人を蹴落としてでも自分が出世したり昇給したりすることが正しいと思い込まされている。これでは、メンタルを病むのも仕方ない。つまり、メンタルを病んでしまうのは、自分のせいではないのである。

メンヘラを好きになってしまう訳

 メンヘラという言葉をご存知だろうか。中高年の方たちには馴染みがないかもしれないが、ネットの世界では若い人たちを中心に使われている。メンタルヘルスから転じて、メンタルを病んでいる人という意味に発展しているという。ただし、重症のメンタル疾患という意味ではなくて、軽症というか少し変わった性格で生きづらさを抱えている人という意味で使われているらしい。当初はメンヘラ女子というように女性を中心に用いられていたようだ。自分のことをメンヘラだとカミングアウトする人も多い。

 そんなメンヘラ女子を好きになってしまう男も多いし、メンヘラ男子を何故か好きになってしまう女子も少なくないという。ということは、メンヘラは魅力的なパーソナリティを持っているのだろうか。本来、メンヘラとは付き合いにくいと思われるが、好意を抱いてしまうというのは特別な意味があるに違いない。メンヘラになってしまう原因を考察すれば、メンヘラが好きになってしまう訳も解るのではなかろうか。メンヘラとは、どういうパーソナリティを持った人かというと、端的に言うと『パーソナリティ障害』的な人だと言える。

 依存性、回避性、演技性、妄想性、自己愛性などのパーソナリティ障害のような人格を持つのが、メンヘラの特徴とも考えられる。そして、より深刻な境界性のパーソナリティ障害の性格を持つメンヘラも存在する。このような人たちは、自分では強烈な生きづらさを持っているし、他人との良好な関係性を構築することが苦手である。とは言いながら、こういう人たちはパーソナリティ障害というハンディキャップをバネにして、各界で活躍する人も少数だが輩出している。そして、ある意味もの凄く魅力的でもあるのだ。

 また、このように生きづらさを抱えたメンヘラだからこそ、支援してあげたいという人もいる。そして、その支援がお互いの恋愛感情に変化していくことも少なくない。かくして、メンヘラを好きになってしまう人は出てくるのである。ところが、付き合ってみると大変な状況に追い込まれてしまうことが多い。依存性があるので、交際相手に依存してしまうし、アルコールやギャンブルに依存してしまうことも多い。ゲームにもはまり込みやすい。中には、セックスに依存したり薬物に手を出したりするメンヘラもいる。

 元々、愛情不足によりパーソナリティ障害の人格を持ってしまったのだから、愛に飢えている。それも、限りなく貪欲に相手の愛を追い求める。それも、相手の愛を確かなものかどうかを常時確認したがる。だからこそ、自分を見捨てないかと相手の愛を試すのだ。見捨てられ不安が強いからこそ、捨てられることがないかどうか、無意識で相手の愛を試すのである。試される人の気持ちとしては、たまったものではない。メンヘラが自分に対して嫌がらせをしているとしか思えない。当然、そんな振り回される日々は嫌だから別れることになる。

 メンヘラどうしがお互いを求めるというケースもある。これは共依存の関係を築いてしまうので、その事実に気付かなければ、家庭を持ち子どもを産み育てることになる。しかし、残念ながらその関係が長続きする訳がない。やがて、家庭崩壊を招いてしまうのである。メンヘラになるのはパーソナリティ障害の人格を持つが故なのだが、その根底には『愛着障害』が隠されている。お互いに『安全基地』を求めて一緒になるのだが、愛着障害を持つ人は、基本的に安全基地にはなれないのだ。安全基地ではなかったと悟ると同時に別れる。

 このようにメンヘラは魅力的であるし、何とか自分の力でメンヘラを乗り越えさせたいという思いから好きになってしまうことが多い。しかし、余程の人でないと相手のメンヘラを卒業させることは出来ない。もし、愛着障害を乗り越えて、絶対的な自己肯定感を持ち、自己人格の確立を成し遂げた人であれば、メンヘラを卒業させることが出来得る。そういう人はごく少数だが、存在しない訳ではない。そういう人は、既に安定したパートナーとの暮らしをしているから、恋愛としての対象にはならないかもしれない。いずれにしても、付き合う時には、自分と相手のパーソナリティを把握して、安易な相手を選ばないことだ。

陰謀論者たちを洗脳から目覚めさせるには

 自分たちだけが真実に目覚めていると思い込み、とんでもないフェイクニュースを拡散し続ける陰謀論者たちには困ったものである。Qアノンという怪しい人物が作ったフェイク情報に踊らされている。それも巧妙に加工された写真や動画を信じ込ませられているから、非常にやっかいである。人間と言うものは、印刷された文章、写真、動画は真実だと思い込みやすい。最近は手の込んだデジタル処理の細工がされているから、信じてしまうのも無理はない。DSとかいう組織が本当にあると信じ込まされている。洗脳されているのである。

 人間は一度洗脳されてしまうと、その洗脳から離脱することは難しい。オウム真理教に洗脳された若い信者たちが、騙されて重大犯罪に関わってしまった事件は悲惨であった。今でも洗脳から解けずに苦しんでいる人は多いし、最近はさらに洗脳されている人が増えている。一旦洗脳されてしまった人間は、認知的バイアスがかかってしまうから、正しい情報を伝えても聞こうとしない。妄想性の障害を起こしてしまっているのである。フェイクニュースを真実だと思い込むのは、洗脳のせいであるから救いようがないのである。

 洗脳された陰謀論者たちは、9.11事件は自作自演だとか、3.11の東日本大震災が人工地震によるものだとか、日本各地の豪雨被害は気象操作によるものだという、まことしやかなフェイク情報を拡散し続けている。科学的な根拠もないし、現代の科学では人工的に操作するなんて不可能である。冷静に考えれば、誰だってフェイクだと気付く筈である。一旦陰謀論に騙されてしまった人間は、メンタルモデルのせいで自分の力だけで覚醒することは難しい。メンタルモデルが一度歪んでしまうと、正常な判断能力を喪失してしまうからだ。

 どうして人間は洗脳されてしまうのであろうか。オウム真理教の際にもそうだったように、騙されてしまうのは、けっして愚かな人間ではない。学歴も高いし教養がある人間が洗脳されてしまうのである。自分はしっかりしているから騙されないし、科学的な見識が高いと自負している。普段から慎重であり、何事にも疑い深い。そういう人こそが騙されやすいのである。客観的合理性が強くて、分析力が高い人ほど騙される。SNSで盛んに情報を収集したり発信したりする、情報に敏感な人こそが洗脳されるのである。

 高い教養と学歴を持ち、客観的合理性を持った見識の高い人なのに、何故騙されて洗脳されてしまうのかというと、根底に愛着障害を抱えているからである。誤った情報に惑わされて洗脳されてしまう人は、いつも不安と恐怖感を抱えている人である。そして、傷つきやすいHSP(神経学的過敏)を起こしている。したがって、家族やパートナーからの豊かな愛情を認識しづらくなっている。愛に飢えていると言っても過言ではない。まるごと愛してくれて、守ってくれる存在がないのである。それ故に、強烈な生きづらさを抱えてしまっている。

 強い生きづらさを抱えていて、いつも不安や恐怖感を抱えているので、人や社会を信じられなくなっているのである。それ故に、権力者や経済的優位者が何らかの陰謀を企んでいて、庶民を騙しているという情報に飛びついてしまうのだ。自分を心から信頼できている人は、不信感を持たない。ところが、自己肯定感が低くて自分を信じられない人ほど、不安感を煽られて、フェイクニュースを信じ切ってしまうのである。このような洗脳に陥ってしまった人を救うには、根底にある愛着障害を癒すしか、他に方法がないのである。

 大人になってから愛着障害を癒すというのは、非常に困難である。何故なら、愛着障害は親からの無条件の愛である母性愛が不足して起きたからか、もしくは親が過干渉や過介入したから発症したのである。親が劇的に変わらなければ、愛着障害は癒せない。しかし、頑固な親であるとか、親が高齢者になってしまった場合は、それも適わない。そういったケースでは、愛着障害を癒すのは絶対不可能かというと、けっしてそうではない。親以上に温かい愛情を十分に注いでくれて、絶対的な安全基地になってあげる存在があれば、愛着障害は癒されるであろう。そうすれば、陰謀論の洗脳から解けるに違いない。

愛着障害の指導者に国を任せる危険性

 幼児期において、養育者から豊かな愛情を受けられずに育てられると、やがて深刻な愛着障害になりやすい。特に、無条件の愛である母性愛を十分に注がれないと、愛着障害で苦しむことになる。大人になっても強烈な自己否定感を抱えて生きるのであるが、自分に自信を無くしてしまい、強烈な不安感の故に社会不適応を起こして、不登校やひきこもりに陥ってしまう。ところが、中にはこの愛着障害による二次的症状として、強烈な自己愛のパーソナリティ障害を起こしてしまい、超攻撃的人格を持つ人間が生まれてしまうことがある。

 同じ愛着障害でも、この超攻撃的な自己愛性のパーソナリティ障害を持つ人間は、権力欲が非常に強いうえに、能力もある程度高いので、組織の中で頭角を現して昇り詰めることが多い。競争相手を巧妙に蹴落とすスキルも高いし、上に媚びへつらい忠誠を誓うので、上司から引き立てられるので出世が早い。職場においては、巧妙なパワハラやモラハラで、部下を潰してしまうことが多い。政治の世界では、忠誠心が強いのでトップから可愛がられ、競争相手を蹴落とす権謀術策に長けているから、トップに昇り詰めるケースが多い。

 愛着障害からの自己愛性のパーソナリティ障害を持つ政治家として一番有名なのは、かのアドルフ・ヒットラーである。彼は強烈な攻撃的な性格の持ち主で、競争相手を粛清して独裁者となった。とても強い性格であったと思われているが、実は小心者であったのではないかと言われている。本当は、不安感と恐怖感がいつも自分を支配していて、強い自己否定感を抱えていたと思われる。不安感と恐怖感が強くて、妄想性の障害をも抱えていたのではないかと見られている。強い愛着障害があったからこその症状であろう。

 アドルフ・ヒットラーは独裁者となってからも、自分の地位や名誉が奪われてしまうのではないかと常時恐れていた。だからこそ、自分に対する批判や非難を怖れ、極端な情報統制をしたのであろう。自己否定感が強くて不安・恐怖感が強いからこそ、その反動で自分が特別で万能であると思ってしまうのであろう。だから、マスコミが自分を非難・批判するのを許せないのだ。マスコミを統制する政策を実施する指導者は、おしなべて自己否定感が強い愛着障害と自己愛性のパーソナリティ障害を抱えていると言っても過言ではないだろう。

 過去の著名な為政者でも、同じような情報統制の政策を実施した人物が多数存在した。そして、現代の国のリーダーの中にも、同じ障害を抱えている人物は枚挙に暇がない。アジアにおいては、K氏やS氏も同様であるし、米国で圧倒的な支持者がいるT氏も同じだ。T氏は極端なマスコミ嫌いで、大きな圧力をかけていた。そして、今世界中で困惑している指導者P氏もまた、愛着障害と自己愛性パーソナリティ障害を抱えているのは間違いない。彼は、妄想性のパーソナリティ障害も抱えているので、非常に危険な人物だと言えよう。

 K氏やS氏は、普通選挙によって投票された訳ではないので、国民(選挙民)に選んだ責任はない。しかし、T氏やP氏を選んだのは国民である。強いリーダーシップを発揮して、強い自国を造ってくれる人物を選びたくなるのは仕方ないかもしれない。アドルフ・ヒットラーは演説の名手であったという。短い解りやすい言葉で、国民を熱狂させた。強くて大きなドイツを造ろうと演説して、多くの熱狂的支持者を得た。米国のT氏も、かつての強大な米国に戻すという演説で、熱狂的な支持者を得ている。P氏もまた同様である。

 日本でも、つい最近までマスコミに圧力をかけて、自分を批判する経営幹部やキャスターを追い落としたリーダーがいた。その彼もまた、強い愛着障害を持っていた。こんな指導者を選ぶ危うさを認識すべきであろう。P氏、T氏は、確かに優秀な政治家に見えなくもない。しかし、上手く行っている時は問題ないが、自分が人々から見離されられてしまったら、とんでもない行動をしかねない。実際に見捨てられてしまったら、自虐的・破滅的行動を取るだろう。自分だけが破滅するならいいが、こういう人間は善良な人々までも巻き込み国を滅ぼすこともする。そんなP氏が核のスイッチを握っているというのは、恐ろしいことである。

双極性障害とPTSDを乗り越える

 リトルグリーモンスターの芹那さんが、双極性障害とPTSDにより長期休暇をすると報道されたこともあり、双極性障害とPTSDという精神疾患に注目が集まっている。どんな疾病かと言うのは、ネットを調べれば解ると思うが、治療が非常に難しい難治性の疾患であるのは間違いない。投薬治療やカウンセリング・各種セラピーにより、症状は幾分か和らぐケースもあるが、完治するのは難しい。原因はストレスによるものではないかというのは解っているが、はっきりした発症メカニズムは解明されていない。

 リトグリの芹那さんは、ご自分でADHDであるともカミングアウトされているが、ASD(自閉症スペクトラム障害)と双極性障害が併発することも少なくない。ASDが根底にあると、双極性障害を発症しやすいということかもしれない。また、ASDと双極性障害があると、PTSDになりやすいと言うこともあり得るだろう。芸能界、特に人気があることを常に要求され、多大なプレッシャーに押しつぶされそうになる場所に長くいると、メンタルがやられてしまうのも当然かもしれない。

 双極性障害が何故起きてしまうのかということだが、過度のストレスやプレッシャーによる影響であろうとは思うが、同じような過度のストレスやプレッシャーにさらされても発症しない人もいる。つまり、個人差があるということになる。それでは、どういう人が発症するのかということが解ると、予防することも可能になるし、症状を和らげる方法だって解るかもしれない。ASD、双極性障害、PTSDがあるようなクライアントを今まで多数サポートした経験から判断すると、愛着障害が根底にあるような気がしてならない。

 愛着障害と言っても、重症の人もいれば軽度の人もいる。虐待やネグレクトをされた子どもだけでなく、一見するとごく普通に育てられたように見える家庭の子どもだって愛着障害になることもある。今まで多くの不登校やひきこもりの方々を支援させてもらって見えてきたのは、日本人の大多数の人が愛着障害であるという事実である。その愛着障害ゆえに強烈な生きづらさを抱え、メンタルを病んでいる人が多いのである。そして、愛着障害が根底にあって、二次的症状としてASDが現われ、メンタル疾患を発症しているのだ。

 日本人の半数以上が愛着障害であると言っても過言ではない。おそらく日本人の中で、生きづらさを感じている人は、半数以上を数えることであろう。そして、その生きづらさは愛着障害によるものだと言っても間違いない。気分障害のメンタル疾患を発症した方々をいくら治療しても治りにくいのは、根底に愛着障害があるからだと言える。愛着障害が癒されない限り、どんな治療を施しても完治することはないと断言できる。そして、双極性障害とPTSDも愛着障害を癒してあげなければ、完治することはないであろう。

 ということは、難治性の疾患である双極性障害やPTSDだって、愛着障害を癒してあげれば、その辛い症状が和らぐし社会復帰だって可能になるということである。とは言いながら、愛着障害だって癒すのは容易でない。なにしろ、愛着障害が起きてしまうのは、親からの三歳頃までの養育の偏りによるものだ。絶対的な自尊感情は、幼少期に育まれる。一度確立されてしまった自己否定感は、容易には払拭できず、不安感や恐怖感はぬぐい切れないのである。ましてや、愛着障害によって大変な経験を積み重ねて、ポリヴェーガル理論における迷走神経の遮断が起きているから、愛着障害を癒すのは難しい。

 親が劇的に変われば、愛着障害が癒されることもある。しかし、親が変わるのはあり得ないから期待できない。親に代わって、いかなる時でもありのままにまるごと愛してくれて守ってくれる存在があれば、愛着障害は癒される。しかし、パートナーにその役割を果たしてもらうことは期待できそうもない。とすれば、臨時の安全基地としての機能を果たしてくれる支援者がいれば、愛着障害が癒されるかもしれない。そして、精神面のケアーだけでなく、身体的なケアーであるボディーワークもしてくれるセラピストであれば、さらに癒される確率は高くなるに違いない。迷走神経の遮断も止められる。そうすれば、双極性障害やPTSDも寛解すると思われる。

PMDDやPMSを癒すには

 月経がある女性の約7割から8割にPMS(月経前症候群)の症状があるという。また、PMSの症状により仕事や家事に何らかの影響を及ぼしていると答えた女性は、5割にも上ることが解った。そんなにも深刻な症状を起こすPMSであるが、PMSという病気があることを知らない女性が多いらしい。そして、PMSという病気があるということを知っている男性は、専門医など医療職を除外すると、殆どいないと言う。結婚した女性のうち、PMSの症状が強い人ほど、夫婦喧嘩をしやすいというから深刻である。

 PMSの症状があるのは、月経がある女性の約8割にもなるというのは衝撃的であるが、そのうちの何割かの女性は、より重症のPMDD(月経前不快気分障害)で苦しんでいるという。イライラ、気分の落ち込み、不安、怒りっぽくなる等の深刻な症状が起きるのがPMDDである。これらの精神的な症状によって、仕事が手につかなくなったり、子育てや家事が出なくなったりする。さらには、人間関係を損なったり、仕事を辞めざるを得なくなったりもする。なにしろ、あまりにも不安感が強いからひきこもりたくなってしまうのである。

 こんなにも深刻な影響を与えるPMSとPMDDを何とかしないと、人生が破綻しかねなくなってしまう。それぐらいPMDDというのは、当人にとって深刻なのだ。医療機関で受診して、PMDDを治療しようと思ったとしても、快癒することはあまり期待できない。なにしろ、PMDDという疾病を理解しているドクターが少ないし、ましてやPMSとPMDDの専門医がごく僅かしかいないのである。せめてうつ症状に対する抗うつ剤の投与かピル剤を処方するしか方法がない。そもそも、本当の原因さえ知らないのである。

 PMSやPMDDは、概ね月経の14日前から症状が起き始めて、生理開始後3日目くらいまで続くことが多い。ということは、半月くらい症状が続くと言うことである。つまり、月経が始まって閉経するまでの約40年以上、人生の約半分という長い期間を憂鬱な気分で過ごすということになる。そういう辛さを知っている男性は皆無であろう。最新の医学研究によると、単なるホルモンによる心身の異常ではなくて、脳や神経系統の異常があるということも解ってきている。そして、どうやら迷走神経も関係しているらしいのである。

 PMDDの症状であるうつ気分や希死念慮、そして強烈な不安と自己否定感ということを考慮すると、女性ホルモンの影響によるものだけとは考えにくい。脳の機能異常や神経系統の異常もあるということは、根底に愛着障害があって、その影響で背側迷走神経が活性化してしまい、自律神経の破綻が起きているとしか思えない。つまり、背側迷走神経が暴走を起こしてしまい、シャットダウン化が起きていると見るべきであろう。したがって、治療が難しいし、完治することが期待できないと思われる。

 という発症プロセスだということが解れば、PMSやPMDDの症状を癒すことも可能だということになる。愛着障害を和らげて、背側迷走神経の活性化であるシャットダウンを解いてあげれば、PMSやPMDDの症状も和らぐであろう。そして、月経前の不快気分もなくなるに違いないし、身体症状も和らいで行くに違いない。そうすれば、ライフスタイルも大きく変化するだろうし、今まではできなかったことにもチャレンジできるだろう。今までの白黒フィルムのような世界から、総天然色のような世界に飛び込む気分になるだろう。

 愛着障害は、優秀なカウンセラーやセラピストに適切な愛着アプローチを受けることが出来たなら、徐々に愛着障害を癒すことが可能だ。そして、背側迷走神経の活性化によるシャットダウンを停止させて、腹側迷走神経活性化させるには、適切なエクササイズが有効である。基本エクササイズとサラマンダーエクササイズを組み合わせて実施すると、自律神経の誤作動が正常になり、シャットダウンが解けてくる。さらには、緊張した筋肉に対する神経筋膜リリースも組み合わせると、もっと効果が高くなる。この三つを組み合わせて根気よく実施することで、PMSやPMDDが治るに違いない。

PTSDは心身のシャットダウン化

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)というメンタルの病気は、非常に治療が難しいし予後が良くないと言われている。その中でもとりわけ完全治癒が難しいのが、複雑性のPTSDであるというのが、精神科医の共通した見解であろう。眞子内親王殿下が、マスコミやネットからの度重なる批判的な言動を受けて、複雑性PTSDの症状になっておられるという宮内庁からの発表があった。戦争や大震災、大事故などの強烈な体験によって起こすのが単純性PTSDと定義されている。それよりも予後が悪いのが複雑性PTSDだと言われる。

 このPTSDというメンタル疾患は、心的外傷(トラウマ)によって起きるのであるが、どうしてこんな症状が出てしまうのかは、あまり解明されていない。特に、心が麻痺をしてしまったり解離症状を起こしたりするケースでは、どうしてそんな症状を呈してしまうのか不思議だと思われている。ましてや、複雑性PTSDのように何度も同じようなストレスを受け続けることで、どうして心の解離や遮断、または凍り付きが起きるのか、その機序が不明であることから、治療が困難なのだと思われる。精神科医泣かせの症状であろう。

 そして、PTSDによる症状は精神面だけでなく、身体症状も起きるから深刻である。例えば、聴覚や視覚、嗅覚、さらには味覚の異常も起きることもある。特定の強い光を見ると恐怖感が起きたり、地響きのような重低音を聞くと身体が硬直を起こしたりする。また、顔面神経麻痺や顎関節症を併発することもあるし、PMDDやPMSの症状が起きることもある。深刻な肩こりや片頭痛が起きることも少なくないし、線維筋痛症を発症することも多い。何故にそんな心身の症状が起きるのかというと、迷走神経の暴走によるものだからだ。

 自律神経は、交感神経と副交感神経の二つのバランスで成り立っていると考えられていた。ところが最新の医学理論であるポリヴェーガル理論が、自律神経の常識を変えたのである。副交感神経の殆どが迷走神経であるが、迷走神経には二種類あることが判明したのである。ひとつは、従来の副交感神経である休息や社会交流を生み出す腹側迷走神経と、もうひとつは闘争も出来ず逃走も不能な状態に追い込まれた時に働く背側迷走神経である。だから、闘争や逃走時に働く交感神経と、二つの迷走神経と、全部で三つの自律神経が存在するのだ。

 腹側迷走神経と背側迷走神経の働きは、同じ迷走神経でありながら、真逆の働きをする。腹側迷走神経は、休息、安定、安心、社会交流をサポートしてくれている。一方、背側迷走神経とは、逃げることも出来ず闘うことも適わない状況に追い込まれてしまった時に、スイッチが入ってしまう自律神経である。この背側迷走神経が働いてしまうと、心身のシャットダウン化が起きるのである。自分が意図していないのに、身体が勝手に反応するのだから厄介である。何故、そんな迷惑な働きをしてしまうのかというと、自分自身の心身を守る為に、やむを得ず心身のシャットダウン化が起きるのだ。

 どういうことなのかというと、闘争も逃走も出来ない状況に追い込まれた人間は、心身の破綻や倒壊を起こしたり、または自分の命を自分で絶ってしまったりしかねない。それを防ぐ為に、自己防衛反応として遮断や凍り付きを起こすのである。嫌な記憶を思い出したり考えたりしたくない為に、感情を塞いでしまうこともある。つまり、心も身体も完全に閉じてしまい、人形さんのように不動の状態になってしまうことも少なくない。不登校やひきこもりは、まさしく心身のシャットダウン化を起こしているから起きると言えよう。

 やっかいなことに、一旦背側迷走神経が活性化してしまうと、シャットダウン化からは容易に抜け出せなくなる。投薬治療を続けても、そしてどんなにカウンセリングやセラピーを受けたとしても、なかなか背側迷走神経の暴走は止めにくい。何故なら、メンタルだけの問題だけでなく、迷走神経は身体の変化をもたらしているので、ソマティツク(身体的)ケアーも必要だからだ。最新のポリヴェーガル理論の研究により、自分で出来る身体エクササイズと神経筋膜リリースを併用することで、背側迷走神経の活性化から腹側迷走神経の活性化に戻ることが可能になることが判明した。この方法を駆使すると、パニック障害や自己免疫疾患などの難病さえも、症状も軽くなると言われている。難病に苦しんでいる人には朗報だ。