発達障害の児童生徒が8.88%

 発達障害の児童生徒の割合が、8.88%だったという調査結果が出たという。これは、専門医の診断ではなくて、教師たちが発達障害だと確信した数字であり、果たしてこの割合が正しいかどうかは、はっきりとは解らないらしい。とは言いながら、学校で子どもたちと関わっている先生たちが直感でそのように思うのであれば、ある程度は的を射ているのかもしれない。ここでいう発達障害とは、ADHD、学習障害、高機能自閉症等を指している。また、この調査は特別支援学校や教室の子どもは含まれず、普通学級の子どもだけの調査だという。

 この数字は、以前の調査よりも高くなっているものの、文科省ではこの調査を担う教師たちの発達障害への認識が高まった結果であり、発達障害の子どもたちが増えている訳ではないと結論付けている。こういう認識こそが、文科省が抱えている極めて悪質なバイアスではないかと思われる。実際に子どもたちと接していない文科省の役人が、軽々しく発達障害の子どもたちは増えていないと断定しても良いのであろうか。そのような結論を出してしまうと、発達障害の子どもをこれ以上増やさない為の方策を取らないのではないだろうか。

 子どもたちと現場で向き合っている教師たちに質問すれば、正反対の返答が返ってくるに違いない。発達障害の子どもたちは、年々増えているという返答である。しかも、発達障害の子どもたちの扱いに困っているという先生は非常に多い筈だ。8.88%という割合は、明らかに発達障害だと確信した数字であり、グレーゾーンはその数倍になる筈である。文科省に申し上げたいのは、グレーゾーンの調査もすべきであり、グレーゾーンの子どもも含めた、抜本的な対策を早急に打たないと、とんでもない禍根を残すということである。

 ちなみに米国の最新の調査によると、子どもの6人に1人が発達障害であり、18%の割合で見られるという。そして、この20年間で確実に増えているとの見解である。日本の発達障害の子どもの割合が、9%未満だと言うのは信用できない。不登校やひきこもりのサポートを実際にしている者としての実感では、3割以上の子どもが発達障害であり、グレーゾーンを含めると、その割合は半数を優に超えていると思われる。そして、大人の発達障害の割合も、同じく3割を超えているという実感を持っている。

 さらに大事なことは、発達障害と推測される子どもと大人たちは、単なる発達障害ではなくて、愛着障害の二次的症状として表れている割合が非常に高いことである。発達障害は、脳の器質的な障害によるものであり、生まれつきの障害だとされている。当人に関わる人の対応の仕方で、症状が強く出たり弱く出たりはするが、完全に治癒することは見込めないとされている。しかし、愛着障害の二次的症状であるならば、親子の愛着が改善されると、驚くように症状が良くなる。実際に、親子の愛着が改善されて、発達障害の症状が軽くなった症例をいくつも経験している。

 発達障害だと診断したのは、ある程度の基礎知識を得た教師だとしても、その判断が間違っているケースも少なくない筈である。しかも、誤解を恐れずに申し上げれば、先生の約3割はグレーゾーンの発達障害という二次的症状を抱えていると思われる。つまり、教師の約3割以上は愛着の問題を抱えていると言っても過言ではない。そのような教師が自信を持って発達障害の診断が出来るとは到底思えないのである。障害者に同じ種類の障害者を診断せよというのは、あまりにも乱暴なのである。おそらく、無意識で見逃している例が多いに違いない。

 ということからも、8.88%という数字がいかに信用ならないかと言うことが解るであろう。こんないい加減な数字を基にして、文科省が教育方針や指針を作成しているとすれば、あまりにも子どもたちと先生が可哀そうである。発達障害や愛着障害が一向に改善されないのだから、不登校や苛めがなくならないのは当然である。ましてや、愛着に問題を抱えた教師は不適切指導を起こしやすいし、うつ病などの気分障害を起こして、休職や退職に追い込まれやすい。日本の教育が成果を残せず、世界から取り残されるのは当然であろう。文科省の抜本的な改革(イノベーション)が望まれる。

国際ロマンス詐欺に騙されてしまう訳

 国際ロマンス詐欺が横行していて、想像している以上に多くの善良な人々が騙されているとのこと。目的はお金であり、巧妙な話術によって騙されて、多額の金品が騙されているとのことらしい。結婚詐欺というのは昔からあった。多くは日本人どうしのケースが多くて、言語障壁もあるので外国人による詐欺被害はあまり多くなかった。ところが、SNSが発達した現代においては、簡単に外国人と繋がれる気安さもあり、外国人による詐欺が増えているのである。しかも、ロマンスを装って金品を騙し取る手口が多いという。

 このように国際結婚を餌にして、金品を騙し取る詐欺を『国際ロマンス詐欺』と言うらしい。実際に、自分にもSNSで見知らぬ外国人女性からのアクセスが何度もある。若くて美しい女性の写真を掲載していることもあれば、50代から60代の女性の写真が載せているケースもある。外国に住んでいる妙齢の女性を装う場合もある。若くてハンサムな男性の写真を掲載して、裕福な女性をターゲットにすることも多いという。どうやら、別人の写真を掲載しているらしいが、すっかり当人の写真だと思い込んで親しくなるみたいである。

 実際に会ったこともないのに、言葉巧みに相手を騙して、恋愛関係に陥れてしまうという。そして、結婚する為にはどうしても必要だとお金を要求される。すっかり信用しているので、要求通りにお金を渡してしまうらしい。結婚を先延ばしにしては、何度もお金を要求されるままに振り込んでしまうという。それだけ巧妙な嘘だと言えるが、どうして容易く信用してしまうのであろうか。おかしいなと気付かないものだろうか。恋は盲目とよく言われるが、恋愛状態にあると舞い上がってしまい、正常な判断が出来なくなるのであろう。

 こういった国際ロマンス詐欺を含めた詐欺に騙されてしまう人というのは、どういうキャラクターの人なのであろうか。何も疑わずに相手を信用してしまうような、根っからの善人だと思うかもしれない。確かにそういう人もいない訳ではないが、こういった詐欺に騙される人というのは、実は疑い深い人なのである。そんな馬鹿なと思う人が多いかもしれないが、他人をあまり信用しないような人の方が、簡単に騙されるのである。いつも、客観的に冷静に判断している人ほど、詐欺に引っ掛かってしまうのである。

 いつも主観的に物事を見る人と、客観的に観察する人では、どちらが詐欺に騙されやすいかというと、圧倒的に客観的に分析をする人ほど詐欺に遭いやすいのである。しかも、客観的に物事を判断する傾向が強い人というのは、高学歴で聡明な人が多い。高い学歴で賢い人は騙されにくいと思われがちであるが、実際は詐欺に遭いやすいのである。実際に、自分では騙されないと思い込んでいる人ほど詐欺に遭っている。客観的に判断しがちな人は、相手の気持ちに共感しにくい。だからこそ、相手の嘘を見破れないのである。

 松下電器(パナソニック)の創始者で、一代で日本有数の巨大企業にした、経営の神様と呼ばれる松下幸之助氏は一度も人に騙されたことがないという。成功を納めた彼の元には、連日に渡り大勢の経営者たちが儲け話(ニュービジネス)を持ちかけたという。中には、詐欺まがいの話も多かったという。松下幸之助氏は、誰もが騙されてしまう巧妙な儲け話であったとしても、絶対にそんな話には乗らなかったという。何故ならば、人から話を聞くときはけっして批判的に聞かずに、真剣な気持ちで主観的に聞いたからだと言う。相手の気持ちになりきって、共感的態度で聞いた。そうすると、自ずと嘘だと分かったと言うのである。

 人は自分にとって得になる話や利益が出る話を聞くと、その話が真実かどうかを客観的に判断しがちである。批判的・否定的な固定観念に基づいて、深く分析する傾向にある。騙そうとする詐欺者は、その辺の機微を心得ていて、客観的合理性を主張するのである。それ故に、客観的合理性を追求する傾向が強い人ほど、見事に騙されるのである。主観的に、そして共感的に話を聞く人ほど、騙されないのである。何故なら、騙そうとする人の気持ちが良く解ってしまうからである。共感的に話を聞く松下幸之助氏は、騙そうとする人の気持ちを洞察できた。国際ロマンス詐欺に遭う人は、客観的合理性を持つ分析力の高い人だから騙されるのだ。

※国際ロマンス詐欺に限らず、結婚詐欺に遭ってしまうのは、基本的に寂しいからです。強烈な不安感や恐怖感、生きづらさを抱えていて、満たされない心をどうしていいか解らない日々を過ごしているので、その心の隙間に付け込まれてしまうのです。騙される人よりも騙す人が悪いのは当然ですが、騙されない心を確立することも必要です。その為には、「寂しさ」を解消しなければなりません。必要なのは『自己マスタリー』です。正しい価値観や哲学を持ち、自己の確立をすることが求められます。

学校教育で自己肯定感を育てるのは困難

 学校教育を管理指導する立場にある文部科学省は、子どもたちの自己肯定感(自尊感情)を育む学校教育を目指しているという。どうすれば、自己肯定感が高まるのか、調査研究を進めているし、教師にも子どもたちの自己肯定感や自己有用感を育てる教育の進め方を指導している。そして、自分たちの活動が恰も成功しているかのように、自尊感情を持つ高校生が増えているとの調査結果さえ、公表している始末である。でも、相変わらず不登校の子どもは存在しているし、いじめや無視などが多数起きている。自尊感情が高まっているとは思えないのである。

 ましてや、学校現場における不祥事は後を絶たない状況にある。不適切指導や教師による暴力事件・性被害は少なくないし、不適格教師として処分をされたり中途離職をしたりする教師も多い。そもそも、絶対的な自己肯定感(自尊感情)を持つ教師が少ないのではないかと思えて仕方ないのである。自分に自己肯定感が育っていない教師が、どうして子どもたちの自尊感情を育むことが出来ようか。ましてや、自尊感情や自己有用感をしっかりと持っている教師なら、子どもたちの不適切指導や性被害行動を起こす訳がない。

 ダイヤモンド社のプレジデントという雑誌で、誉めることの特集記事を掲載したことがある。その際に、各企業の社員や管理者にアンケートを実施したそうである。その結果、よく誉められる人は、自分でも他人をよく誉めることが解ったという。教育の極意は、よく誉めて育てると言われているが、学校現場で誉められることや認められることが極めて少ない教師が、子どもたちを認めて誉めることが出来るとは思えない。ましてや、現代の教師たちの殆どが生きづらさを抱えているのに、子どもに生きる楽しさを伝えるのは難しいであろう。

 学校の先生たちの中で、何かしら心を病んでいる人は想像以上に多い。何らかの気分障害により、治療を受けている先生は多いし、休職している先生も少なくない。一般企業と比較しても多い筈である。どうして教師が心を病んでしまうのかというと、特殊な職場環境だからという理由だけではない。心が折れやすいという何か特別なパーソナリティを抱えているとしか思えない。その特別なパーソナリティとは、不安や恐怖感を抱えやすいというものではなかろうか。あまりにも神経が過敏で、心理社会的な過敏性を持っている気がする。

 そのパーソナリティは、小さい頃の育てられ方に起因しているのではないかと思われる。教師になる殆どの方たちは、親が教師であることが多いし、親の教養や経歴が立派だということが多い。勿論、教育熱心な親も少なくない。家庭における躾は厳しい傾向が強い。つまり、母性愛よりも父性愛が強い中で育てられるケースが多いということである。自己肯定感を持つには、三歳頃までの育てられ方で決まる。あるがままにまるごと愛されて育てられれば、自己肯定感が確立される。残念ながら、条件付きの愛である父性愛の強い育児では、自己肯定感が育たないのである。

 すべての教師が父性愛の強い中で育てられたという訳ではない。比較的多いという意味である。そして、そういう父性愛の強い家庭で育てられた教師ほど、とても優秀なので出世して学校や教委の管理職になる。だから、管理職は部下の教師を誉めることが不得意なのである。誉め上手は誉められ上手であり、誉められ上手は誉め上手である。誉められることが少ない教師は、子どもを誉めることが得意でない。誉め方も稚拙で、結果だけを誉めてプロセスを誉めることがない。これでは、子どもの自尊感情が育つ訳がない。

 文科省は、こういった大事なことはさておいて、自然体験やボランティア体験などが自尊感情を育てると主張する。または、多世代の交流や読書をしている子どものほうが、自尊感情が高いと分析している。この主張はある意味正しいと言えるが、自尊感情の高い子どもほど自然体験やボランティア体験をするし、多世代の交流や読書を良くすると言ったほうが正しい。自己肯定感を育てる教育は、家庭教育のほうの比重が遥かに高いし、自己肯定感の高い教師に出会った子どものほうが、自尊感情が高まると言える。文科省は、絶対的な自己肯定感を持つ教師を採用すれば、健全な子どもを育成できると心得たい。

保育士が園児に暴力を振るった訳

 静岡県裾野市の認可保育園で起きた事件は、社会に大きな衝撃を与えた。女性保育士というと、子どもには優しく接してくれる存在だと世間一般では思われているのに、子どもを吊り下げるというとんでもない暴行を加えていたとは、すごい驚きである。それにしても、そのような暴行に及んでいたのは、一人ではなくて複数いたというから、驚愕の極致である。保育園側ではそれを知りながら、隠蔽しようとしていたというから呆れる。このような暴行が日常茶飯事に行われるようになったのは、新しい園長に交替してからだという。

 保育園などでは、慢性的なマンパワー不足により、大変な思いで保育士さんたちが働いているという事情もあろう。または、難しい対応が迫られるような園児も大勢いたであろう。だとしても、虐待をしたりカッターナイフで園児を脅したりして、園児を自分たちの思い通りに操ろうとするのは、大きな間違いだ。暴力や罰でもって、自分たち保育士に従わせようとするのは、絶対にしてはならないことである。園児の心に大きな傷をもたらすし、彼らの性格や人格にまでも大きな影響を及ぼすからだ。

 いくら小さい子だとしても、日常的な暴力や虐待は子どもの心身に大きなダメージを与えてしまう。暴力暴言や虐待を受けて育つと、子どもの脳は取り返しのつかない損傷を受ける。記憶を支えている海馬が委縮してしまうし、前頭前野脳が成長しないばかりか退化してしまうこともある。また、脳の中にある偏桃体が異常に肥大化してしまい、不安・恐怖・怒りの感情がコントロールできなくなり、異常なパーソナリティを持ってしまう怖れもある。こうなってしまうと、やがてうつ病などの気分障害を発症することもある。

 暴力や虐待を受けなかった子どもは影響がないかというと、そうではない。それを日常的に見せつけられた子どものほうが、大きな心のダメージを受ける。自分も同じ目に遭うかもしれないという恐怖が大きいからだ。酷いトラウマを抱えることもある。心的外傷(トラウマ)を受けた子どもは、やがて大きくなってからパニック障害やPTSDを起こす可能性だってある。特に乳幼児期に虐待や暴力を振るったり、そういう場面を見せられたりするのは、絶対にあってはならないのである。保育士は暴行罪だけでなく、傷害罪も負うことになる。

 彼女らは『躾』の一環として虐待や暴行をしたとの認識だという。学校現場においても、指導の一環だとして悲劇的な不適切指導が起きている。虐めに加担するような教師もいるし、自らが暴言や暴行を繰り返す教師もいる。たまたま保育士が、今回は同じ行為をしてしまっただけである。他の保育園や教育現場でも起こりうるのである。保育士たちは、目の前の園児たちの言動が許せなかったのである。乳幼児が皆、自分たちの願うように、大人しく聞き分けのある子どもである筈がない。中には、騒ぎまわって指示をまったく受け付けない子どももいるし、反抗的な態度をする子もいたろう。

 多くの大人は、自分の思い描いたように子どもを支配して制御したいものである。特に小さい頃に、あるがままにまるごと愛されて育てられなかった大人は、自己肯定感が育ってないから、子どもの言動に対して寛容と受容が出来ない。すぐに切れてしまう。虐待や暴力を振るわれて育つと偏桃体が肥大化すると記したが、まさしく同じように育てられたのではなかろうか。怒りのコントロールが出来なくなっているのだ。自分は、インナーチャイルドが傷つけられて育っているから、子どものような純真さを表に出せない。その純真さを思いっきり表出させて騒いでいる園児が余計に許せないのだ。

 すべての人間がそうだとは言えないが、大きな愛で包まれて心が満たされている人は、他人に対して攻撃を加えることがない。豊かな愛を注がれ続けている人は、他人の言動を許せるし受け容れられる。小さい頃にあるがままにまるごと愛されて育った人、いわゆる豊かな母性愛に包まれて育った人は、自分より小さくて弱い存在をまるごと愛することが出来る。例え、自分の思い通りに行動しない園児だとしても、優しく接する。園児を暴行した保育士たちは、おそらく自我と自己の統合が出来ていなかったのではなかろうか。自己肯定感がなくて、自己の確立が不完全だったように思う。罪を償ったうえで、自己マスタリーを実現して、社会復帰してほしいと願う。

神は細部に宿る~森保監督の名言~

 サッカー日本代表の森保監督の座右の銘の一つが、『神は細部に宿る』だという。三苫選手の諦めない折り返しボールが、1.88ミリの差でラインを出ずに得点として認められ、その事実とリンクされて、神は細部に宿るという言葉がネットで拡散されている。この神は細部に宿るという言葉は、誰が最初に言い出したのかということも議論されている。世間一般では、ローエという著名な建築家が使い始めたというのが通説になっている。しかし、それ以前にもアインシュタインなど沢山の人が使っていたことが記録されている。

 この神は細部に宿るという言葉は、誰が最初に言い始めたのかということと、その真意はどういうことかということが盛んに議論されている。英語では、悪魔は細部に宿ると記されているので英語圏の人物ではないだろうと結論付けされている。神は細部に宿るという語句は、元々ドイツ語であるから、ドイツ語圏で最初に提唱されたのではないかというのが定説である。そこで有力なのが、ドイツの著名な数学者で神学者・哲学者でもあった、知の巨人と呼ばれるライプニッツではなかろうかという説である。

 ライプニッツは微積分の法則を導き出したことでも有名であるし、モナドロジーと呼ばれる『モナド理論』や『予定調和説』が斬新であり、現在にも通じる学説であると思われる。科学と哲学を統合させないと真理に到達しないと言っていることから、最先端の考え方である科学哲学を先取りしていたとも考えられる。予定調和説とは、宇宙におけるすべての事柄は、最終的に全体最適となるように神が予め調整しているという考え方である。神というのを宇宙意思とも読み替えれば、最先端の量子物理学や宇宙物理学の理論にも通じている。

 神は細部に宿るという言葉は、現在どんな意味で使われているかというと、ライプニッツが言いたかったこととは違うような気がする。ローエという建築家が用いたせいもあるが、建築物や芸術品を作り上げる時には、細部に渡り気を抜かずに細心の注意を払いながら創造することが重要である、というように捉えられている。どこか小さなところに不具合や駄目なところが一つでもあると、全体の価値さえも損なってしまうから、すべてに完璧を求めなさいというように考える人が多い。または、どんな些細なことも疎かにしないようにという戒めとして用いられる。

 まさに、あの1.88ミリのボールの折り返しは、最後まで諦めずにどんな小さなことにも真剣に努力してきた成果であり、森山監督が選手に対して『神は細部に宿る』と言い聞かせていたことが実を結んだと言えなくもない。日本の諺に『画竜点睛』というものがある。竜の絵を描いていて、眼を描き入れない絵を不思議に思った人が、どうして眼を描き入れないのかと詰め寄り、仕方なく作者が眼を描いた途端に、竜が絵から飛び出て天に登ったという逸話から来ているらしい。神は細部に宿るともリンクしているように思えなくもない。

 さて、神は細部に宿ると最初に言い始めたライプニッツは、どんな意味でこの言葉を使ったのであろうか。ライプニッツをよく知る人なら、現在の意味とはかけ離れているのではないかと思っているに違いない。彼のモナド理論と予定調和論に基づくと、神は細部に宿るという意味はまったく違うものとなる。モナド理論は、最先端の量子力学によって証明されつつあると言える。モナドというのは量子(素粒子)と同じだと推測できる。その量子は、まさに神の意思を持っているかのような働きをする。量子どうしが統合してネットワークを組んで、全体最適(予定調和)のような働きをする。それは、自己組織化するというのが定説であり、イリヤ・プリモジンがこれでノーベル賞を受賞した。

 本来の深い意味での『神は細部に宿る』の教えは、日本代表サッカー選手の活躍だけでなく、我々の正しい生き方さえも示しているのではないかと思う。勿論、ビジネスの世界においても有効である。人間も素粒子で組成されているのだから、人体の細部に神が宿っていると言える。人体のネットワークが正しく機能することによって全体最適=予定調和(心身の健康)が守られる。企業組織や国家も、それを組成する人間どうしの関係性と協調により、全体最適や予定調和が実現する。ジャパンブルーの選手たちの活躍も奇跡や偶然ではなく、森保監督を中心にしたチームの関係性と調和によって、神がもたらした必然であろう。

サッカー日本代表の勝因をシステム科学で読み解く

 ワールドカップでサッカー日本代表チームが強豪のスペインとドイツを破って、一次リーグをトップで通過した。どちらか一方を破るかもしれないと予想した人は少なくないかもしれないが、両方のチームを負かして予選リーグをトップで通過すると予想した日本人は少なかっただろう。ましてや、世界のサッカー界を牽引するスペインとドイツを敗戦に追い込むと予想した両国のサッカーファンは皆無に違いない。言わば奇跡とも言えるような番狂わせを演じた日本の強さは、どうして生まれたのかをシステム科学で分析したいと思う。

 サッカー日本代表チームはサムライブルーとも呼ばれている。サムライブルーが勝てたのは、世界でも活躍できる選手を招集することが出来たからだというのは間違いない。しかし、想像した以上に活躍できたのは、森保監督の采配の的確さと指導力の賜物だという人は多い。誰もが、森保監督の手腕を認めているであろう。その戦術は、的確であり効果的であったと思われる。特筆すべきは、森保監督の指導力(教育力)の素晴らしさであろう。科学的な根拠に裏付けされた指導力と選手の育て方は、世界でもトップクラスと言える。

 森保監督の指導と育て方は、心理学と教育学、さらには脳科学的にもエビデンスに伴ったものだと言えよう。故に、選手の個々の能力を発揮することが可能になったし、実力以上のものが引き出せたに違いない。最先端のシステム科学に基づいたような采配と指導を行えば、大きな成果を産みだすのは当然である。人間はひとつのシステムであるし、チームという組織もまたシステムである。このシステムの機能を最大限に発揮するには、システム科学の思考が必要である。そのシステム思考に基づく指導をしないとシステムは機能しない。

 森保監督の指導方法は、実に科学的でありシステム思考の哲学に則った選手の育て方をしたのである。だから、選手たちは実力以上の能力を発揮したのであるし、チームがまとまって結果を残したのである。システム思考に則った指導法とは、自己組織化と関係性を重視した育て方のことである。この指導を行えば、オートポイエーシス(自己産生・自己産出)が起きる。つまり、個々の選手が大きな成長をするし、チームが大きな結果を産みだすことになるのだ。まさしく、森保監督はこの科学的な手法を用いて結果を残したのである。

 スポーツの指導者はともすると、選手を成長させようとして、厳しく選手に接しがちである。規則やルールで縛ろうとするし、勝手に行動しないように制御しがちである。監督が思い描いたように、選手を動かそうとする。確かに、監督が描いた戦術通りに選手を動かしたくなるのは当然である。ところが、選手をコントロールしようとすればするほど、選手は動かなくなる。練習の時には上手く動いてくれるが、緊張したり興奮したりする場面や大事な試合になればなるほど、身体が動かなくなったりミスを犯したりするものなのだ。

 人間と言うのは、一方的に支配されて所有されたりすると、本来の機能を発揮できなくなる。または、強い干渉や介入を繰り返して、制御をし過ぎると、自己組織化の能力を発揮できなくなる。チームもやはり強すぎる干渉や制御により、自己組織化できなくなるしオートポイエーシスが働かなくなる。森保監督は、選手に対して干渉や介入を極力避けていたようであるし、選手個人の主体性や自主性、さらには責任性を尊重していたらしい。さらには、選手との関係性、またはチーム員どうしの和(関係性)を高める言動を心掛けていた。

 絆(関係性)が強ければ、個人や組織の自己組織化が高まる。個性豊かなサムライブルーだが、選手どうしと監督との関係性は、世界でもトップクラスの豊かさだと思う。その絆の強さは、監督の人柄と言動によるものだと思われる。指導力は高いし戦略性のある外国人監督だが、残念ながら言葉の違いもあるし日本人独特の文化・習慣に疎いので、関係性を高めることは出来なかったように思う。誰よりも優しく思いやりのある日本人らしい森保監督だからこそ、関係性が豊かになりシステムの機能が高まって、結果を残したのである。決勝トーナメントでも、今まで通りに選手を指導してくれることを期待したい。

牛肉を食べると地球温暖化が進む

 牛肉を食べると地球温暖化を招くと聞いても、ピンとこない人が多いかもしれない。牛肉と地球温暖化にどのような関連があるのか、不思議に思うことであろう。牛が呼吸をすることで二酸化炭素を増やすから、または飼料作成の段階で二酸化炭素を放出することにより、地球温暖化が進むと考えるのは、普通に考えられることだ。しかし、牛を育てると二酸化炭素だけでなく、地球温暖化の物質が大量に出るという事実があるのだ。その地球温暖化の元凶とはメタンガスである。牛はメタンガスを大量に出す生き物なのだ。

 牛には、胃が4つあるということは広く知られている。第一胃に入れた食物を、第二、第三、第四の胃へと反芻しながら移していく。牛は第一の胃に入れて、食物を消化する為に腐敗を起こさせる。この腐敗させる段階で、メタンガスが大量に作成されて、反芻の際にゲップをして外に放出されるのである。メタンガスは、二酸化炭素よりも遥に高い温室効果ガスになってしまうのである。二酸化炭素の28倍もの高い温室効果があると言われている。牛の反芻のゲップだけが、メタンガスの発生源ではないが、かなりの量が発生している。

 メタンガスの発生源は、牛の他に反芻をする羊もゲップをすることが知られているが、牛ほどのメタンは発生させていない。化石燃料を燃焼させる時にもメタンは発生するし、ゴミの集積所でも生じる。田んぼでもメタンの発生が確認されている。発生源のうち、牛の発生量はかなり多いらしい。牛だけを地球温暖化をさせている悪者にするつもりはないが、実際に東南アジア、アフリカ、南米でメタンガスが大量に増えている。これらの地域では、牛肉を食べる食習慣が増えていて、ここにきて牛の飼育が急増しているのも事実だ。

 SDGsを推進するために、牛の飼育頭数を減らす努力が求められる。温室効果ガスだけの問題だけでなく、省エネや健康増進の観点からも牛肉を大量に消費する食習慣を見直すべきではないだろうか。牛を飼育する為には、大量の穀物を食べさせる必要がある。先進国が牛を食することで、飼料である穀物を大量に消費してしまい、発展途上国で穀物が足りなくなって飢餓が起きているのである。日本でも牛肉を必要以上に消費するようになった。牛丼やハンバーガーが大量に消費されるようになったからだ。

 元々日本においては、牛肉を食する習慣はあまりなかった。明治維新の文明開化によって、牛鍋、すき焼き、焼き肉、ステーキの食文化が広まった。富国強兵策と肉食がリンクしたのであろう。戦後には欧米の食文化がさらに広まり、ハンバーガーが大量に消費されると共に、牛丼がファストフードとして定着し、大量の牛肉が消費されている。ハンバーガーや牛丼は廉価であるし、手軽にどこでもいつでも入手できることから、大量に食されるようになった。このようなファストフードの食習慣は、伝統的な和食文化を廃れさせている。

 牛乳を飲むという食習慣も、戦後に米国がパン食を日本に広めるための戦略が機能して、広まってしまった。牛乳が健康を増進するというプロバガンダが成功したのであろう。日本では、牛乳を飲むという食習慣はなかったが、学校給食において牛乳を飲ませることで、日本の子どもたちの食習慣を洋風に変えたのである。牛肉を食べることと牛乳を飲むという食習慣が日本に広まったことで、牛を飼育する農家が急激に増えたのである。さらに、牛肉の輸入自由化によって、安価な牛肉が米国や豪州から大量に輸入されるようになった。

 このまま牛肉を大量に食べ続ける食習慣と牛乳をたくさん飲む食生活を継続すると、世界で牛を大量に飼育することになり、SDGsを進めるうえで問題となる。地球温暖化に悪影響を与えるのは間違いない。だとすれば、完全に牛肉を食べないようにするとか、牛乳を飲まないようにするということは難しいが、大量消費だけは避けたいものである。ましてや、牛肉や牛乳を摂り過ぎると健康上の問題が起きると主張する専門家が多い。元々日本の伝統的な食文化においては、肉を食べるのはハレの日だけだった。日常的に大量の牛肉を食べる食習慣を見直して、地球温暖化を防ぎたいものである。

芸能人が心身のトラブルを抱える訳

 日本の芸能人だけでなく著名な世界のスターたちもまた、心身のトラブルを抱えているケースが少なくない。それも、身体と心の両方にトラブルを持っていることが多いのだ。日本の芸能人では、昔から心身のトラブルを抱えていても、あまりカミングアウトをすることがなかった。最近はあまり気にすることなく、心身のトラブルをカミングアウトして、療養のために休養する芸能人が増えた。世界的な大スターでも、レディーガガが線維筋痛症をカミングアウトしたし、ジャスティンビーバーがラムゼイ・ハント症候群という難病を公表した。

 ジャスティンビーバーは、この難病だけでなく鬱と薬物依存症だったと告白したし、レディーガガは摂食障害で苦しんだと伝えられている。日本の芸能人でも、線維筋痛症や原因不明の痛みやしびれを抱えている人も多いし、鬱や摂食障害、PTSDやパニック障害、薬物依存やアルコール依存で苦しんでいる例が多い。そして、それらの芸能人に共通しているのが親との関係に問題を抱えていて、中には毒親だったとカミングアウトするケースもあるということだ。自己肯定感が育ってなく、HSPを抱え不安や恐怖感を持つ芸能人が多い。

 どうして芸能人は心身のトラブルを抱えてしまうのかというと、根底に愛着障害を抱えているのではないかと思われる。親が才能ある子どもに大きな期待をして、過介入や過干渉を繰り返し、親の思うままに支配しコントロールをしているのであろう。勿論、親は意識してそんな毒親まがいの仕打ちをしている訳ではない。子どもが有名になり大スターになるように育てたいと強く思い過ぎるあまり、親はそんなふうに子どもを操ってしまうのだ。まるで自分の思いのままに踊るマリオネットのように子どもを扱うのだ。

 子ども時代に愛着障害になるように育てられた子どもは、大人になってもその障害を乗り越えることは難しい。強烈な生きづらさを抱えて生きるようになるし、不安や恐怖感から抜け出せない。このような芸能人は、おしなべて魅力的なのである。多くのファンを惹きつける芸やパフォーマンスを披露する。それは、天性の才能があるとも言えるからである。HSPという症状がそのような才能を開花させると考えられる。彼ら彼女らの何とも言えない素敵なパフォーマンスは、ファンの心の琴線を打ち震わせるのである。

 もしかすると、芸能人がたまたま愛着障害とHSPを抱えているのではなくて、愛着障害とHSPを根底に抱えているから芸能人として大成しているのではなかろうか。だから、多くの芸能人が心身のトラブルを抱えているのかもしれない。愛着障害とHSPを抱えるが故に、そのパフォーマンスが人々を惹きつけたとしても、彼らの心身のトラブルが深刻になってしまい、自死を選んでしまうことは避けてほしいものである。自らの命を縮めてしまった芸能人が何人もいるが、苦しい胸の裡を誰かに打ち明けていたら防げたと思うと残念だ。

 愛着障害を抱えて心身のトラブルを抱えた人が、その障害を癒せて心身のトラブルを乗り越える方法はないかというと、まったくない訳ではない。親が深く反省して、生まれ変わったように母性愛(無条件の愛)を注ぎ続けて、安全基地の役割を果たすことが出来たら、愛着障害は癒える。しかし、そこまで変われる親は皆無である。自分が我が子を愛着障害にしてしまったという認識がないからである。心身のトラブルに苦しむ当の本人も、愛着障害であるという認識がないのだから当然だ。もし、愛着障害であるという認識を持てたとしても、親が高齢になっていたら、乗り越えるのは極めて難しい。

 それでは親に期待できないとしたら、どんな癒しの方法が考えられるだろうか。親に代わって安全基地となれる存在がまず必要である。個人でも良いが、出来たらチームで安全基地になるのが好ましい。何故なら、個人だと依存され過ぎるし、異性だと転移が起きやすいからである。勿論、転移が起きても結婚できるなら良いが、なかなかそうは行かない。安定した愛着を持っている人なら安全基地になれるが、そういう人は極めて少ない。チャールズチャップリンが四度目の結婚をしたウーナ・オニールはそういう女性だった。それまでは私生活で不幸だったチャップリンは、彼女の献身的な愛により愛着障害を乗り越え、幸福な人生の幕開けを迎えられたのである。

※愛着障害とその二次的症状であるHSPやメンタル疾患、そして身体的な不調は、医療機関でも根治できないことが多いようです。何故なら、愛着障害が原因だと認識している医師やカウンセラーがいないからです。ひとつだけ愛着障害を癒せる方法があります。それは『オープンダイアローグ療法』というミラノ型の家族療法です。残念ながら、オープンダイアローグ療法を取り入れている医療機関は極めて少ないのです。イスキアの郷しらかわでは、オープンダイアローグ療法の方法をレクチャーしていますので、ご相談ください。

摂食障害を乗り越える方法

 摂食障害に苦しんでいる人たちは、想像以上に多いという事実を知らない人が多い。何故かと言うと、摂食障害だということを本人が隠しているケースが多いからである。摂食障害の子どもを抱えている親も、そのことを隠したがる傾向にあるし、医療機関の受診をさせない場合も多い。摂食障害を抱えている子ども自身も、医療機関に行きたがらないし、自分の苦しみを誰にも相談できないのである。一人で過食と嘔吐を繰り返す摂食障害の苦しみを抱え込むことが多い。中には、親にもひた隠しにしている子どもがいる。孤独感を抱えているのだ。

 たとえ、専門の医療機関を受診したとしても、治療が難しいこともあり、症状が改善することはまずない。そもそも摂食障害を起こしている子どもとその親は、摂食障害が深刻な病気であるという認識がないし、起きた原因を特定できていないのである。親たちも、子どもの摂食障害について相談したがらないし、相談されても適切な助言ができる相談機関も少ない。したがって、摂食障害の子どもと親は、この障害は治らないものだと諦めることが多い。子どもだけでなく、親も孤独感を抱えているのである。

 確かに、摂食障害は治りにくい。投薬治療も効果が見られないというか、そもそも投薬治療は適切ではない。カウンセリングやセラピーを受けたとしても、その効果は限定的である。障害を起こした本当の原因を特定できていないのだから、当然であろう。摂食障害の真の原因は、親子関係における問題にある。親子の愛着に問題を抱えているから、摂食障害が起きると言っても過言ではない。『愛着障害』こそが、摂食障害の本当の原因である。だから、摂食障害の子どもだけを治療しても改善しないのである。

 摂食障害が起きているのは、愛着障害に原因があるのだから、親子関係における歪んだ愛着を改善しなければ、摂食障害は治ることはないと言える。障害を起こした子どもの治療も必要だが、親に対する治療こそが求められる。愛着障害は、親の子どもに対する態度が根本的に変わらなければ、癒されない。したがって、親に対する適切なカウンセリングこそが必要なのである。ところが、摂食障害の原因が自分にあるのだということを、親は認識したがらない。ましてや、障害の原因が自分にあると言われたら、反発して聞く耳を持たない。

 摂食障害を起こしている子どもは、自分が愛着障害だということを知らないことが多い。そして、その親もまた子どもとの愛着に問題があるという認識がない。何故なら、愛情不足なんて絶対にないと思うくらいに、子どもに対して愛情を沢山注いできたという自信があるからである。愛情不足なんて絶対にないと思うほど、親たちが子どもに愛情をこれでもかという位に注ぎ続けているのは確かである。それは障害を起こしている親子に共通している事実である。しかし、親が子どもにかけている愛情こそが問題なのである。

 摂食障害を起こしている子どもに対して注がれてきた愛情は、父性愛的な愛情である。無条件の愛である母性愛は、絶対的に不足している。障害を起こしている子どもに注がれてきた愛情は、過介入や過干渉の愛である。それは、本当の愛ではない。偽りの愛情である。親が、無意識のうちに子どもを支配する為、かつ子どもをコントロールする為に注いでいる歪んだ愛である。本来は、親は子どもに対して『あるがままにまるごと愛する』という態度が必要である。そういう母性愛だけを3歳くらいまで注ぎ続けなければならない。それを怠ってきたから愛着障害が起きて、摂食障害という二次障害を起こしたのだ。

 何故、親はそんな間違った愛情を注いだのかというと、実は親もまた愛着障害だからである。だからこそ、親に対する治療が必要なのである。唯一、摂食障害を癒す治療法がある。その治療法とは、『オープンダイアローグ』である。ミラノ型の家族療法であるこのオープンダイアローグは、愛着障害を根本的に治すことが出来る。この療法は歪んでしまった愛着を、本来の豊かな愛着に変えてくれる。しかし残念ながら、このオープンダイアローグ療法を取り入れている医療機関は極めて少ない。精神科の医師やカウンセラーは、是非ともこのオープンダイアローグを学んで実践して、多くの摂食障害者を救ってほしいものである。

オカルト宗教にはまった人を救うには

 安倍晋三元総理の銃撃事件から、にわかに旧統一教会に関わる政治家への糾弾が激しくなった。いまさらと思うが、マスコ・SNS上でも、それらの政治家批判が広がっている。それにも増して、旧統一教会の悪質な資金集めが注目を浴びると共に、えげつない会員勧誘の実態が明らかになり、教会員になった当人だけでなく、その家族の悲惨な状況が報道され始めている。一度旧統一教会のようなオカルト宗教に入信してしまうと、あまりにも巧妙な脱退引き止め工作もあるが、当人が洗脳されているので脱会が困難となる。

 入信してしまった当人の家族は、何とか脱会させようと説得を試みるのであるが、家族の話に聞く耳を持たない。オーム真理教の時もそうだったが、一度信じてしまうと頑なに脱会への説得に反抗する。自分が正しくて、入信しない人たちが騙されていると思い込んでいるのだ。逆に家族を説得しようとする始末で、手に負えない状況になっていることが多い。多額の寄付をさせられたり、高額な壺や教本、または書画などを買わされたりして、破産することも少なくない。信者二世は、貧困に喘ぐことになる。実に可哀そうなのである。

 オーム真理教事件の際にも、大きな社会問題になったのであるが、信者たちは巧妙に洗脳されてしまっているという事実である。強力なマインドコントロールを受けているから、どんなに説得しようとしても、効果がまったくないのである。まさしく、旧統一教会を初めとしたオカルト宗教は、強力なマインドコントロールを実施しているのである。心理学や脳科学に精通した科学者たちが助言しているのであろうが、実に巧妙な洗脳策なのである。一度マインドコントロールをされてしまうと、その制御から覚めることは、まずないのである。

 それでは、一度マインドコントロールをされると、絶対に覚醒することはないのかというと、そうではない。心から信頼をしている支援者から、適切できめ細やかなサポートを受ければ、洗脳から目覚めることが可能になる。しかし、その適切な支援方法を知っている人は少ないし、その技量を持ち合わせている人は極めて少ない。ましてや、その方法を知っていたとしても、長くて苦しいマインドコントロールからの脱却を支援するのは、並大抵の苦労ではない。自分自身も心身ともに疲弊するし、自分の生活を犠牲にする覚悟も必要だ。

 オカルト宗教にはまった人を助け出す方法を論じる前に、何故オカルト宗教にはまってしまうのかを明らかにしたい。オカルト宗教だけでなく、殆どの宗教において信者にする為に、今のままだと不幸から抜けきれないし、これからも不幸が続くと脅す。人々の持っている不安感を煽るのである。普通の感覚や感性を持っている人ならば、そんな言葉に騙されない。ところが、愛着障害を抱えていてHSP(ハイリィセンシティブパーソン)の人は、不安感や恐怖感を持っているので、簡単に引っかかってしまう。HSPは神経学的過敏と心理社会的過敏を持っているので、強烈な生きづらさを抱えているし、愛情に飢えている。

 そんな愛着障害とHSPを抱えているが故に、オカルト宗教に簡単に騙されて、マインドコントロールされてしまうのである。こうなってしまうと、どれ程「あなたは騙されているし洗脳されている」と説いても、聞く耳を持てないし反発するのである。歪んだメンタルモデルが一旦作られてしまうと、どんな言葉も受け入れない。宗教関係者の声にしか耳を傾けないのである。このような状況になってしまった人には、ナラティブアプローチかオープンダイアローグしか効果がない。出来れば、ナラティブアプローチの手法を用いたオープンダイアローグが必要である。

 ナラティブアプローチは、対象者をけっして否定しない。まずは、共感をするし傾聴するだけである。どんなに間違った価値観や哲学を持っていたとしても、それを批判したり否定したりしないのである。何度も何度も同じ話を聞いて、否定せず共感するのである。そうすると、セラピストを信頼するし安心するのである。そして、本人にいろんな質問をして行くうちに、自らの間違いに気付き始めるのである。オープンダイアローグ療法にて、家族と一緒に複数のセラピストと共にナラティブアプローチを活用した質問をして行き、時折適切なリフレクティングを活用していくと、より効果が高くなる。そうすれば、マインドコントロールから抜け出せるに違いない。