身体を動かさないと死へと向かう

 人間の寿命は『骨』で決まると言うと、びっくりする人が多いかもしれない。そして、身体を動かすかどうかで、長生きするかどうかが決まると聞いたら、そんなことがあるのかと驚く人も多いであろう。人間の身体が老化を迎えるかどうかは骨が決めていて、身体を動かすと骨が作られ、動かさないと骨は滅んで行く。ということは、身体をよく動かす人は老化しないで長生きするし、身体を動かさない人は早く老化してしまい、滅んでしまうということになる。それは身体だけではなく、脳の機能も滅ぶというから恐ろしい。

 人間の老化を促進させてしまうシステムは、骨に関連するホルモン(神経伝達物質)によって働いているという。そのホルモンとは、スクレロスチン、オステオカルシン、オステオポンチンという三つの神経伝達物質である。スクレロスチンは骨芽細胞を減らしてしまう。スクレロスチンが多く分泌されると破骨細胞を増やして骨芽細胞を減らし、逆に少ないと骨芽細胞が増加するのだ。そして、その骨芽細胞から人間の老化させるかどうかに関係するオステオカルシンとオステオポンチンというホルモンが作られているのである。

 骨芽細胞から産出されたオステオカルシンが、血液によって脳の海馬まで運ばれて、海馬を刺激する。そうすると海馬の働きが活性化するだけでなく、海馬の細胞も増加して大きくなる。反対に骨芽細胞が少なくてオステオカルシンが分泌されないと、海馬の働きは衰え、海馬の体積も縮小するという。極端に海馬が委縮すると、記憶力が極端に低下してしまい、認知症にもなりやすい。つまり、骨芽細胞の多い少ないが、脳の老化を進めるかどうかを決めているというのである。オステオカルシンが脳の機能を決めているのだ。

 それだけではない、オステオカルシンが筋肉組織に届くと、筋肉組織の細胞を増加させて、筋力アップにも寄与するらしい。さらに驚くのは、オステオカルシンが精巣に届くと、なんとテストステロンというホルモンを活性化させ、精子の生産力を向上させるというのである。また、骨細胞から分泌されるオステオポンチンというホルモンが、人体の各組織に送られて、免疫力を高めるのに役立っているというのだ。オステオポンチンが不足すると免疫力が低下して、ガンや生活習慣病、または重篤な感染症を引き起こすのである。

 どうして骨が人体の老化を決めているのかというと、骨の状況によって寿命を延ばすかどうかを決定するのではないかと推測される。どういうことかというと、骨の密度が低下してスカスカの状況になってくると、もう無理して長生きさせる必要がないと記憶力や免疫力を下げるものと思われる。さらには、筋力も低下させるし精力も必要ないと判断するとみられる。骨の状態を人体ネットワークが分析して、老化をさせて死に至らせる作用が働くのではないだろうか。ある意味、老人にとっては残酷なシステムとも言える。

 その際、オステオカルシンやオステオポンチンという若返りホルモンを分泌させる骨芽細胞を増やすかどうかをコントロールするのが、スクレロスチンというホルモンだ。このスクレロスチンが骨芽細胞を増やすかどうかを決めているのだ。運動をするとスクレロスチンが減少し、身体を動かさないとスクレロスチンが増える。スクレロスチンが多いと、骨をスカスカにさせて身を滅ぼすのである。その運動も、骨に対してショックを与えるような運動こそ効果が高いということが解った。つまり、ただ歩くだけでは駄目で、走る、ジャンプする等、骨に対して負荷をかけることで、スクレロスチンが少なくさせることが判明したのである。

 骨に強い衝撃を与える運動が老化と死を防止して、健康で長生きさせるのである。ということは、骨にあまりショックを与えない運動は、老化を止められないということだ。例えば、スイミングやサイクリングは筋肉に負荷をかけるが、骨にはあまりショックを与えないから、老化は進むということである。それじゃ、どんな運動がいいかというと、バスケット、バレー、テニス、野球、ジョギング等が良い。しかし、高齢者には過酷である。高齢者でも出来る老化を防ぐスポーツは何かというと、登山、ゴルフは骨に衝撃を与えるのでピッタリだ。特に登山は、下山する時にドンドンと踵にショックを与えるから、骨芽細胞を増やす。新型コロナも防ぐ。健康で長生きしたいなら、登山をすることをお勧めする。

ひきこもりは迷走神経によって起きる

 ひきこもりになる原因は、学校や職場におけるいじめや不適切指導だと思っている人が殆どではなかろうか。それはまったくの間違いであり、確かにそれらはきっかけではあるが、本当の原因ではない。ひきこもりにならざるを得ない真の原因は、迷走神経にあるのだ。だから、一旦ひきこもりに追い込まれてしまうと容易に回復できないし、何度も挫折を繰り返してしまうのである。そして、ひきこもりは自分の努力だけでは解決できないし、例え手助けがあったとしても、ひきこもりから引き出すのは容易でないのである。

 迷走神経が本当の原因であると言われても、ピンとくる人は極めて少ないであろう。なにしろ、現代の医学理論においては、迷走神経の研究がまだまだ進んでいないからである。ましてや、最新の医学理論であるポリヴェーガル理論を知っている医師や研究者が少ないのだから当然である。正しくて斬新な医学理論であればある程、多くの臨床医は自分の自説を曲げずに、新しい医学理論を受け入れたがらないのだ。優秀で実績をあげている臨床医ほど、自分の経験や知識が正しいのだと思いがちなのである。

 ポリヴェーガル理論というのは、今までの自律神経理論を覆す極めて重要な医学理論である。免疫学分野において、新しく獲得した免疫システムが、重症感染症に罹患することによって、古い免疫システムに切り替わってしまうという不思議な現象が起きることは知られている。免疫学の大家である安保徹先生は、そのことを理解されていたが、その切り替わりが迷走神経によるものだということはご存じなかったようである。自律神経のうち、副交感神経の免疫システムには二つあるというのは認識されていたようだ。

 従来の自律神経システムは、交感神経と副交感神経の二つの自律神経がバランスを取って、人間の活動と休息を支えていたと思われていた。社会交流や免疫を支援する副交感神経と、闘争または逃走かの状況に陥った時に働く交感神経の二つだけだと認識していたのである。副交感神経のうち約8割は迷走神経から出来ている。実はその副交感神経は一つだけでなく、2つの迷走神経があるということを、米国のポージェス博士が発見して学会に発表した。それは1994年のことであったが、日本で氏の著作が出版されたのは2015年である。

 副交感神経を司る迷走神経には、背側迷走神経と腹側迷走神経がある。だから複数の迷走神経の理論ということで、ポリヴェーガル理論と呼ばれている。腹側迷走神経というのは、従来の平穏でストレスフリーの状態で、休息や社会交流を促進する迷走神経である。それがストレスにさらされ危険な状態が差し迫ると、脊髄交感神経が働き闘争するか逃走するかの選択をする。ところが、闘うことも適わず逃げることも出来ない極限状態に陥ると、背側迷走神経のスイッチが入り、遮断や失神を起こすのである。

 背側迷走神経が一旦働いてしまうと、遮断(シャットダウン)や不動化、または心身の閉塞状況に追い込まれてしまう。社会交流が出来なくなり閉じこもり、いわゆるひきこもりの状態になるのである。何故、そんなことになってしまうかというと、人間の防衛反応なのである。闘争も逃走も出来ないような極限状況に人間が追い込まれてしまうと、精神の解離や崩壊を起こすとか、または自殺を起こしかねない。そういう状況にならないように、自分自身を守るためにシャットダウンや失神、閉じこもりを起こすのである。

 何故、闘うことも出来なく逃げることも出来ないと判断してしまうのかというと、根底に愛着障害があるからだ。安全と絆を提供してくれる「安全基地」が存在しない為に愛着障害になってしまうと、HSPになり背側迷走神経のスイッチが入りやすくなるのである。背側迷走神経のスイッチが入りシャットダウンが起き、ひきこもりに追い込まれてしまうのである。言い換えると、自分自身の防衛反応として敢えてひきこもりをするのである。意識的にひきこもりになるのではなく、無意識的になってしまうのだ。ひきこもりを解決するには、背側迷走神経のスイッチを切って、腹側迷走神経に切り替えることが必要なのである。

痛みが和らぐ優しくなでる手当法

 原因不明の痛みやしびれで苦しんでいる人が意外と多い。骨や神経には特に目立った異常がなく、これと言った痛みの元となるような生活習慣も見当たらないという。メンタル面では気になることもあるが、それが痛みやしびれの原因になるとは到底思えない。医師からは、精神的なものかもしれないと診断を受けることもあるが、自分ではそんなに深刻な悩みを持っているとは感じないのである。医師からは、心因性疼痛とか線維筋痛症という診断を受けて投薬治療となるが、一時的には良くなっても再発を繰り返すことも少なくない。

 

 そんな原因不明の頑固な痛みやしびれを、いとも簡単に和らげる方法がある。それは、お母さんが痛みを訴える子どもに実施している方法である。「痛い痛いの飛んでけえー」というあのやり方である。優しく撫でたりさすったりしながら、あの魔法のような言葉「痛い痛いの飛んでいけえー」と言ってあげるのである。流石に、大人にはこのような台詞は似合わないから、「ここが痛いんでしょ、痛いよねえ、早く痛みがなくなりますように」というような言葉を掛けながら、心を込めて優しく撫でてあげると、不思議と痛みが和らぐのである。

 

 そんな馬鹿なことがあるかと思う人は多いかもしれない。そんな非科学的な方法でこんな深刻な痛みが和らぐことなんかないと思うことであろう。しかし、騙されたと思ってやってみるといい。ただし、施術を受ける人と実施する人との間に信頼関係があることが必要だ。また、施術をする人自身、痛みが和らぐと心から信じることが求められる。さらには、施術する相手を安心させて緊張を緩めるような言葉がけや態度を要する。つまりは、カウンセリングマインドが必要だということだ。そうすれば、魔法のように痛みが和らぐ。

 

 どうして、そんなことが起きるのかと言うと、原因が心因性の疼痛だからである。でも、実際に疼痛が起きているのは確かであり、痛みの原因物質が存在する。または、痛みを感じるように無意識の脳が痛みの神経を刺激して、疼痛があると意識させるのである。心因性の疼痛を起こしている方は、自分でも乗り越えることのできない大きなストレスまたは深刻なトラウマを抱えていることが多い。心がいつも緊張しているから、筋肉がいつも緊張していて凝り固まっているのである。故に血流障害が起きているし、神経系誤作動の暴走がある。

 

 痛みが起きている場所を、信頼する人に優しくゆっくりと撫でられると、筋肉が緩むし心も和らぐ。皮膚に存在する痛点よりも感触点を感じる力の方が優位であるから、軽く触られていることを感じると、痛点の感覚が少し麻痺してしまうらしい。ましてや、心を込めて優しく触られているという快感があるので、痛点が感じなくなるシステムだと考えられている。勿論、これで疼痛がすべて完治する訳ではない。しかしながら、心を込めて自分の為に優しくさすってくれることを繰り返しているうちに、症状が随分と軽くなるのは間違いないだろう。

 

 心因性疼痛や線維筋痛症で苦しんでいる人たちは、ストレスやトラウマだけでなく、得体の知れない不安や恐怖をも抱えていることが多い。それは、自分にとっての絶対的な安全基地がないからである。そして、この不安やお怖れが神経系統の誤作動を起こさせ、『痛み』を感じさせているのではないかと見られている。痛みの場所をゆっくりとなでられると、オキシトシンホルモンという安心ホルモン(愛情ホルモン)が放出される。これがオキシトシンタッチという不安を解消させる療法である。自分を安心させてくれる人が優しく撫でてくれることで不安が和らぎ、痛みも少なくなるのである。

 

 心因性の疼痛や線維筋痛症の症状は、優しく撫でたりさすられたりすることで和らぐ。そして、痛みの筋肉部分を揺らしたり筋膜をリリースしたりすることでも痛みが和らいでくる。筋肉を緩めることが心を緩めることにも繋がっているのかもしれない。メンタルが不調の方たちも、筋肉が過緊張になっていて原因不明の疼痛を抱えていることが多い。心が固まっていると言えなくもない。心が緊張して固まっていると、筋肉も強張っているから血流障害や神経系統の誤作動が起きて、疼痛が起きていると思われる。こういう症状にも、優しく撫でたりさすったりすることで疼痛を和らげられるだろう。

ええ加減でいいんですよ

 料理家として有名な土井善晴さん、さぞかし素材や作り方に拘っていて、きっちりとした料理を作るんだろうと勝手に思い込んでいた。プレバトというTV番組でも料理の盛り付けにも厳しい評価をしていたものだから、ついついそんな風に思っていた。ところが、NHKラジオの対談番組を聞いてびっくりした。『料理なんてええ加減でいいんですよ』というのが口癖らしい。料理を作る時に、最後に味を調えたりもう一工夫を加えたりというのはありがちだが、それをしてはいけないと言うのだから驚きだ。

 

 勿論、ええ加減というのは努力を怠ったり手抜きをしたりして料理をするということではないらしい。私たちが料理をする際に、どうしても最後になって味をもっと良くしようと、隠し味やら独特の調味料を加えてしまい、素材本来の味わいを薄めてしまうことが往々にしてあるものだ。この最後のひと手間を敢えて我慢して、素材そのものの良さを味わってほしいから、ええ加減な状態で仕上げてはどうだろうかという意味らしい。確かに、あまりにも手を加え過ぎて素材の良さを殺してしまうものだ。

 

 そう言えば、火加減もそうだ。あまりにも火を通し過ぎてしまい、素材の歯ごたえや甘みなどを損なうことも少なくない。余熱のことを考慮しないで火を通し過ぎて、オムレツや玉子丼をだいなしにすることも多い。あれも、ええ加減で火を止めないから失敗するのだ。ええ加減というのは、その素材に対する思いやりでもある。和食というのは、そもそも素材の良さそのものを生かす料理である。和食の調味料も素材を生かすためにあるし、日本料理の素材も少ないし調理法もある意味シンプルである。

 

 土井善晴さんの料理に対する考え方は、実に素晴らしい。話し方も飄々とした感じで、柔らかい口調で、優しい人柄が出ている。そして、驚くことに料理を通して人生の哲学を解き明かしているようにも感じる。ええ加減に生きてもいいんじゃないの、と言っているようにも感じるのである。つまり、人間も生きているだけでも素晴らしいのだから、あまり頑張り過ぎなくてもいいし、自分の良さをだいなしにするまで無理することもないよということを言っているように思われる。

 

 この『ええ加減でいいんですよ』という言葉は、強烈な生きづらさを抱えた人たちにも言ってあげたい言葉でもある。生きづらいと感じながら生活している人は予想以上に多いように思う。その生きづらさというのは、曖昧で混沌としたこの社会だからこそ感じるものであるのかもしれない。そして、周りの人たちがあまりにもいい加減であることにも起因しているような気がする。さらには、生きづらさを抱えている人というのは、自分自身がいい加減な生き方が出来ないからとも言えそうだ。

 

 私が日々サポートしているクライアントも、強烈な生きづらさを抱えている。それは愛着障害が根底にあるから、二次的な症状としてメンタルを病んでいるからでもある。そして、HSP(ハイリーセンシティブパーソン)だから心理社会的過敏症も抱えている。さらには、完璧さを求めてしまうから、ものごとに対して白か黒という二者択一的思考をしてしまう。0点か100点のどちらしか考えられないのである。グレー色や50点でもいいやという選択肢を取れないのだ。言ってみれば、ええ加減でもいいやと考えられないから、生きづらいのである。

 

 土井善晴さんが言っているように『ええ加減でもいいんですよ』という生き方が徐々に出来たとしたら、生きづらさも解消されるかもしれない。そうは言っても長らく続けてきた生き方や習慣化した考え方をすんなりと変えられるものではない。自分の無意識化での固定化された価値観は変えるのが難しいと思われる。意識を変えるには、まず行動から変えるのが良いと思われる。それこそ、料理とか掃除とか普段の生活から、ええ加減な行動をすることから変えてみてはどうだろうか。ええ加減でも生きられると解ってくると、少しずつ意識も変えられるような気がする。なお、自分自身でも『ええ加減でいいんだよ』と自分自身に言い聞かせるのも効果があるだろう。

布マスクは効果がなく危険!

 

 新型コロナウィルス感染症の増加が止まらない。東京など首都圏を中心にして日々感染者が増えると共に、重症者や死亡者が増え続けている。三密が守られていないということもあろうが、気になるのが最近特に増えている布マスク愛好者のことである。もしかすると、感染者が増えている原因のひとつが、布マスクを使用する人が増えたことによるのではないか。不織布の三層マスクはある程度の防御効果が認められているが、布マスクは感染させないという効果が少しあるが、防御効果は殆どないと言っても過言ではない。

 

 この布マスクの防御効果が殆どないということを知らない人が多い。また、いい加減な作りの三層不織布マスクも防御効果はあまりないということを認識している人も極めて少ない。四層の不織布マスクや五層マスクであれば、ある程度の感染防止の効果がある。N95マスクは防御効果が高いが、高価であるし滅多なことでは手に入らないのが難である。五層のマスクでN95マスクと同等性能の不織布マスクがネットで購入できるので、私は感染の恐れがある場所では、それを利用させてもらっている。自分の身を守るには必要である。

 

 安価な三層の不織布マスクは感染予防の効果があまりないが、感染させない効果はある程度認められている。布マスクは、感染予防効果はまったくないと思っていいだろう。感染させない効果も極めて少ない。布マスクは付けていて息苦しさを感じない。ということは、ウィルスも通すということの証明でもある。職場や学校で布マスクを着けて過ごすというのは、自分自身も危険であるが、周りの人々に対してもリスクを負わせていることを忘れてはならない。ファッション性の高いマスクほど、危険性が高いということを認識すべきであろう。

 

 本日、ある全国チェーンの散髪店に行ってきた。そのお店では7人~8人の理容師が働いている。その中で、3名の技術者が鼻を出してマスクを着用していた。国会の中では議員さんたちも同じように鼻を出しているが、これも大変危険である。鼻を出してマスク着用しても、他の人に感染させることはないから大丈夫だと言う人もいるが、それは強弁である。自分が感染して、無症状で仕事をして、他の人に感染させる危険性がある。症状が出る前の2日間は、感染させる可能性が高い。こんな基本的なことを知らない人も多いのである。

 

 また、意外と多いのが不織布マスクの裏表を逆にして使用しているケースである。不織布マスクにはプリーツが付いている。金具が付いている方を鼻のところにするのは間違わないが、プリーツの折り返しの上下を逆にしている人が多い。ウィルスがプリーツに溜まらないように、プリーツの溝が下を向くように装着するのが正しい。また、布マスクをしている人の中で上下を逆にして着けている人も少なくない。ずり落ちてしまい、鼻が出ているのは逆に装着しているからだ。カーブする角度が急な方を鼻のほうに着けるのが正解だ。

 

 若い人たちほど、コロナに対する危機感がないようだ。基礎疾患がない若者は、無症状であることが多く、重症化しないからと感染対策をしない人が多い。夜の街に出かけてマスクを取って会食するし、酒に酔ってマスクを着けずに大勢で大騒ぎする姿が目に付く。自分たちだけは大丈夫だというような変な自信があるみたいで、安易な行動を繰り返しては感染する若者が多い。しかし、若者でも重症化するケースもあるし、酷い後遺症に長い期間悩まされることもあり、そのせいで職場を失っている人もいる。新型コロナウィルス感染症は、まだ後遺症も含めて解らないことが多いから、若者だろうとリスクを回避すべきだ。

 

 コロナ感染症で重症化する割合は少ないし、インフルエンザよりも死亡率が低いから大丈夫だと思い込んでいる人も少なくない。しかし、それはおおいなる勘違いだ。インフルエンザの死亡率というのは、感染した人全体に対する割合ではなくて、あくまでも症状が現れた人に対する割合だ。ところが新型コロナウィルス感染症の死亡率は、陽性者全体に対する割合なのである。症状が出た人に対する重症化率や死亡率にすれば、インフルエンザよりもはるかに高いのである。後遺症も恐怖である。だから、新型コロナ感染症はかなり危険であるから、布マスクを着用するのを避けて、感染予防に努力するべきなのである。

気象病のつらい症状を和らげる

気象病という病気があるということが、ようやく世間に認知されてきた。気象病という疾病を専門的に研究している医科大学の教室もあるくらいで、それだけ多くの患者がいるという証左であろう。この気象病のつらさは、本人でないと解らないだろう。なにしろ、痛みやしびれ、だるさと不快症状は、半端ないのである。自分も軽い気象病だから、その苦しさはよく解る。台風や低気圧、寒暖差、湿度、あらゆる気象条件の変化に身体がついて行けなくて、つらい身体症状が現れる疾病である。自分の力ではどうにもできないから苦しいのである。

 

気象病とは、気象条件の変化により、強い痛みやしびれなどの身体症状を表出させる疾病である。原因としては、低気圧による酸素不足から、交感神経が停滞して副交感神経が働き過ぎて痛みなどを発症するメカニズムだと推測されている。あくまでも推測なのだが、副交感神経が強く働くと、一時的な低血圧状態になったり血流の停滞が起きたりする。そのせいで、一時的な血管拡張や筋肉収縮に伴う血管などの圧迫が起きて、頭痛や肩こり腰痛などが発症すると推測される。特に台風などが近づくと、脳圧亢進による頭痛に悩まされる人が多い。

 

気象病で一番つらいのは、なんと言ってもしつこい頭痛だろう。あまりにも酷い頭痛だと、睡眠だって満足に取れなくなる。しかも、通常の鎮痛薬が効かないケースも少なくない。何故かというと、脳神経が興奮して起こす頭痛もあるからだという。そして、気象病による頭痛が頻繁に起きていると、低気圧が来るというだけで、脳が勝手に頭痛を起こしてしまうからやっかいである。だから、脳神経を遮断したり和らげたりする鎮痛剤が効く頭痛があるのだ。この頭痛だけでも和らげることが出来たら、楽になると思われる。

 

この気象病という病気は、鎮痛薬を飲む対症療法しかないと思われていたが、最近は市販の漢方薬も発売されているらしい。気象病が起きると予想された時に、事前にこの薬を飲むと症状が軽く済むと謳っている。それ以外に、気象病のつらさを和らげる方法としては、肩や首を軽くさすったりマッサージしたりするのが良いと思われる。あまり強く揉むと逆効果になる場合もあるから、固まった筋肉を緩める程度が良いと言われている。筋膜を揺すってリリースしたり、背骨や腰椎部分を左右にゆすって緩めたりする方法も良さそうだ。

 

この気象病は、特定の季節に起きる傾向がある。秋の台風シーズンは勿論だが、春先に移動性の低気圧と高気圧が頻繁に訪れる季節にも気象病が起きやすい。つまり、気圧の変動が著しい時期にこそ気象病の発症が多い。ゆっくりと移動する低気圧や高気圧なら身体が適応するものの、移動スピードの速い低気圧による気圧変化には適応しにくいのが人間の身体なのであろう。そして、気象病を起こしやすい体質があり、すべての人間が不調になる訳ではない。神経が過敏な人が気象病になり、鈍感な神経を持つ人は症状を起こさないらしい。

 

気象病を起こさないようにするため、またはその症状を軽く済ますためには、神経が過敏にならないようにすればいいが、自律神経であるから自分の意思ではどうにもならない。ただし、ストレスや疲れを溜め込まないようにするだけで、症状は軽くなろう。血流障害によって脳の血管内にうっ滞が起きて、脳への圧迫による頭痛が起きる。したがって、食事等で血流をさらさらと流れるようにすれば、脳内の圧迫も軽くなるに違いない。筋肉の緊張や収縮を防ぐことで肩凝りからの頭痛も防げる。軽い運動やストレッチ、そして軽いヨーガも効果があろう。

 

気象病の重い症状を起こす人に特徴的なのは、不安や恐怖を抱え込んでいる人である。そして、HSPの人も多い。したがって、日頃から身体全体が緊張する傾向にある。真面目で、頑張り屋さんが多い。気象病が女性に圧倒的に多いのは、心の不安が大きいからであろう。そういう意味では、誰かに守られていて寄り添ってもらっているという安心感があれば、気象病が起きにくいと思われる。自分にとっての安全と絆である『安全基地』がしっかりと設置できれば、気象病の症状を軽くできるかもしれない。安心できる安全基地との絆を深く結ぶのが、一番効果があるのではないかと思われる。

潰瘍性大腸炎の本当の原因

潰瘍性大腸炎という病名が、これほど世間に知られたことは今までなかった。安倍総理がこの潰瘍性大腸炎の悪化で、これ以上政権を担えないと退陣することを決めた。この潰瘍性大腸炎という疾病は、それほど深刻なんだと認識した人も多かったに違いない。潰瘍性大腸炎は難病として特定疾患に指定されている。原因不明であるし、その治療も主に投薬によるが、その効果もいまいちである。安倍総理のように、再発することも多い。原因が解らないのだから、治療効果も限定的だし、その予後も芳しくない。

 

原因不明だと言うことだが、潰瘍性大腸炎になる原因は遺伝的な要因にストレスや食習慣の問題が加わり発症すると推定されている。その発症メカニズムは免疫の異常によるものだとされ、最新の研究では大腸の表皮細胞における遺伝子の異常があるということが判明している。IL17(インターロイキン17)が多量に発生して、免疫の暴走が起きるのではないかと見られている。免疫の異常が何故起きてしまうのかが不明だが、その免疫の暴走が止められれば、潰瘍性大腸炎は完治するのではないかと推測されている。

 

それでは何故に免疫の暴走が起きてしまうのかというと、残念ながら解明されていない。新型コロナ感染症において、IL6(インターロイキン6)が多量に発生して免疫が暴走してしまい重症化してしまうメカニズムと良く似ている。そういう意味では、免疫系の仕組みは現代の医学でもまだまだ未知の部分が多い。膠原病などの自己免疫疾患が難病であるのは、免疫系のシステムがまだ完全に解明されていないからである。そういう意味では、おしなべて免疫系疾患は治療が難しいし、完治するのはごく稀であるのは当然であろう。

 

潰瘍性大腸炎が起きるのは免疫の異常だとしても、この免疫異常が起きてしまうのは、ストレスが大きな役割を果たしているというのは間違いなさそうだ。今回の安倍総理も、新型コロナ感染症への対応が後手に回ってしまい、批判が総理と官邸に集中していることが相当なストレスになっていたと思われる。連日、報道番組でアベノマスクと揶揄され、経済を優先するあまりゴートゥーキャンペーンを強行したことにも非難を受け続けた。国会や委員会の開催を避け続けたのは、総理のストレス耐性が低く、批判されるのを嫌ったのだと思われる。

 

安倍総理が以前にも潰瘍性大腸炎を悪化させて政権を投げ出して批判を受けた際にも、相当なストレスを受けていたと思われる。多大なストレスが潰瘍性大腸炎を発症させたり、症状を悪化させたりするというのは間違いない。それも、ひとつのストレスだけでなく多重ストレスが免疫系の異常を起こすような気がする。さらには、その多重ストレスが長い期間に渡り続いてしまうと、トラウマ化しやすい。このストレスからトラウマに変化した際に、免疫の異常が起きてしまうのではなかろうか。

 

この潰瘍性大腸炎は年々増加の一途を辿っていて、22万人の患者がいると推定されている。どうしてこんなにも増加したのかというと、ストレス過多の時代になったからであろう。もはやストレスの時代からトラウマの時代に移行しているのかもしれない。トラウマ化するとどうして免疫異常が起きるのかというと、最新の医学理論であるポリヴェーガル理論で説明ができる。免疫を支配するのは自律神経である。通常、自律神経は交感神経と副交感神経の2つで調整されていると思われていた。ところが、自律神経は3つの迷走神経で支配されていることが判明したのである。

 

副交感神経の約8割は迷走神経である。そしてこの迷走神経には、腹側迷走神経と背側迷走神経の2つがあるということが解ったのである。つまり、通常言われているような免疫を高める働きをするのは腹側迷走神経である。交感神経と腹側迷走神経のバランスが取れている時は、免疫も正常に働く。ところが、ストレスが度重なりどうしようもなくなってトラウマ化してしまった時に背側迷走神経のスイッチが入る。その際に背側迷走神経は免疫を暴走させるようなとんでもない働きをするのだ。あたかも遮断(シャットダウン)のような事態を引き起こす。こうなると免疫は古い免疫系に切り替わり、免疫異常が起きてしまい、免疫系の疾患が発症するのであろう。これが潰瘍性大腸炎の発症するメカニズムだと思われる。

※ポリヴェーガル理論とは?

ウィズコロナの時代を生きる

新型コロナの感染がまったく止まらない。連日、新感染者が過去最高だと報道されている。新しい生活様式ということで、新型コロナウィルスと共に生活するライフスタイルが盛んに提唱されているが、いまいちそれが徹底されていない。新しい生活様式が定着していれば、こんなにコロナ感染が起き続ける訳がないからだ。若い人たちには、新しい生活様式が不評というか、自分たちは感染する訳がないと嘯いて、今までの生活様式を貫いている。確かに若い人は感染しても症状が現れにくいし、重症化しない例が多いのは確かだ。

 

新宿や池袋、または渋谷など比較的若い世代たちが集まる夜の街では、感染を恐れることなく、夜な夜な若者が出没する。接待の伴うお店を平気で利用する人も少なくない。札幌市、東京、横浜市、名古屋市、大阪市、福岡市といった大都市部で大きなクラスターが起きている。そういう大都市では、接待の伴う夜のお店が集中している。札幌市のすすきので発生したクラスターは、キャバクラだとの報道だが、実は『おっぱぶ』と呼ばれるいかがわしい風俗店だ。おっぱいパブという濃密なサービスが売り物の、実質的には風俗店だという。

 

若い年代の人たちが感染して、それを比較的高齢の人たちに移して、重症化させるとか死亡させてしまうこともある。夜の街で感染した人が、職場や家庭、介護施設や育児施設で感染させるというケースも増えている。若い人たちが入院したら、医療サービスを制限される高齢者だって出てくる。どれほど自分たちが社会に対して迷惑をかけているかを自覚すべきであろう。WHOは、若者がコロナ禍を作っていると言っている。こんな時期なのに場所中に幕内力士が、キャバクラに行っていたという報道もされている。

 

新型コロナウィルス感染を防ぐ新しい生活様式とは、何なのであろうか。少なくても接待を伴う夜の店は、新しい生活様式には馴染まない。コロナウィルスを完全に封じ込めないのだから、これからは共生するというウィズコロナしか方法がない。だとすれば、これからは夜の街遊びは危険であるから止めるべきだ。そもそも、ホストクラブやキャバクラ、風俗店、歓楽街の飲食店、は、生きる上で必要不可欠のものではない。命(健康)と快楽を天秤にかけたら、命を守ることが優先されるのは当然だと言える。

 

ウィズコロナで生きる上で、娯楽・観光・外食は絶対に必要なものではない。お酒を飲んで歓楽街で遊ぶ人々が、気が大きくなってマスクを外してソーシャルディスタンスを守らずに大声で話し合う姿が報道されている。したたかに酔ってしまうと、本能(欲望)が倫理や規範を凌駕する。お酒とは本来たしなむもので、お酒に飲まれてはならない。ウィズコロナの時代を生きるなら、お酒を提供するお店を利用するのを控えてはどうだろう。こんなことを言うと、飲食業を生業としている方にとっては死活問題だと非難されるかもしれないが、命には代えられないであろう。

 

快楽産業、娯楽業、観光業で働く人が職を失うとか、サービス業の停滞が経済悪化を招くと心配する人が多い。ウィズコロナの時代において、経済を立て直すためには、まずはコロナの封じ込め、またはコロナが収束することが必要だ。このままで行くと、消費が落ち込んでしまい、娯楽・観光業以外の一般経済まで不景気が続く。全体最適を最優先に考えれば、娯楽・観光業・飲食業などのサービス業の部分最適がある程度制限されるのはやむを得ないだろう。サービス業部門の労働者が第一次産業や第二次産業に流れることで、人手不足が解消されて、生産力が劇的に向上し、経済も回復するという効果も見込める。

 

観光・娯楽・飲食産業を犠牲にして、全体の生活や経済を守るという意味ではない。ウィズコロナに相応しい娯楽・観光・飲食の在り方をみんなで考えてほしいということだ。会食・外食がすべて危険な訳ではない。換気をしっかりしてあらゆる感染対策をしたお店であれば、危険性は低い。お酒をある程度まで制限した会食なら安全である。外気をしっかりと取り入れる空気調和設備を整えたホテル・旅館なら比較的安心だろう。一組だけを受け入れるようなグリーンツーリズム(農家民宿など)も安心して利用できる。欲望をある程度我慢したり制限したりするストイックな生き方こそが、ウィズコロナの時代に相応しいのではないだろうか。

コロナで学ぶLOHASな生き方の大切さ

「パチンコ店さえ休業してくれたら、来ないのに!」とのたまうパチンコ客が大勢いる。それは本末転倒である。そもそも、感染の危険が高いパチンコをする人さえいなければ、パチンコ店は営業しないのだ。こんな危険な時期にパチンコに行かないでいられない人は、ギャンブル依存症という病気なのである。精神科を受診することを勧めたい。パチンコは、遊戯ではなくて完全なギャンブルである。公営でしかギャンブルを認めない筈なのに、民営のギャンブルであるパチンコを許可することがそもそも間違いなのだ。

コロナ感染の危険性が高いと言われているのに、バーやキャバレー、スナック、風俗に通う人たちもいる。こういう人たちも、アルコール依存症やセックス依存症かもしれない。カラオケボックスやカラオケ教室、LIVEに行かないといられない人もいるが、これもある意味で依存症とも言える。感染のリスクが高いダンスクラブやスポーツジム、ヨガ教室に行かないと我慢できない人も、問題だろう。これらのギャンブルや接客業、趣味に行けなくてストレスが溜まり、家庭内でDVを働く人がいるらしいが、こういう人間は生きる資格がないと言える。

このコロナ感染症が大流行をしたことで、DV被害やコロナ離婚が起きて、家庭崩壊が起きつつあるという。企業や組織・団体の中では、パワハラやモラハラが横行してしまい、社員どうしの信頼関係が崩壊しつつある処も多いらしい。それぞれの地域内においては、コロナ感染を起こした家族を村八分のように扱う所もあるし、感染症の病院で働く人やその家族を排除する動きも強まっていると聞く。政府や自民党内でも、この未曾有の国難に遭いながら、権力争いに発展しているという。つまり、コミュニティが崩壊しつつあると言えるのだ。

言ってみれば、今まで隠し通してきた、またはないことにしてきた不協和音が一気に爆発を起こしたようなのである。人々のエゴが暴発したというような状況だと言える。このような大変な事態になって、皆が一致団結して協力し合いながら難局を乗り切らなければならないのに、自分の利害や損得を前面に出してしまい、身勝手で自己中心的な行動をするようになったというのは情けない。一方では、ボランティアで高齢者支援活動や献身的に医療活動に携わる人も出ている。全体最適を目指す人と個別最適を優先する人の二極化が起きているのだ。

これは何を意味しているかと言うと、人々の本音や本質が明らかになったということではないだろうか。高潔で素晴らしい価値観を持った人と、低俗で劣悪な価値観を持った人とが、炙り出されてきたとも言えよう。コロナ感染症で重症化する人というのは、持病を持った人だと言われている。高血圧、糖尿病、心肺機能の低下症、喫煙者、アルコール常飲者などが重症化しやすいらしい。すべてが生活習慣病だとは言えないが、自分の悪い生活習慣や生き方が招いたとも言えよう。これも本人の人生哲学が影響していると言えないだろうか。

高齢者や介護施設に入所されている方も重症化して亡くなる方が多い。自分も高齢者であるが、自分が新型コロナ肺炎になったら延命治療は受けたくないと思っている。何故なら、そうなったときは自分の寿命なのだから、無駄な医療費を浪費させたくないからである。今の医療や介護はクォリティオブライフを無視している。ある程度の生活の質を保てなくなったら、または社会に貢献できる体力や気力がなくなったら、延命治療はせずに自然死を望むのが、人間本来の生き方だと心得ている。コロナ肺炎は、まさにノアの箱舟のような気がする。

発症して重症化する人と、感染しても発症せずに抗体ができる人がいる。発症するかどうかは、普段の食生活や生活習慣に関わっていて、LOHASな生き方を普段から心がけている人は発症しにくいのではないだろうか。不健康で自堕落な生き方、つまりはタバコを吸い、ギャンブルに没頭し、アルコールに依存した生活をしている人、またはそんな乱れた生活を過去に続けてきた人が重症化するのではないだろうか。例外はあるとしても、家庭を大切にして、環境に配慮しながら持続可能で健康的な生活をしている人は発症しにくいのではないかと思われる。今回のコロナ感染で、LOHASな生き方を志向する人が増えてほしい。

新型肺炎に対する危機管理がお粗末な訳

新型コロナウィルス肺炎の政府による感染対策が実にお粗末である。横浜港に停泊していた客船ダイヤモンドプリンセスの感染があんなにも広がったのは、厚労省と内閣府職員のミスだとする感染対策の専門家が多い。検疫官が感染したというのもお粗末だが、厚労省や内閣府の職員も安易な感染予防措置にて感染したというのは、専門家としてあり得ない。感染危険の度合いを明示して、完全な区分けを実施せず感染者を増やしたのは間違いない。感染予防に対する政府の指示も、他人任せで徹底していない。危機管理がなっていない。

このようなパンデミックが起きそうな事態において、我が国の官僚の危機管理が機能しないのは不思議である。世界的にみても優秀過ぎるくらいに能力のある我が国の高級官僚が、新型コロナ肺炎のような緊急的に危機管理が求められる状況では、まったく無力になってしまうのは何故なのであろうか。さらには、各省庁の密な連携が必要な状況で、まったく連携が上手くいかないことが多々あるのは、どうしてなのであろうか。キャリア官僚がセクト主義に陥っているからだという理由だけでは説明がつかないだろう。

我が国のキャリア官僚が、新型コロナ肺炎の感染防止策を適切に計画し実行できないのは、彼らの能力が低いからではない。能力や技術、知識・経験がない訳でもない。キャリア官僚が適切な対応ができないのは、自ら進んでリスクとコストを負担しようとしないからである。つまり、自分から責任を取ろうとしない官僚、自分の非を認めようとしない官僚だから、今回の不始末を招いたのであろう。国民と市民目線で考えることをせず、いつも官邸や内閣の思惑ばかりを気にして感染対策をしていたから、問題の本質が見えなくなったと言えよう。

官僚というのは、本来は常に自らの出処進退を掛けて、国民・市民の幸福と福祉を実現する為に邁進するものである。自分の評価や昇進のことを気にしていたら、大胆で適切な感染対策なんかできっこない。批判されないようにとあまりにも気にして、後手に回る対応をしていて、感染を防ぎきれなかったように見えて仕方ない。最近のキャリア官僚には矜持があるとは思えない。官邸や内閣に批判されないようにすることばかり考えて、国民を感染からどうやれば防げるのかという大切な視点を見失ってしまったように思われる。

キャリア官僚の人事権を官邸が掌握するようになって、日本の官僚は堕落してしまったようだ。官邸や内閣に少しでも逆らったら、官僚の世界では生きていけなくなってしまったのだ。だから、官邸や首相に忖度をするしかなくなったのである。こうなってしまうと、行政は停滞するし、適切さを欠いてしまう。危機管理においても、迅速さを失くしてしまう。今回の新型コロナ肺炎の感染予防対策で後手に回って、感染を蔓延させてしまったのは、官邸がすべての実権を独占したからである。官僚に主体性と自主性を与えなかった官邸が今回の失態を招いたと言える。

組織が本来の機能を十分に果たせなくなるというのは、権限移譲を怠った時だ。現場の責任者にすべての権限を与え、責任はトップが取るというシステムを構築しないと、適切な危機管理なんてできる訳がない。ダイヤモンドプリンセス号の中で、適切な感染予防対策が取れなかったのは、現場の責任者にあらゆる権限を与えなかったからではなかろうか。そして、現場の責任者や官僚が、自らのリスクとコストを進んで負担しようとしなかったからではなかろうか。官僚にリスクとコストを負担させようとしなかった官邸にこそ、その責任があると言える。

新型コロナ肺炎がこれから収束に向かうのか、それとも感染予防策が上手く行かず、パンデミックの様相を迎えるのか、極めて危うい分岐点にあると見られている。新型コロナ肺炎がこれ以上広がらず収束に向かわせるには、感染予防の専門家にあらゆる対応の実権を与えて、官邸が口出しを極力控えることが必要だと考える。そして、どんな結果になろうとも責任は官邸が取るべきである。このような権限移譲をしなければ、国難のような危機に対応することは難しいだろう。官邸と内閣にこそ、リスクとコストを先取りしてもらいたいものである。