場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)という症状を抱える子どもたちが増えている。そういうメンタル障害があることさえ認識している人も少なく、保護者も我が子の病名を医師から告げられて、初めて知るらしい。すべての場面で、黙り込んでしまうのではなくて、極めて緊張するような特定の場面で、身体が固まってしまい言葉が発声できなくなるメンタル障害である。例えば、大勢の人前で発表したり、見知らぬ人々の前で話したりすることが、出来なくなってしまう障害である。酷くなると、一切の他人とは話せなくなってしまう。
一昔前は、そのような子どもは皆無であったのに、20年前くらいから少しずつ増え始めて、ここ数年は異常に増えてしまい、教育現場でも対応に困っているという。また、場面緘黙症と不登校がリンクしていて、不登校の子どものうち場面緘黙症を診断されているケースが激増している。場面緘黙症に対しては薬物治療が適応でないし、カウンセリングやセラピーによる効果が限定的でもあるから、完治する例は極めて少ない。そもそも、場面緘黙症の子どもに対して、カウンセリングはしにくいのだから、当然であろう。
どうして、こんなにも場面緘黙症の子どもが増えてしまったのであろうか。場面緘黙症になる原因は、医学的には完全に解明されていない。原因が特定されていないのだから、治療も難しい。医師から当事者にいろいろと問診することさえ難しいから、原因特定や治療計画が不可能なのは当然である。元々当事者はコミュニケーションが苦手であるのだから、自分のことを説明しにくいし、自分の気持ちや感情を言語化することが出来ないのも当然である。場面緘黙症の子どもは、人と関わるのが苦手なので、けっして心を開かない筈である。
場面緘黙症の子どもは、不安や恐怖心をいつも抱えている。HSPと言っても良いくらいに、感覚過敏が強い。心理社会学的過敏もあるから、対面での対話が苦手になる。この不安や恐怖心というのは、自己肯定感や自尊感情がないからである。そうなったのは、アタッチメント(愛着)が不安定だからだと言える。愛着障害と言っても良いであろう。愛着障害と言っても、ネグレクトや虐待を受けた訳ではない。ただし、親があまりにも『良い子』に育てたいという意識が強く、干渉と介入をし過ぎた為に起きた不安定型の愛着だと言えよう。
不安定の愛着(愛着障害)になるのは、ネグレクトや虐待をされた子どもだけではない。愛情不足なんて思えない程、たっぷりと愛情を注いで育てたのに愛着障害を起すことが少なくない。それは、愛情の掛け方に問題があるからだと思われる。安定した愛着を結ぶためには、0歳~3歳までは先ずは無条件の愛をこれでもかと注ぎ続けることが求められる。条件付きの愛(躾)を同時進行的に注いではならない。あるがままにまるごと我が子を愛するということを徹底して行わなければならない。なるべく、介入や干渉を避けることが肝要だ。
無条件の愛を母性愛という。母性愛をたっぷりと注いで、子どもの自己組織化の能力を高めてから、条件付きの愛である父性愛を注ぐという順序が大切である。そして、0~3歳までは母性愛だけを注ぐことに専念して、汚いとか危険なこととかをする時にだけ注意指導をするようにするべきである。そして、なるべく子どもが自らじっくり考えて決断し、主体的にしかも自発的に行動をし始めるのを、そっと見守ることが肝要である。けっして、親がこうするんだよとかこうしたいんでしょと先取りしてはならないし、このように言うんだよという指示も避けなくてはならない。先取りや先読みを親がしてしまうと、場面緘黙症を起こしやすい。
場面緘黙症の親は、比較的教養と学歴が高くてコミュニケーション能力が高い傾向がある。だから余計に、先取りをしやすく先読みし、子どもが言うべきことを先に言ってしまう傾向が強い。そして、母親も不安感や恐怖感を持つケースが多い。何故なら、父親が絶対的な守護神しての機能を果たしていないからである。父親は、単なる父性愛を注ぐだけでなく、子どもと妻をどんな時も自分の命を賭してでも守り抜くという決意を持ち、常に言葉に出して妻子に伝えなくてはならない。勿論、守護神としての行動も必要だ。そうすれば、子どもと母親は心から安心する。愛着障害にもならないし、場面緘黙症にもならない。
