不安の時代を生きる

イスキアの活動をしていると、不安な心を持っている人がいかに多いかということを実感させられる。皆さん方一様に、不安や恐怖感を抱えていらっしゃることが多い。だからこそ、その不安や恐怖感がMAXになって、睡眠障害からメンタルを病んでしまうと思われる。何故、そんなにも不安になるかというと、何度も恐ろしい目に遭っていることもあるが、その根底には『安全と絆』がないからである。一応、親もいるし兄弟やパートナーがいたとしても、どういう訳か安全と絆が保証されていないのである。『安全基地』という安全な存在と場所がないのだ。

人間というのは、生きる上で絶対的な安全基地が必要だ。勿論、精神的にも大人の男は安全基地を必要としないことが多い。そういう男性は、内なる自分に安全基地を確立しているからである。しかし、子どもやか弱き女性は、安全基地が必要である。肉体的にも精神的にもか弱いと自分が感じているから、絶対的な安全基地がないと不安なのである。特に強い外敵から鋭い攻撃を受けた際、逃げることも出来ず闘うことが出来ない状況に追い込まれても、絶対的な安全を保障してくれる存在があれば怖くない。

そして大事なのは、この絶対的な安全基地との深い絆があるかどうかという点である。身近な者が安全基地としての機能を果たしてくれるとしても、その安全基地との深くて強い絆(信頼関係)がなければ不安は払拭できない。この信頼関係というのは、いつでも安心して何も包み隠さずに相談できるというものでなければならない。例えば、学校でいじめに遭ったり職場でパワハラに遭ったりした時に、この人だったら自分の身を挺してでも守ってくれるという信頼である。いざという時に、仕事に逃げてしまうような存在では何の役にも立たない。

ところが、世の中の父親や夫(恋人)というのは、この安全基地としての機能はあったとしても、主体的にそして自発的にその機能を発揮してくれないのである。仕事が忙しいと言って逃避するとか、自分の趣味に逃げ込んでしまい、まったく安全を保障しようとしてくれないのである。これでは安全と絆が保障されないばかりか、孤独感を強めてしまい不安が肥大化するばかりである。こうなってしまうと、不安は増大してしまう一方で、トラウマ化してしまうことになる。つまり、トラウマ化の蓄積が迷走神経による心身のシャットダウンを起こすのである。メンタルを病んで、不登校になったりひきこもったりするしかなくなる。

不安を抱えている本人は、どうしてこんなにも不安なのか、自分では解らないことが多い。得体のしれない不安というのは、特定されている不安よりも恐ろしいものである。ましてや、自分は両親やパートナーから守られている筈だと勘違いしている人ほど、得体のしれない不安に追い込まれることが多い。実際には親とかパートナーに対して、絶対的な安全と絆を実感していないのである。だから、心から安全基地を持っている実感がなくて、得体のしれない不安を抱えてしまうし、シャットダウンを起こしていると言える。

それでは、自分の親とかパートナーが安全基地として機能していないと、いつまでも不安を感じ続けてしまうのであろうか。そして、トラウマ化によって迷走神経によるシャットダウンをしてしまい、メンタルを病み続けてしまうのであろう。しかも、迷走神経によるシャットダウンからメンタルを病んでしまった人は、自分の力だけでシャットダウンから抜け出すのは殆ど不可能だと思われる。ましてや、絶対的な安全基地を持たない人は、メンタル障害からのひきこもりや不登校から復帰するのが、極めて難しい所以である。

不安の時代を生き抜くのは非常に難しいのだが、ひとつだけ不安を乗り越える方法がある。それは、臨時的に絶対的な安全と絆を提供してくれる人を見つけることである。その人物は、愛着障害を克服した人が望ましい。そして、見返りを求めず無償の愛を注げる人でなければならない。そして、どんなことがあっても見捨てることなく、守り続けるという態度を取れる人だけが、安全と絆を保障することが可能だ。そういう人物に臨時的にサポートしてもらい、内なる自分に安全基地を確立して自立するまで寄り添ってもらうことが出来れば、不安を乗り越えるられるに違いない。

※毎日が不安と恐怖感でいっぱいで、生きるのが辛くて苦しい人は「イスキアの郷しらかわ」にご相談ください。臨時的に安全と絆(安全基地)を提供してサポートさせてもらいます。まずは、問い合わせフォームから相談してみてください。

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