家庭問題を解決するキーパーソンは大黒柱

一家の大黒柱という言葉が死語になっている。今の若い人に「一家の大黒柱は誰のこと?」と聞いても答えられないだろう。そんな言葉を今時使う人もいないし、家庭に大黒柱になる人なんていないだろう。そもそも大黒柱という意味さえ知らないに違いない。それは伝統的な建築手法で建てられた民家で、土間と居室部分の境目に立てられる一番太い柱のことである。家を支える大事な柱のことで、転じて一家の主人を差すようになったという。通常は、家庭における家長のことを大黒柱と呼ぶことが多い。

戦後、GHQの指導によって家長制度が廃止になり、男女平等の考え方が浸透して、一家の大黒柱という言い方が敬遠されたと思われる。そして、実質的にも大黒柱が不在となる家庭が殆どになってしまった。家族がみんな平等で、それぞれの基本的人権が保障され、大黒柱がいなくても困らないだろうと思っている人が多い。確かに、大黒柱に頼り切ってしまい、家族が一家の大黒柱に依存し過ぎてしまい、精神的にも経済的にも自立出来なくなるというのは困る。しかし、一家の大黒柱が不在になることで起きている家庭の諸問題が、実に多いように感じられて仕方がない。

家庭における諸問題が次から次と起き続けている。家庭内における児童虐待や育児放棄、パートナー間におけるパワハラやモラハラ、ひきこもりやニートの長期化と高齢化、家庭内暴力などが多発する事態となっている。家族の中に、発達障害やメンタル疾患が急増している。そして、これらの家庭内における問題が解決されることもなく、長期化するばかりか深刻化している。離婚してしまう夫婦も多くなっているし、親子関係が断絶してしまい、家庭崩壊を招いているケースも少なくない。これらの家庭における諸問題は、家族の中に大黒柱が不在になってから、増えているように感じられる。

ここでいう大黒柱というのは、経済的な支柱になっている収入の中心者という意味ではない。精神的な拠り所という意味であり、すべての家族の守り神という役割を担う人を差す。そして、この一家の大黒柱を家族みんなが頼りにしているし、いざという時には家族の為に命を賭してスーパーマンのように大活躍する存在である。家族が困ったり悩んだりした時は、メンターの役割を果たしてくれるのが大黒柱である。通常は父親がその役割を担うことが多いが、母親だって大黒柱になれない訳ではない。母親が大黒柱として家族を守っているケースも少なくない。けれど男性よりも精神的な拠り所としては難しいと思われる。

女性が男性よりも劣っていると言いいたい訳ではない。男性のほうが女性よりも強いという意味でもない。ある意味、男性よりも精神的に頼りになる女性も少なくない。社会では男性よりも活躍している女性が非常に多い。だとしても、家庭内においては女性よりも男性のほうが圧倒的に頼りにされるケースが多い。しかし、残念なことに家庭における父親が頼りにならなくなっているのである。家庭内における諸問題が起きている家族関係において、父親の存在が希薄化しているケースが圧倒的に多いのだ。家庭内の諸問題を心配して何とか解決しようと努力している人は、殆どが母親なのである。

つまり、家庭内の諸問題が発生しているのは、名実共に一家の大黒柱と呼ばれる人物が不在の家庭なのである。ということは、家庭内の諸問題を解決するキーパーソンは一家の大黒柱ということになる。家庭における主人が、大黒柱としての本来の働きをすれば、家庭内の諸問題が解決に向かうのではないかと想像できる。精神的支柱となって、家族をひとつにまとめ上げ、関係性を親密にして、お互いの信頼関係を高めることで、問題は解決される。くれぐれも言っておきたいが、戦前のように大黒柱が絶対的権力を持つような支配構造を持つことは絶対に避けたい。あくまでも、精神的な拠り所としての役割だけだ。

一家の主人が大黒柱としての役割を立派に果たすには、まずは家族の話を傾聴することが大切だ。それも共感的態度で対話することが肝要だ。相手の気持ちに成りきって否定せず話を聞く姿勢が必要だ。そのうえで、指示することなく命令することなく、相手の自己組織化をそっと見守る姿勢が大事である。家族それぞれが自己成長して、主体性や自主性、そして責任性を発揮できるように寄り添いサポートすることが求められる。そういう意味では、大黒柱は優秀なカウンセラーでありセラピストでありたいものだ。家庭内において父親が名実共に大黒柱となって、諸問題を解決する役割を果たせるようになって欲しい。仕事も大事であるが、家族はもっと大切であると自覚してもらいたいものである。

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