指導教育は最新の複雑系科学によって

スポーツの指導方法において、根性論や精神論を基本に据えてコーチをする指導者は流石に少なくなったものの、相変わらず旧態依然とした指導法を続けている指導者は少なくない。コーチングというと、自らの技術や知識を披露して、その技術や知識を教え込むことだと勘違いしている指導者がいる。山本五十六の、「やって見せて言ってきかせてやらしてみて誉めてやらねば人は動かじ」が指導者の正しい心得なのだと思い込んでいる指導者がいる。企業や学校教育の現場でも、知識や技術を教え込むのが教育だと思う人も多い。

家庭教育においても、子どもに必要な知識や技能を教え込むことが大切だと勘違いしている親が少なくない。当然、子どもはそのような教え方に反発するし学ぼうとする意識が低いから、教育効果は上がらない。子どもに教えなければならないのは、命に危険が及ぶような事柄、人に迷惑をかけたり人を傷つけたりしないということだけでよい。それも、何故なのかという人間の尊厳に関わるような大切な理由も含めて伝える必要がある。ただ、これはダメあれも駄目というような単純な押し付けをしてはならない。

金足農業高校の吉田輝星選手を指名した日本ハムファイターズの指導育成法は、独特であるという。監督コーチは育成する選手に野球の技術を進んで教えることをしないという。選手が自分で練習してもなかなか上手く行かなくて、悩んで困り抜いた末に、「教えてください」と自ら申し出た際にだけ教えるという。そうでないと、選手が聞く耳を持たないからだという。監督コーチから技術を教え込もうとすると、謙虚にしかも素直に聞くことをせず、まったく効果が上がらないというのである。

日本ハムファイターズに入団した高卒選手、大谷翔平選手や中田翔選手が伸びたのは、このような指導育成方法によるものらしい。吉田輝星選手や清宮幸太郎選手も、このような指導法によって大成すると思われる。このように、最近の野球界や他のスポーツ界において、教え込む指導法から自ら技術を学び吸収するという指導法に変えるチームが増えてきた。それも、指導者が選手に対してただ質問をするだけという指導法を取るやり方である。この質問を繰り返していくうちに、本人が自ら気付き学ぶのだという。

さらに、セリーグで圧倒的な強さを誇る広島は、ドラフトで指名する時に重要視するのは、実績ではなくて潜在能力や基礎体力だという。そして、もっとも考慮するのはその人間性だとも言われている。どんなに才能があったとしても、人間性が劣悪であれば伸びないからだという。特に、謙虚で素直な人間性や全体に貢献したいという価値観を持たない選手は、絶対にドラフト指名をしないらしい。こういう選手を集めて地道に育成したおかげで、すべて生え抜きの選手だけでレギュラーを占める成果を上げているのだというのだ。

最新のこれらの指導育成法は、最新の複雑系科学に基づいたものである。最先端の物理学や分子生物学、脳科学におけるシステム論、またはシステム思考に基本を置いている。人間という生物は、生まれつき自己組織化するようになっている。つまり、主体性、自発性、自主性、責任性を本来的に持つのである。さらに、人間は自ら進化して自己成長をしていく生き物なのである。この機能をオートポイエーシス(自己産生)と呼んでいる。人間というシステムは、生まれつき自己組織性とオートポイエーシスを持つのである。この自己組織性とオートポイエーシスを引き出してあげることが、本来の教育の使命なのである。

そして、この自己組織性とオートポイエーシスの機能は、外からの強い介入によってその機能を果たせなくなるのである。つまり、何らかの外から行き過ぎた介入(教え込む指導育成)があると、本人の自己成長が止まるし進化しないばかりか、深刻な退化が起きかねない。これはスポーツ選手ばかりではなく、我が子にも起きてしまう由々しき事態なのである。大切なのは、指導育成する際にこの自己組織性とオートポイエーシスを発揮できるように、強い介入をせずに本来持つ良さを『引き出す』という観点が必要である。そして、素直で誠実で謙虚でしかも全体最適の価値観を持つ子どもに育つように見守ることが肝要なのである。そうすれば、必ず教育の効果が上がるに違いない。

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