見返りを期待すると病気になる?

見返りを求めると病気になるなんていうと、大きな誤解をされそうだ。おそらく、私は見返りを求めたことがないのに病気になっていると、おおいに憤慨する人も多いに違いない。確かに、それぞれの行動する際に、見返りを期待している人はいないであろう。見返りというのは、そういう意味ではない。何かを期待して行動するということではなくて、知らず知らずのうちに、何らかの謝意や評価、または好かれたい自分を密かに期待しているという意味である。無意識における期待のことである。

家庭においては、子どもやパートナーに対して何も見返りなんか求めていないと言い切る人が殆どであろう。ただ、何も期待することなく世話をしたり家事育児をしたりしていると思っているに違いない。しかし、自分の心のうちを冷静に観察してほしい。どこかで、感謝の言葉や家族から好かれる自分をそっと期待していないだろうか。毎日せっせと家事育児をこなすとか、収入を得るのに仕事に精を出していても、それを当たり前のように思っている家族に何となく違和感を覚えていないだろうか。

職場において、家庭を犠牲にしても仕事第一で、身を粉にして働いているのに、正当な勤務評価を得ていないと不満を持つ人は多いことであろう。人一倍努力しているのに、待遇や昇進が思うように向上しないことに苛立つ人も多いに違いない。職場の同僚や上司には、いろんな気遣いや思いやりを持って接しているのに、どうして自分が他の人から疎まれるのは納得できないと思っている人もいることだろう。職場では何も見返りを期待する訳ではないが、無意識のレベルでは求めているものがあると思われるのである。

このように、職場でも家庭においても、意識して見返りを求めている訳ではないものの、無意識下においては淡い期待をしていることはあるだろう。実は、この淡い期待というのが叶えられないことによって、人間の心身にダメージを蓄積して行くのである。職場や家庭というには、日常性である。毎日、この淡い期待が裏切られていく生活の積み重ねこそが、心身の疾病に繋がっていくと想像する。意識していない怒りや憎しみ、悲しみや寂しさが、神経伝達系のシステム異常、自律神経の乱れや免疫システムの破綻を起こすと思われる。

どうして見返りを求める生き方が心身の疾病に繋がるのかを、科学的に解明してみたい。人間の細胞は60兆個あると想像されてきたが、どうやら37兆2千個だと解明されたようである。そして、医学や生物学、分子細胞学などの研究が飛躍的に進歩した。今までの医学常識が覆されるような大発見が起きているのである。それが、細胞の自己組織性である。近代医学においては、人体のシステムというのは脳からの指示命令によって各臓器や各組織がその機能を発揮しているものと思われてきた。その各組織や臓器を形成する細胞もまた、脳からの何らかの指示命令を受けているものと考えられてきたのである。

ところが人体システムが科学的に解明されてくると、どうやらそれは完全な間違いだったことが判明したのである。細胞そのものが、誰からも指示命令されずに、主体性・自発性・責任性を持って、人体全体の最適化の為に働いていることが解明されたのである。これをシステム論的に言うと、自己組織性と呼ぶのである。テレビ東京系列で放映されている「働く細胞」というアニメをご覧いただければ一目瞭然である。例えば白血球は、誰にも指示されていないのに、人体の生命システムを守る為に、自分を犠牲にしてでもウィルスやばい菌と戦うのである。つまり、『見返り』を一切求めず、自己犠牲を厭わずに日々働いているのである。

人体を構成する細胞が自己犠牲を厭わず、見返りを求めずに活動しているのである。それなのに、人間がたとえ無意識とはいえ、見返りを求める生き方をしたらどうなるのか。そして、その期待した見返りが叶えられないことを不満としたらどうなるであろうか。細胞や各臓器と組織が自己組織性を持って働き続けているのに、全体である人間がシステムに反する生き方をしたら、人体における免疫システムの異常や神経伝達系システムの破綻が起きるのは、火を観るより明らかである。見返りを無意識下でも求めない生き方、つまりは与え続けることを無上の歓びと感じる生き方をすれば、細胞の自己組織性と同じ生き方になる。そうすれば、心身がすこぶる健康になり疾病になることはないのである。

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