NPOを辞めた本当の理由

NPO法人に最初に関わったのが平成11年だから、昨年まで実に18年もの期間に渡りNPO法人活動をしてきたことになる。その間に、3つのNPO法人で設立当初から理事になり、中心メンバーとして運営に携わってきた。それらのNPO法人では、副理事長という立場で経営にも参画していたし、企画や管理、そして教育という重要な部門での担当をさせてもらい、NPO活動に邁進してきた。そのNPO法人を昨年で、すべて辞めさせてもらった。あれほど情熱を注いできたNPO法人から、すべて手を引いたのである。

何故、NPO法人の活動から身を引いたのかというと、表立った理由としては、イスキアの郷しらかわの活動に専念したいからと宣言してきた。しかし、それも辞めた理由の一つではあるが、本当の理由はNPO法人活動では、社会変革や人々の意識改革が難しいと確信したからである。NPO法人活動をする目的は、活動を通して崩壊してしまったコミュニティを再構築して、お互いを支え合う地域社会を創り上げることであろう。言い換えると、全体最適を目指し、関係性の豊かな社会を創ることだと認識している。それが、NPO活動だけでは、実現するのが無理だと感じてしまったのである。

NPO活動を始めた平成11年から約15年間は、人々の意識改革を実現して、望ましい社会を創造して行けると確信していた。その為に、NPO活動に心血を注いできたつまりだ。ところが、自分の力量が足りなかったせいかもしれないが、人々の意識が変革できたという実感がまったくない。そればかりか、社会における人々の意識は益々低劣化へと向かっているとしか思えない。さらに、NPO活動の経済的自立が出来ないから、活動が先細りしているのである。NPOの将来への展望が見い出せなかったのである。

特定非営利活動促進法が出来た平成10年には、社会変革を可能にするのはNPO活動しかないと、心が躍ったものである。ところが、NPO法人が誕生して既に20年になるが、職員の給与は殆どが最高でも大卒初任給レベルであるし、役員報酬が年間500万円以上の理事は皆無である。ということは、専任の理事はNPOの報酬だけでの生活が困難だし、NPOの職員が結婚して子どもを育てるというのは、極めて難しいということである。福祉系のNPO法人では例外もあるが、殆どのNPO法人で、専任の優秀な役職員が集まらないのは当然である。

NPO法人の役職員で、経営のセンスや実務能力を持っている人は極めて少ない。ましてや、マネジメントの諸原則を一般企業の役職員のように真剣に勉強している人は殆どいない。理念は立派でも、経営能力を持たない役員が多いのが実情である。マーケティングの基本原則やイノベーションの基本さえ知らないのである。そもそもNPO活動にとって、社会的イノベーションを起こすというのも本来の役割の一つである。しかしながら、イノベーションの基本原則さえ知らないのだから実にお粗末である。

NPO活動における経営と財務の自立が出来ていないのは、委託事業や補助金に頼り切っているからであろう。または、公的収入に依存せざるを得ないからである。拡大再生産の為の自主財源を確保できるほどの収入を得るようなNPOは皆無である。内部留保を持たなければ、設備投資や人材育成に対する先行投資ができない。しかるに、委託業務や補助金業務に依存していては、優秀な人材を育てることは出来ないし、委託費には満足な管理経費さえ認められないから、NPO活動が活性化する望みはないのである。

結論として導き出されるのは、地域活性化やまちづくりは民間の営利企業でしかなしえないということである。仮定の話として、過疎地域の法人の殆どが、NPO法人や市民活動団体になったとしよう。そうなれば、法人税や役職員の所得税などの税収は上がらず、地方自治体の存続すら危ぶまれる。地域経済の浮沈は民間企業の活性化にかかっているのである。したがって、我々が今なすべきなのは、優秀な若者が地域で活躍するビジネスモデルを創り上げることである。都会の優れた若者が地域に移住して活躍したいと思うようなビジネスモデルを、どのようにシステム化するかである。「イスキアの郷しらかわ」は、実はそんな役割も担っていると思っている。地域の問題や課題を解決しながら、ビジネスとしても成り立つことが出来て、子を産み育てられるような個人収入も確保できるようなビジネスモデルを創造することを成し遂げたい。それが、崩壊してしまった地域コミュニティの再構築と市民の意識改革、そして社会的イノベーションをも実現させると信じている。

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