LOHASな生き方を目指す

LOHAS(ロハス)とは、Lifestyles Of Health And Sustainabilityの頭文字を取った略語であり、地球環境を保護すると同時に健康で持続可能な暮らしを目指すという価値観を共有した生き方、またはそのような考え方を共有した人々のことである。環境保護の立場から、自然と人間の共生を謳い、自然を大切にして守り育てて、皆で共有して分かち合うという考え方に立っている。当然、農薬の使用は差し控えるし、オーガニックでナチュラルな農業を目指している。産業廃棄物による汚染や水質汚濁についても、極力少なくするような生活をしようと提言している。

地球の温暖化対策にも取り組んでいて、省エネにも関心が高い。脱石油でしかも自然エネルギーの政策を進めるように提言もしているし、勿論脱原発も推進している。持続可能な生き方をしようというのだから、地球環境に負荷のかけない暮らしをして行こうと呼びかけている。健康面においては、人間が本来持っている自己免疫力や自然治癒力を高めていくような生活スタイルを志していて、西洋近代医学のように人間が持っている本来の機能を損なうような治療は、断固拒否する立場だ。遺伝子操作の農産物を作ることや、クローンの家畜を作り出すことの危険性にも警鐘を鳴らしている。

どうして、人間はこんなにも効率優先の生き方をしてしまったのだろうか。生産性を上げることが至上命令だと言わんばかりに、農薬を大量に使用し化学肥料漬けの農産物を作り続けた。それが、人間の健康にだれだけ多くの被害を加えてしまったか、計り知れないものがある。「沈黙の春」(Silent Spring)という著作で、環境問題を初めて世界に訴えたレイチェルカーソンは、鳥が鳴かなくなった事例を嘆いてこの本を書いたのである。こんなにも環境と人間の健康に悪影響を与えている農薬と化学肥料の使用が、一向に減らないのは不思議な事である。

日本において、LOHASな生き方を目指しますと宣言すると、決まってこのような反論がある。農薬や化学肥料を使わないで農業をしたら、農産物の生産量が減少してしまい、飢え死にする人が出てきてしまう。高い農産物を買えない貧しい人もいることを考慮しないなんて、身勝手な論理だと言うのである。または、予防ワクチンや抗生物質などの薬品を使用しないと、健康を損なってしまうだけでなく乳幼児の生存率が低下してしまうと大騒ぎをする。最新の医学研究や農学によると、その批判は的外れだとされつつあるにも関わらず、いまだに古い考え方から抜けきれない。

LOHASを提唱され始めた時代は、そんな生き方をしたら生産効率が低下するばかりでなく、豊かな生活を捨てなければならないと批判されていた。そんな前近代的なLOHASは、科学的にも間違っているとの非難を受けていたが、最近なって科学的に見てもLOHASは正しいということが解明されてきたのである。科学的にも理がかなった、人間本来の生き方こそがLOHASであり、それに反した生き方をしているからこそ、環境問題や健康被害が起きているということがようやく証明されてきたのである。

産業革命以降、人間のあるべき生き方がどんどん否定されてきて、効率優先で物質的な豊かさ至上主義が蔓延してきた。おかげで、もっと大切な価値観である心の豊かさや自然の豊かさをないがしろにする暮らしが普通の社会になってしまったのである。生産性優先社会は、過度の競争を生み出すと共に、人間の労働力を使い捨ての時代にさせてしまった。当然、自分さえ良ければいい、身勝手で自己中心的な考え方に支配されてしまった社会は、お互いに支え合って生きるという大切な関係性を損なってしまい、全体最適ではなくて個別最適を目指してしまっている。

この世の中は、人間の身も心も病んでいる。それは、とりもなおさず人間の本来の生き方であるLOHASな生き方がされなくなったからである。縄文人のように、余計な富を持たず当たり前のように相手の尊厳を認め、お互いに支え合う社会があれば、争い事もなくて平和な世の中が1万年以上も続くのである。世界では紛争とテロが続いている。日本国内でも、毎日のように殺人事件や悲惨な事故が相次いでいる。LOHASな生き方をしていたら、起きない争いや事件・事故である。LOHASな生き方をしている限り、こんなにも心身を病んでいて不健康な世の中になる筈がない。人間本来の生き方であるLOHASな生き方を目指そうではないか。

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