心の病が治らない訳

現代はうつの時代だと言われている。抑うつの症状を訴えて会社を長期に休んだり学校を休学したり人が増えている。30年前には考えられなかったことである。うつ病だなんてことを会社の人に知られたら、会社に在籍することさえ難しかった時代もあった。そもそも、うつ病という病気が世間に知られるようになったのも、ここ20年くらいのものであろう。うつ病の診断が普通の内科医でも出来る診断マニュアルが整備され、さらには抗うつ剤が安全でしかも副作用が少ないという売り込みが功を奏したこともあり、うつ病と診断されて治療を受けている患者さんは、爆発的に増えた。

しかしながら、いつも不思議に思うのは、これだけ精神科医療の診断技術が向上して誤診も少なくなり、画期的な治療薬も開発されているにも関わらず、完全に治癒して断薬にまで漕ぎつけた患者さんは、非常に少ないのである。いつまでも治療が続いていて、投薬量も少なくなっているケースはあるものの、完全に心の病気を克服したという例は極めて少ない。たまにうつ病から完全に抜け出せた人のケースも耳にするが、そういう人は例外なく自分の力で治癒させた人である。

多くの精神科の医師の中には、減薬というレベルまでは患者さんを導いてくれている優秀なドクターも存在する。しかし、多くの精神科医は減薬や断薬ということにさえ無頓着で、徐々に投薬の種類も増やし投薬量を増やし続けて行くというドクターさえ少なくない。「はい、あなたはこの病気は完治したので、明日からは通院しなくていいよ」と言われた患者さんがどれだけいるだろうか。昔の精神科の病院はそれこそ笑い話ではないが、患者さんは『固定資産』だと呼んでいた経営者もいたくらいである。通院している患者さんは、大切な経営資産だと言えなくもないのである。

勿論、精神科の医師が意識的に患者さんを完治させないで、ずっと通院させているという乱暴なことは言わないが、精神科の疾患が非常に完治しにくいのは事実である。どうして、こんな残念なことが起きるのかというと、近代西洋医学の矛盾点を一番反映しているのが、精神科医療だからではあるまいか。近代西洋医学はどちらかというと対症療法が中心である。現れた症状を抑えることが主眼になる。勿論、緊急避難的な対応として主症状を抑えることが大切で、その後落ち着いてから原因を究明し、その原因を取り除くことで完治する。ところが、精神科医療の分野では、この原因の特定とその原因を根本から取り除くという治療行為があまり実施されていない現状がある。

そんなことはないし、カウンセリングや心理療法を駆使して、原因を究明して解決する努力をしていると主張する精神科医もいることであろう。だとしても、現実的に治療効果が上がっていないのだから、何をかいわんかやである。とすれば、原因の究明にそもそも誤謬があるのか、それとも原因を取り除くという治療行為が不適切であるかのどちらかである。精神医療の心理療法のレベルアップや技法の進化は相当にしている。しかし、それはあくまでも技能の向上であって、そもそも精神疾患が起きる原因を特定できていないのではなかろうか。

精神疾患になるメカニズムは、例外はあるにしても、脳の器質異常と脳内神経伝達物質の異常な分泌によるものと見られている。そして、この脳内ホルモンの異常や器質的変化は、人体システムの誤作動と暴走によるものであろう。最先端の医学では、精神科疾患の原因は脳の誤作動だけでなく、人体という全体におけるシステムエラーだということを突き止めている。つまり、脳内神経伝達物質を正常にしたり補填したりしただけでは、精神疾患は治らないということが判明したのである。しかるに、殆どの精神科医は脳内ホルモンを正常に分泌させたり、または補ったりする投薬治療を繰り返しているに過ぎない。

さらに言えば、この人体という完全なシステムが、何ゆえに誤作動や暴走をしてしまうのかという視点・観点が欠落しているのである。これは精神科医だけでなく他のドクターも似たり寄ったりである。だから、疾病を完治させられないのであろう。人体の完全なるシステムが誤作動や暴走を起こすのは、本来の人体システムの在り方に反する生き方や考え方を当の本人がしているからなのである。人体には、本来自己組織化というシステムがあり、人間そのものは全体最適と関係性によって成り立っている。この全体最適と関係性重視の価値観に則った考え方や生き方が出来ていないから、病気が発症するのである。いくら治療を受けても治らないのは、こういう理由だからである。

※明日のブログに続きを掲載します。

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