女性が活躍する時代

これからの日本においては、女性が活躍する時代を創っていくんだと、政府が宣言している。果たして、政府の思惑通りに行くのであろうか。既に女性が活躍している企業や業界が多数存在している。それでも、また部分的にでしかないと言える。まだまだこの社会は、男性中心に動いている。政府が声を大にして、女性が活躍する時代を創るというのは、労働者不足を何とかしたいという事情があるからであり、本気で政治界や経済界のトップリーダーとしての役割を女性に求めてはいない筈である。あくまでもそれは掛け声だけであり、男性社会における補助的役割しか期待していないのではないだろうか。

日本ではまだまだ男性社会であるが、世界各国では、政治だけでなく経済もまた女性のリーダーに委ねようとする動きが加速している。世界の元首を見てみると、女性が大統領や首相を務める例をあげればきりがないくらい多い。現職だけでも、ドイツのメルケル首相、チリ、スイスの元首も女性であり、他にも多数の現職女性リーダーがいる。過去には、マーガレット・サッチャーやインディラ・ガンジーといった名宰相がいたことは記憶に残っている。これから、益々女性の大統領や首相の誕生は増加するに違いない。それが世界の趨勢なのである。しかし、日本においては優秀な女性企業家や地方自治体の女性首長は生まれているが、女性首相が誕生するのは、残念ながらまだ少し先のような気がする。

それでは何故、こんなにも多くの女性が政治のリーダーとして、国民から指示され始めたのであろうか。女性が強くなったからとか女性の意識が高くなった為とか、または男女平等意識が高まったからというだけではあるまい。男性よりも女性のほうが、国のリーダーとして相応しいと国民たちが感じ始めたからではないかと思うのである。逆説的に言えば、もう男性に国政を任せられないと国民が思い始めたからではないだろうか。おそらく、男性の強烈な支配的なリーダーよりも、国民の目線を持った感性豊かなリーダーを求めるようになったのに違いない。日本や米国だけは、それに逆行している感はあるが。

男性は、一般的にどちらかというといざという時の決断力や胆力、または空間認識や創造性に優れていると思われている。そして、女性は繊細な感性や思いやり、相手への傾聴や共感力に長けていると見られている。男性と女性で一番違うのは、やはり相手の気持ちになりきっての言動が出来るかどうかという点であろう。何故そんなにも男女で違うのかというと、情報処理に使う脳の構造にあるのではないかと思われている。女性は、母性を発揮して子育てする為に右脳と左脳を繋ぐ脳梁が太くなっているのである。右脳と左脳の情報交換を豊かにすることで、子育てを上手に出来るようにしたと推測出来る。子どもの気持ちを自分のことのように感じなければ、子育てに失敗するからに違いない。

結論とすれば、国民が求めているのは、強烈なリーダーシップで国民を支配する為政者ではなくて、国民の気持ちに心底共感して、国民目線で行う政治リーダーなのではあるまいか。そして、女性の細やかな感性や先入観に捉われない柔軟な考え方が、この難しい世の中に必要なのだと思われる。政治の舵取りが非常に難しくなっている今の時代にこそ、どんな難題にも応えられる女性の政治リーダーが必要なのだと思える。勿論、難しい舵取りが要求される経済界に於いても、優秀な女性の企業家が次々と誕生しつつある。いずれ日本の政治の世界でも経済界でも、素晴らしい女性リーダーが続々と誕生するに違いない。これからの時代は、女性が活躍する時代なのである。

では、男性の時代は終わりなのかと言うと、そうではない。男性も優秀なリーダーとして活躍出来ない訳ではなく、立派なリーダーにもなり得る。その為には、男性性だけではなくて、繊細な感性や相手への共感などの女性性をも兼ね備える必要がある。男性のリーダーにこそ、これからは豊かな『女子力』が必要だと言えよう。歴史的にみても、過去に活躍した各国の女性元首たちは、例外なく女性性だけでなく男性性をも発揮している。つまり、男性性と女性性を共に兼ね備えた人物がこれからの時代のリーダーに相応しいということだろう。これからは女性が活躍する時代というより、女性性を発揮する時代と言うべきなのかもしれない。

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