自殺念慮の人を救うには

座間市で起きた悲惨で卑劣な殺人事件は、ご遺族に深い悲しみと苦しみを与えたことであろう。さらには、こんな事件が起こり得る社会であるという驚きを多くの人にもたらしたと言える。被疑者の動機、どうしてこんな犯罪を起こすことになったかというプロセスがいずれ明らかにされるだろうが、他人事ではないということを我々は認識すべきであろう。このような加害者の親族になることもあり得るし、被害者の親族になることもあり得ないことではない。被疑者や被害者のご家族・ご親族の気持ちになり切るならば、このような犯罪が起きた要因について軽々しく述べるべきではないことは承知しているが、今後このような事件が起きない為に、敢えて自殺念慮者の心の裡を洞察してみたい。

座間市の殺人事件の被疑者は、自殺願望者であることに付け込んで犯行を行ったと言われている。さらに、被害者を念入りに選別していたらしいという報道もなされている。被害者とご家族が、連絡が取れなくなっても騒ぎ立てないという確信が持てる被害者を選んでいたらしい。さらには、深い孤独感を持っているという人を選び、その寂しさに付け込んだともいう情報が流れている。さらに、あの被疑者自身もまた、深い孤独感を秘めていたようにも感じる。被害者も被疑者も、家族関係も含めて絆とか関わりあいが希薄化していて、孤独感を持っていたということが判明している。

自殺念慮の人たちを、何故この日本という社会は救う手立てがないのであろうか。年間8万人もの捜索願いが出されていて、その大半が見つからないばかりか、本人や家族のDNA登録さえ満足にされていないという。今回の事件の被害者のDNA登録もされていなかったし、警察に自分の家族ではないかという問い合わせも少なかったと言われている。現代日本は、コミュニティが崩壊していると言われているが、まさに家族という最小単位で大切なコミュニティが崩壊の危機に面しているということが、この座間市に起きた殺人事件を通して浮き彫りにされているような気がする。

自殺念慮の人を救うには、限りない無償の愛を注ぐことこそが必要だと思っていた。愛情に飢えた人が、自殺念慮に駆り立てられているものだと思い込んでいたのである。ところが、ある銃乱射事件の犯人の母親が講演で語った話が、その認識を覆した。今から18年前にコロンバイン高校での高校生2名の銃乱射により、13人の尊い命が奪われた事件である。その犯人の一人の母親が、現在講演を行っている。陰惨で酷いいじめが高校の同級生から受けていて、犯人のひとりは強い自殺念慮を持っていたという。銃を乱射した後に犯人は自殺した。

母親は、講演ではいじめがあったという事実と、そのおかげで自殺念慮が生まれたなんてことは一言も触れていない。何故息子の気持ちを解ってあげられなかったかということを、責め続けている。息子に対してこのうえもなく愛情をたっぷりと注いでいたと語っている。愛情があれば自殺念慮なんて起きないと思っていたのに、そうではなかったと反省しているのである。息子が何故自分の苦しみや悲しみを、母親である自分に打ち明けなかったかを悔いている。それだけの深い絆や関係性が息子との間に存在しなくて、その関係性を築き上げられなかった自分を責めているのである。

自殺念慮の人たちを救うには、自分たちが孤独ではないという思いを再構築してもらうことが必要だと思う。家族や周りの人々との絆や関わりあいを感じられず、絶対的な孤独感にさいなまれている人が、自殺念慮を生じるように感じられる。勿論、愛情不足も根底にあるだろう。その愛も、条件付きの愛である父性愛よりも、無条件の愛である母性愛がとみに不足しているようにも考えられる。あなたは1人ではないんだよというメッセージを自殺念慮の人々に届けたいと願っている。

インドカルカッタの下町で、マザーテレサは死にゆく人々に救いの手を差し伸べて、あなたは1人ではないということを認識してもらってから、死出の旅立ちにいざなった。森のイスキアの佐藤初女さんは、自殺念慮の方々にあなたは1人ではないし、初女さんも含めて多くの人々が見守っているというメッセージを送り続けてきた。そして、自分にも深い絆や関わりあいが存在していて、自分をこれだけ愛してくれている人がいることを知って、自殺念慮から救われたのである。このような活動を自分もこれからさせてもらい、自殺念慮の方々を救うお手伝いをしていきたいと強く願っている。

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