ゴルフマナーが悪い社員は使えない

昨今のゴルフ場におけるゴルファーのマナーは、まったくなっていない。ゴルファーのマナーやエチケットは、地に落ちたと言っても過言ではない。それはゴルフを始めたばかりの若者だけではない。立派な中年ゴルファーや老年愛好者までもが、ゴルフのマナーを守らない。おそらく、ゴルフのマナーを知らないのではなかろうか。または、一度も教えてもらってないのかもしれない。一緒に回るようなことがあると、目をそむけたくなるような光景に出くわすことがしばしばである。

ゴルフの個人会員が減っていることもあり、ゴルフ場からの指導や教育がないせいかもしれない。または、企業内のゴルフ部の活動が少なくなったことに加え、接待ゴルフが激減したので、ゴルフのマナーをしっかり教える機会もなくなった影響もあろう。それにしても、ゴルフのマナーやエチケットは最悪の状況にある。というか、人間として当然な行動さえ出来ていないのだから、周りの人に迷惑をかけているという実感を持てないのかもしれない。

ゴルフのラウンドにおいてスロープレーは、絶対に避けなくてはならない基本マナーである。何故ならば、ゴルフのラウンドというのは、パーティとパーティの間で1ホールを完了するプレー時間は、ホールの移動時間も含めて7分程度と決められている。次から次へと7分間隔で3人から4人のパーティがスタートして行く。その中で1人でもスロープレーのゴルファーがいると、その組のパートナーだけでなく、後続のプレーヤーはその間待たせられるのである。当然、その後に続く組のすべてのゴルファーは待たせられることになる。

例えば、7時スタートの組の1人がスロープレーヤーだったとしよう。その人が1ホール当たり3分ずつ遅れてプレーしたとする。そうすると、前半9ホールトータルで27分もその後のプレーヤーが遅れてしまうことになるのだ。休日ともなると人気のコースでは、ぎっしり予約者がいることが多い。7時7分から10時30分までのスタートで、12組の48名のゴルファーが27分ずつ遅れてプレーすることになるのである。後半も同じように遅れれば、なんと1人の遅延プレーヤーのお陰で48名のゴルファーが1時間も浪費するのである。遅い時刻スタートのプレーヤーは、遅延プレーヤーのせいで日没してしまいラウンドを完了できないケースもあるのだ。

ゴルフの技術が未熟な初心者は仕方ないだろうと擁護する人も少なくない。しかし、今までいろんなゴルファーをみてきたが、未熟な初心者だからスロープレーになることは少ない。どちらかというと、中級者や経験者のほうがスロープレーになることが多い。まずはアドレスに入るまでの時間がかかり過ぎる、素振りを3回も4回も行う、アドレスをセットしてからスィングを始めるまで数秒要する、打った後にずっとその場に立ち止まる、走らないばかりかゆっくり歩く、クラブやボールを余計に持たないからカートまで戻る、こんな非常識なことを平気でするのだ。特に、パットの時のスロープレーは酷い。自分の番になって初めてラインを確認する始末である。回りが見えないし、空気が読めないのである。

こういったゴルファーは絶対に上達しない。いつまでもスコアー100を切れない。マナーやエチケットを守れる人は、いつも他人に対して迷惑をかけまいと努力している。当然、自分の自己満足のためではなくて、周りの人々に対する配慮のために、自分自身の力量を磨いている。当然、こういう人は自分の結果が出ないのは、自分に責任があると認識して、技能とメンタルを磨き続ける。平常心を持てないと、ゴルフは失敗する。スロープレーをしている人は、メンタルが弱くミスを犯しやすく、自分を振り返って自分の非を認めないから、いつまで経っても上達しない。

ゴルフのマナーとエチケットが素晴らしい人間は、技術も素晴らしいしメンタルも鍛えられている。手前勝手で自己中心的な人間性を持っている人間は、ゴルフは上手くならない。責任性を持ち、自発性や主体性を発揮できず、いつまで自分の悪い点を認めないし受け入れられないから、自己成長できないのである。人間性の低劣な人間は一時的には成功するが、長い期間に渡り活躍することは出来ない。全体最適を目指し、関係性の哲学を重視する人間だけが、ゴルフのマナーやエチケットの向上が出来る。こういう人間は、ビジネスでも間違いなく成功するのである。

 

※イスキアの郷しらかわでは、ゴルフのマナーとエチケット講座を開催しています。ゴルフのメンタル講習も実施します。メンタルトレーニングを、マインドフルネスと前後裁断の方法を含めてレクチャーします。ゴルフの技能はそこそこ行っているのに、なかなか100を切れないでいるとか、ゴルフで詰まらないミスばかりをしている人は、是非とも受講してみてください。問い合わせのフォームからお願いします。

ふるさと納税制度の理念が揺らぐ

ふるさと納税制度のマイナス面が指摘されている。地方の市町村は税収が上がって喜んでいるが、東京の各行政区など大都市部では、地方税減収が深刻な影響を与えているという。税収不足のために保育園の設立が出来なくなっているという行政区もあるらしい。そのため、国に対するふるさと納税制度の見直しを求める声が高まっていると言われている。そもそも、ふるさと納税は自分が生まれた市町村の税収不足を解消しようと始まったのであるが、そのお陰で税収不足で喘いでいる都市や区があるというのは、本末転倒だと言わざるを得ない悪税の制度だ。

このふるさと納税制度において、豪華な返礼品を目当てにして制度を利用している愚か者も多いと聞く。それも、自分が生まれ育った土地でもなく、何の縁もゆかりもない訪ねたことさえない土地なのに、返礼品が魅力的だからとふるさと納税をするなんて、ナンセンスであろう。ふるさと納税制度というのは、自分が生まれて育てられた故郷を応援する為、または何らかの縁があり金銭的支援をする為などのために活用する制度である。納税の見返りを得るという損得の動機によってこの制度を利用するなんて、実に恥ずかしい限りではないか。

ふるさと納税の制度に欠陥があるとすれば、これらの点ではないかと思う人も多いに違いない。本来ふるさと納税制度とは、『志』を現わすものである。自分が生まれて育ててくれた故郷を捨てて、今は遠く離れた行政地区に住んでいる人が、自分を育ててくれたお礼をする意思を具現化したものである。それなのに、縁もゆかりも何もない市町村にふるさと納税をするなんて、何の意味もないだろうと思うのは私だけではない筈だ。本当は、見返りを求めることさえしてはならないのである。返礼品はふるさと納税した税金から支出される。それでは、『志』が減ってしまうのである。

返礼品は土地の名産品が充てられるから、その地域の経済活性化にも寄与して一石二鳥の効果が生まれるというが、それは詭弁であろう。ふるさと納税の全額が市町村民税として活用されたほうが、それをすべて行政支出として役立てられるから、多大な経済効果を生み出すのは間違いない。地方創生の財源として有効活用できよう。くだらないとは言わないが、本当に価値のある物であれば返礼品にしなくても売れる筈である。売ろうとする努力をしないでも返礼品として売れるなら、販売する苦労をしないし、ブラッシュアップもしないであろう。

自分が現在生活している行政区域において、様々な行政サービスを受けている。その行政サービスの財源は、住民税などである。ということは、それらの行政サービスの恩恵を受けながら、他の市町村に納税するということは、自分で負担もせずその行政サービスを享受するということになる。ごく一部だからいいと思うのは軽薄である。実際に、行政サービスに障害が起きている行政区もあるのだ。ごく一部だと考える住民が大勢になれば、その金額は多額になってしまうのである。これは由々しき大問題なのだ。

国は、人気取りのため、または人のふんどしで相撲を取って地方創生を進めている。国は、地方活性化の為にという大義名分を掲げているものの、自分の腹を痛めずに地方の税収アップを、とんでもない税制であるふるさと納税で進めているのだ。たとえ喜ぶ人々がいたとしても、誰かの犠牲のうえで成り立つような悪制度を進めてはならない筈である。しかも、住民税の減収が深刻な影響を与えてまで、ふるさと納税をすべきではない。そんなとんでもない税制を考え出す人間というのは、深い洞察力や未来を見通す力がない大バカ者であろう。

このふるさと納税制度が始まった際に、これはとんでもないことが起きると私は確信したものである。都市部の行政区では、深刻な税収不足が起きるに違いないと思った。そして、想像通りのことが起きてしまったのである。人の欲望につけこんだような、豪華な返礼品の競争が起きたのである。こんな人間の卑劣さを助長するような制度は、一刻も早く全廃してもらいたいものである。見返りを求めない、クラウドファンディング等や、寄付というものがあるではないか。このような何も求めず、ただ故郷を応援するだけという本来の『志』が生かされるような故郷の応援をしたいものである。

無条件の愛を注げない親

子育てにおいて、母性愛と父性愛の両方が必要なのは言うまでもない。母性愛とは無条件の愛、または無償の愛と言い替えることができる。一方、父性愛とは条件付きの愛、しつけ愛や承認の愛とも言われている。父性愛も大事であり、子育てにおいて必要な愛であるが、母性愛である無条件の愛こそが子育てで最も重要で必要不可欠な愛と言えよう。これがないと、子どもは健全な成長が妨げられてしまうだけでなく、大人になって大きな生きづらさを抱えてしまうからである。

この無条件の愛は、母親からの愛でしか受け取ることが出来ないかというと、そうではない。母親だけでなく、祖母や祖父から受容することもあるし、父親が無条件の愛を注ぐことも稀ではない。大切なのは、父性愛と母性愛を注ぐ順序であると、児童精神科の専門家は説いている。まずは、母性愛をこれでもかとたっぷりと注いで、それから父性愛を注ぐべきだと主張している。乳幼児期には、まず無条件の愛で満たされることで、しっかりとした自己肯定感を確立したうえで、父性愛を注ぐことが大切なのである。

何故、無条件の愛が最初に必要かというと、子どもの発達段階においては、まずは自分の存在価値がしっかりと感じられ、いかなる時も愛されて見捨てられることがないんだと確信する必要があるからだ。この見捨てられるかもしれないという不安や恐怖感があると、その後の生き方に大きく影響してしまうのである。この見捨てられ感というのは、大人になっても深刻な影響を及ぼすし、父性愛を注がれた時に、いう事を聞かなければ自分は見捨てられてしまうのではないかという恐怖心に追いやられるのである。

母性愛である無条件の愛をたっぷりと充分に与えられず大人になってしまった人間は、健全な子育ても出来なくなってしまう。どちらかというと条件付きの愛しか我が子に注げなくなってしまうのである。また、パートナーに対していつも無条件の愛しか与えられなくなり、健全な夫婦愛や恋愛を育めなくなってしまうのである。夫婦関係や恋愛関係が破綻しやすいし、子どもが何らかの問題行動を起こしやすくなる。こういう無条件の愛の枯渇状態は、世代間連鎖を起こしてしまうことが多い。負の連鎖が続くのである。

この無条件の愛を注げない親というのは、想像以上に多いのが実態であろう。おそらくは、少なくても半数以上の親が無条件の愛を注げないのではなかろうか。大人になって問題行動を起こす人々、例えば犯罪者、セクハラ、パワハラ、モラハラをする人々、覚醒剤などの薬物依存、アルコールやニコチン依存、ギャンブル依存、過食や拒食、各種依存症、生活習慣病、メンタル障害などを起こす確率が限りなく高くなる。恋愛恐怖症の人も無条件の愛が不足したからであろう。

無条件の愛が不足して、条件付きの愛しか与えられないで育ってしまった大人は、揺るぎない自己肯定感が確立されていない。いつも不安感や恐怖感を持っている。愛する人から見捨てられるのではないかという不安を持つ。配偶者から見捨てられてしまうのではないかという不安もあるし、子どもから見捨てられてしまい愛されないのではないかという不安もある。激情的に怒り出したかと思ったら、いやに子どもにおべっかを使い始めたりする。子どもにおもねるような態度をしたかと思うと、急に怒り出すような不安定な子育てをするのである。

無条件の愛を注げない親というのは、すべてではないものの『愛着障害』的なパーソナリティを持つことが多い。無条件の愛が枯渇しているが故に、いつも無条件の愛を渇望している。パートナーや周りの人から愛されたいと熱望するが、その人格の歪み故に、無条件に愛されることがない。益々、孤独感が増してきて、我が子を無条件で愛することが出来なくなってしまう。愛というのは循環するものだ。豊かに無条件の愛で包まれた人間は、周りの人々を愛で満たすことができる。無条件の愛を注げない親は、まずは自分の本当の心を知ることから始めることが必要であろう。

 

※イスキアの郷しらかわでは、無条件の愛を注げない親のサポートをしています。または親から無条件の愛を注げられなかった子どもの支援もしています。自分がもしかするとそうではないかと気付かれた方は、ご相談ください。問い合わせフォームからお願いします。

新卒離職者が止まらない

新卒で採用された新人社員のうち、3年以内に3人に1人以上が離職しているらしい。どうやら、中小企業のほうが離職率は高いと言われる。超人手不足と言われる現代では、益々人材の確保が難しくなっている。特に2020年にオリンピックが開催される東京周辺では、建築や土木工事のラッシュで、人手不足は深刻だ。それでなくても人材不足だというのに、新卒採用の新人がこんなにも簡単に離職してしまうとなると、首都圏にある中小企業の人手不足は相当に深刻であろう。

どうしてこんなにも新卒者の短期離職者が多いのかというと、本人への聞き取り調査によると、次のような理由からだという。入社してから、事前に聞いていた労働条件とあまりにも違う労働実態があることに気付いたという。あまりにも仕事が忙しく、残業が多くて有給休暇も満足に取れないらしい。入社して満足な指導教育もされないまま、難しい技能や経験を要求される職場にすぐに回されたともいう社員もいるということである。人手不足が深刻なあまり、すぐに一人前としての業務を求められるし、厳しい労働実態になるのだと思われる。

このように、人手不足であまりにも忙しいので満足な教育も出来ないし、残業が多く休みも取れないという労働を強いられるのである。これでは悪循環に陥ってしまい、何時まで経っても労働環境は改善されないことになる。今の若者が働く際に求めているのは、給与収入額の多さではなくて、働く際の余裕や労働環境の良さである。残業が少ないことと休日が多いことを求めている。有給休暇を自由に取得できることを、働く最低条件として要求するらしい。遮二無二労働することは避けて、余裕のある働きを求める傾向にあるのは当然であろう。

我々のような60歳を過ぎた人間には、到底考えられないような要求である。今から40年前なら、深夜近くまで残業するのは当たり前であり、有給休暇なんて満足に取れたこともなかった。そういう時代は、仕事がすべてであったのだ。しかし、時代は変わった。仕事だけが人生ではない。仕事は人生の一部であって、家族との触れ合いや余暇・趣味を楽しむこと、キャリアアップや自己啓発などの学習をすることも人生を彩ることとして必要だと考えているようだ。こういう考え方は間違いではないし、うらやましい限りである。こういう時代に生まれたかったという思いが強い。

さて、このような新卒者の短期離職をどのようにして防げば良いのであろうか。それは、教育の充実しかないと言わざるを得ない。新戦力として期待しているから、教育をする時間も惜しいということは解る。しかし、新人教育をしっかりしないと、すぐに辞職されてしまうのである。どんなに人手不足であったとしても、新人研修を充実することで短期離職を防げるのである。何故なら、人間というのは仕事によって自己成長する生き物だからだ。仕事によって自分がこんなにも自己啓発を出来たと実感出来たら、仕事を辞めることはないのである。

社員満足度を高めることで、離職を防ぐことが出来る。この社員満足度というのは、労働条件の良さではない。それは社員不満足度要因である。社員満足度要因とは、仕事を通して、どれだけ自分が社会貢献や会社に貢献できたかということであり、人間としての自己成長が実験できたかどうかということである。この社員満足度を高めるには、充実した教育研修が必要なのである。その教育研修とは、技能の研修も必要であるが、それ以上に価値観や労働哲学や理念の学習も要求される。

人間という生きものは、何かをする際に『何の為に』という理由を求めるものであり、この理由が希薄だとモチベーションがなくなってしまう。つまり、働く目的がないと、働く意欲が湧かないのである。若者に何故働くのかと問うと、そりゃ生活の為でしょうとあっけらかんとして答える。確かに、そういう側面はあるものの、それだけではない筈である。仕事を通して社会貢献をすることと、仕事をすることで自己啓発や自己実現をすることこそ、人間の生きる目的とリンクしている筈である。こういう基本的な教育研修こそ、必要なのである。こういう哲学や価値観を学ぶ機会を充分に与えられる会社であれば、優秀な社員は絶対に離職しないのである。

 

※イスキアの郷しらかわでは、働く意味や生きる目的などの哲学や価値観などを学ぶ新人研修を実施しています。このような研修教育を受講すれば、離職する社員は激減しますし、メンタルを病んだり休職したりする社員がいなくなります。新人社員は、技能研修だけでなく、実はこのような価値観の学びを求めています。目の色を変えて学ぶようになります。会社の人事ご担当の方は是非ともお問い合わせください。

ネットは単なるツールなのに

インターネットは現代ではなくてはならない情報ツールになっている。情報の収集と公開をする手段として、大変便利でありコミュニケーションツールとしても必要不可欠になっている。ビジネスの世界では、営業ツールのひとつとして殆どの企業がウェブサイトを活用している。個人間でも、フェイスブック、LINEなどのSNSに通信手段として多くのユーザーが登録している。ネットがなくては、人々の経済や生活が成り立たなくなっていると言えよう。

そんなネットを、ビジネスにしている人がいる。ウェブサイト作成やウェブデザイナー、またはソフトウェアーやアプリ作成をしている企業と個人ではなくて、ネットそのものを収入源にしている人である。アフィリエイターとかユーチューバーと呼ばれる人たちである。アフィリエイターとは、ネット上の自分のサイトでアフィリエイト広告をクリックするだけで、収入を得る人たちである。ユーチューバーとは、動画をユーチューブにアップして、その広告で収入を得る人たちである。他に定職もなく、これだけで生活しているというのだから驚きである。

その年収たるや、1000万円を超える人たちも沢山いるらしい。小学生の憧れる職業のトップ5にも入っているというのだから、びっくりするばかりだ。楽しいこと、気楽なことをして収入を得ることが出来るからという、実に情けない理由で憧れの職業にしているというのだから、実に困ったものである。労働に対する考え方が軽薄というか、何の為に働くかという基本的な労働価値観を育てられていないのであろう。自分の利益のためにだけ働くという、実に愚かで低劣な価値観である。

ネットをすることそのものを目的にしている人間が、増えているように思えて仕方ない。SNSやブログをやっている人の多くは、アクセス数がとれだけあるか、どれだけ『いいね』をもらったかに心血を注いでいるのだ。当然、いかに面白い動画や写真を撮って載せるか、センセーショナルで人目を引く題名をつけるかに苦労している。確かに、ビジネスに活用するというなら、それはひとつの戦略として有効である。しかし、インスタ映えという言葉のように、単なる友達への自慢や自己満足の為でしかないように感じる。

SNSはコミュニケーションのツールとして、とても有効である。またブログは情報発信ツールとして、誰でも簡単に利用できるので便利だ。しかし、ネットというのはあくまでも、コミュニケーションや情報発信のための単なるツールでしかない筈である。または、ビジネスを成功させる手段でしかない。いくら素晴らしく魅力的なウェブサイトであったとしても、売るものやサービスの価値が認められなければ売れない。ところが、どれだけネットでアクセスされたかに一喜一憂しているネットユーザーが多いのである。本末転倒であろう。

今日は何を食べたのか、どこに行ったのかという個人情報を日常的にアップして、『いいね』を求めているSNSユーザーがいる。何の役にも立たないくだらない情報のアップを見て、リアクションするほうも問題であるが、ネットを自分の人生の重要なアイテムにしてしまっている人がいる。ネット依存とも言える状況になっているし、ネットを人生の目的にしてしまっているようである。毎日、どれだけのリアクションがあったかで、その日の満足になっているし、ブログのアクセス件数を上げることを目標にしている愚か者がいるのだ。繰り返し言うが、ネットとは目的ではなくて、単なるコミュニケーションのツールでしかないのである。

SNSやブログは、自己満足や自己表現のひとつであっても一向にかまわないが、人生の目的にしてはならないであろう。あくまでも、ネットは本来ビジネスや公益活動のひとつの手段でしかない。コミュニケーションツールのひとつとしてネットがあるのであって、対面でのコミュニケーション(リアルコミュニケーション)を基本に据えるべきである。SNSやツィッターは、お互いの関係性を豊かにするためのひとつのツールでしかない。あくまでも、リアルの世界で相手の目をみながら対話をして、付き合うのが基本になる。ネットは単なるツールでしかないことを、深く認識したいものである。

こんな財務省にした張本人

財務省官僚という超エリートが、とんでもない不祥事をしていたことが次々と明るみになっている。日本のキャリア官僚というのは、世界一優秀な行政職だと言われてきた。キャリア官僚たちも、自分たちが日本の発展に欠かせない人材だという矜持を持っていた。そして、その優秀なキャリア官僚の中でも、エースが財務官僚だと言われてきた。そのエース官僚が、あるまじき行為をしていたというのだから、信じられないことであろう。

そもそも官僚というのは、本来政治家の方針と指示に従って行政を運営させていく立場にある。しかも、政治家が示した方針や企画提案が、法律や条令に違反していないかをチェックして、それに合致した行政運営をしていくのである。または、政治家の立案を法令にする際の文言を吟味して、抜け道や誤謬がないかをチェックするのが本来の業務なのである。当然、憲法に反しないかどうかが一番のチェックポイントである筈である。

ところが、今回の財務省の不祥事の数々を見ていると、人権無視や表現の自由を侵害したり、国民の財産権をないがしろにしたりするような行為を平気でしているのである。政治家の指示に従うのは当然であるが、憲法に違反している行為なので再考してくださいと申し上げる立場にあるのが官僚なのだから、毅然として断るべきであった。それなのに、保身や自己評価の向上、または地位や名誉を第一に考えて、憲法違反の行為をしたのだから許せるものではない。

こんな財務官僚を含めてキャリア官僚たちが、こんな愚か者になってしまったのは何故であろうか。または、こんな卑怯で低劣な官僚に貶めたのは誰なのか。この部分を明らかにしないと、益々官僚は転落の道を歩むに違いない。もう一度、世界に誇れる優秀な官僚にするために、どうすればよいのかを熟慮しなければならない。特に、こんな官僚にしてしまった責任を誰が取れば良いのかを、深く考えて行きたい。

こんな官僚にしてしまったのは、官邸だと言い切る人が少なくない。内閣人事局が設立されて、キャリア官僚の人事権を内閣が掌握してしまったことにより、官邸の意のままになる官僚が増加した。自分が出世するかどうかが、100%官邸の意思によるものなのだから、官邸に逆らったら出世の道は閉ざされる。キャリア官僚として入省した限りは、トップである事務次官を目指すのは人情である。優秀な能力を持ち、実績を積んでトップを目指していた官僚が、内閣人事局が設置されてからは、内閣にゴマすりをするようになったと言われている。

つまり、こんな酷いキャリア官僚にしてしまったのは、官邸であるという結論も間違ってはいないであろう。この官邸のトップは総理大臣である。つまり首相とその周りにいる官邸こそが、とんでもない官僚たちを作り上げてしまったと言えなくもない。さらに言えば、このような独善的な官邸を作ることを許してしまい、安倍首相を首班指名した国会に責任があるとするのも誤りではない。自民党という政党に属する議員とその党員が自民党総裁を選んだのだから、その責任を負うべきであり、それを他人事のように批判するのはどうかと思うのである。

さらに深く洞察すれば、本当の責任は我々国民にあることが判明する。何故ならば、自民党政権を生んだのは、そんな投票行動をした我々国民である。しかも、こんな横暴を許した野党にしてしまったのも、我々国民であると言える。国民は、どんな政党が国民ファーストの政治をするのかを見極めて投票すべきである。自分ファーストの政治家がいる政党を選んではならないのである。自分たちの利権や権益を守るのを是とするような政党と政治家を選んでしまった責任を痛感すべきなのは、我々国民であろう。そして、それに対抗できる野党を育てられなかったのも我々国民に責任がある。とすれば、次回の選挙ではまっとうな政治家と政党を選んで、こんな酷い高級官僚を生み出さない内閣と官邸にしなければならない。

ゴースト血管が怖い!

現代人にゴースト血管が増えていて、深刻な健康被害を起こしているということがNHKスペシャルで放映されていた。今までの医学常識によると、高血圧や高脂血症によって血管の動脈硬化が起きて様々な心臓疾患や脳疾患が起きているということだった。ところが最新の医学研究から、それらの主要血管だけでなくて毛細血管の異常も深刻な疾病を起こすことが判明したというのである。毛細血管が消えてしまい、まるでゴースト(幽霊)のようになるので、『ゴースト血管』と名付けられたらしい。

人間の血管は、心臓から送られて還ってくる主要血管と毛細血管から成り立っている。そのうち主要血管は全体の1%程度であり、残りの99%は毛細血管だという。主要血管から枝分かれした毛細血管は、各臓器・組織に縦横無尽に張めぐらされている。そして、各臓器や各組織に血液を流して、その中に含まれている酸素や養分を届けているのである。つまり、人間の身体の機能は毛細血管によって維持されていると言っても過言ではない。毛細血管は人間にとって必要不可欠で、とても大事な血管なのである。

心臓、肺、肝臓、心臓、脳、筋肉、骨などすべての大事な臓器と組織に毛細血管が張めぐらされている。酸素や養分だけでなく、人間の巧妙なネットワークに必要な神経伝達物質である各種ホルモンなども届けている。これらがもし届かなれば、大変なことになる。各臓器や組織が死滅するだけでなく、人体のネットワークシステムも破綻してしまい、重篤な疾患になり兼ねない。毛細血管がゴースト化してしまい、その働きを失ってしまったら、人間の各種機能が低下するのは間違いない。だから、ゴースト血管は由々しき大問題なのである。

どうしてゴースト血管になってしまうかというと、どうやら血流障害がその原因らしい。高脂血症や高血圧などの基礎疾患があり、そこにストレスや不適切な食事や生活習慣が加わり、血液の流れが滞って毛細血管の外壁が壊れてしまい、毛細血管の途中から血液が漏れてしまい、その先に血液が流れなくなるという。そうすると、その先にある毛細血管が消失してしまい、ゴースト血管になると考えられている。その為に、実に様々な症状や疾患が起きていると言われているのである。

その症状や疾患とは、主なものを上げると、認知症、薄毛、しわ・たるみ、骨粗鬆症、腎機能障害、肝機能障害、心臓血管障害、脳血管障害、冷え症などである。あくまでも想像であるが、毛細血管の本来の働きがなくなり、血液が届かないのであるから、ナチュラルキラー細胞や免疫細胞も届かなくなるのだから、悪性腫瘍だって発生する危険性も高まるであろう。血流が阻害されると身体全体の体温低下が起きることから、癌ができやすくなるとも言える。子宮に血液が届かなくなると、子宮筋腫ができやすくなるし、乳房に血流障害が起きると石灰化してやがて乳癌になる可能性もある。

それでは、どうすればゴースト血管を防げるのだろうか。NHKスペシャルでは、ゴースト血管を防止するために、こんな方法を薦めている。まずは、血流を滞らせる生活習慣を見直すことだという。睡眠を十分にとること、シャワーだけでなく湯舟にゆっくり浸かること、タバコを止めること、過度な飲酒をしないこと、食べすぎないこと、糖分・塩分・脂質を取り過ぎないこと、適度なアウトドア運動を週に3回以上すること、を薦めている。それにストレスを溜めないことも大切だとしている。筋肉、特に下腿の腓腹筋(ふくらはぎ)を鍛えることで効果があるとしている。

さて、ゴースト血管が出来るのは、すべて自分の生活習慣や暮らし方に関わっているということが解った。とすれば、ライフスタイルを変えることが必要だということになる。ゴースト血管は、一度そうなったとしても、短期間に生活習慣を改善すると元に戻るらしい。何となく冷え症になってきた、手先が冷たくなったという自覚症状があったら、自分の生活全般を見直すことが必要だ。特に、食習慣が大切だと思われる。野菜中心の手作り惣菜で、塩分・糖分・脂質を摂り過ぎない腹8分目の食事が大事であろう。カップ麵などのインスタント食品やジャンクフード、そしてファーストフードこそがゴースト血管の元凶だと言わざるを得ない。

 

※イスキアの郷しらかわでは、ゴースト血管を再生するような食事を提供しています。無農薬でオーガニックの野菜と米を用いて、健康的で美味しい食事を食べてもらいます。出来たら、4泊5日の滞在をしてもらえたら、ゴースト血管を再生させるその効果を実感してもらえます。ストレス解消もできますし、睡眠障害も驚くように改善します。問い合わせフォームから問い合わせください。

仕事で失敗や挫折をする訳

仕事は人間を大きく成長させてくれると言うが、確かにそうだと思う。行政などの官公庁の仕事でも人間は成長するが、やはり民間ビジネスにおける厳しい仕事こそが大きな成長をさせてくれるような気がする。最近は、民間ビジネスを嫌ってNPO法人などに勤務したがる若者が増えているし、独立して起業したがる人も少なくない。好きでもない仕事を無理やり押し付けられて、しかもパワハラ・モラハラやセクハラにさらされる民間ビジネスの職場も多い。だとしても、民間ビジネスの厳しい環境で、失敗や挫折を乗り越えてこそ人間は成長するのではないだろうか。

行政や独立行政法人などにおいて、失敗や挫折を繰り返すこともあるだろう。しかし、その責任を痛感して、自分の進退にまで発展することはまずない。しかし、民間ビジネスの世界では、会社・組織に多大な損失を与えたとしたら、本人の進退や降格につながるケースが多い。大きな失敗や挫折をして、その責任の重さに耐えきれず、メンタルを病んでしまうことも少なくない。だからこそ、民間ビジネスの厳しさを耐えて乗り越えてきた人間は、強い精神力と忍耐力を獲得できるのではないかと思われる。

とは言いながら、出来ることなら失敗や挫折は避けたいし、ましてや取り返しのつかないような大きな失態は演じたくない。大事な顧客を失ったり、多大な損失を与えたりするようなことは、ビジネスマンとしては絶対にしたくないものである。企業内のいろんな社員を見ていると、何度も大きな失敗を繰り返す人と、小さなミスはするけれど大きな失態はまったくしない人がいることに気付く。どうして、大きな失敗を繰り返す人としない人がいるのだろうか。

失敗や挫折を繰り返す人には、明らかな特徴がある。それは、非常に独善的であるという点である。表面的には、会社に対して忠誠心を持っているように振る舞っているが、自分の地位や名誉に固執し、自分にとって損か得かで行動を決めがちである。したがって、自分の利害が一番であり、他人がどうなろうと知らんぷりの態度を取りがちである。企業内も競争社会である。出世競争もあるし、手柄を立てたいというのは人情であるが、あまりにも自己の利益にこだわる傾向にある社員が、どういう訳か失敗を繰り返す。

大きな失敗や挫折を繰り返す人は、他人の気持ちに寄り添うことが苦手なようである。つまり、同僚や部下の気持ちを推し量ることが不得意である。相手の気持ちになり切って、自分のことのように共感することが出来ないから、周りの人から好かれない。同僚や部下に対して冷たいので、敬愛されないし信頼されない傾向にある。端的に言えば、良好な関係性を作ることが苦手なのである。当然、顧客や取引先との関係性も劣悪になることが多い。クレームや解約になるケースも少なくない。

会社や組織というのは、ひとつの完全なシステムである。構成要素である部門や社員が、全体である会社を支えている。そして、構成要素である部門や社員は、会社というシステム全体を最適化するように最大の努力をしながら働く。全社最適を目指すのである。当然、会社だけの最適を目指すだけでなく、社業を通して地域社会や社会全体の幸福や豊かさにも貢献する。つまり、全体最適を目指して活動しているのがシステムとしての企業であり、それを支える社員も全体最適を目指すべきなのである。そして、全体最適を実現するには、構成要素どうしの関係性が何よりも大切なのである。

ところが独善的で自分の損得を第一義的に考えている社員は、個人最適を目指しているのである。全体最適と関係性というシステム思考に反する行動をするのだから、不適合を起こすのは当然である。つまり、失敗や挫折という不適合を起こすのは、システム思考という哲学に反するからなのである。このように個別最適を目指す社員が出世して経営トップになった企業は、間違いなく大失態を起こしたり経営破綻したりする。東芝や神戸製鋼が失敗したのは、これが原因である。失敗や挫折を避けるには、全体最適と関係性を重視するシステム思考の哲学に基づいて行動すれば良いという結論になる。

 

※イスキアの郷しらかわでは、失敗や挫折を繰り返す社員の教育研修をしています。システム思考の哲学を学習することは勿論のこと、自己マスタリーという大切な人間成長の基本となる原則を学びます。真のリーダーシップを獲得するための研修も充実しています。MIT上級講師のピーター・センゲ氏が提唱しているシステム思考を深く理解し、「学習する組織」を創造するためのサポートをしています。

春の体調不良は山菜で治す

長い冬が終わり、やってきた春の訪れは、心身をウキウキとさせる。その一方で、春の体調不良に悩まされる人も少なくない。何となく身体が思うように動かなかったり、不定愁訴のような症状に苦しんだりする。病院に行って各種の検査を受けても、検査結果に異常は見つからず、単なる心身症として処理される。原因不明であるから、投薬治療の対象でもなく、手の打ちようがないのである。ストレスによるものだろうと言われるものの、心当たりのストレスはなく、春が過ぎて行く頃には症状が収まってしまう。

この春にやってくる体調不良の原因は何であろうか。免疫学の大家で先年亡くなった、新潟大学医学部教授の安保徹先生は、その体調不良は気圧の変化による自律神経のアンバランスだと主張していた。春がやって来ると、日本列島に移動性の高気圧と低気圧が交互にやって来る。高気圧は気圧を高くするから酸素濃度を濃くするし、低気圧は気圧を低くするので酸素濃度が薄くなる。その差はごく僅かだろうと思うが、人間の身体にとってはこの変動が大きく影響する。特に、移動性なので酸素濃度の変化の速さがあり、人間の自律神経の調整機能が追い付かないのである。

高気圧によって酸素の摂取量が増えると、自律神経の交感神経が活性化する。古来より、晴の日は外に出て狩りや農業をしてきたので、交感神経を高めて身体を活動体制にするのであろう。一方、低気圧は酸素摂取量を減らして、自律神経の副交感神経を優位にして、身体をリラックスさせる。雨の日は、休養に充ててきた体験からそのように進化したのではないかと思われる。晴の日と雨の日によって、身体をその天気に適応させる調整機能が発達してきたのであろう。この調整機能が災いして、春に体調不良を起こすのだから皮肉なものである。

自律神経の交感神経が優位になると、コルチゾールなどのステロイドホルモンを増やして、血圧を上げて脈拍数も増やし、身体を活動しやすいようにする。アドレナリンやドーパミンを増やす働きも活性化させると見られている。一方、自律神経の副交感神経を優位にすると、脳内神経伝達物質の分泌も抑えて、血圧を下げて脈拍数を減らして、休養をするように仕向けるのであろう。気圧変化が徐々に起こり、高気圧と低気圧が長く停滞するのであれば、自律神経の調整機能は問題なく働く。しかし、高速で移動する春の高気圧と低気圧に調整機能は追い付かなくて、自律神経の不調が起きるのではないだろうか。

さて、この春の移動性高気圧と低気圧に対して起きてしまった自律神経の不調を、どのように治せば良いのであろうか。現代人は、近代医療の恩恵を受けてきたが故に、投薬治療に頼りたがる。確かに、交感神経を優位にしたり副交感神経を優位にしたりするクスリは存在する。気圧の変化に対応して、そのクスリを飲んで調整すれば良いと思うが、そう単純なものではない。頻繁に交互にやって来る高気圧と低気圧に対して、タイムリーにしかも瞬時にどちらのクスリを飲めばよいかを決断するのは、医師でも難しいだろう。

この春にやってくる体調不良を、田舎に住む高齢の人々はあまり起こしていない。自律神経が鈍くなっているのだろうと思うのは、浅はかである。都会に住む高齢者は、体調不良で苦しんでいるのだ。都会と田舎では何が違うのかと言うと、その食生活である。田舎に住む中高年者は、春になると近くの山で採れる山菜を沢山食べているのである。山菜が美味しいから食べるということもあるが、山菜を食べると春の体調不良を無くすことを経験的に解っているから食しているのだ。日本の伝統的食文化は、人間の健康にも貢献しているのである。

どうして山菜が春の体調不良を改善するのかの科学的根拠は、完全に証明されている訳ではない。しかし、ある程度は想像できる。山菜には、身体に有用なミネラル類微量元素が豊富に含まれている。亜鉛、マグネシウム、カリウム、カルシウムなどの人間にとって大切な微量元素が豊富である。さらに、シュウ酸などのアクが含まれているものが多い。これらの必須微量元素が身体のホルモン調整機能を高めてくれるのではなかろうか。良質の食物繊維も野菜よりも遥かに大量に含まれている。身体に溜まった重金属などの毒素をデトックスする効果もあるらしい。アレルギーも改善すると言われる。春になると、山に住む動物は山菜を必ず食べる。同じ理由からであろう。春の体調不良は、山菜を食べて治すのがよい。

 

※都会のスーパーで販売されている山菜は、栽培されているものが多く、体調改善の効果は低いと思われます。山で採れた本物の山菜をイスキアの郷しらかわで提供しています。春の体調不良やアレルギーで苦しんでいらっしゃる方は、イスキアの郷しらかわで新鮮で美味しい山菜を堪能してみませんか。さらに山菜は腸内環境を改善してくれるので、気分も改善してくれると言われています。山菜採りのツアーも開催しています。

グリーンツーリズムが心を癒す訳

グリーンツーリズムの発祥はヨーロッパだとされている。グリーンツーリズムとは、農業体験や自然体験を中心にする滞在型の旅行である。それは、18世紀のフランスの貴族社会に始まったらしい。貴族の城がある敷地内の一角に農家と農地を作り、貴族がその農家に寝泊まりして、農業を楽しんだのがグリーンツーリズムの始まりとされている説もある。貴族の間では、このグリーンツーリズムが大流行して、多くの貴族が体験していたと言われている。あのマリーアントワネット王妃さえも、グリーンツーリズムを体験していたというから驚きだ。

貴族の仕事は何もなくて、毎日舞踏会を開いて遊んでいたかというとそうではなかったようである。軍人として軍務に励んでいた貴族もいたし、医師や教授をしていた貴族も存在していたし、領地における農業経営をしていた貴族も少なくなかったと伝えられる。つまり、きちんと仕事をして給料を得たり農業経営などで収入を得ていたりしたらしい。かなり真面目に仕事をしないと、広大な領地や城と敷地を管理できなかったということである。さらに、貴族として公的行事への参加も要請されていて、相当に忙しかったらしい。

したがって多くの貴族が、かなりのプレッシャーにより押しつぶされそうになっていたと言われている。仕事と社会活動におけるストレスも、半端なかったということであろう。また、貴族にはノブレス・オブリージュというものがあった。ノブレス・オブリージュとは、貴族としての社会責任のことである。言い変えると、特権階級である貴族は、地域市民に対して社会貢献をするべきだという慣習があったのである。このノブレス・オブリージュの活動も、かなり負担であり、超多忙の生活を送ったことであろう。

こんなに多忙でストレスフルな生活は、貴族の心を疲れさせ折れさせてしまっていたのではないかと想像する。勿論、ストレス解消のために、スポーツや芸術活動は盛んだったと思われるが、残念ながらそれではストレスの完全解消は出来なかったのであろう。それで目を付けたのがグリーンツーリズムである。自分の城から出るのは危険なので、自分の城の敷地内に粗末な農家を建てたのである。その農家に宿泊して、農民のような質素な生活をしたと伝えられている。これでストレス解消をして、通常の業務を頑張れたと思われる。

農業がどうして貴族の心を癒してくれたのかというと、それは農業独自のヒーリング効果があるからに違いない。心を癒してくれるのは、農業しかなかったのである。農業というのは、人々が食べる物を生産する産業である。貴族がやっていたのは大規模生産農家ではなくて、自分の食べるものを細々と作ったものであろう。まさしく手作りで、愛情を込めながら農産物を生産していたと思われる。心を込めて美味しい野菜作りをしている間、嫌なことも何もかも忘れて農業に専念していたに違いない。つまり、野菜作りがマインドフルネスになっていたのである。

農業がマインドフルネスの効果があるのは、農産物生産の難しさにある。農業というのは、かなりの技術や経験を要する。その年により天候も違うし、微妙な土の中に住む微生物やPHなどの条件にも影響される。これらのことをすべて総合的に判断しながら農産物作りをするのだから、他の事を考える余地がないのである。ましてや、良い野菜が出来るかどうかをいつも気にすることになる。そして、自分の望む農産物が出来て、収穫した時の喜びは何にも替えることのできない大きな喜びである。さらに、自分で作った農産物を自分で味わうことは無上の喜びであり、至福の食卓であったことだろう。

農業の基本は土作りにある。丹精を込めて肥沃な土壌づくりをするのだが、当然土に素手で触れることになり。土というのは、大地のエネルギーが豊富に蓄積されている。土に含まれるエネルギーが、愛情を込めて土をいじる人の体内に取り込まれるのは当然である。幼児が泥いじりや砂遊びが大好きなのは、同じ理由からである。したがって、土に触れることで、折れてしまった貴族の心が癒されたのである。また、農業は自分の力ではどうにもならないことがある。天候不順や天変地異が常に影響を受ける。特権階級の貴族は、権力や権威があるから、領民や使用人を自分の思いのままになる。しかし、農業によって意のままにならない難しさと、どうにもならないことがあるということを思い知らされる。これが人間を大きく成長させるし、自分で抱えているストレスが自分の起こしていることだと知り、これもストレスを乗り越えるヒントにもなるのだ。貴族が農業を愛した理由がここにある。

 

※イスキアの郷しらかわで、農業体験をしながら心を癒しませんか。それぞれの季節により、いろんな農業体験ができます。米作りや野菜の生産を土づくりから体験できます。自分で作った野菜を自分で料理して食べることは勿論、持ち帰りもできます。ヒーリング効果の高い農業を一緒にしてみませんか。有機栽培の研修も可能です。問い合わせフォームでお願いします。