芸能人の自殺連鎖が止まらない

昨日の未明に女優の竹内結子さんが自殺したというニュースが流れた。自宅の寝室クローゼットで首を吊っての自殺だという。卓越した演技力のあった女優さんに、何があったのだろうか。それにしても、三浦春馬さんの自殺に始まり、その後に芦名星さんが後を追うように自殺して、今度は竹内結子さんということで、自殺連鎖が止まらない。不思議なことだが、自殺は連鎖するのである。おそらく、無意識に刷り込まれてしまい、発作的に自殺するのであろう。心配なのは、芸能人が亡くなる度に、一般の方の後追い自殺が増えることだ。

 

3人に共通している生活習慣がある。それはお酒である。三浦春馬さんは、かなり問題があるような飲み方をしていたと伝えられている。芦名星さんも、かなりの酒豪だったらしい。竹内結子さんも豪快な飲み方だったらしいが、キッチンドリンカーだったとも言われている。コロナ禍によって外飲みが制限されてしまい、宅飲みを強いられたことで、ストレスを上手く処理出来なかったのかもしれない。大酒飲みがすべて自殺をしてしまう訳ではない。しかし、3人がアルコール依存症のような飲み方をしていたように思える。

 

アルコール依存症の人がすべて自殺しやすい訳ではない気がする。どちらかというと、重症のアルコール依存症になった人は自殺しにくいように思えて仕方がない。完全なアルコール依存症になり切れず、中途半端にアルコールに依存していて、何とか日常生活に支障をきたさないような程度にお酒を飲む人が危ないように思える。そして、まさしく三浦春馬さん、芦名星さん、竹内結子さんがそのような飲み方をしていたのではあるまいか。軽い依存症のようなアルコール摂取こそが、危険なような気がする。

 

いずれにしても、軽度だとはいえお酒に依存するというのは、心に問題を抱えている証拠である。単純に、お酒が好きだということだけではない。心の中にぽっかりと穴が空いたように感じて、強烈な生きづらさを抱えるが故に、それを紛らわせるためにお酒にのめり込むのではないだろうか。アルコール依存症が重症化してしまう人は、お酒に強いと言われている。重症化したアルコール依存症の人は、自分自身を見失っているケースが多い。だから、どうしようもない自分を消し去りたいとは思わないのかもしれない。

 

よく自殺した人のことに、原因はこうだったに違いないという報道やSNSの書き込みが増える。その中で、守るべき存在や悲しむ人があるのにどうして、ということを言う人がいる。それは、一度も死にたいと思ったことがない人なんだろうと思う。人は、守っていかなければならない人や自分の死を悲しむ人がいたとしても、希死念慮を消し去ることは出来ない。どんな状況だろうと身を挺してでも自分を守ってくれる存在、深い絆で結ばれた愛し愛される関係の人がいれば、自殺をしようとは思わないのである。

 

お酒に生きづらさの解消を求める人、またはお酒でしか自分の悲しみや寂しさを埋められない人は、『安全と絆』がないのだろうと思う。安全と絆というのは、自分のことをあるがままにまるごと愛してくれる存在である。そして、どんなことがあっても自分を守ってくれる存在であり、けっして見捨てることをしない信頼できる人である。それを心理学用語で、セーフティベース(安全基地)と呼んでいる。自殺をしようとする人は、自分にとっての安全と絆である『安全基地』がないのだと思われる。

 

著名な芸能人が自殺をすると、一般の方々が自殺連鎖を起こすことが多い。もし、自殺を考えている人がいたら、自分の安全基地になってと、誰かに求めてほしい。それは、臨時的な安全基地「いのちの電話」のような電話相談でもいい。安全と絆を一時的にでも確保してもらいたい。そして、いずれはリアルの世界で安全基地を作り上げてほしい。自分の住まいに安全基地がないのであれば、違う環境にしばらく身を置くのもよいだろう。自然が豊かな所に心を癒す旅に行くのもいいだろうし、農家民宿のような処で土と触れ合う旅もいい。きっと、そこで安全基地が見つかるに違いない。

自助共助公助を政治スローガンに?

安倍内閣が総辞職して、菅内閣が新しく発足した。その新内閣のスローガンが、自助・共助・公助の社会を目指すということらしい。多くの人々はこのスローガンを聞いて、当然なことだと思うことであろう。まずは、自分でできることをしてみる。つまり自助だ。それでも不可能なことは、地域やNPO法人やボランティアなどの力を借りる。これが共助ということだろう。そして、自助・共助でどうしようもないことを公的機関で支援する。これが公助ということだろう。いたってまともな理論で、賛成する人も多いに違いない。

 

この自助・共助・公助の理論の根底にあるのは、小さな政府と自己責任論である。最初から公的サービスを宛にしないで、自分にできることは自分たちでしようということだ。さらに行政改革を推し進めるに当たって、公的サービスを肥大化させず、財政を健全化したいとの思惑も働いているに違いない。確かに、あまりにも福祉サービスを限りなく広げてしまうと、自助努力を怠ってしまう傾向があるだろう。だとしても、基本は自己責任であり、あまりにも人に頼ってはいけないと政治の長が声高々に叫ぶのはどうかと思うのである。

 

安倍政権は7年以上続いた安定した長期政権である。その政権中枢にいた人、安倍総理、麻生副総理、菅官房長官たちは、自己責任論を振りかざすことが少なくなかった。つまり貧困、病気、介護、失職の状態に追い込まれるのは、自分たちの努力が足りなかったからであるし、それを政府のせいにするなんてとんでもないと言いたかったように思えて仕方ない。経済的に恵まれて、何不自由ない豊かな生活をしている人は、自分で努力したからだと主張する。恵まれない生活をしているのは自己責任だと、本音ではそう思っていたに違いない。

 

共助の在り方について、少し考えてみたい。政府や財務省は、共助の社会を作りたいと思っているらしい。年々増加する公的支出を抑えたいからであろう。共助社会を目指す理由が、財政支出を少なくする為なら、他人任せの政策であり情けない。人間というのは、本来お互いに支え合いながら生きるものである。お上の財政事情から国民に共助を強いるというのは、本末転倒であろう。共助は自らが主体性を持ってするべきであり、政府から指示されるものではない筈だ。政府や行政が共助を声高に叫ぶのは、自分たちの無策ぶりを露呈するものだ。

 

自助・共助を先にして公助を最後に持ってきたのは、菅政権が公助を出来るだけ避けたいという思いが現われている。しかし、政府の役目は国民に自助・共助を勧めることではない。自助・共助は国民自らが主体的に選択して実行するものだ。政府が考えるべきは、公助の無駄・無理・浪費を防ぐことであり、より効率の高い公助の在り方を考えることである。そして、縦割り行政によって公助が滞っているケースを改善することである。さらには、本来受けるべき公助を受けられていない人々に、しっかりと公助を届ける役割を果たすべきだ。

 

共助の果たす役割というのは、単なる公助の手助けということではない。そのことを菅政権が認識していないのは、実に情けないことである。共助というのは、本来は公助で行うべきことを公的機関が取り組むシステムがないから、その先取りとしてNPO法人やボランティアが共助として実施しているのである。つまり、この先取りの共助システムをやがては公助で実施すべきなのである。さらには、共助を行うのは単なる支援が目的ではなくて、共助のシステムを作り実践することで、お互いが支え合う社会を実現するプロセスなのである。つまり、お互いの関係性や絆を深めて、心豊かな社会を実現するのが共助の真の目的である。

 

安倍政権下で所得格差が広がり、絶対的貧困が増加して公的扶助が増加した。それは、公助のやり方を間違ったとも言える。安倍政権の失政を反省することなく、菅政権も自助や共助を優先させて、公助を削減しようとするのは許せない暴挙だと言えよう。政治の役目というのは、自助や共助なんていう言葉が存在しない社会を作ることだと言える。つまり、国民全員が自立できて、お互いが当たり前のように支え合う社会の実現こそ、目指すべきなのである。自助・共助を政治のスローガンにするというは、本来あり得ないことなのである。

日本の子どもが不幸なのは何故か

子どもの幸福度調査結果が発表され、日本の子どもの幸福度が異常に低いというが解った。日本の子どもよりも低い国はあるが、先進国の中では断トツに低いというのは、ショックなことである。精神的幸福度だけをみると、なんと37位という。今の生活に対する満足度や自殺率などを勘案して決めるらしいが、日本の子どもが不幸な気持ちで生活しているということに驚く人は多いだろう。一方ダントツで一位なのがオランダである。どういう訳でオランダがトップなのかを分析すれば、日本の低い幸福度の原因も解るに違いない。

 

オランダの子どもの幸福度が高いのは、その教育制度にあると言っても過言ではない。自由度が高いと言うか、どのような教育カリキュラムにするのか、選択権が本人と保護者に委ねられているという点である。飛び級制度は今やどの国にもあり、オランダでも採択されている。他国と違うのは、留年するかどうかを本人が選択できるという所だ。理解度に不安があれば、もう一年その学年の教育を受けられる。そして、留年による不利益や同級生からのいじめが皆無だという。国民全体が留年を認識して容認しているからである。

 

オランダの義務教育のカリキュラムは、主要教科だけが決められていて、その他の芸術科目などは選択制らしい。日本のように画一的に決められている訳ではなくて、好きなことを自分で選べて学べるという。つまり、子どもたちに大人がすべての学びを押し付けるのでなくて、子ども自身が主体性を持って選ぶのだ。そして驚くことに、システム思考を小学生に教えているという。小学生時にシステム論を教えるというのにはびっくりする。自己組織化を子どものうちから学んで身に付けるというだから素晴らしいことだ。

 

オランダの家庭における親子の絆と触れ合いも濃密で良好らしい。親子で共に過ごす時間を何よりも大切にしているし、アウトドアでの遊びやバカンスを親子で楽しむことを最優先にしている。子どもを持つ親たちは、会社で残業をしないし、勤務後の飲み会や付き合いもない。家庭サービスの為にと、有休消化率も高い。常に親子で一緒の活動を心がけているから、親子の絆が深いしお互いの信頼関係も強固なものとなっている。当然、お互いが支え合い寄り添っているから安心感がある。故に、子どもは不安感がないからチャレンジ精神も旺盛だ。

 

オランダは国家全体で教育に対する考え方を確立していて、子育てや家庭での時間を多く持てるようにと政治と経済を動かしている。ワークシェアリングを実践している。同一労働同一賃金を徹底していて、正社員でもパート・アルバイトでも同じ時給で仕事をする。何時間働くかも比較的自由で、夫婦のどちらかが短時間労働を選択して、子育てや家事を主に担う。残業手当に対する課税を強化して、残業をさせないような労働政策を取っている。当然、労働時間が短くなるので、集中して働くから労働生産性が高い。

 

企業における働き方も、オランダには驚くような商慣習があるという。日本の企業経営における顧客に対する責任の中で、重要視しているのは納期である。日本ではどんなことがあっても必ず納期を守る。ところがオランダにおいては、納期を必ず守らせるという商慣習がないらしい。例えば、残業までしても納期を守るというのは、日本では常識である。オランダでは、社員に残業までさせて納期を守ることはない。そもそも、オランダでは納期が数日ずれ込むというのは最初から織り込み済みであり、違約金やペナルティを課すということないという。納期に対するしばりは働き方に影響するから、厳しくないというのは好ましい。

 

このように政治も経済面でも、オランダでは人間中心主義を貫いている。人間としての幸福や心の豊かさを重視していて、経済や金融面での成長は二の次である。経済界全体もそれを後押ししているし、政治も家庭・人間を大切にしている。そして何よりも人間どうしの関係性を大事にしているし、全体最適を重んじている。そのために、すべての国民が主体性・自発性・自主性を持てるように子どもの時から丁寧な教育をしているのである。システム思考という価値観を国民全体が持てるように教育しているのだ。だからオランダでは子どもが幸福なのであり、日本ではシステム思考と真逆の教育をして、システム思考を無視した政治や経済運営をしているから日本の子どもは不幸なのである。

自殺が回復期に起きるのは何故か

本日10日から16日までを自殺予防週間として、厚労省がその啓発のために設定している。日本において、ここ数年間自殺は減少しているらしい。それでも、まだ毎年2万人もの方々が自らの命を絶っている。厚労省を始めとして各県や各市町村行政も自殺予防の啓発を勧めている。とは言いながら、自殺防止の有効な手立てはないに等しい。何故なら、事前に相談してくれるなら手を打てるが、自殺者の殆どが誰にも相談しないからだ。そして、うつ病などの気分障害の回復期に自殺が起きる。ほっと安心した瞬間こそ危険なのだ。

 

自殺者は、何らかのメンタル疾患を持つケースが多い。特に多いのがうつ病などの気分障害。またはアルコール依存症、パニック障害、PTSDで苦しむ人も少なくない。そして、人間関係に悩む人も多い。間違いなく言えるのは、強烈な生きづらさを抱えているということ。不思議なことに、これらのメンタル疾患が回復してきて、気分も少し良くなってきた時期に自殺してしまうことが多い。心の病が回復してきて、さあこれから社会復帰できるのではないかと、夢と希望が湧いてきた時期なのである。家族や友人だって、ほっと一安心するに違いない。

 

うつ症状のどん底にいる時は、心も身体も思うように動かなくなる。ところが、少し回復してくると、意欲も出てきて身体も少し動くようになる。職場復帰に向けて動き出したり、ひきこもりから抜け出したりしそうになる。そんな時に、ちょっとした言動で傷つき、自分を消してしまいたくなるらしい。精神医学界では、医師もカウンセラーも回復期における自殺行動をそんなふうに分析している。果たして、本当にそうなのであろうか。もっと違う何か特別な心身の動きがあるのではなかろうか。

 

ひとつの仮説ではあるが、ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)がその原因を説明できる。ポリヴェーガル理論によると、人間が八方塞がりの状況に追い込まれてしまうと、心身のシャツトダウン(遮断)が起きてしまう。それは、自分の身体と精神の破綻を守るために、古い迷走神経が敢えて働いてしまうのである。つまり、精神が壊れるとか自らの命を絶ってしまわないように、自己救済の為に古い型の迷走神経(背側迷走神経)が働き、心身を遮断してしまい余計な動きを止めてしまうのである。医学的なアプローチ(投薬)などにより、中途半端にその遮断を解くと、心が動き出して自殺をしてしまうと考えられる。

 

ポリヴェーガル理論をもう少し詳しく述べたい。自律神経には交感神経と副交感神経がある。今までの医学界では、それだけだと思われていた。ところが、副交感神経(迷走神経)は、二つ以上あることが判明したのである。ひとつは旧来の副交感神経である、免疫を高めたりリラックスをさせたりする腹側迷走神経。もうひとつは、心身の危険を感じて闘争や逃走が出来なくなった際に働く背側迷走神経である。職場・学校・家庭などにおいて、トラウマ化するような苦難困難・危機が迫り、闘うこともできず逃げることも適わない事態になると、人間は背側迷走神経により遮断・フリーズ状態に陥るのである。

 

この遮断(フリーズ)状態に陥ると、重症うつ病のようにまったく身動きが取れず、ひきこもりのようになってしまうことが多い。医学的アプローチやカウンセリングなどにより、少しずつ遮断が解けてきた時にこそ、危険な状況になる。身動きできなかった身体が動き始め、心も動くようになる。自己否定さえ考えないようにして自殺を止めていたのに、自殺念慮が動き出してしまうのである。遮断によって、自殺しないように止めてあったのに、その歯止めが取れてしまったのである。だから、中途半端に遮断を解いてしまうと、悲惨なことになってしまうのだ。

 

それでは回復しつつあっても、自殺をしないようにするにはどうしたらよいのだろうか。遮断を安全に解く方法はないのだろうか。ヒントは、『安全基地』の確保である。そもそも何故背側迷走神経が働いて遮断が起きるのかというと、安全基地が存在しないからである。安全と絆を提供する安全基地がなくて、誰も助けてくれず守ってくれないから、八方塞がりに追い込まれて、遮断・フリーズが起きるのである。遮断に追い込まれた人に、寄り添い支えて、あるがままにまるごと受容してくれる存在がいれば、遮断から安全に抜け出すことが可能になる。そうすれば回復期に自殺する人はいなくなる。

 

※心身が完全にシャットダウンしてひきこもりや不登校になっている時は、自殺する人は意外と少ないのですが、少し回復してきた時にこそ自殺のリスクが現われます。ポリヴェーガル理論における遮断・シャットダウンを緩やかに解いて、危険を回避させる方法(プロセス)をお伝えしています。問い合わせ・申し込みのフォームからご相談ください。

私の家政夫ナギサさんとおじ恋

TBS系の火曜ドラマ枠で放映されていた『私の家政夫ナギサさん』が面白かった。視聴率は他のドラマと比較しても、ダントツの高さを誇っていたようである。「わたナギ」と略されていて、絶大の人気を誇っていたという。元々はコミックが原作のTVドラマ化だ。家事が出来ないが仕事のできる女性MR(薬品会社の営業職)が、妹から無理やり家政夫を派遣されてしまう。片づけられない女性の元にやってきた家政夫は、50歳の独身おじさん。最初は疎ましく思ったが、あまりにも完璧な掃除・片付け・料理に惚れ込むという物語が展開する。

 

そして、その家政夫のナギサさんはおじさんながらとても魅力的で、優しいお母さんといった具合。当のナギサさんも、お母さんになりたくて一流企業のMRを辞職して、家政夫になったという。深い思いやりがあって、主人公の心身を癒してくれるナギサさんに、次第に惹かれていくというドラマである。紆余曲折を経ながらも、最後にはマギサさんも主人公の女性を好きになって結ばれるという、ハッピーエンドでドラマは幕を閉じる。それにしても20歳以上も年の離れたおじさんに恋をするという、実際にはあり得ない物語である。

 

しかしながら、実際にはあり得ないことだと思っていたが、現実に多く起きていることだというから驚きだ。最近、パパ活とかじじ活という言葉がネット上で躍っているが、これは単なる恋愛ではなくて、それなりの対価を支払って相手と付き合う出会い系サイトである。しかし、恋愛の対象としてパパのような年齢の男性や年上のおじさんを選ぶ女性が増えているらしいのである。そういうTVドラマや女性向けの漫画が多いという。まさしくナギサさんのような優しいおじさまに恋をする時代なんだと、認識を改めなくてはならない。

 

恋愛対象とするなら、同年代かせめて10歳上くらいが限度だと思っていた。お金や地位・名誉のある中年や芸能人ならいざ知らず、ごく普通のおじさんに恋をするなどというのは考えられない。何故、こんなことが起きるのであろうかと考えてみた。もしかすると、ナギサさんのようにお母さんの代わりを求めているのかもしれないし、優しいお父さんを欲しているような気がする。つまり、現実の父親や母親があまりにも自分の理想とする親像ではないので、その代替対象としているのではないかとも思われる。

 

しかし、一時的な恋愛や癒しの対象、または結婚するまでの繋ぎ役なのではなくて、本当に一人の男性・人間として恋をして、結婚を望んでいるのである。つまり、若い男性にはない何かの魅力がおじさんにはあり、そういう人と一生を添い遂げようとするのだから、一時的な感情ではなく本気なのである。だとしても、20歳以上年上のおじさんに恋をして一緒に暮らしたいと言うのだから、女性側に何か事情があるとしか思えない。同年代の異性では物足りなく思うのか、若い男の精神的な未熟さに我慢できないのだろうか。

 

あくまでも個人的分析だと断ったうえだが、おじさんに恋焦がれてしまう女性は、もしかすると不安定な愛着を抱えているのかもしれない。母親から豊かな母性愛を注がれなかったか、またはダブルバインドで育てられたのかもしれない。親から過干渉を受け、支配されてコントロールを受けて育ったのであろう。だからこそ、あるがままの自分をまるごと愛してくれる、安定した愛着を持つおじさんに惹かれるに違いない。慈母観音のような包容力があるおじさんに恋をするのは、愛着障害だからであろう。そして、そのようなおじさんだからこそ、安全基地として機能してくれて、不安定な愛着が癒されるに違いない。

 

私もあらゆる家事をほぼ完璧にこなせるし、和洋中の殆どの料理だって出来る。手前味噌だが、レストランよりも美味しい料理だと評価されている。簡単な日曜大工もこなすし、電気設備・給排水設備の修理もする。庭仕事や剪定、草刈りもする。カウンセラーやセラピストとしても実績があり、話題が豊富で話し相手にすれば退屈させない。ナギサさんのような家政夫として、立派に勤まるような気がする。とは言いながら、独身でもないし65歳の高齢なので、残念ながらナギサさんとは違い、恋愛や結婚の対象にならないのは確かだ。(笑)

ストレス耐性が低い訳

世の中には、ストレスに滅法強い人がいるかと思えば、めっきりストレスに弱い人もいる。ストレスに強い人は、ストレス耐性が強いと言うし、弱い人は低いと言う。ストレス耐性が低い人は、どうしてそうなるのだろうか。地位が高くて実績もあり世間から立派だと思われていて、ばりばり活躍している人がいる。そういう人は、強い精神力を持ち発言力も強い。周りの人から観たら、ストレスなんて殆どないか、ストレスに負けない強い気持ちを持っているとしか思えない。しかし、そういう人でもストレス耐性が極めて低いということがある。

 

そんなことはないだろうと思う人は、多いに違いない。しかし、実際に安倍総理が多大なストレスに負けて潰瘍性大腸炎を悪化させ、政権を投げ出した。あれほど多くの疑惑を持たれながらも、強弁を用いて逃れてきたのだからストレス耐性が高いと思われてきた。だが、意外とストレス耐性が低い人だったのかもしれない。本人がストレスに弱いことを知っていたからこそ攻撃的な態度を取り続け、反撃を抑え込んできたのかもしれない。著名な政治家だけでなく、企業経営者なんかも、実はストレス耐性が低いという人が意外と多い。

 

世の中には、このようにストレス耐性が低いけれど、そんなことを微塵にも見せず、豪放磊落な態度を取る人は多い。逆に言えば、ストレス耐性が低いからこそ、地位とか名誉を高める努力をして、攻撃されないようにしたいのかもしれない。または、ストレスに弱いと言う評判が立てば、地位や名誉は手に入らない。当然、ストレス耐性が高いように見せつけなければ、人々からの信任は得られない。だから、気持ちの弱さを一切見せず、その弱さを隠して強く振舞っているのかもしれない。弱い犬ほど吠えるのと同じである。

 

それでは、どうしてストレス耐性が高い人と低い人がいるのだろうか。ストレス耐性が強ければ、どんなに悲しいことや辛いことがあっても気持ちはめげないし、一旦落ち込んでもすぐに立ち直ることが出来る。ストレス耐性が高い人は、メンタルの病気になりにくいし、いろんな病気だって寄せ付けない。ストレス耐性が高ければ、幸福な人生を歩めるに違いない。うつ病、双極性障害、パニック障害、PTSDにだってストレス耐性が高ければならないし、生活習慣病や悪性腫瘍にもならないに違いない。

 

ストレス耐性が高ければ、職場で休職や退職にも追い込まれないし、不登校やひきこもりにもならないであろう。とすれば、ストレス耐性を高めることが出来れば、仕事への復帰が可能になるし、不登校やひきこもりだって乗り越えられるに違いない。ストレス耐性が異常に低い人はどういう人かというと、自尊感情が極めて低い人、自己肯定感がない人である。だから大きなストレスに抗うことが出来ないし、ストレスがトラウマ化してしまうのである。いつも不安や恐怖感を抱えて生きているので、気持ちがめげてしまうことが多い。

 

自尊感情が育っていなくて、いつも自己否定感を強く持ってしまう人というのは、『安全と絆』がない人である。つまり、自分の心の中に『安全基地』を持たない人である。自分の中に信じられない自分がいるということでもある。何故にそうなったかというと、小さい頃の育てられ方に原因がある。親との良好で豊かな愛着が結ばれていないことに原因がある。愛着障害と言ってもよい。2歳から4歳の頃に、『あるがままの自分をまるごと愛されない』という経験をすると、自尊感情が育たない。言い換えると母性愛が不足するのである。

 

いや、私は十分に親から愛されていたから、愛情不足はないと思う人いるかもしれない。確かに十分な愛情を注がれたとしても、それは支配愛でありコントロールされた愛である。干渉され過ぎた愛は、子どもに強烈な自己否定感をもたらし、愛着障害にさせてしまう。または、ダブルバインドで育てられたケースも同じである。さらには、母親の病気や仕事などの事情で、途中で養育者が変わったというケースでも愛着障害が起きてしまう。三つ子の魂百までも言われているが、まさしく幼児期の育てられ方が大人になっても強烈な自己否定感をもたらし、ストレス耐性を極めて低くさせてしまうのである。

 

※ストレス耐性が異常に低くて、各種依存症、摂食障害、PTSD、パニック障害、うつ病、ひきこもり、不登校などで悩んでいらっしゃる方は、もしかすると愛着障害かもしれません。愛着障害を乗り越える方法を「イスキアの郷しらかわ」はお伝えしています。または愛着障害を克服するお手伝いをしています。問い合わせフォームからご相談ください。

潰瘍性大腸炎の本当の原因

潰瘍性大腸炎という病名が、これほど世間に知られたことは今までなかった。安倍総理がこの潰瘍性大腸炎の悪化で、これ以上政権を担えないと退陣することを決めた。この潰瘍性大腸炎という疾病は、それほど深刻なんだと認識した人も多かったに違いない。潰瘍性大腸炎は難病として特定疾患に指定されている。原因不明であるし、その治療も主に投薬によるが、その効果もいまいちである。安倍総理のように、再発することも多い。原因が解らないのだから、治療効果も限定的だし、その予後も芳しくない。

 

原因不明だと言うことだが、潰瘍性大腸炎になる原因は遺伝的な要因にストレスや食習慣の問題が加わり発症すると推定されている。その発症メカニズムは免疫の異常によるものだとされ、最新の研究では大腸の表皮細胞における遺伝子の異常があるということが判明している。IL17(インターロイキン17)が多量に発生して、免疫の暴走が起きるのではないかと見られている。免疫の異常が何故起きてしまうのかが不明だが、その免疫の暴走が止められれば、潰瘍性大腸炎は完治するのではないかと推測されている。

 

それでは何故に免疫の暴走が起きてしまうのかというと、残念ながら解明されていない。新型コロナ感染症において、IL6(インターロイキン6)が多量に発生して免疫が暴走してしまい重症化してしまうメカニズムと良く似ている。そういう意味では、免疫系の仕組みは現代の医学でもまだまだ未知の部分が多い。膠原病などの自己免疫疾患が難病であるのは、免疫系のシステムがまだ完全に解明されていないからである。そういう意味では、おしなべて免疫系疾患は治療が難しいし、完治するのはごく稀であるのは当然であろう。

 

潰瘍性大腸炎が起きるのは免疫の異常だとしても、この免疫異常が起きてしまうのは、ストレスが大きな役割を果たしているというのは間違いなさそうだ。今回の安倍総理も、新型コロナ感染症への対応が後手に回ってしまい、批判が総理と官邸に集中していることが相当なストレスになっていたと思われる。連日、報道番組でアベノマスクと揶揄され、経済を優先するあまりゴートゥーキャンペーンを強行したことにも非難を受け続けた。国会や委員会の開催を避け続けたのは、総理のストレス耐性が低く、批判されるのを嫌ったのだと思われる。

 

安倍総理が以前にも潰瘍性大腸炎を悪化させて政権を投げ出して批判を受けた際にも、相当なストレスを受けていたと思われる。多大なストレスが潰瘍性大腸炎を発症させたり、症状を悪化させたりするというのは間違いない。それも、ひとつのストレスだけでなく多重ストレスが免疫系の異常を起こすような気がする。さらには、その多重ストレスが長い期間に渡り続いてしまうと、トラウマ化しやすい。このストレスからトラウマに変化した際に、免疫の異常が起きてしまうのではなかろうか。

 

この潰瘍性大腸炎は年々増加の一途を辿っていて、22万人の患者がいると推定されている。どうしてこんなにも増加したのかというと、ストレス過多の時代になったからであろう。もはやストレスの時代からトラウマの時代に移行しているのかもしれない。トラウマ化するとどうして免疫異常が起きるのかというと、最新の医学理論であるポリヴェーガル理論で説明ができる。免疫を支配するのは自律神経である。通常、自律神経は交感神経と副交感神経の2つで調整されていると思われていた。ところが、自律神経は3つの迷走神経で支配されていることが判明したのである。

 

副交感神経の約8割は迷走神経である。そしてこの迷走神経には、腹側迷走神経と背側迷走神経の2つがあるということが解ったのである。つまり、通常言われているような免疫を高める働きをするのは腹側迷走神経である。交感神経と腹側迷走神経のバランスが取れている時は、免疫も正常に働く。ところが、ストレスが度重なりどうしようもなくなってトラウマ化してしまった時に背側迷走神経のスイッチが入る。その際に背側迷走神経は免疫を暴走させるようなとんでもない働きをするのだ。あたかも遮断(シャットダウン)のような事態を引き起こす。こうなると免疫は古い免疫系に切り替わり、免疫異常が起きてしまい、免疫系の疾患が発症するのであろう。これが潰瘍性大腸炎の発症するメカニズムだと思われる。

※ポリヴェーガル理論とは?

ボランティアと偽善

今年の夏もNTV系列の24時間テレビが放映された。今回のマラソンは金メダリストの高橋尚子さんがランナーを務め、自らが走った距離に応じて募金をするという企画であった。この企画に対して一部の視聴者から、偽善的だというコメントが寄せられたらしい。24時間テレビに対しては、チャリティーに名を借りた視聴率取りであるとか、出演者にはしっかりとプロダクションを通してギャラが支払われているという批判があった。今回は高橋尚子さんに対して、あからさまに偽善者だというレッテルを貼ろうとしたのだ。

 

この偽善批判に対して、番組内で高橋尚子さんは毅然とした態度でコメントした。『偽善だと言われても、それで1人でも多くの人が救われるならば、偽善でもやる価値はある』と。立派な態度だと思う。ボランティアやチャリティーに対して批判をする人々が、自分で何かをしたのかと言うと、何もしていないに違いない。何もしないで批判するよりも、たとえ批判されてもやったほうが素晴らしい。さだまさしさんも番組内で、そもそも自分は偽善者だと思っているから何とも思わないし、何もしないよりは良いのは確かだと語っている。

 

東大卒の僧侶で、『偽善入門』という著作を書いた小池龍之介氏も同じようなことを主張している。人は批判的にボランティアなんて所詮偽善だというが、結果として人々を救い幸福に出来たとしたら、良しとしよう。たとえ偽善の心があったとしても、継続すればいつかは限りなく善に近づくことになるのではないか。偽善は真善よりも価値が低いかもしれないが、悪や偽悪よりはましであろう。偽善を続けていけば、いつかは善になるのではないかと語っている。偽善だと思い一歩を踏み出せない人へ、強烈なエールを送っている。

 

私もボランティアとしてイスキアの活動を行っている。利用者やクライアントからは、一切の報酬を受け取っていない。電話やzoomなどでのカウンセリングも無料だし、農家民宿を利用しての相談や体験・研修もすべて無料でさせてもらっている。そんなことはあり得ないと思って、いつかは何かを要求されたり買わせられたりするんじゃないかと心配されている方もいらっしゃる。勿論、偽善者だと疑う人もいるに違いない。今まで、いろんな人から騙されたり裏切られたりしてきた人だから、善意を信じられないのは当然だと思われる。

 

私は、偽善者だと思われたとしても、それは自分に偽善の匂いを感じさせる至らなさがあるからだと思うので、仕方ないことだと思う。自分には評価を得たいとか感謝されたいとかいう下心がないかというと、けっしてそうではない。多少なりとも、世間から注目されたいし認められたいという下心もあるし、尊敬されたいとも思う心がまったくない訳ではない。私には、そんなよこしまな気持ちなんてさらさらないのだと、傲慢で謙虚さのかけらもないような態度だけは取らないようにと心がけている。

 

人は、誰しも他人から好かれたし敬われたいと思っている。自分の心の中には、薄汚れた欲望が確かに存在するのである。自分の心の中には清らかなものしかないし、醜さや穢れを存在しないと思い込んでいる人は、危険な人だと言えよう。そんなマイナスの自己を認めず受け入れず、自分だけは不浄な心なんてなくて清廉であると思っているような人は信用できない。そんな思いあがった人を偽善者と呼ぶ。自分の心の中に恥ずかしい自己を発見した時に、それを隠そうとするのか、それとも認め受け容れるのかによって、偽善者かどうかが決まるのではないだろうか。

 

チャリティーやボランティア、またはNPO活動を自分のビジネスに利用している人がいるのも確かである。今まで、綺麗ごとを言いながら、裏ではしっかりと利益・権益を受け取っている人も沢山見てきた。NTVの役員や管理職、または芸能プロの役員・幹部の中にも、そういう人がいるかもしれない。でも、だからと言って24時間テレビに出演している人たちがすべてそうだとは言い切れない。高橋尚子さんやさだまさしさんのように、勇気を出して自分は偽善者であると宣言する人は、けっして偽善者である筈がない。私もいつかはそうなりたいと思いながら、イスキアの活動を通して真善に到達するまで偽善をやり続けたい。

悲劇のヒロイン症候群

悲劇のヒロインのような人生だけは送りたくないと、誰しも強く思うことだろう。でも、自分が悲劇のヒロインのような人生を自ら招いていると知ったら、驚くに違いない。もし、自分の現状が悲劇のヒロインのように、何もかも上手く行かずに悩んでいたとしたら、それは悲劇のヒロイン症候群に陥っているのかもしれない。勿論、そんな疾患名は存在しない。しかし、世の中にはこの悲劇のヒロイン症候群で苦しんでいる人が実に多いし、その事実に気付いていない。この事実を知って適切に対応すれば、悲劇のヒロインから抜け出せるのに。

 

誰だって悲劇のヒロインのような生活を望んではいない。でも、何故か自分の人生は不遇であり、やることなすこと裏目に出てしまう。今度は頑張ろうと思っていても、同じような失敗を繰り返してしまう。学校や職場で人間関係が上手く行かず、不登校になったりひきこもりになったりしてしまう。恋人やパートナーとも上手く行かず、いつも喧嘩別れをしたり捨てられたりすることが多い。結婚しても夫とは正常なコミュニケーションが取れず、DVやモラハラを受けてしまいがちだ。そんな女性が実に多いのである。

 

この悲劇のヒロイン症候群というのは、正式な病名ではないがパーソナリティの欠陥による心の病気だ。メンタルモデルに問題がある為に、知らず知らずのうちに悲劇のヒロインのような役割を演じてしまうのである。代理ミュンヒハウゼン症候群という病気がある。これは、怪我したり病気になったりしているように偽って周りに振舞って注目を集めるという心の病である。しかし、悲劇のヒロイン症候群は、不幸な人生を実際に招いてしまうのである。そして、悲劇のヒロインのような人生を送り続けてしまう恐ろしい心の病と言えよう。

 

この悲劇のヒロイン症候群は、それだけに止まらない。酷くなると、実際に心身の疾患を発症してしまうのである。パニック障害、PTSD、うつ病、双極性障害、各種依存症、PMS、PMDD、妄想性障害などのメンタル疾患を発症してしまう。めまい、突発性難聴、不定愁訴症候群から始まり、乳がん、子宮がん、卵巣がんなどの重篤な身体疾患を発症することも少なくない。最近特に多いのが、原因不明のしびれや痛みである。心因性疼痛、線維筋痛症などの神経性疼痛で悩まされる女性が多い。悲劇のヒロイン症候群の影響である。

 

どうして自らが悲劇のヒロインのような役割を演じてしまうのかというと、端的に言えば愛情不足からである。愛に飢えているから、愛を渇望している。それも、乳幼児期における子育てに問題があり、あるがままの自分をまるごと愛される経験をしていない。だから、自尊感情が育っておらず、自己否定感が強い。両親、とりわけ母親からの無条件の愛(母性愛)が不足しているから、いつも満たされない心が存在する。悲劇のヒロインになって周りから同情を得て、愛してもらいたいのである。そして、強烈な生きづらさを抱えて生きている。悲劇のヒロイン症候群の根底には愛着障害が存在しているのである。

 

自分では親からたっぷりと愛情を受けて育ったから、愛着障害ではないと思っている人が多い。しかし、その愛情は過干渉や過介入の愛であり、支配愛や所有愛である。無条件の愛、または無償の愛ではなくて、親の思い通りの人生を歩むように仕組まれた愛である。ダブルバインドという極端な子育てをされているケースも多い。その証拠に、成人すると母親と一緒にいると気詰まりになったり不機嫌な気持ちになったりすることが多い。母親との豊かな愛着が形成されていないからである。母親もまた愛着障害なのであるから、子どももまた愛着障害になるのは当然である。愛着障害は世代間連鎖するのである。

 

悲劇のヒロイン症候群は一生治らないのかというと、けっしてそうではない。まずは、自分が愛着障害であるということを認識することが必要だ。そのうえで、適切な愛着アプローチ受ければ愛着障害を癒すことができる。そうすれば、悲劇のヒロイン症候群を乗り越えられる。一番手っ取り早いのは、母親の愛着障害を癒すことである。しかし、母親が70代になってしまうと愛着障害を修復するのは難しい。安定した愛着を持ち、共感的メンタライジング能力に長けたセラピストによる愛着アプローチを受ければ、愛着障害を修復することができる。そうすれば、悲劇のヒロイン症候群から抜け出せるであろう。

※イスキアの郷しらかわでは、悲劇のヒロイン症候群(愛着障害)を乗り越えるサポートをしています。自分で悲劇のヒロイン症候群ではないかと気づき、なんとか乗り越えたいと思っている方は問い合わせフォームからご相談ください。

 

機能不全家族になる本当の原因

機能不全家族が増えているという。そして、それが原因で家庭崩壊に陥っているケースも少なくない。家族というコミュニティがその健全なる機能を失っているのだから、家庭が様々な問題を起こして、家庭崩壊を起こすのはにべもないことだ。機能不全家族に陥る原因は、ひとつには家族がアルコール・ギャンブル・薬物・ゲームなどの依存症に陥っているせいで起きていると考えられている。また、親が自殺したり離別したり、再婚を繰り返すということも原因だと言われている。勿論、家庭内暴力や虐待も要因のひとつだと言える。

 

これらの機能不全家族の原因だと考えられているものは、本当の原因ではないような気がする。家族が様々な問題やトラブルを起こすのは、そもそも家族という形態が脆弱であり、家族の関係性が希薄化もしくは劣悪化しているからではなかろうか。特に親子の関係性が非常に悪いというのが特徴であり、その根底にあるのが両親の不仲である。機能不全家族の親たちは、クレーマー、モンスターペアレンツ、アダルトチルドレン、毒親と呼ばれるような人が多い。その中で、子どもに対してもそうだが夫婦間でも、共依存や過干渉が起きている。

 

そして、これらの機能不全家族の家庭では、実に多くの問題やトラブルが起きている。問題が起きていないように見えても、実は家庭内に実に深刻な問題を内包していることが非常に多い。子どもが不登校やひきこもりになっているケースも、一見するとごく普通な家庭に見えていながら、実は機能不全家族であることが殆どである。そして、子どもが深刻な摂食障害、ギャンブル依存やゲーム依存、さらには薬物依存などに陥ることもある。または、妻や子がパニック障害、PTSD、うつ病、各種メンタル疾患を発症する例が多い。

 

それでは、どうして家族の関係性が希薄化したり劣悪化したりしているのであろうか。そしてその関係性が悪化すると、どうして機能不全家族になるのか。その原因は、システム論から考察すると明らかに出来る。家族というコミュニティはひとつのシステムであると考えられる。家族ひとりひとりがそのシステムの構成要素である。システムの構成要素である家族ひとりひとりは、お互いにいたわり合い支え合う関係性が求められる。そして、それぞれの家族は、個別最適ではなくて全体最適を目指すことが必要不可欠なのである。

 

つまり、家族というシステムは、良好な関係性と全体最適を目指すという価値観を共有しないと、システムエラーを起こしてしまうのである。システムエラーとは機能不全家族になるということであり、家庭崩壊という結果を招いてしまうという意味である。機能不全家族は、家族それぞれがばらばらであり、個別最適を優先しがちである。あまりにも自分の幸福や豊かさを実現しようとしてしまい、全体最適である家族全員の幸福実現を二の次にしてしまうと、システムエラーを起こしてしまうのである。

 

システムの構成要素である家族それぞれが、何故に良好な関係性を結べず全体最適を目指せないのかというと、それは家族間における安定した愛着が結べていないからに違いない。親子間で良好な愛着が結ばれていれば、常に自分よりも先に家族の幸福や豊かさを優先する。夫婦間でも同様である。親どうしの関係性が悪いと、親子の愛着も傷ついてしまうことが多い。愛は連鎖して循環する。夫婦間の愛情が滞ってしまうと、子どもに対して豊かな愛情を注ぐことができなくなる。特に、母親からの無条件の愛である母性愛が不足してしまう。そうなると子どもは自尊感情を持てず、愛着障害に陥ってしまうのである。

 

親子も夫婦も良好な愛着が結ばれていないと、機能不全家族になってしまう。そうすると深刻な問題が起き続け、いずれ家庭崩壊を起こしてしまう。だから、家族間の傷ついた愛着や不安定な愛着を、一刻も早く修復しなければならないのである。そのためには、システム思考を家族全員が共有することが肝要である。全体最適と関係性重視の価値観に基づいた思考と行動が必要である。このシステム思考に基づいた言動を、家族全員がお互いに続けていくと、愛着は修復されて家族というコミュニティは再生する。機能不全家族が解消されるには、これしか方法がない。

 

※自分の家庭は機能不全家族だというふうに感じましたら、「イスキアの郷しらかわ」にご相談ください。システム思考とはどういうものなのか、システム思考で生きるにはどうしたらいいのかをレクチャーいたします。家庭崩壊を防ぐ手立てを一緒に考えますし、その支援をさせてもらいます。問い合わせフォームからご相談ください。