熟年離婚は益々増えてくる

熟年離婚が急増している。夫が定年するまで待つという妻、子どもが自立するまで我慢するという妻が多い中、それまでも待てないと、40歳代から50歳代で離婚を決断する妻も少なくない。夫のほうから離婚を切り出すケースもあるが、圧倒的に多いのは妻からの申し出のほうである。そして、妻から離婚を切り出された夫は、離婚の原因について自分ではまったく心当たりがないというのである。一方妻のほうはというと、長年に渡り我慢に我慢を積み重ねてきて、もうこれ以上は無理だと決断しているという。

夫のほうは、身を粉にして働き、家族のために自分を犠牲にして努力してきたと思っている。連日の残業や顧客接待で深夜まで働き、土曜日曜だって接待ゴルフや休日残業で頑張ってきたと自負している。家族サービスだって不十分ながらしてきたし、家族のために持ち家やマンションを購入してあげた。経済的には、不自由な思いをさせたことはないと思っている。こんなにも家族の為に粉骨砕身働いてきたのに、離婚したいなんて、考えられない裏切りではないかと思う。妻を裏切るような行為をした覚えもないのである。

でも、妻は数えきれない不満を抱えている。妻をまるで家政婦やベビーシッターかのように扱う夫には、もう我慢がならないのだ。何時もではないが、時折妻を自分の所有者、支配者のようにふるまう夫。身勝手で、自己中の夫。モラハラやパワハラを平気で繰り返す夫。それを全く意識していないから、反省することもないし、改善することはない。経済的なこともあるから何とか我慢し続けてきたけれど、もはや一緒に生活する必要もないし、これからの人生を一緒に歩むという選択肢はないのだ。

家事や育児を分担してくれる夫がいない訳ではない。しかし、圧倒的に妻の負担が大きい。いくらパートやアルバイトだからと言っても、働いていることに変わりはない。それなのに、自分の仕事を最優先に考えていて、妻の仕事に理解を示さないし、非協力的である。子どもの教育の問題やトラブルが起きると、仕事に逃げてしまい妻任せにしてしまう。自分にとって損か得になるかで行動し、自分の評価や名誉ばかりを考え、妻に対する思いやりやいたわりの気持ちが感じられない。妻の気持ちを解ろうとしない夫に愛想尽かしをするのは当然だ。

とは言いながら、優しくない訳ではない。誕生日やクリスマスイブにはプレゼントをしてくれるし、嫌々ながらも買い物に付き合ってくれる。評判のレストランにも連れて行ってくれるし、旅行に誘ってくれることもある。しかし、自分の都合に無理に合わせようとするし、好きな処に行くけれど、妻の行きたい処は行きたがらない。なにしろ、自分の思い通りにならないと、とたんに機嫌悪くなる。妻から不適切な行動を指摘されると、黙り込んで不機嫌な表情をする。そうすると、妻は自分が不機嫌させてしまったと自分を責めてしまう。

妻は、夫が嫌いになって離婚しようとしている訳ではない。妻の気持ちに共感してくれようとしない夫に我慢がならないのだ。そして、黙って話を聞いてほしいだけなのに、トラブルの原因が妻にもあると指摘したうえに、解決法をくどくどと述べる、その傲慢な態度が気に入らないだけなのだ。何かというと、見下したような態度をとる夫には辟易している。結婚してから築いた財産はすべて折半できるし、婚姻後に積んだ夫の年金は自分が半分受け取れることが解ったから、経済的にも困らないと知った。人手不足で引く手あまたの社会だから、パートなら高齢でも雇ってくれる。離婚しても、経済面での不安がないから、決断するのだろう。

妻が熟年離婚しようしていないのか、気になって仕方ない夫がいるかもしれない。熟年離婚をしたくなかったら、夫は心を入れ替える必要がある。今までのように、妻の話をまるで聞かないような態度は改めなくてはならない。妻の話に耳を傾けて聞き、批判・否定せず妻の気持ちに共感することから始めることだ。妻とのスキンシップも含めた触れ合いを心がけると共に、妻の気持ちを自分のことのように感じることが求められる。そして、何よりも妻の主体性や自主性を重んじ、妻を支配したり制御したりしてはならない。人間としての尊厳を妻に対しても認めてあげることだ。まずは、家事の分担から見直してみてはどうだろうか。

読解力が低下したのは何故か

日本の子どもが世界的にみて、読解力が異常に低いことが解った。OECDが昨年実施した国際学習到達度調査(PISA)で、15位という先進国で最低レベルの結果が出たのである。数学的応用力で6位、科学的応用力が5位だったことを考慮すると、読解力が異常に低いことが解ろう。前々回は4位、前回が8位だったのだから、どんどん下がり続けているという実態も明らかになった。こんなにも読解力が低いというのも驚きだが、年々下がり続けているのだからショッキングなニュースだ。こんなにも読解力が低いのは何故だろうか。

文科省や政府の見解としては、こんなにも読解力が低いのは日本のICT指導教育が遅れているからと見ているらしい。だから、文科省の幹部はPC操作だけでなくタブレット端末の操作を若いうちに習得すべきだと、とんでもない勘違いの主張をしている。読解力低下の本当の理由は、そんなことではない。また、小中学生の読書離れが読解力の低下に結びついていると主張している教育評論家も多い。読み書きの訓練が少ないから、読解力が低くなったという専門家も少なくない。本当に、読解力低下の理由はそれだけであろうか。

読解力が低下しているのは、中学生や高校生だけではない。大学生や若者もまた読解力不足が著しい。そして、まともな文章を書けない若者が多い。大学の教授が学生に対してレポートの提出を求めると、どこかのウェブサイトからコピペして文章を作成したとしか思えないようなレポートばかりだという。自分の言葉で表現することが出来ないのだという。それは、語彙力がないからとも言えるし、表現力が著しく乏しいからである。これからの日本を背負って立つ若者がこのような状況では、日本の将来も相当に暗いと言える。

読解力が低下した本当の原因は、やはり日本の学校教育にあるに違いない。何故ならば、江戸時代から明治初期までの日本人は、卓越した読み書きの能力があった。それが明治の教育制度の改革によって、徐々に日本人の読み書きの能力が低下したのである。その影響が強まり続け、それが極まったのが今回の読解力低下であろう。読解力というのは、書き手の気持ちが解るということである。書き手がどんな気持ちで書いたのか、そして何を伝えたいのかとか何を訴えたいのかが、手に取るように解るということだ。それが読解力なのだ。

何故、明治維新以降にこの読解力が低下し続けたのかというと、明治政府が西欧の近代教育を取り入れたからである。当初、この西欧の近代教育を導入すると、日本人の価値観が駄目になるという理由で、西郷隆盛は猛反対した。ところが、大久保利通は西郷が不在だったのをいいことに、無理やり近代教育を制度化してしまった。この近代教育というのは、客観的合理性の教育である。能力・能率第一主義で、すべてを客観的にみるという考え方である。そして、要素還元主義とも言い、物事を細分化して問題を見つけるというやり方だ。

このような客観的合理性や要素還元主義の考え方を徹底して身に付けると、身勝手で自己中になり、相手の気持ちに共感できなくなる。実に冷たい心の持ち主になってしまうのである。共感的認知が出来なくなるので、相手の悲しさや辛さを感じなくなってしまうのだ。日本人に離婚が増えた理由のひとつも、客観的合理性の考え方をする男性が増えたからである。自分の損得や自分の欲望を優先して、妻の悲しみに共感できない夫は、妻から見捨てられる運命を辿るのである。客観的合理性の考え方も必要だが、同時に共感的関係性や全体最適性も身につけなければならない。

この共感的関係性や全体最適性というのは、人間として最優先で持たなければならない価値観である。これがないと、他人との良好な関係性を持てない。つまり、誰からも相手にされず、孤独になるということである。共感的関係性や全体最適性がないと、人間としての社会適応力を持てないということでもある。だから、読解力がない人間は、企業や組織に入っても適応力が乏しいから、低評価をされて窓際に追い込まれたり排除されたりするということである。不登校になったりひきこもりになったりするひとつの要因にもなりうる。日本の教育制度を見直して、全体最適や共感的関係性の教育に改革すべきなのである。読解力をあげるには、これしか方法がないのだ。

摂食障害の本当の原因と解決策

過食と拒食を交互にしたり、過食をして吐いたりするような行動を繰り返すような辛い症状に苦しんでいる人はとても多い。20~30年前には殆どなかった症状であるが、徐々に増えてきて、近年は特に増えている。昔は過食症とか拒食症と呼んでいたが、現在は摂食障害と呼んでいる。症状が進むにつれて、過食しては嘔吐するという行動を毎日取るという症状が固定化するケースが非常に多い。原因も特定できず、投薬などの医学的アプローチは殆ど効果がないことから、長期化してしまい本人も家族も苦しんでいる。

カウンセリングや心理療法しか解決する方法がないが、効果は限定的でしかなく、摂食障害は難治性の疾患として認識されている。なにしろ、摂食障害になった原因が解らないのだから、根本的な治療が出来ないケースが多い。現代の精神的疾患の中でも、有効な治療法が考えられない疾患のひとつである。精神科医も、摂食障害になったきっかけに目を奪われて、本当の原因をつかめていないことが多い。認知行動療法や対人関係療法しか、有効な治療方法しかないと考えていて、根本的な原因を解決できないのだから治らないのだ。

一部の医師やセラピストたちは、摂食障害の原因は母子関係にあるのではないかと考えている。しかし、家庭についてよく調べてみると、母親にこれといった目立った子育ての問題は見つからず、母親に原因があるとは到底思えない。摂食障害の当事者も、母親に対して不満がある訳でもなく仲が悪い訳でもなく、愛されていると感じていることが多い。母親も、我が子に対して十分に愛情を注いでいたし、虐待やネグレクトをしていないと主張する。このような事情もあることから、母子関係に問題があって摂食障害が起きたとは思えないらしい。

しかし、育った家庭のことや家族関係をもう少し詳しく聞き取り調査をすれば、母子関係や父子関係に問題があることを見抜ける筈である。つまり、親子の愛着が傷ついていたり不安定であったりすることが判明するに違いない。そのことが見抜けないような医師、カウンセラー、セラピストは失格だと言えよう。摂食障害の当事者の母親は、しっかり者であることが多い。家庭をひとりで切り盛りしているケースがとても多い。父親は家庭において存在感が少ないことが多い。育児や家事に協力している父親像がないのである。

さらに摂食障害の当事者の育児歴を詳しく見てみると、母親がしっかりと育児をこなしていることが判明する。母親は知能・教養が高く、コミュニケーション能力も高く、社会適応力も高い。そして、必要以上に育児を頑張っているのである。父親の育児の役割までもこなしていて、母性愛と父性愛の両方を子どもに対して注いでいるのである。乳幼児にとって必要なのは、すべてを許し受け容れてくれる母親の無条件の愛である。条件付きの愛である『しつけ』を母親が最初に子どもに強いてしまうと、自尊感情が育まれないのである。

自尊感情とか自己肯定感というのは、まずは母親が豊かな母性愛を注いであげないと、身につかない。母性愛というのは、無条件でありのままに子どもを愛するということだ。このような無償の愛を母親が注ぎ続けないと、子どもの絶対的な自己肯定感は生まれないし、正常で豊かな愛着が育まれない。つまり、愛着障害になるということである。摂食障害の人は、自尊感情や自己肯定感が異常に低いし、不安定な愛着を抱えていることが多い。摂食障害の本当の原因は、母親との愛着に問題があると言えよう。

だから、摂食障害の当事者への認知行動療法や対人関係療法をしても効果がないのである。母親に対して、摂食障害になった本当の原因を伝え、摂食障害の子どもと母親の傷ついた愛着を修復すれば、見事に摂食障害は完治する。どちらかというと摂食障害の子どもに対するカウンセリングやセラピーよりも、母親へのサポートのほうが、効果が高い。母親が本来の母性愛に目覚めて、子どもに対して寛容と受容を根底にした共感的応対をするようになると、摂食障害は驚くように改善する。母親自身もまた愛着障害を抱えていることが多いので、母親の愛着を癒すサポートをすると、子どもの摂食障害と愛着障害が癒えるのである。

イスキアの郷しらかわは、摂食障害の親子への支援をしています。子どもに対するサポートは勿論のこと、母親に対するケアも実施しています。『問い合わせ』フォームからまずはご相談ください。

慢性疼痛の原因はモヤモヤ血管にある

八木亜希子さんが線維筋痛症でアナウンサー業務を休止すると発表された。線維筋痛症はレディガガも苦しんだ疾病として有名だ。最近、この線維筋痛症が急激に増加しているという。この線維筋痛症の原因は不明らしい。したがって、治療効果も上がらず、難治性の疾患となっている。また、神経性疼痛も年々増加しているという。このように原因不明の慢性疼痛が近年増加する傾向が見受けられる。その原因は今まで解らなかったのだが、最近判明したという。原因不明の慢性疼痛が起きるのは、モヤモヤ血管にあるというのである。

原因不明の疼痛に苦しんでいる中高年者は、実に多くなっている。腰、膝、首、肩、肘などあらゆる身体の各部分に疼痛が起きている。整形外科で診断してもらうと、骨や筋などの器質的な異常によって痛みが起きていると言われて、手術をするが一向に良くならない。一時的に痛みが治まっても、やがて再発するか他の部分に疼痛が移るのである。また、痛み止めを処方されるものの、疼痛は改善しないことが多い。何故かというと、そもそも原因究明が間違っているのである。モヤモヤ血管こそが、慢性疼痛の原因なのだ。

このモヤモヤ血管が原因だという最新の医学理論を展開しているのは、奥野祐次先生である。奥野先生は、江戸川病院運動器カテーテルセンターのセンター長として、原因不明の疼痛をカテーテル治療によって治すという治療実績を上げているらしい。どの病院でも治せなかった原因不明の疼痛を、この治療により完治させているというのだから驚きだ。手術や投薬治療でも治らなかった難治性の疼痛が、モヤモヤ血管を無くすことで、びっくりするほど改善するという。今まで線維筋痛症や心因性疼痛で苦しんでいる人には朗報だ。

それでは、どうしてモヤモヤ血管ができるのであろうか。そして、そのモヤモヤ血管によって、どうして疼痛が起きるのか、そのメカニズムについて、奥野先生は著作「長引く痛みの原因は血管が9割」で、こんなふうに説明されている。動脈血液は心臓から動脈で抹消血管へ送られ、そこで静脈によって返還される。ところが何らかの理由で正常な働きをする血管が不足すると、動静脈短絡という事態が起きる。そうすると、それから先の血管は血液が送られず、血管が足りないという信号が送られモヤモヤ血管が作られてしまう。

このモヤモヤ血管は、細過ぎて曲がりくねっていることから、正常な血液運搬が出来ないので、血管が足りないという信号が出され続け、さらにモヤモヤ血管が増える。その血管は血流が悪いので、酸素不足から痛みの元になる乳酸が増える。モヤモヤ血管が炎症細胞の供給路になっているのである。さらに、そのモヤモヤ血管の周りには神経線維が出来て、痛みを感じやすくなると考えられている。その神経線維は無鞘(ミエリン)なので、痛みが強くなるらしい。このモヤモヤ血管とその周りの神経線維が痛みの原因だったのだ。

それじゃ、どうして長く続く痛みが中高年に多いのだろうか。40肩や50肩と呼ばれているように、若い人に肩痛や腰痛が少ないのは何故か。勿論、骨や筋肉などの老化現象だと思われているが、そんなに単純ではない。新しい血管を作らせる指示を出すのはVEGFという物質で、これがモヤモヤ血管を作らせる。ところが若いうちは、一方で血管を作らせないようにする物質が豊富に分泌されている。だから若い人は、長く続く痛みが少ないのである。線維筋痛症や神経性疼痛が中高年に多いのは頷ける理由がある。

「ズキズキ」「ジンジン」「チクチク」「重苦しい」「ズキンズキン」という長く続く疼痛に、原因も解らず苦しんでいる人は実に多い。モヤモヤ血管とそれに付随する神経線維にその痛みの原因が分かると、痛み対策が解ってくる。モヤモヤ血管をなくすには、まずはストレッチである。そして、有酸素運動も効果がある。さらには、指圧も効果があるらしい。その際には、痛みがある場所を10秒間押し続けると良い。勿論、血液の流れがよくなるように同じ姿勢を取らないようにするのも改善に役立つ。血糖値を上げずに、血液サラサラにする食事も大事だ。長く続く原因不明の疼痛は、モヤモヤ血管をなくせば治るので怖くないのだ。

若者の自己肯定感が低いと批判するけど

元農林事務次官が息子を刺殺して、裁判で6年の懲役刑判決を受けた。この息子は自己肯定感が極めて低くいことが問題だったと報道されている。日本の若者は自己肯定感が極めて低いと批判されることが多い。自己肯定感というのは、自尊感情とも言われることもあるが、確かに日本人は自己肯定感がとても低いと感じる人は少なくない。そして、この自己肯定感が低いから、元農林事務次官の息子のように不登校・ひきこもりになりやすいと主張する教育関係者も少なくない。自己肯定感が低いと批判されるが、それは自己責任なのだろうか。

日本の学校教育に問題があり、自己肯定感を高めることが出来ないと言われている。常に行き過ぎた競争にさらされているし、出来たことを誉められるよりも出来ないことを徹底して否定されるからだと言われている。確かにそういう側面がない訳ではない。学校教育では、批判や否定されることが多いことから、自己肯定感が育ちにくい環境にある。しかし、それは仕方あるまい。受験戦争や就職戦線を勝ち残るためには、ある程度の競争に勝ち抜く精神力だって必要だ。ましてや、企業内の出世競争や社会競争に勝つための予備訓練でもある。

学校教育や社会教育に問題があるから、自己肯定感が育たないという考え方には同調できない。学校の教育にも少しは問題があるのかもしれないが、自己肯定感を育むのはやはり家庭教育ではなかろうか。というのは、自己肯定感や自尊感情というのは、あくまでも乳幼児期にその基礎が作られると考えられるからである。児童心理発達学において、子どもの基本的な認知や行動傾向というものは、3歳頃まで決定されると言われている。勿論、自尊感情や自己肯定感という大切な基本も、3歳から遅くても4歳までに育まれるのである。

『三つ子の魂百までも』という諺は昔からずっと言われ続けてきた。これは、多くの親の子育て経験から生まれてきたものであり、まったくその通りである。3歳までになんとしても作られるべきなのは、絶対的な自尊感情と自己肯定感であろう。そして、その自尊感情や自己肯定感は、母親が無条件の愛情をたっぷりと注げるかどうかにかかっている。あるがままに認め受け容れる豊かな母性愛を受けた子どもは、自己肯定感が育まれる。父性愛的な条件付きの愛を先に注がれてしまうと、自己肯定感が醸成されずに育ってしまう。

自己肯定感は、独りでに身につくものではないし、自分の努力でどうにかなるものではない。巷でよく言われるように、成長してから成功体験をいくら積んでも、高い評価を何度も受けたとしても、絶対的な自己肯定感を持つことはない。やはり、三歳くらいまでにありのままの自分全部を愛される経験がないと、自己肯定感が身に付くことはない。そして、この自己肯定感や自尊感情が豊かに育まれないと、愛着障害を起こすことも多い。愛着障害になると、大人になって突然メンタルを病んでしまうことも多いし、ひきこもりになるケースも少なくない。

自己肯定感を持つことは、自分の努力でどうにか出来るものではない。親が適切な子育てをすることで確立される基礎が作られるのである。父親が仕事とか何かの理由で子育てに参画できず、安定して父性愛を注ぐことが出来なくなると、母親が母性愛と父性愛の両方を子どもに注いでしまうケースが多々ある。この場合、「あなたを愛してるよ」と言う一方で、「こんなことをする子は大嫌いよ」と突き離すことを言ってしまいがちである。これはある意味ダブルバインド(二重拘束のコミュニケーション)であり、子どもは愛着障害になる。

相反する言葉で、子どもをダブルバインドで迷いや不安の状態にしてしまうと、愛着障害にさせてしまうと、自己肯定感が育つことがない。こうなると、主体性・自発性などが育たないばかりか、回避性の人格や依存性の人格を強く持ってしまう。新たなチャレンジをする勇気もなくなる。今の若者は自己肯定感がないと批判する中高年者がいるが、それはあなたたちに原因があるのだ。我が子に対する適切な愛情を注げなかったから、自尊感情や自己肯定感が育たなかったからである。自己肯定感は、自己責任ではないのである。

※自己肯定感や自尊感情が異常に低いと感じる人は、もしかすると『愛着障害』かもしれません。イスキアの郷しらかわでは、自己肯定感が低い理由とその対策についての研修をしています。愛着障害を乗り越える方法についてもレクチャーと支援をしています。問い合わせのフォームからご相談ください。

発達障害は先天性ではないから治る

発達障害は遺伝によるもので、脳の器質的障害だから、症状を抑えることは可能だが、完治することはないというのが医学界の定説だった。ところが、最新の研究と臨床経験を積み重ねた結果、それが間違いだったということが判明されたのである。今まで発達障害は先天性のものだと明言してきた医師や研究者たちは、プライドがあるものだから、さすがに素直に認めたがらない。あくまでも遺伝的なものがあって、それが育児環境によって強化されてきたと言い訳めいたことを言っている。ところが、それもあり得ないことが解ったのだ。

医学者や研究者たちというのは、素直じゃないと言うのか謙虚さが足りないようだ。自分の間違いを認めたくないという思いは解るが、患者を不幸にしてしまう医学理論に固執するのはやめてほしい。適切なアプローチをすれば治る疾病なのに、先天性のものだからと患者と家族に治癒を諦めさせるのは、科学者としてあまりにも傲慢であろう。医薬品業界に何かと世話になっている医師たちは、薬効が期待できないということは間違っても言えない。ましてや、自分を育ててくれた教授たちが主張していることが間違いだなんて、言える訳がない。

そんな医学界で、勇気を奮って間違いを指摘した医師が存在する。それは、愛着障害やパーソナリティ障害の臨床において、多大な業績をあげている岡田尊司先生である。発達障害の治療でも多くの実績を積み重ねている。そして、その豊富な実績と経験を元に著したのが『死に至る病~愛着障害~』である。岡田先生は長い期間に渡り、医療少年院の青少年に対するケアに尽力されてきた。それで、彼らがどうして深刻なパーソナリティ障害を負っているのかに注目し、その症状が愛着障害からの二次症状なのだと突き止めたのである。

さらに発達障害の少年たちの養育者や家庭環境に注目したら、実に興味深い事実を見出したのである。発達障害児の育児に深刻な問題があったのだ。一見すると普通の家庭であるが、我が子に対して母親が異常な程に干渉したり支配したりするケースが多いと気づいたのである。さらには、あるがままの子をありのままに愛するのではなくて、良い子しか好きになれないとプレッシャーをかけ続ける親が多いことに注目した。そして、子どもの主体性や自主性を奪う育児だけでなく、親と子の愛着がとても歪んでいることに気付いたのだ。

発達障害の子どもたちには、愛着障害が根底に潜んでいたのである。そして、その発達障害児の親もまた、愛着障害を抱えていたというのだから驚きである。つまり、発達障害の症状を起こしている子どもとその親には、愛着障害があったのである。つまり、愛着障害は世代間連鎖していて、その愛着障害による二次症状として発達障害が起きていただけである。つまり遺伝的な要素はなく先天性とは言えず、後天性だということが解ったというのである。ということは、愛着障害さえ癒すことが出来たなら、発達障害の症状は治ってしまうということになる。今まで、先天性の発達障害は治らないと思っていた保護者には朗報と言える。

今まで、発達障害児を持った親に対して、育児に原因があったというと言うと、それでなくても責められている母親をさらに追い詰めることになるから、先天性のものだと言ったほうが良いと専門家は思っていた。しかし、それはかえって発達障害を持つ親に希望を失わせていたに違いない。親が愛着障害を抱えたのは、実は自分の親からの育児に問題があったからである。つまり、ある意味では親もまた犠牲者なのである。だから、世代間の負の連鎖を起こしていたのだから、当事者にも責任はないし、親を責めることは出来ないのである。

そして、発達障害の子どもの愛着障害を癒すことをしなくても、親の愛着障害を修復するだけで子どもの愛着障害が改善するという驚きのケアもありうる。つまり、親の愛着障害が癒されるだけで、子どもの発達障害の症状がやわらぐのである。今まで、発達障害は先天性のものだから治らないと思い込んでいた親たちは、希望が湧いてきたに違いない。勿論、親の愛着障害を治すには適切な『愛着アプローチ』が必要不可欠である。臨時的に安全と絆を保障してくれる『安全基地』の存在があれば、愛着障害は治るし、ほどよい応答をしてくれて共感性を持って接してくれるパートナーがあれば、必ず克服できるだろう。発達障害はもはや治らない病気ではないのである。

※愛着障害から二次的に発達障害を持つ親に対して、愛着障害を起こすプロセスの説明と癒すプログラムの研修をレクチャーしています。ご希望される保護者には、愛着アプローチも実施しています。問い合わせフォームからご相談ください。

死に至る病~愛着障害~

「死に至る病」という衝撃的な題名の岡田尊司先生の最新刊は、内容的も実に大胆な理論を展開していて、とても素晴らしいものである。今までの医学界の定説とされていた理論を完全に覆すものであり、目からうろこの斬新な理論で構成されている。なにしろ、ADHD、アスペルガーなどの発達障害は、遺伝性の障害だとされていたのに、そうではなくて育児環境によって起きていると断言しているのだから驚きだ。それも、愛着障害による二次症状であるから、愛着障害を癒すことが出来たら、発達障害も治る可能性があると説いている。

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子どもの発達障害は、精神医学界においては長い期間に渡り、遺伝子性の障害だとされていた。故に、発達障害の子どもが異常に増えることはないと思われていた。ところが、1900年代の前半までには、発達障害の子どもがいたという記録が残っていないのである。それなのに、ここ30年くらいの間に、激増しているのである。それも年々増加の一方を辿っている。遺伝性の疾病であるならば、こんなことはあり得ない筈である。環境因子による影響としか考えられない。それも、偏った育児による影響が大きいと言わざるを得ない。

発達障害だけではない。うつ病、双極性障害、パニック障害、PTSD、境界性パーソナリティ障害、各種依存症、摂食障害、心因性疼痛、線維筋痛症、過敏性大腸症候群、などの現代における深刻な難病もまた、愛着障害が根底にあって起きる病だと指摘している。今までの医学理論からすると、あり得ないようなことであるが、岡田先生はその理論の正しさの根拠を示している。これらの深刻な難治性の疾病は、患者の生活を破綻させるだけでなく、生きづらさをもたらすし、時には自殺にも追い込む。まさに愛着障害は死に至る病なのである。

愛着障害という死に至る病は、本当に恐い病気である。なにしろ、親から子へ、そしてその子から孫へと世代間連鎖していくからである。愛着障害の親に育てられた子どもは、さらに深刻な愛着障害を持ってしまう。世代間連鎖するごとに愛着障害が強化されてしまうのである。ましてや、愛着障害の人は得てして愛着障害の伴侶を選ぶことが多い。愛着障害どうしの結婚生活は破綻しやすい。そして、その子どもの愛着は益々傷ついていくのだ。だから、愛着障害はパンデミックのような恐ろしい病気と言える。

当初、愛着障害というものは、親が虐待や育児放棄、またはネグレクトをして育てられた子どもにだけ起きるものだと考えられていた。ところが、ごく普通の親から愛情たっぷりに育てられているのにも関わらず、愛着障害を起こす例が実に多いことに岡田先生は気づいたという。どんなケースかというと、母親が子どもに対して母性愛(無条件の愛)でなくて、父性愛的な愛を注いだ時に起きると言われている。子どもに対して母親が条件付きの愛をかけて、繰り返して介入や干渉を続けた際に、子どもが深刻な愛着障害を起こすと言う。

特に、父親が仕事に没頭して家庭を顧みず、育児や家事のすべてを母親だけが負担することにより、あまりにも母親の精神的負担が大き過ぎるケースに愛着障害が起きやすい。大企業の高学歴社員、キャリア官僚、教師、医師などエリートのうち、ワーカーホリッカー的な働きをする父親の家庭で愛着障害が起きやすいのである。実際に、農水省の元事務次官や著名な医師の子どもが、愛着障害によってひきこもりになってDVを起こし、悲惨な事件を誘発したという報道がなされている。不登校やひきこもりは、愛着障害によって起きているのである。愛着障害は家庭に問題があるから発症している。

年々、愛着障害が増えているという。そりゃそうである。愛着障害のまま大人になり親になる人たちが結婚して子どもを産み育てるのだから、子どもが愛着障害になるのは当然である。鼠算式に増えることになる。そして、愛着障害が根底にあって、二次症状としての発達障害が起きているのだから、発達障害が激増しているのは当然の帰結である。さらに、難治性の各種疾患、気分障害、境界性パーソナリティ障害、依存症、摂食障害、原因不明のしびれ・疼痛、免疫疾患なども愛着障害によって増大していくだろう。しかし、適切な愛着アプローチによって愛着障害は癒すことができる。ということは、これらの発達障害も含めた難治性の疾患を治すことができるのだ。死に至る病であるが、治すことが可能である。

※愛着障害を癒す愛着アプローチについて、イスキアの郷しらかわでは懇切丁寧にレクチャーしています。また、個別のサポートもしていますし、オープンダイアローグ(ミラノ型家族カウンセリング)を駆使して、家庭の問題を解決して愛着障害を修復する活動を進めています。まずは、問い合わせフォームからご相談ください。電話番号をお知らせします。または、問い合わせフォームにLINEのQRコードが張り付けてありますので、LINEからご相談ください。

児童虐待がなくならない原因

法務省が犯罪白書2019年版を公表したが、その中で児童虐待がとんでもなく急増している実態が明らかになった。18年の児童虐待関連の検挙人数は、1419人で過去最多の人数だった。2003年は242人だったから、15年で約6倍に増えたことになる。しかし、これはあくまでも検挙者数だから、実際に児童虐待をしている親は、おそらくこの100倍から1000倍は存在するに違いない。これだけ児童虐待が問題になり、厚労省や文科省で虐待防止の対策が取られているのに、まったく効果がないというのは、行政の無策を露呈した形だ。

児童虐待防止法が改正されて、ご近所や関係者からの通報が増えて、より虐待が顕在化するようになったという影響もあろうが、こんなにも虐待が多いというのが不思議でならない。時には、再婚した連れ子に対する虐待も見受けられるが、実子に対する虐待も多いというのはまったく理解できない。何故、こんなにも児童虐待が多いのかと言うと、我が子の育てにくさとか育て方が解らないという原因もあろうかと思われる。実際、我が子をどのように躾ていいのか解らないという親が多いことは、肌で感じている。

どうして子どもの育て方が解らないのか、または育てにくさを感じてしまうのかと言うと、それは自分自身がきちんとした育てられ方をされないで親になったからであろう。人間と言うのは模倣をしながら成長していく生き物である。経験や体験を通して学ぶ生き物である。したがって、適正な育てられ方をしなかったならば、正しい育児が出来る訳がないのである。自分は愛情を豊かに注がれて、健全に育ったと思いたいだろうが、実は不適切な育児により愛着障害を抱えて大人になり、そして親になってしまった人は意外と多い。そういう愛着障害の親が、児童虐待をしてしまうのである。

例え愛着障害があったとしても、ごく普通の社会生活は送れる。企業や行政に勤めたり、結婚生活も普通に送ったりすることが出来る。しかし、こと育児に関しては、愛着障害の親が子どもを健全に育てるということはとても難しくなる。さらに、夫婦生活においても微妙なすれ違いもあるし、夫婦仲はあまり良くない。ちょっとした諍いや喧嘩が絶えない夫婦生活になることが多い。それが育児にも影響を及ぼす。児童虐待が起きている家庭においては、夫婦やパートナーとの関係が実質的に破綻していることが多い。

傍目から見ると仲のよさそうな夫婦であっても、もはやお互いに対する敬愛がなくなっている夫婦は非常に多い。どちらか一方、または両方が愛着障害である夫婦は、互恵的共存関係が築けなくて、共依存になってしまうケースが多い。そして、お互いに支配し合おうとしてしまい、ダブルバインド(二重拘束のコミュニケーション)の状態に陥りやすい。こういう親は、子どもに対してもダブルバインドで支配して、それでも言うことを聞かない子どもには虐待をしてしまうのである。そして、子どももまた酷い愛着障害を抱えてしまうことになる。

愛着障害を抱えている親は、いつも育てにくさを感じている。自分が小さいころにダブルバインドで育てられてきたから、無条件の愛で子どもを包み込むということが出来ないのである。どうしても、言うことを聞かない子どもに対して、罰や暴力で従わせようとする。そして児童虐待に発展してしまうのである。こういう親に関係機関や警察がいくら指導監督をしたとしても、虐待は止まない。根底に愛着障害がある親は、この愛着が修復されない限り、児童虐待は繰り返されるのである。当人が躾だと思い込んでいるからである。

親から、ダブルバインドや過剰な干渉・介入を受けて育った子どもは、間違いなく愛着障害になってしまう。そして、育てられる時に暴言や暴力で支配されてきた子どもが親になると、我が子を虐待してしまうのである。この虐待の世代間連鎖を止める唯一の方法は、親子(祖父母と両親)に対する家族カウンセリングしかない。それも、オープンダイアローグを活用したミラノ型の家族療法しか、虐待をなくすことは出来ないであろう。オープンダイアローグ療法を駆使すれば、虐待もなくせるし、愛着障害も癒すことができる。

※イスキアの郷しらかわでは、どうしても虐待をしてしまう親に対する支援をしています。オープンダイアローグ療法を駆使した家族療法のやり方をレクチャーしています。勿論、実際にオープンダイアローグも実施しています。まずは『問い合わせフォーム』からご相談ください。

薬物依存になるのは愛着障害から

女優の沢尻エリカが合成麻薬MDMAを所持していた疑いで逮捕されたというニュースは、各局の情報番組にて連日報道されている。芸能界においては、覚せい剤や麻薬などの薬物汚染が蔓延しているらしい。一度薬物依存になってしまうと、医学的アプローチだけではなかなか完治しないし、再発することが非常に多い。それは何故かというと、薬物依存を起こす根底に、愛着障害があるからである。愛着障害を癒すことができなければ、薬物依存を完全に乗り越えることは出来ないと認識したほうが良いだろう。

愛着障害が根底にあって起きてしまう依存症は、他にもたくさん存在する。例えば、アルコール依存症、ギャンブル依存症、ゲーム依存症、ネット依存症、SNS依存症、買い物依存症なども愛着障害によって依存が起きていると言える。今まで、このような依存症に対する医学的治療は、投薬治療や精神療法、またカウンセリングや各種セラピーを駆使してきた。ところが、大きな効果をあげることが出来なくて、精神医学界においては難治性の疾患として捉えられ、扱うのを嫌がってしまう専門家が少なくない。

これらの中でも、特に深刻な依存症が覚せい剤・麻薬などの薬物依存である。コンビニでも販売されているある市販薬でも酷い依存症になる場合もあるし、シンナー依存もかなり深刻である。そして、これらの薬物依存は、快楽や恐怖を和らげる脳内ホルモンに酷似した化学式を持つが故に、その依存性が高いと言われている。だから、どうしても完治しにくいのであろう。とは言いながら、そもそも薬物に依存してしまうのは何故かというと、不安や恐怖感を常に抱えているからだと言われている。

芸能人は、常に人々からの人気によって支えられている。相当な実力があったとしても、売れるとは限らない。いわば人気が出るかどうかは、自分の努力だけではどうにもならないのである。自分を引き立ててくれる周りの人々の支援や応援、圧倒的なファンによる支持がなければ売れない。したがって、いつか自分が芸能界から見離されるのではないかという恐怖にいつも支配されている。だから、安心が欲しくて覚せい剤や麻薬に手を染めてしまうのであろう。ところが、そんな芸能人でも、『安全基地』を持つ人は違うのである。

人気の不安定な芸能人でも、絶対的な安全基地を持っている場合は、不安や恐怖を持つことが少ない。ここでいう安全基地とは、両親やパートナーなどの家族であることが多いし、師匠や芸能事務所の社長や上司であるケースも少なくない。この安全基地が、どんな場合においても安全と絆を提供してくれる存在なら、売れなくなる不安や恐怖を和らげてくれるし、苦難困難を乗り越える勇気を与えてくれるのである。ところが、この安全基地がない芸能人は、いつも得体の知れない不安や恐怖に苛まれていて、薬物依存に陥りやすい。

芸能人でなくても、この安全基地のない人が少なくない。どういう人かというと、愛着障害の人である。親との安定した豊かな愛着が結ばれずに育つと、愛着障害になる。親が豊かな愛情を注いでくれないで育った人、または甘えさせられず強い干渉や介入を繰り返されて育った人は、愛着障害になってしまう。親から支配され、強くコントロールを受けて、まるで親の操り人形のように育てられた人は、間違いなく愛着障害を起こす。こういう人は、親が安全基地にはなり得ず、不安や恐怖感を常に抱えてしまい、各種の依存症を起こしてしまうのである。

こういう愛着障害の人は、ずっと愛着障害を抱えて生きてしまうのかと言うと、けっしてそうではない。安定した愛着を持つ人生の師匠やメンターに出会うと、傷ついた愛着が癒されることもある。または、安定した愛着を持つ人生のパートナーに出会って不安定な愛着が修復されるケースも少なくない。酷い愛着障害だったチャールズ・チャップリンは、四度目の妻ウーナ・オニールによって愛着が癒された。つまり、愛着障害は親が絶対的な安全基地に変われば癒されるのであるが、そうならなくても良好なパートナーや人生の偉大な師と出会うことでも修復されるのである。勿論、愛着障害による各種依存症も乗り越えることが出来る。薬物依存だって例外ではない。

※愛着障害を持つ人は、人生のパートナーとして愛着障害の人を選んでしまい、共依存を起こしてしまうことが多いようです。この場合、子どももまた愛着障害を起こしてしまい、世代間連鎖が起きてしまいます。こうした子どもは各種の依存症や摂食障害を起こすことが少なくありません。HSPやHSCにもなります。アダルトチルドレンもある意味愛着障害と言えます。イスキアの郷しらかわは、愛着障害を癒すプログラムを実施しています。問い合わせフォームからご相談ください。

過保護と依存が自立を阻むのか?

世の中には、子どもが自立できないと嘆いている親が、どれほど多くいるだろうか。そして、我が子が自立できない原因は、母親が過保護だからとか、甘やかし過ぎたせいだと、父親が母親を責めているケースが多い。確かに世の中の殆どの親は、子どもが親に依存しているから自立できないんだと思い込んでいる節がある。そうなってしまった原因は主に母親にあるんだと考えている人が多いが、それは完全な間違いである。子どもが自立できないのは、甘え切っていないからであり、保護が足りないからだし、十分に依存させてないからである。

依存しているから自立できていないというのはある意味正しいが、そうなってしまったのは依存が中途半端であったからなのである。現在、不登校やひきこもりの子どもが非常に多いが、これもまた過保護や依存が原因ではない。逆に保護が足りなかったからであり、甘えが不十分だったから起きていると考えたほうが合理的と言えよう。世の中の殆どの人が勘違いしているのだが、過保護はまったく問題なく、問題なのは過干渉や過介入なのである。あまりにも子どもを支配して制御し過ぎた為に、自立が出来ないのである。

動物の赤ちゃんをよく観察いると、いかに動物が過保護であるかということが解る。獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすと言われているが、あれはまったくの虚構である。実際にライオンは過保護と言われるほど子どもの面倒を見る。そして、狩りの仕方も自分で見せて覚えさすのだ。模倣する対象があって初めて、動物は学ぶことができる。そして、独り立ちできるほどに肉体の成長と経験を積ませれば、動物は独りでに自立して巣立ちする。ところが、幼いうちに母親を失ってしまい保護されずに育った動物は、自立できないのである。

人間もまた、保護されることなく十分に依存できずに大きくなると、自立できなくて巣立ちを迎えることが出来なくなってしまう。そして、最悪のケースでは不登校になってしまうし、ひきこもりになることも少なくない。または、就職してから休職をしたり離職したりを繰り返すことが多い。社会に適応することが出来なくなってしまうのだ。何故かと言うと、幼児期に保護者に甘えて甘えて甘え切っておかないと、愛着障害を起こす可能性が高いからだ。根底に愛着障害があると、不安や恐怖感から大きな生きづらさを抱えてしまうことが多い。

子どもから大人に発達して自立していく過程において、通常は先ずは『自我』が芽生えて、それから自我を乗り越えて『自己』が確立される。自我が正常に発達しないと、自己の確立は難しい。自己を確立してこそ、人間として自立したと言える。ところが、最近の子どもたちは自我が芽生えずに大人になってしまうことが少なくない。いわゆる反抗期がないのである。あったとしても、反抗期に親から徹底して押さえつけられてしまい、正常な自我が芽生えないで成長してしまうケースが多いのである。過干渉を受けて育った子どもである。

子どもが正常に自我を芽生えさせるには、安心して反抗・反発できる養育環境が必要である。ところが、過干渉や過介入を繰り返されたり、『ダブルバインド』のコミュニケーションを受けたりして育てられると、正常な自我が育たないばかりか愛着障害を起こしてしまう。ダブルバインドとは、日本語では二重拘束のコミュニケーションと訳される。親が子に一方では愛してるよと言いながら、お前のことなんか嫌いだから出ていけと言うような真逆の声掛けをする子育てである。子どもは迷ってしまい、親に心から甘えることが出来ない。

それでは、何故母親は子どもに十分な無条件の愛(母性愛)を注ぎ続けられないかというと、父親が子育てにあまり関わらないからである。この場合、母親が父親の役割までも兼務するので、子どもはダブルバインドの養育を受けてしまう。または、父親が条件付きの愛(父性愛)をあまりにも強く子どもに施すケースもある。そして、母親が保護したり依存したりすることを許さない。こういうケースでは間違いなく、子どもが自我を発揮できないし、愛着障害を起こしてしまう。当然、自己の確立も難しいし、自立できないから生きづらさを抱えて、ひきこもりや不登校になってしまうのである。過保護と依存を十分にさせて子育てすべきである。