フランクルの死生観と人生観に学ぶ

 ヴィクトール・E・フランクルというオーストリア生まれのユダヤ人をご存じだろうか。フランクルという名前だけでピンと来る人は少ないかもしれないが、『夜と霧』というベストセラーを著した人物だと言えば思い出す人がいるかもしれない。彼は、ナチスドイツに捕まり迫害を受け、アウシュビッツなどの複数の捕虜収容所に入れられながら、奇跡的に生き延びた精神科医である。両親と兄弟、そして愛する妻も捕虜収容所で命を落とすという悲惨な目に遭い死の淵に立たされながら、どうにかこうにかしながら命を永らえた人物である。

 そのフランクルは、精神科医としても華々しい実績を残し、多くの自殺願望者を救った功績も素晴らしいが、彼の残した精神科領域の研究結果と著した医学書も目を見張るものが多数ある。さらに、彼の提唱した『ロゴセラピー』と呼ばれる精神療法は、今も多くのメンタル疾患で苦しむ人々を救っている。メンタルを病んでしまうそもそもの要因は、生まれてきた意味や正しい生きる目的を見出すことが出来ないからだと提唱した。生きる意味や目的を探り出すことでしか、生きるエネルギーを高めることが出来ないのだと説いていた。

 そんな彼は、独特の人生観というか死生観を持っていたと伝えられている。フランクルは、どう生きるかというのは、どう死ぬかということと分けて考えることはできないと言う。晩年の彼は、自分は死ぬことが恐いと思うことは一切ないと言い切っていた。何故なら、その年代・時代にやるべきことを精一杯やり遂げてきた思いがあるから、悔いがないと言うのだ。明日、死を迎えたとしても後悔することはないとまで言っている。そして、死んだ後も自分が生きた証は残存して、その生き様(功績)を見て感化される人がいれば、私の死は意味を持つだろうと確信していた。

 つまり、自分が生きている間に世の中に示した自分の書いた書物、講演、診療禄、会話、手紙、後ろ姿などすべてが残る。それが後世に生きる人々を、悩み苦しみから救い幸福になる手助けになったとしたら、自分の肉体が滅んだとしても、自分はこの世にしっかりと生きていることになるんだと言っているのである。そして、それは後世に残る小説や論文などというだいそれたことをした人だけでなく、市井にひっそりと生きた人であったとしても、その人を良き思い出として偲ぶ人がいるのなら、生きていると言えるに違いないと断言する。

 人間はどう生きるべきかを、ずっと考えて考えて考え抜いてきた人物、それがフランクルである。それは、どう死ぬかということをずっと考えてきたとも言えよう。何故、そんな風に考えたかというと、やはりアウシュビッツ捕虜収容所時代の辛くて苦しい生活があったからであろう。ガス室に送られて死ぬのは、明日は我が身かもしれないという極限状況に、長い期間に渡り置かれてきたにも関わらず、フランクルはけっして自分を見失わずにいた。取り乱してしまい喚いて銃殺されてしまった人もいた中で、冷静でいられたのである。

 何故、自分を見失ってしまう人と冷静でいられた人がいたのかを、フランクルは実に客観的な目で観察していた。取り乱すような人は、生活態度も乱れて礼儀作法がなっていなく、碌な挨拶も出来ないので人々から嫌われていた人であった。生活態度がしっかりとしていて礼儀正しく身だしなみも良く、誰からも好かれるような性格の人は、けっして取り乱さなかったと名著『夜と霧』に記している。そして、健康を保てて労働力としても活用され、生き残ることが出来たのは、けっして取り乱さなかった人々だったと言うのだ。

 何度もガス室に送られそうになったフランクルであるが、何度も『見えない力』に引っ張られる体験をしながら奇跡的に生き残った。彼は、『見えない何か』によって、生かされたに違いないとまで言っている。何故、生き残ったかというと、いつか戦いが終了した後に、ここでの体験や研究結果を書物として刊行し、多くの人々を救わなければならない使命(尊いミッション)を負っていたからだと断言する。だからこそ、生きる意味や目的をしっかりと持てなくなった時に、人間は心身を病んでしまうのだと主張するのである。フランクルの死後も、彼の残した功績で救われている人が大勢いる。

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