やなせたかし氏夫婦を描いた朝ドラ『あんぱん』は、今月末にて放映が終わる。とても面白いドラマであったし、時々素晴らしい台詞が散りばめられていて、多くの気付きや学びをさせてもらった。感謝の気持ちでいっぱいである。そんな珠玉の言葉がたくさんある中で、一番に印象に残ったのが『逆転しない正義』という言葉である。アンパンマンが誕生したのも、この逆転しない正義を追い求めた結果でもある。やなせたかし氏夫婦が、太平洋戦争によって人生が翻弄されて、正義という言葉に惑わされて行きついた境地なのかもしれない。
正義という言葉は、時には暴走するし、周りの人々を傷つけることもある。勿論、正義という言葉に翻弄されて自分自身を傷つけることも少なくない。やなせたかし夫婦も、この正義という言葉に縛られ支配され、自分自身が苦しめられた経験を持つ。だからこそ、どんな時代であろうとも、どんな政治体制にあろうとも、絶対に逆転しない正義とは何かということを求め続けたのであろう。戦争という国家の極限状態に陥ると、正義という名のもとに為政者や権力者にとって都合の良い誤った解釈が横行する。
ロシアによるウクライナ侵攻やパレスチナガザ地区へのイスラエルによる侵攻も、正義は我にありという誤ったプロパガンダによる影響である。正義というものが、ひとりでに暴走することがあり、為政者や権力者に都合良く拡大解釈されるので、その定義が揺れ動くのであろう。それだけ正義という言葉が危うい証左だと言える。しかし、それでも逆転しないというか普遍的に過ちのない正義は存在すると信じていたのがやなせたかし夫婦であった。その普遍的な正義を追求して生まれたのがアンパンマンである。
アンパンマンはカッコよくないし、スーパーヒーローではない。どんな敵にも一発で倒してしまう必殺技や強力な武器を持たない。そして、どんな悪者であっても生命を奪わないし、徹底的にやっつけることはしない。ウルトラマンやマジンガーZのように、周りの建物や自然を破壊するようなことはしない。そして、お腹を空かした人に自分の顔(あんぱん)を食べさせるという、それまでのアニメのヒーローにはなかった救い方をする。この究極の自己犠牲を伴った正義を貫き通すのがアンパンマンなのである。
自分は安全で命の危険のない場所に居て、兵士に命令して殺戮をさせたり自爆を強いるような指導者とは対極にあるのがアンパンマンである。自分の生命を削ったり賭したりすることがあるのが正義だということを、ゆなせたかし氏は朝ドラでも言っていた。世界各国のトップ指導者(為政者)たちは、正義は我にあると声高々に宣言する。でも、それは自分が権力を握り維持したいが為に利用している正義である。どんなに正義を振りかざしても、他国の市民の命を奪うことは、許されない筈である。これが逆転しない正義だ。
逆転しない正義とは、どんな真理に基づいたものであろうか。それは、簡単に言えば形而上学に基づいた正義であろう。神の哲学である形而上学を根底にした正義であるなら、逆転することは絶対にない。アインシュタインが原子爆弾の製造に加担してしまったことを、戦後に悔やんで形而上学に傾倒したのは有名な話である。何度も日本にやってきて、原爆の被害者に心から詫びた。どんな理由があるにしても、科学を殺りく兵器の開発に利用してはならないと自分を戒めたのである。この形而上学に基づいた正義こそが求められるのだ。
形而上学とは神の哲学であり、宇宙全体における普遍的な真理・法理である。慈愛・博愛・慈悲に基づく関係性重視の真理であり、全体最適と自己組織化を追求したパラダイムでもある。アンパンマンは、他の誰をも所有したり支配したりしない。力で誰かをコントロールしたり無理に何かをさせたりもしない。どんな相手をも尊重して、その考え方・生き方を認め受け容れる。これが人間本来の生き方である。やなせたかし氏夫婦は、その考え方を子どものうちから身に付けてほしいとアンパンマンに託したのだ。逆転しない正義を実践してもらう為に。
