父性愛と母性愛の適切な子どもへのかけ方についてのブログは何度も書いてきたが、未だに母性愛のかけ方について誤解をしているケースは少なくない。特に、父性愛的な母性愛を充分にかけ続けることが正しいのだと思い込んでいる母親が多いのは情けない。父性愛を根底にした母性愛は、とても危険だという認識はないようだ。だから、これだけ不登校やひきこもりが多いし、メンタル疾患で苦しむ青少年が多いのだ。少年たちの自殺も過去最高を更新している。この要因のひとつが、父性愛的な母性愛によるものであろう。
父性愛のような母性愛とは、普通の家庭において愛情たっぷりに育てられたにも関わらず、子どもが強烈な生きづらさを抱えてしまうような愛情のかけ方である。または、絶対的な自尊感情や自己肯定感が育たず、傷付きやすい子どもに育ってしまう愛情のかけ方である。愛情不足とか虐待・ネグレクトによって、生きづらさや傷付きやすさを抱えてしまうと考える人が殆どであるが、実際はたっぷりと愛情がかけられたのに強烈な自己否定感を持ってしまう子どもがいる。それは、愛情のかけ方が過干渉や過介入の子育てだからである。
過干渉や過介入の子育ては、親子共々にその異常さに気付かないことが多い。子ども自身が、親からたっぷりと愛情をかけられて育ったと思っているし、親も正しい育児をしたと思い込んでいる。ところが、子どもは思春期を迎える頃に生きづらさと傷付きやすさを抱えて、次第に社会への不適合を起こしてしまうのである。各種の依存症、パニック障害、うつなどの気分障害、PTSD、妄想性障害、摂食障害、統合失調症などの精神疾患になってしまうことが多い。中には、薬物依存や反社的行動を取ってしまうケースも少なくない。
父性愛のような母性愛とはどういうものか、具体的にあげてみたい。父性愛とは条件付きの愛情と言って、しつけ、指導、良い子に育てようとする支配的・制御的な愛情と言える。時には、罰を加えたり褒美を与えたりして、親の望むように子どもを立派に育てる為の愛情と捉えられている。一方、母性愛とは無条件の愛と言われていて、『あるがままにまるごと我が子を愛する』愛情のことを言う。どんなことをしても許し受け容れて、我が子をありのままに愛する、慈悲・博愛・慈愛のような愛情を注ぐことである。
父性愛が悪い訳ではない。父性愛だって必要である。例えば、危ないことを避けること、汚濁・不潔なものから遠ざける事、人を傷つけたり貶めたりするようなことを叱ることは必要である。挨拶・礼儀・片付け・掃除・清潔などの人間として最低限のマナー・エチケットは厳しく躾けなくてはならない。それ以外のことは、なるべく子どもが自ら気付き学び判断し決断し、自発的に行動できるようにそっと寄り添い見守ることが肝要である。だから、親は子どもに対して、手出し口出しを極力避けなくてはならないのだ。
特に、子どもが思うであろう心情を先取りをして言ってはならないし、口に出したい言葉や行動したいことを先取りして言ってしまうことは、絶対にしてはならない。ましてや、子どもの行動がまどろっこしいと思い、ついつい親が肩代わりしてやってしまうことは絶対に避けるべきことである。こういうことをしてしまうと、子どもは自己組織化しない。つまり、自主性、自発性、主体性、責任性、進化性などが育たないし、絶対的自己肯定感が育まれないのだ。このような子どもは友達から仲間外れにされるだけでなく、虐めに遭ってしまう。
虐待やネグレクトを経験してないから、子どもは愛着障害になんかならないと思うかもしれないが、過干渉や過介入、支配的・制御的子育てをされた子どもは、間違いなく愛着障害になってしまうのである。つまり、父性愛のような母性愛とは、この過干渉や過介入、支配的・制御的な愛情のことである。想像した以上に、このように育てられた子どもは多い。そして、メンタル疾患や各種の精神障害に苦しんでいるのは、こうやって育てられた青少年である。親子共にその養育の間違いに気付かないから、その苦しみから抜け出せないのである。このように父性愛のように母性愛を注ぐ親は、間違いなく『毒親』なのである。
※イスキアの郷しらかわの支援活動を長年してきましたが、その殆どのクライアントが父性愛のような母性愛で育てられた方々です。摂食障害、妄想性障害、うつ病、双極性障害、薬物依存、パニック障害、PTSD、C-PTSD、原因不明の疼痛、PMS、顎関節症、ASD、ADHD、などで苦しんでいる方々は、この父性愛的な母性愛で育児する「毒親」によって育てられたのです。この事実に気付いて、その支配・制御から離脱できた人だけが回復できるのです。
