源氏物語は愛着障害のものがたり

 源氏物語というと、あまりにも有名な平安時代の本格長編小説であり、しかも紫式部という女性作家の最初で最後の作品だということで知られている。紫式部という女性がどのような生涯を送ったのか、その小説を書こうと思い立ったモチベーションは何かということが気になる。それ以上に興味が湧くのは、源氏物語に描かれた世界観はどのようにして彼女の心に生まれたのかという点である。主人公である光源氏のあの強烈過ぎるキャラクターとは、どこから着想したのか、何を描きたかったのかが注目されるところである。

 NHKの大河ドラマ「光る君へ」を鑑賞させてもらったが、史実とフィクションを適当に織り交ぜながら、紫式部という女性をとても魅力的に描いていたように思える。勿論、もう一人の主人公である藤原道長も、栄華を極めた権力者という描き方ではなく、悩み多きひとりの男性として描かれていて、好感が持てる描き方だった。ドラマでは、光源氏という主人公と権力の中枢まで上り詰めた藤原道長を、重ね合わせて描いていて、それはそれで面白いアイデアだと感心したが、あまりにも違う境遇なので、あり得ないだろうとも考える。

 とは言いながら、藤原道長たちのように権力を求める飽くなき野望を持つ貴族と、権力や地位を求めながらも果たすことの出来ない苛立ちが異性へと向かう光源氏の根っこは同じではないのかとも思える。何か満たされない思いを政治の中枢に立ち権力を振るうことで満たそうとする藤原貴族、そして満たされない思いを性愛によって昇華させようとする光源氏は、根源とするものは一緒なのではと思えるのである。それはうがち過ぎだと言われそうであるが、権力欲や支配欲と性欲は同じ根源にあるような気がする。

 それにしても、源氏物語に描かれた主人公の光源氏は、稀代の女たらしである。こんなキャラクターを持つ主人公を、どういう心理状態から描こうとしたのであろうか。この源氏物語は、夫を亡くした紫式部が寂しさや悲しみを紛らわせようとして書かれたと伝わっている。その源氏物語が評判を得て、左大臣藤原道長の耳に入り、一条天皇の后である娘の彰子付きの女房として招かれる。一条天皇の寵愛を彰子が得る為に、この源氏物語が利用されたらしい。この源氏物語が、一条天皇と彰子中宮の仲を取り持ったと伝わっている。

 確かに、光源氏が様々な女性との恋物語を展開していくストーリーは、読む人の心をときめかせたに違いない。男女の仲が、魅惑的な恋物語を共通話題にして深まるというのはあり得ることである。それも、不義密通や呪縛による殺人というセンセーショナルなストーリーである。一条天皇と彰子中宮との夜話は盛り上がったに違いない。藤原道長は自身の出世と権力掌握の為に、紫式部と源氏物語を利用したとも言える。とは言いながら、この源氏物語が多くの人々の共感を呼び、大きな感動を与えたのは間違いない。

 という事は、光源氏の気持ちが当時の人々にも共感できたので、フィクションとは言いながら現実にもあり得ると当時の読者が思えたのであろう。つまり、光源氏が母親の愛情に飢えていて、その満たされない思いや生きづらさをエネルギーにして、異性を虜にする原動力になったと読者も感じたのである。権力への飽くなき追求も、母親から愛されなかった思いを政治に反映させたのだと読む人を共感させたのだ。愛着障害による影響が強く出て、あまりにも激しい生き方や行動をさせた人物を紫式部が描き、それが世の中に支持されたのだ。

 愛着障害は、大人になってからも生きづらさや辛くて苦しい人生を強いてしまう。平安時代においても、既に愛着障害によって人生を狂わされた人々が貴族にもいたのだ。愛着障害を抱えた人々の中で、現代の日本においても光源氏のような生き方をしている人物も少なくない。愛着障害が根底にあり、政界での権力闘争でしか自分を表現できないからと、政界でトップに上り詰めた人物もいる。愛着障害を抱えるが故に、性被害の加害者になる人もいるし、リスクある行動をして被害者になってしまうケースもある。源氏物語は愛着障害のものがたりだと言えるし、現代人の生きづらさにも通じる名作だと言えよう。

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