兵庫県の元県会議員が、SNS上で攻撃を受け続けたあげく自殺してしまった報道は、社会を震撼させた。自殺した原因が、果たしてSNS上での批判攻撃なのかは定かではない。しかし、多くの報道機関やアナリストたちは、謂れのない批判や否定をされ続け、自身の身の危険や家族の身辺にもで危険が及んだことで、県議を辞職したと推測している。辞職した後も執拗に攻撃され続け、しまいには警察に逮捕されるというありもしないフェイクニュースまで拡散され、もはやこれまでと悲観して自分自身を追い込んだあげくの自死と見ている。
どうして、嘘の情報まで流し続けて元県議を攻撃をしたのか、実に不思議であるが、自死を遂げた後も嘘の情報を流して名誉までも傷付けたというのは、許せない鬼畜の所業である。そこまで元県議が憎かったのか、それとも徹底して追い落とさないと、やがて自分が攻撃されかねないと怖れたのか解らないが、まさしく人殺しと言われても反論できないであろう。日本人というのは、本来はもっと思いやりや分別があるかと思っていたが、優しさのかけらもない人間が増えてきたのかもしれない。情けないことである。
SNSの世界は、実に恐ろしい。ロマンス詐欺や投資詐欺が横行しているし、フェイク情報が政治の世界を捻じ曲げることも日常茶飯事に起きている。アメリカの大統領選挙しかり、兵庫県知事選挙もしかり、嘘の情報があたかも真実のように大量拡散してしまい、選挙結果まで変えてしまうという時代なのである。今回の衆議院選挙でも、同じようにSNSやユーチューブのフェイクニュースが駆け回って、選挙結果にかなりの影響を与えていた。日本人も含めて、人間と言うのはSNS上に流れている情報を鵜呑みにしてしまうらしい。
だからこそ、SNS上に流れた情報の真贋を確認せずに、殆どの人が無条件で信じて拡散してしまうという愚行を犯してしまうのだ。そのような個人の批判的・否定的な情報を最初に掲載した人間は罪深いが、それを無条件に拡散する人間にも大きな責任がある。ましてや、批判的・否定的な嘘の情報によって、該当被害者のメンタルが傷つけられてしまい、立ち直れないようなトラウマや精神疾患を起こしたとすれば、傷害罪にも該当すると言える。勿論、それを拡散した人間もまた同様の罪で訴えられることもあるということだ。
もし、個人に対する批判的・否定的な情報アップやコメントによって、当該者が自死に追い込まれたとしたら、犯罪として立証されるかどうかは別にして、人殺しとして糾弾されても反論できないだろう。この否定的・批判的情報やコメントの拡散をした人々も道義的には人殺しの誹りを免れない。もしかすると悪質的な情報アップと拡散行動に対しては、犯罪として立証される怖れも十分考えられるし、少なくても損害賠償をされるリスクは非常に高い。社会的に『人殺し』の批判を受ける可能性が高い。その情報が嘘かどうかは関係ない。
今回の元兵庫県議に対する嘘の情報を流した本人も、立派な人殺しであると思う人も多いことだろう。そして、その情報に対して同意のコメントを載せた人も同じく人殺しだと糾弾されても仕方ないし、無条件に情報拡散した人々も人殺しだと批判されるであろう。もう、こんな悲惨な出来事を二度と起こしてほしくないものである。SNS上のことであり、実名をさらしてないから自分が特定されることがないと安心しているかもしれないが、そんなことはない。SNSやユーチューブのコメントや拡散には、足跡がしっかりと残っている。
つまり、インターネット上には訪問しただけでもアクセスログが残るし、コメントやシェアーをすればその人のIPアドレスが特定できる。複雑な海外サーバー経由だとしても、ある程度の特定は可能なのである。削除したとしても、足跡は消せない。損害賠償の請求は可能なのだ。フジテレビの元アナウンサーに対するセカンドレイプが盛んであるが、名誉棄損の訴訟を起こされたり、慰謝料や損害賠償を請求されたりすることもあり得るのである。殺人罪での犯罪立証は難しいとしても、名誉棄損罪は立証される。本人を特定して民事訴訟が可能であるし、自分がSNS上で批判される対象者になり得るということだ。人の命に関わることだから、軽々しく批判したり否定したりすることを控えるべきであろう。
