TBSテレビの新ドラマ『御上先生』が熱い。文部科学省に在籍する国家公務員総合職、いわゆるキャリア官僚が民間高校に出向するという、通常ならあり得ない設定で展開する物語である。松坂桃李がその主人公を演じている。その私立高校とは、東京大学の合格者を多数輩出している名門の私立高校である。高校3年生のクラス担任として赴任するのであるが、問題ある生徒や先生に反発する生徒たちをどう指導教育していくのか、期待が高まる。それにしても、御上先生のような高い志を持つキャリア官僚は実際にいるのだろうか。
私たちが想像するキャリア官僚像とは、上司に媚びへつらい政治家のご機嫌取りをして、他のキャリア官僚とひたすら出世競争をする人たちというイメージを持っていた。一般職の官僚たちを見下しているし、建前は国民のためにと言いながら、ひたすら上級国民を目指しているような官僚であるように思い込んでいた。もしかすると、そういうキャリア官僚もいるだろうが、大多数のキャリア官僚は高い価値観を持って、国民の福祉向上と幸福を追求しようとひたすら頑張っているのかもしれないと思い直したのである。
まさに、御上先生は官僚のお手本になりうる高い価値観を持って、子どもたち本位の教育制度に改革しようと奮闘努力をしている。こんな官僚が増えてくれれば、日本の教育制度の改革も進むという期待が持てる。しかし、残念ながら出世するようなキャリア官僚たちは、上司である官僚幹部や族議員の顔色を窺い、自分の主義主張さえ抑え込んで上司や政治家に忖度してしまうのである。それは、自己保身からすることなのだが、本来の公僕としての役割とはかけ離れている。憲法で規定している、国民に奉仕する役割を忘れているのである。
キャリア官僚というのは、本来の業務以外の役割が与えられている。それは、政治家が国会での質問に対する答弁用原稿を作成するという役割が与えられている。官僚がすべき仕事ではないのに、この仕事の負担があまりにも大きく、官僚に多大なストレスを与えている。この業務は上級官僚だけのものではない。県の職員も市町村の職員でも、首長の答弁用原稿の作成も命じられている。時間に追われるので、深夜まで及ぶ時間外の業務なので、身体的負担も大きい。自分で作成する能力がない政治家の為に、余計な仕事を命じられるのである。
そんな余計な業務や、政治家や上司に対するあまりにも過ぎる忖度までしなければ、組織の中で生きて行くのが難しい割に、得られるものが少ない官僚の人気が著しく低下している。昔は、天下りが許されていて、その報酬をも含めると生涯所得が、大企業に勤務した社員のそれと遜色なかったが、天下りが制限されている現代では、官僚を志す若者が減ったのは当たり前だと思う人が多い。しかし、キャリア官僚を志すほどの学業優秀な人間が、所得の多い少ないで進路を決めるというのは、実に情けないことである。
御上先生というのは、そんな損得や利害でキャリア官僚になった訳ではない。あくまでも、国民の豊かさと幸福をどうしたら実現できるのかということを真剣に考えているキャリア官僚である。つまり、官僚たるものはこうあるべきだという理想像を描いている。勿論、御上先生の価値観と正反対の自利を追求する、低劣な価値観を持ったキャリア官僚も登場する。文科省におけるキャリア官僚は、全国の教職員の指導と管理も間接的に実践している。日本の学校教育の将来像をどうするかのビジョンも作成しているのである。
日本の教育には問題や課題が山積みとなっている。青少年たちの不登校やひきこもりが増えているし、小中高生の自殺が急増している。教職員の不祥事や不適切指導があまりにも多いし、教員がメンタル疾患を抱えて自死を選ぶケースも多々ある。これだけ多くの問題が次から次へと起きるというのは、教員としての資質がそもそもない人を教職として採用した側に瑕疵があるのは間違いない。性被害事件を起こすような問題教師を現場に配置するとか、校長・副校長の管理職に不適格者を登用するというのは、あり得ないことである。御上先生のような文科省のキャリア官僚に、抜本的な教育改革を実行してもらうしかない。
