健康食にすれば病気にはならないのか

 最近の健康ブームもあいまって、自然食志向の人が驚くほど増えている。無農薬や化学肥料を使用しない有機栽培の野菜・果物だけの摂取にこだわり、動物性たんぱく質を一切使用しないヴィーガンの食生活を志す人が想像以上に多くなっている。有機栽培&無農薬の玄米しか食べない人も少なくない。それだけではなく、食品添加物の含まれない加工食品、自然素材の洋服や寝具、自然素材の洗剤やシャンプーリンスしか使わない人も増えてきた。それだけ、病気にならないように予防医学に感心を持つ人が増えてきた証拠かもしれない。

 ところが、それだけ気を遣って生活してきたのに、乳がんや子宮がんになってしまったと嘆いている女性が少なくないのである。元々、自然生活志向の人は圧倒的に女性が多いこともあろうが、そんなにも努力してきたのに、どうしてガンになってしまったのかと、自堕落な生活をして病気になった人よりも元気を失っている女性が多い。勿論、自然生活志向を貫いてきたから、他の病気の発症を防いできたのは確かであろう。しかし、よりによって癌という取り返しのつかない病気になってしまったのか、悔やみきれない気持ちであろう。

 世の中というのは、不思議なものである。暴飲暴食、運動嫌いで好き放題の自堕落な生活をしているにも関わらず、病気にもならずに長生きしている人がいる。一方では、健康に気を遣い、毎日早寝早起きをして、適度な運動をして健康食を続けている人が、ポックリとあの世に行ったり難病や不治の病になったりする。完璧な健康生活を続けている人が長生きしそうなものだが、現実はそうとは限らないのだ。それでは、健康的な生活をしたとしても、すべて無駄なのだろうか。好き勝手に飲み放題食べ放題の自堕落な生活が良いのだろうか。

 健康で長生きするというのは、誰しも願う事なのであろうが、健康的な食生活や生活習慣だけではそれが実現しないということかもしれない。さすれば、もっと健康を保つ為に大事なことは食生活と生活習慣以外に何が必要だというのだろうか。おそらくは、それは『心』というものではなかろうかと思わずにはいられない。何故なら、健康食であるオーガニック&ヴィーガンを志すような方々を見ていると、その目的が自分の健康のためにという考え方が根底にあり、その為にはどんな苦労も厭わないと必死になっている姿が印象的である。

 それが悪いとは思わないが、オーガニック&ヴィーガンな生活を目指している方々は、あまりにも必死になっていて悲壮感さえ感じるのである。そして、完璧な食事と生活を志す姿はある意味で滑稽にも思えるのである。もっと肩の力を抜いて、パーフェクトを目指したとしても、時にはヴィーガンを少し外れた豪華で贅沢な料理を楽しむ余裕があっても良いように感じて仕方ない。オーガニック&ヴィーガンな生活をするのは、自分の為だけでなく社会貢献や全体幸福のための、ひとつの手段だと捉えてもよいのではなかろうか。

 オーガニック&ヴィーガンな生活というそのもの自体を、目的化するというのは如何なものであろうか。健康で長生きするということも、目的にするのは間違いだと思えるのである。健康的な食事をする目的は、身体が健康になる為だけではない。勿論、健康食は健全な心を養うものでもあるが、それも目的ではない。健全な心身を作り上げるのは、それを根底にしての自分の役割を社会に対して果たす為である。それを忘れてしまい、自分自身の為にだけ健康食による健康実現を目指しても、それが実現することはないと断言できる。

 オーガニック&ヴィーガンにあまり拘っていなくても健康を保っている人は、社会の全体幸福や全体最適に貢献しようと努力しているからである。そして、そういう人は人生を謳歌しているし、ストレスやプレッシャーを楽しんでいる。だから、完全な健康食を摂取しなくても、生活習慣が完全な自然志向ではなくても、心身が健全であり続ける。腸内環境が健康であれば、多少の重金属や毒物が含まれた食事を摂取しても、デトックスが可能なのである。人体ネットワークシステムが健全に働いているから、自己組織化が働き心身が健康になるのだ。そういう無理をしない生き方を志すほうが、コストは少ないし理に適っている。

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