森のイスキアと佐藤初女さん

森のイスキアのその後

森のイスキアという施設の活動再開を望んでいる方々は、全国に大勢いらっしゃることだろうと思います。平成28年2月に、森のイスキアを主宰されていらした佐藤初女さんが永遠の眠りにつかれ、その後森のイスキアのドアは開かれていません。時折、佐藤初女さんを偲ぶイベント等は開催されていますが、心疲れた方々を受け入れて癒す活動はもう実施されていないようです。あまりにも偉大過ぎた佐藤初女さんの跡を継ぐのは、誰でも出来ることではありません。したがって、森のイスキアが以前のような活動を再開するのには、非常にハードルが高いのかもしれません。

弘前のイスキアから森のイスキアへ

佐藤初女さんは、青森県弘前市のご自宅で『弘前のイスキア』を主宰されて、心が疲れ折れてしまい、生きる気力を失われた方々を支援してきました。そして、そこも手狭になり、多くの方々のご寄付やご支援を頂き、弘前市の郊外岩木山の麓に『森のイスキア』を開設されました。最大で10人の方が宿泊できる宿です。温泉も引いたお風呂もある本格的な宿泊施設です。心が疲れ切ってしまった方、または重いご病気を抱えている方を受け入れて、ただ寄り添いお話にじっと耳を傾け、手作りの素朴ながら手の込んだ美味しい料理を提供しました。そして、これといってアドバイスをするでもなく、重要な訓示をするでもなく、美味しい心の籠った食事をして、ゆったりとした数日を過ごしているうちに元気を取り戻して宿泊者は帰っていきました。

奇跡のおむすび

有名なエピソードがあります。ある時自殺念慮にかられた若い男性がイスキアにやってきました。佐藤初女さんは、深刻な青年の様子を見て、宿泊していくことを勧めます。しかし、その青年は泊まることを頑なに拒否して帰ると言い張ります。初女さんは、少し待つようにと言って、おむすびを用意して、その青年に渡します。青年は、帰りの列車の中で何気にそのおむすびの包みを開きます。すると、タオルに包んでくれたお陰で、ほんのりと温かい、まるで握りたてのようなおむすびが出てきました。そして、そのおむすびを口に運んだ瞬間に驚きました。今まで、こんなにも素晴らしいおむすびを食べたことがなかったからです。口の中で、お米が自然とほどけていきます。まるでお米が生きているかのように、口の中で踊るのです。その美味しさと言ったら、この世のものではないほどでした。

自殺念慮から踏みとどまる

この青年は思いました。こんなにも美味しくて手の込んでいるおむすび、しかも自分の為にこれほどの手数をかけて苦労しておむすびを握ってくれるひとがいると気付いたのです。自分はひとりぼっちで、誰も自分のことなんか気遣ってくれないし、誰も愛してくれないと思っていたけれど、そうではないのだと気付いたのです。こんなにも自分のために、尽くしてくれる人が世の中に居ると知り、この世も捨てたもんじゃないなと思い直したそうです。そして、こういう初女さんという人がいることを知り、もう一度生きてみようと決心し、自殺を思い止まったということです。

佐藤初女さんのこのおむすびは、『奇跡のおむすび』と呼ばれています。この初女さんの握ったおむすびは、特別な高級なお米を使っている訳でもありません。普通のお米でしかも電気釜で炊くのです。中に入れるのは梅干しだけです。後は、塩を使うだけです。それだけのおむすびなのに、食べる人を感動させるのです。勿論、米のとぎ方や水加減にはこだわります。そして何よりもこだわるのは、握り方です。普通、おむすびを握る時は、お米がほどけないように強く握りますが、初女さんは絶対に強く握りません。お米が、息が出来るようにと軽くふんわりと、心を込めて時間をかけて握ります。簡単にはほどけませんが、口の中ではお米が自然と広がります。だから、美味しいのです。

初女さんのおむすびを握る

私も佐藤初女さんのおむすびを真似て作っています。最初はなかなか思うようなおむすびを握れませんでした。単なる技術ではありません。やはり握るときの『心』が大事なのです。強く握らないのにほどけず、しかも口の中ではほろりと広がる、矛盾したような握り方はかなり難しいのです。このおむすびを握るには、冷めてしまったご飯では無理です。しかも、手のひらがやけどをするような熱々のご飯でないと握れません。そして、手に塩をかけながらご飯が手につかないように握ります。ひとつ握るのに5分くらいかけて優しく力を入れ過ぎないように握るのです。そうすれば、奇跡のおむすびが握れるのです。それこそ手塩にかけたおむすびです。

「面倒くさい」と言うのが嫌い

佐藤初女さんは、料理にもこだわります。普通、誰でも料理する時にはるべく時間をかけることなく、手数をあまりかけずに美味しいものを作ろうとします。けれども初女さんは、違います。なるべく手をかけ、時間をたっぷり使い、心を込めて作ります。例えば、ニンジンや大根の皮を剥くときは誰でもピーラーを用いますが、初女さんは絶対にピーラーを使わずに包丁で剥きます。「面倒くさいと言うのが嫌い」というのが口癖です。けっして手抜きするとか、いい加減な作り方をしないのがモットーです。心を込めて丁寧に料理します。だから、食べる人の心を動かすのです。

初女さんの料理に対するこだわりは、他にもあります。野菜を茹でる際にタイマーは使いません。野菜を茹でながら、その野菜を観察します。そして野菜と対話しながら、色合いを見て一番美味しく茹であがる時を見抜きます。煮物の野菜は、ひとつひとつ大きさを揃えて切ります。歯ごたえがまったく同じくするためです。野菜などの食材と会話しながら、どうしたら美味しくなるのかを決めて、調理していきます。野菜が望むような調理方法を考えるのです。そして出来上がった料理はどれも食べる人の感動を生むのです。

佐藤初女さんのカウンセリングマインド

初女さんは、究極のカウンセリングマインドを発揮します。通常、カウンセラーはクライアントを救いたいと思い、ついつい結果を急ぎます。その為、質問をして本人が気付くように導きます。時にはアドバイスもします。ところが、初女さんは質問もしません。向かい合って何も自分からは言い出しません。クライアントが自分から話し出すのをじっと待ちます。時には、「それはお辛かったですね」とか「よく頑張ってきまたね」という言葉はかけますが、あまり質問や助言はしないのです。しかし、森のイスキアの利用者は自分自身で答を見つけて、元気になって帰っていくのです。

佐藤初女さんの遺志を継ぐ

このようになるのは、初女さんの存在そのものが、利用者を癒して心を開かせていたからです。初女さんは何も言わなくてただ目の前にいるだけで、安心するし癒されるし、自ら自分の生きるべき道を見つけ出すのです。そんな初女さんも、94歳で天国に旅立ちました。彼女の遺志を継いで、同じような施設を開設して活動している処はないみたいです。『イスキアの郷しらかわ』を除いては、こんな活動をしている箇所はこれからも出てきそうもありません。初女さんと同じようなことは出来ないかもしれませんが、少しでも初女さんに近づきたいと努力しています。カウンセリングマインドも、そして料理も。

佐藤初女さんとイスキアの郷しらかわ

佐藤初女さんを心からリスペクトしていた代表の舟木は、森のイスキアを2度訪問しました。一度は実際にお会いして、彼女の手作り料理をいただきました。勿論、会話をさせてもらいました。「森のイスキアのような場所を福島県の白河でも開設して運営したいと思っています」と申し上げたところ、「それはいいですね、頑張ってください」と佐藤初女さんは笑顔で答えてくれました。また、設置されていた訪問者が書くノートに、『森のイスキアのような施設を将来必ず作ります』と記してきました。

2017年9月1日に、『イスキアの郷しらかわ』を開設することができました。佐藤初女さんとの約束をようやく果たすことができました。佐藤初女さんの足跡に恥じないような活動を、これからも続けていきたいと思っています。