『アストリッドとラファエル』は最高のドラマ

 NHKでは海外の人気ドラマを輸入して放映するケースが少なくないが、『アストリッドとラファエル』というドラマはフランスで作成された推理ものである。以前はNHKの地上波で放映されていたみたいだが、現在はNHKのBS4Kで鑑賞できる。最初は単なる刑事ものだと思っていたのだが、その予想は見事に覆された。それは良い意味でのまったくの想定外であり、びっくりすると同時に鑑賞できる喜びに浸ることが出来た。推理ドラマではあるものの、深淵なるヒューマンドラマでもあったのだ。

 主人公のアストリッドは、警察署の犯罪資料局に在籍する女性事務員であり、もう一人の主人公ラファエルは優秀な女性刑事である。日本でいうところの警視庁捜査第一課(殺人事件を扱う課)の係長といった役割である。アストリッドはフランス警察全体の過去の犯罪資料を扱う保管庫で、文書の管理係をしている。アストリッドは深刻な自閉症(ASD)を抱えていて、コミュニケーション障害があり、対人恐怖症があるので対人対応力に乏しい。偶然にもそのアストリッドとラファエルがとある事件を通じて出会い、交流が始まるのである。

 アストリッドは、母親が自分を捨てて逃げたという体験から見捨てられ不安が強く、重い愛着障害を抱えている。それ故に、強いHSP(神経過敏)を抱えて聴覚過敏で悩まされている。幼児期から強烈な不安を抱えていて、その傷つきやすさから、何度もトラウマを受けて積み重なり、複雑性PTSDを発症してしまい、二次的症状としてASDとコミュニケーション障害を起したと考えられる。見事な人物描写であると言える。ここまで深く人間の裏側までも描き出したドラマや映画は経験したことがない。素晴らしいヒューマンドラマである。

 アストリッドの記憶力は途方もない能力を秘めている。犯罪資料局にある過去の犯罪資料を全て読んでいて、必要な書類がどこにあるのかを特定でき、いつでもすぐに取り出せるようにファイリングしている。ある程度の資料の内容や犯罪の容疑者・関係者はすべて記憶している。ASDの人に備わっている能力であることが多いのだが、ギフテッドと呼ばれる天才なのである。おそらく、彼女の視野に入ったものはすべて画像として記憶され、いつでもその情報が引き出せる。あらゆる芸術にも精通していて、その感性は極めて豊かである。

 一方、女性敏腕刑事のラファエルは、想像力や柔軟思考性に優れていて、発想力にも秀でている。つまり、アストリッドとラファエルは正反対の能力を持っていると言えよう。本来は文書係だから、アストリッドは捜査には加われない。しかし、アストリッドの高い能力を認めて捜査に協力を求め、ラファエルと二人三脚で難事件を次から次へと解決していくのである。それも迷宮入りになっていた難事件までも見事に解き明かす。アストリッドの感覚は敏感過ぎるほど研ぎ澄まされている。その優れた感覚と記憶力で解決に導くのである。

 推理ドラマとして超一流なのであるが、二人の魂の成長を描く人間ドラマでもある。ラファエル刑事はASDのアストリッドとの触れ合いを通じて、精神障がい者との友情を育むことの喜びを知る。アストリッドはASDである自分の特性を受け入れてくれるラファエルに、生まれて初めての友情を抱く。それぞれの感性の違いを認め受け入れることで、人間としての成長を成し遂げていく感動のドラマなのだ。そして、びっくりするのがアストリッドの演技力である。ASDの言動の特徴を見事に演じている。そのリアリティは、見るものを勘違いさせるほど素晴らしい。

 日本でもASDなどの発達障害や知的障害を持つ人々を描いたドラマや映画は存在する。しかし、こんなにもASDの人物が生き生きとして社会に貢献しながら活躍していく物語を見たことがない。勿論、アストリッドも捜査をする経過において悩み苦しむことがあるし、酷く傷つくこともある。それでも、アストリッドは自分が社会に役に立つ喜びを抱きながら、ラファエルに協力することを続ける。このドラマを観た多くの精神障がい者や発達障がい者に勇気を与えてくれるだろう。また、障がい者に対する偏見が少しでも少なくなることと、障がい者の社会参加が進んでいくことを願わずにはいられない。

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