あらゆる病気を癒す特効薬「登山」

若い人たちにも登山ブームが起きているらしい。昔のような野暮ったい登山服装ではなく、洗練されていてファッショナブルな洋服に身を包んで、颯爽とした姿で登っている。トレランというスポーツ登山で、走りながら登る姿も目立つ。昔ながらの大きいザックに重登山靴に履いて、山シャツにニッカボッカ姿は見られなくなった。若い人がどんな形にせよ、登山にはまりこんでいるというのは嬉しいことである。さらに、若いパパさんやママさんたちが子どもを連れて登っている姿も微笑ましい。登山人口が増えるから、大歓迎したい。

どうして登山にこんなにも心惹かれるのだろうか。それは、あまりにもストレスフルなこの社会だからこそ、現世界から一時的にも逃れてストレス解消をしているのではないかと見られる。あまりにも生きづらいこの世の中、例え一時的でも何もかも忘れて目の前に広がる自然を満喫することで、精神的に癒されたいと思って登山するのではないだろうか。これは、心理学でいうマインドフルネスという有効的な心理療法のひとつである。気分障害が重症化する前なら、非常に効果が高いと言える。

登山は、精神疾患に有効であるのは間違いない。マインドフルネスという効果もあるが、自然との触れ合いは、間違いなく心を癒してくれる。豊かな大自然に包まれた時に、人間は自分のちっぽけな存在に気付く。登山をしていると、厳しい暑さ寒さ、雨や風に遭うこともあり、雄大な自然が人間の力ではどうにもならないことを知る。人智ではどうしようもない存在がこの世に存在することを実感し、人間は神のような自然に生かされていることを深く認識する。謙虚で素直な、ありのままに自分に還ることが出来る。そうすると、自分があまりにも傲慢で、しかも周囲の人々に対して頑なな態度をしていたと気付くのである。

各種の精神疾患になられた方々が、登山に行ける気力が残っているのであれば、無理にでも行くことを勧めたい。気分障害の方々を登山に連れて行った経験がある。何度かの登山を繰り返すうちに、徐々に心が癒されて元気になった気分障害の人が多い。心と身体は一体である。身体を無理にでも動かしていると、次第に心も動くことになる。少し身体的に厳しい登山をすることで、精神的忍耐力や柔軟性を持てるようになる。簡単に折れてしまう心でなく、どんな苦難困難に対して柔軟な心を持つことなる。精神疾患を緩和するのに、登山が有効だという根拠である。

登山は、身体的な各種疾患にも有効であると思われる。何故ならば、病は気からと言われるように、現代病は殆どが精神的な影響により起きていると言っても過言ではない。勿論、食習慣も含めた生活習慣や生活環境にも影響を受けるが、その悪い生活習慣も元を正せば間違った心が作り出したものである。生活習慣病の殆どは、ストレスや過度のプレッシャーによって生活習慣が乱れて起きていると思われる。そして、身体のネットワークの誤作動が起きて、脳内神経伝達物質や各種ホルモンの分泌異常が、血液循環も含めた体内循環を滞らせて、各種疾患が起きているということが判明してきた。

登山は長時間の負荷運動をすることで、心肺機能を高めることになる。故に滞った血液循環など体内循環を適切に調整してくれる。ガンになった患者さんたちを、富士山登山に誘って、心肺機能向上と生きがい療法をする団体もあるほどである。登山をした人なら解るが、体温を驚くほど高めてくれる。ガンは低体温で起きると言われている。ガンなどの疾病は、自律神経のアンバランスで起きる。副交感神経の活動が低下し、交感神経の異常な亢進により、各種疾患が発症することが判明している。標高の高い所は低気圧になり酸素が薄くなる。低気圧と運動負荷により、酸素摂取を少なくさせて、副交感神経が亢進する。

このように、登山は精神的疾患だけでなく身体的疾患にも有効だという科学的根拠が示されている。厚労省によって難病と指定されている自己免疫疾患などにも、有効であると推測される。さらには、パーソナリティ障害や成人の発達障害なども、登山によって症状が緩和されると思われる。あらゆる疾患を緩和もしくは完治させてくれる登山療法は、現代医療で見離されてしまった人々にも福音をもたらすであろう。病気になられた方は、是非とも登山に勤しんでほしいものである。

※イスキアの郷しらかわは、精神的な疾病と身体的疾病に苦しんでいらっしゃる方々を登山にご案内します。症状に応じた難易度の山を選択しますし、体力に応じたコースを選定します。重症の方には、登山歴豊富のアルピニストで、40年近く臨床に携わったベテラン看護師が同行します。登山ガイドは複数人が同行して、万全の体制でバックアップしますので安心して申し込みください。

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健康長寿の目的は?

健康ブームである。TV番組では毎日、これでもかと健康を守るための秘訣についての内容が放映されている。医学番組の出演で超有名になった医師もいる。病気になった人が、劇的に回復したというケースも放映されている。勿論、予防医学が中心になっているので、食事や睡眠、そして運動などの生活習慣を見直すという内容が多い。特異なサプリや食生活も紹介されると共に、ひと昔まではまったく言われてなかった予防方法も紹介されている。最先端の医学知識が、惜しげもなく放映されて情報開示されているようだ。

ところが不思議なことに、予防医学に対する認識が高まってその効果が高まったのかというと、それほどでもないのである。または、予防医学の効果が高まり、医療費や介護費が劇的に低減されたのかというと、そんな事実はまったくないのである。ということは、これだけの健康ブームによっていろんな情報が飛び交っているにも関わらず、その効果は限定的であるということだ。医学的なエビデンスも得られ、これを守り続ければ健康になるということを実施する人もけっして多くないし、取り入れようともしない人がかなり多いという結論にならざるを得ない。

人間である限り健康にはなりたい。けれども、そこまで努力をしたり苦労したりはしたくないというのが本音であろうか。特に、好きでもないし美味しくもない食事を毎日続けなければならないのは勘弁してほしいし、毎日汗をかきながら運動するのもしたくないというのが本心だろう。例えば、薬を飲めば血圧も下がるし血糖値も抑えられるし、高脂血症だってコントロールできる。サプリや特別な市販薬を飲んでいるから、苦労して食習慣を見直さなくてもいいじゃないかと思っている人は多いだろう。苦しい運動は、出来れば避けて投薬治療でなんとかしたいと思うのが常である。

かくして、日本人の生活習慣病の罹患率は高い水準のまま推移している。確かに、面倒な事をしなくても投薬治療やサプリメントなどで健康を保てるのだから、安易な方法に依存するというのも頷ける。しかし、こんなにも医療費や介護コストを高騰し続けてもよいのであろうか。増え過ぎ続ける医療費を削減して、予防医学に徹しようとする大改革が昭和57年から始まった。老人保健法の施行である。40歳からの予防健診と保健指導が義務付けられた。しかし、残念なことにその効果はあまり見られない。医療費の高騰はその後も続き、無駄な医療費の浪費は止まらない。

このように、どんなに生活習慣病の予防策として国の政策として押し進めても、または健康を守る方策の番組を放映したとしても、効果はあまりないのである。生活習慣病と命名したのは、先日亡くなった日野原重明先生である。先生は、自分たちの生活習慣を見直して健康的な生活をすれば、生活習慣病にはならないということを言い続けられた。そして、ご自分でも実践されて健康を維持されてきた。おそらく、日野原先生が健康で長生きをすることができたのは、尊い使命感によるものであろう。自分の為でなく、人々の健康を維持発展するために日々貢献されてきたからであろう。

森のイスキアの佐藤初女さんも健康で長寿であった。94歳まで精力的に活動されていらした。マザーテレサもまた、87歳になるまで貧しい人と病める人の支援活動をされてきた。マハトマ・ガンジーも78歳で不幸にも暗殺されてしまったが、この事件がなければまだまだ長寿だったに違いない。健康になるのは誰の為かと問われて、殆どの人は自分のためと答えるだろう。しかし、ガンジー氏、テレサ女史、佐藤初女さん、日野原先生は、健康を維持するのは人々を救い続け幸福にする為に必要だと答えただろう。

健康を願うのは誰でも一緒である。ところが、何のために健康を維持し発展させなければならないのかという点においては、大きく違っている。自分のために健康になりたいと思う人は、そんなに努力も出来ないし苦労もしたくないであろう。自分では健康になるための精進もしないし、安易に医療に頼る。人間とは自分のために頑張れない生き物なのである。ところが、佐藤初女さんたちのように使命感を持って、社会の人々のためにもっと尽くさなければならないと強く願い、その為に健康でありたいし長生きしたいという人は、楽しんで苦労をする人である。これが、健康になれるかどうかの分岐点なのである。メンタル面での健康も、同じであることを肝に銘じたい。

自殺をする前にしてほしいこと

神奈川県座間市で起きた、自殺志望者をターゲットにした連続殺人事件は、実に卑劣な行為である。被害者の殆どが若い女性であり、自分よりもか弱い立場の人間を薬やアルコールでさらに反抗できない状況にしての凶行は鬼畜以下の所業である。いくら自殺願望があったとしても、こんなバカな若者に信用させられて、不用意に彼の自宅に招き入れられてしまうというのは、よほど辛かったのであろう。この犯人が巧妙にSNSを利用しながら、言葉巧みに騙していたという報道がされている。人の弱みに付け込むという卑劣な行為は、けっして許されるものではない。

それにしても、自殺志望者でなければ、こんなにも簡単に信用することはなかったであろう。自分と同じ自殺願望者だと、犯人を信じ込んでしまったのだと思われる。このような自殺志望者は、他にも数十万人いると言われている。自殺願望者のSNSサイトでは多くの人々が交流しているらしい。自殺予備軍とも言われる人々がこれだけいるのに、救えないで手をこまねいているのは実に情けない。これらの自殺願望者の中で、本当に自殺しようと決断して、その時を待っている人というのはそんなに多くないと言われている。

しかし、自殺を最終決断していなくても、こんな世の中に未練がなくて、死んだ方がましだと思っている人がいるというのは事実である。社会に絶望し、夢も希望も見いだせず、生きる意味なんてないと思っているに違いない。それだけ、この世は生きづらいと思っている若者たちが多いのであろう。自殺願望者の方たちを救うために、電話での対応やネット上での支援サイトが開設されている。しかし、匿名での応対であり、効果は限定的にならざるをえない。やはり、実際に対面しながらお互いに胸襟を開いての対話による支援でしか、自殺願望者を救えないのではないだろうか。

自殺を願望する人たちを何とか救いたいと、『イスキアの郷しらかわ』は日々活動している。自殺を志望する人たちに叱咤激励は効果がないと言われている。自殺をしてはいけない訳を、正論を掲げてくどくどと説明しても聞く耳を持つ訳がない。社会に対して絶望していているのだから、社会的な貢献意識を目覚めさせようとしても、無駄であろう。ましてや、社会や家族との絆やつながりを大切に考えて、自分を必要としている人がいるんだという説得にも耳を貸さないであろう。本当に思い詰めてしまった方々には、何を言っても聞いてもらえないかもしれないのである。

ただひとつだけ自殺願望者を救えるとすれば、何も言わずにただ寄り添うことだけかもしれない。それも一切否定するような感情を持たず、その人のあるがままを認め受け容れ、暖かく迎え入れる態度が最適であろう。そして、心の籠った温かい食事を提供することである。冷え込んで固まってしまった心を、溶きほぐすのは優しい料理しかない。『イスキアの郷しらかわ』は、まさしくそんな食事を提供している。身体に優しく愛が溢れる食事は、冷え込んでしまった心を温めてくれるに違いない。

もうこの世には未練も、そして夢も希望もなく、生きる意味なんてないと思っている方たちがこのブログを読んでくれたなら、最期の最期にイスキアに一晩だけでも訪れて泊まってから決断してほしい。自殺するのは、それからでも遅くはない筈だ。何を言わなくてもいいし、何をしなくても良い。ただ、泊まって最期の食事をしてほしい。住所と氏名だって明かさなくてもよい。何も聞かないし、問いただすこともしない。もし、何かしら言いたくなったとしたら、ただ黙って聞くことはしよう。だから、自殺をする前に、一度だけイスキアの郷しらかわを訪ねてほしい。

 

※申し込みは、問い合わせフォームからしてください。通信欄に「そっとしてほしい」と記入してもらえば、何も聞きませんし、こちらから何もアクションをしません。食事だけを提供いたします。聞いてもらいたいことがあるなら、何も言わずに黙って伺います。