読解力が低下したのは何故か

日本の子どもが世界的にみて、読解力が異常に低いことが解った。OECDが昨年実施した国際学習到達度調査(PISA)で、15位という先進国で最低レベルの結果が出たのである。数学的応用力で6位、科学的応用力が5位だったことを考慮すると、読解力が異常に低いことが解ろう。前々回は4位、前回が8位だったのだから、どんどん下がり続けているという実態も明らかになった。こんなにも読解力が低いというのも驚きだが、年々下がり続けているのだからショッキングなニュースだ。こんなにも読解力が低いのは何故だろうか。

文科省や政府の見解としては、こんなにも読解力が低いのは日本のICT指導教育が遅れているからと見ているらしい。だから、文科省の幹部はPC操作だけでなくタブレット端末の操作を若いうちに習得すべきだと、とんでもない勘違いの主張をしている。読解力低下の本当の理由は、そんなことではない。また、小中学生の読書離れが読解力の低下に結びついていると主張している教育評論家も多い。読み書きの訓練が少ないから、読解力が低くなったという専門家も少なくない。本当に、読解力低下の理由はそれだけであろうか。

読解力が低下しているのは、中学生や高校生だけではない。大学生や若者もまた読解力不足が著しい。そして、まともな文章を書けない若者が多い。大学の教授が学生に対してレポートの提出を求めると、どこかのウェブサイトからコピペして文章を作成したとしか思えないようなレポートばかりだという。自分の言葉で表現することが出来ないのだという。それは、語彙力がないからとも言えるし、表現力が著しく乏しいからである。これからの日本を背負って立つ若者がこのような状況では、日本の将来も相当に暗いと言える。

読解力が低下した本当の原因は、やはり日本の学校教育にあるに違いない。何故ならば、江戸時代から明治初期までの日本人は、卓越した読み書きの能力があった。それが明治の教育制度の改革によって、徐々に日本人の読み書きの能力が低下したのである。その影響が強まり続け、それが極まったのが今回の読解力低下であろう。読解力というのは、書き手の気持ちが解るということである。書き手がどんな気持ちで書いたのか、そして何を伝えたいのかとか何を訴えたいのかが、手に取るように解るということだ。それが読解力なのだ。

何故、明治維新以降にこの読解力が低下し続けたのかというと、明治政府が西欧の近代教育を取り入れたからである。当初、この西欧の近代教育を導入すると、日本人の価値観が駄目になるという理由で、西郷隆盛は猛反対した。ところが、大久保利通は西郷が不在だったのをいいことに、無理やり近代教育を制度化してしまった。この近代教育というのは、客観的合理性の教育である。能力・能率第一主義で、すべてを客観的にみるという考え方である。そして、要素還元主義とも言い、物事を細分化して問題を見つけるというやり方だ。

このような客観的合理性や要素還元主義の考え方を徹底して身に付けると、身勝手で自己中になり、相手の気持ちに共感できなくなる。実に冷たい心の持ち主になってしまうのである。共感的認知が出来なくなるので、相手の悲しさや辛さを感じなくなってしまうのだ。日本人に離婚が増えた理由のひとつも、客観的合理性の考え方をする男性が増えたからである。自分の損得や自分の欲望を優先して、妻の悲しみに共感できない夫は、妻から見捨てられる運命を辿るのである。客観的合理性の考え方も必要だが、同時に共感的関係性や全体最適性も身につけなければならない。

この共感的関係性や全体最適性というのは、人間として最優先で持たなければならない価値観である。これがないと、他人との良好な関係性を持てない。つまり、誰からも相手にされず、孤独になるということである。共感的関係性や全体最適性がないと、人間としての社会適応力を持てないということでもある。だから、読解力がない人間は、企業や組織に入っても適応力が乏しいから、低評価をされて窓際に追い込まれたり排除されたりするということである。不登校になったりひきこもりになったりするひとつの要因にもなりうる。日本の教育制度を見直して、全体最適や共感的関係性の教育に改革すべきなのである。読解力をあげるには、これしか方法がないのだ。

若者の自己肯定感が低いと批判するけど

元農林事務次官が息子を刺殺して、裁判で6年の懲役刑判決を受けた。この息子は自己肯定感が極めて低くいことが問題だったと報道されている。日本の若者は自己肯定感が極めて低いと批判されることが多い。自己肯定感というのは、自尊感情とも言われることもあるが、確かに日本人は自己肯定感がとても低いと感じる人は少なくない。そして、この自己肯定感が低いから、元農林事務次官の息子のように不登校・ひきこもりになりやすいと主張する教育関係者も少なくない。自己肯定感が低いと批判されるが、それは自己責任なのだろうか。

日本の学校教育に問題があり、自己肯定感を高めることが出来ないと言われている。常に行き過ぎた競争にさらされているし、出来たことを誉められるよりも出来ないことを徹底して否定されるからだと言われている。確かにそういう側面がない訳ではない。学校教育では、批判や否定されることが多いことから、自己肯定感が育ちにくい環境にある。しかし、それは仕方あるまい。受験戦争や就職戦線を勝ち残るためには、ある程度の競争に勝ち抜く精神力だって必要だ。ましてや、企業内の出世競争や社会競争に勝つための予備訓練でもある。

学校教育や社会教育に問題があるから、自己肯定感が育たないという考え方には同調できない。学校の教育にも少しは問題があるのかもしれないが、自己肯定感を育むのはやはり家庭教育ではなかろうか。というのは、自己肯定感や自尊感情というのは、あくまでも乳幼児期にその基礎が作られると考えられるからである。児童心理発達学において、子どもの基本的な認知や行動傾向というものは、3歳頃まで決定されると言われている。勿論、自尊感情や自己肯定感という大切な基本も、3歳から遅くても4歳までに育まれるのである。

『三つ子の魂百までも』という諺は昔からずっと言われ続けてきた。これは、多くの親の子育て経験から生まれてきたものであり、まったくその通りである。3歳までになんとしても作られるべきなのは、絶対的な自尊感情と自己肯定感であろう。そして、その自尊感情や自己肯定感は、母親が無条件の愛情をたっぷりと注げるかどうかにかかっている。あるがままに認め受け容れる豊かな母性愛を受けた子どもは、自己肯定感が育まれる。父性愛的な条件付きの愛を先に注がれてしまうと、自己肯定感が醸成されずに育ってしまう。

自己肯定感は、独りでに身につくものではないし、自分の努力でどうにかなるものではない。巷でよく言われるように、成長してから成功体験をいくら積んでも、高い評価を何度も受けたとしても、絶対的な自己肯定感を持つことはない。やはり、三歳くらいまでにありのままの自分全部を愛される経験がないと、自己肯定感が身に付くことはない。そして、この自己肯定感や自尊感情が豊かに育まれないと、愛着障害を起こすことも多い。愛着障害になると、大人になって突然メンタルを病んでしまうことも多いし、ひきこもりになるケースも少なくない。

自己肯定感を持つことは、自分の努力でどうにか出来るものではない。親が適切な子育てをすることで確立される基礎が作られるのである。父親が仕事とか何かの理由で子育てに参画できず、安定して父性愛を注ぐことが出来なくなると、母親が母性愛と父性愛の両方を子どもに注いでしまうケースが多々ある。この場合、「あなたを愛してるよ」と言う一方で、「こんなことをする子は大嫌いよ」と突き離すことを言ってしまいがちである。これはある意味ダブルバインド(二重拘束のコミュニケーション)であり、子どもは愛着障害になる。

相反する言葉で、子どもをダブルバインドで迷いや不安の状態にしてしまうと、愛着障害にさせてしまうと、自己肯定感が育つことがない。こうなると、主体性・自発性などが育たないばかりか、回避性の人格や依存性の人格を強く持ってしまう。新たなチャレンジをする勇気もなくなる。今の若者は自己肯定感がないと批判する中高年者がいるが、それはあなたたちに原因があるのだ。我が子に対する適切な愛情を注げなかったから、自尊感情や自己肯定感が育たなかったからである。自己肯定感は、自己責任ではないのである。

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発達障害は先天性ではないから治る

発達障害は遺伝によるもので、脳の器質的障害だから、症状を抑えることは可能だが、完治することはないというのが医学界の定説だった。ところが、最新の研究と臨床経験を積み重ねた結果、それが間違いだったということが判明されたのである。今まで発達障害は先天性のものだと明言してきた医師や研究者たちは、プライドがあるものだから、さすがに素直に認めたがらない。あくまでも遺伝的なものがあって、それが育児環境によって強化されてきたと言い訳めいたことを言っている。ところが、それもあり得ないことが解ったのだ。

医学者や研究者たちというのは、素直じゃないと言うのか謙虚さが足りないようだ。自分の間違いを認めたくないという思いは解るが、患者を不幸にしてしまう医学理論に固執するのはやめてほしい。適切なアプローチをすれば治る疾病なのに、先天性のものだからと患者と家族に治癒を諦めさせるのは、科学者としてあまりにも傲慢であろう。医薬品業界に何かと世話になっている医師たちは、薬効が期待できないということは間違っても言えない。ましてや、自分を育ててくれた教授たちが主張していることが間違いだなんて、言える訳がない。

そんな医学界で、勇気を奮って間違いを指摘した医師が存在する。それは、愛着障害やパーソナリティ障害の臨床において、多大な業績をあげている岡田尊司先生である。発達障害の治療でも多くの実績を積み重ねている。そして、その豊富な実績と経験を元に著したのが『死に至る病~愛着障害~』である。岡田先生は長い期間に渡り、医療少年院の青少年に対するケアに尽力されてきた。それで、彼らがどうして深刻なパーソナリティ障害を負っているのかに注目し、その症状が愛着障害からの二次症状なのだと突き止めたのである。

さらに発達障害の少年たちの養育者や家庭環境に注目したら、実に興味深い事実を見出したのである。発達障害児の育児に深刻な問題があったのだ。一見すると普通の家庭であるが、我が子に対して母親が異常な程に干渉したり支配したりするケースが多いと気づいたのである。さらには、あるがままの子をありのままに愛するのではなくて、良い子しか好きになれないとプレッシャーをかけ続ける親が多いことに注目した。そして、子どもの主体性や自主性を奪う育児だけでなく、親と子の愛着がとても歪んでいることに気付いたのだ。

発達障害の子どもたちには、愛着障害が根底に潜んでいたのである。そして、その発達障害児の親もまた、愛着障害を抱えていたというのだから驚きである。つまり、発達障害の症状を起こしている子どもとその親には、愛着障害があったのである。つまり、愛着障害は世代間連鎖していて、その愛着障害による二次症状として発達障害が起きていただけである。つまり遺伝的な要素はなく先天性とは言えず、後天性だということが解ったというのである。ということは、愛着障害さえ癒すことが出来たなら、発達障害の症状は治ってしまうということになる。今まで、先天性の発達障害は治らないと思っていた保護者には朗報と言える。

今まで、発達障害児を持った親に対して、育児に原因があったというと言うと、それでなくても責められている母親をさらに追い詰めることになるから、先天性のものだと言ったほうが良いと専門家は思っていた。しかし、それはかえって発達障害を持つ親に希望を失わせていたに違いない。親が愛着障害を抱えたのは、実は自分の親からの育児に問題があったからである。つまり、ある意味では親もまた犠牲者なのである。だから、世代間の負の連鎖を起こしていたのだから、当事者にも責任はないし、親を責めることは出来ないのである。

そして、発達障害の子どもの愛着障害を癒すことをしなくても、親の愛着障害を修復するだけで子どもの愛着障害が改善するという驚きのケアもありうる。つまり、親の愛着障害が癒されるだけで、子どもの発達障害の症状がやわらぐのである。今まで、発達障害は先天性のものだから治らないと思い込んでいた親たちは、希望が湧いてきたに違いない。勿論、親の愛着障害を治すには適切な『愛着アプローチ』が必要不可欠である。臨時的に安全と絆を保障してくれる『安全基地』の存在があれば、愛着障害は治るし、ほどよい応答をしてくれて共感性を持って接してくれるパートナーがあれば、必ず克服できるだろう。発達障害はもはや治らない病気ではないのである。

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児童虐待がなくならない原因

法務省が犯罪白書2019年版を公表したが、その中で児童虐待がとんでもなく急増している実態が明らかになった。18年の児童虐待関連の検挙人数は、1419人で過去最多の人数だった。2003年は242人だったから、15年で約6倍に増えたことになる。しかし、これはあくまでも検挙者数だから、実際に児童虐待をしている親は、おそらくこの100倍から1000倍は存在するに違いない。これだけ児童虐待が問題になり、厚労省や文科省で虐待防止の対策が取られているのに、まったく効果がないというのは、行政の無策を露呈した形だ。

児童虐待防止法が改正されて、ご近所や関係者からの通報が増えて、より虐待が顕在化するようになったという影響もあろうが、こんなにも虐待が多いというのが不思議でならない。時には、再婚した連れ子に対する虐待も見受けられるが、実子に対する虐待も多いというのはまったく理解できない。何故、こんなにも児童虐待が多いのかと言うと、我が子の育てにくさとか育て方が解らないという原因もあろうかと思われる。実際、我が子をどのように躾ていいのか解らないという親が多いことは、肌で感じている。

どうして子どもの育て方が解らないのか、または育てにくさを感じてしまうのかと言うと、それは自分自身がきちんとした育てられ方をされないで親になったからであろう。人間と言うのは模倣をしながら成長していく生き物である。経験や体験を通して学ぶ生き物である。したがって、適正な育てられ方をしなかったならば、正しい育児が出来る訳がないのである。自分は愛情を豊かに注がれて、健全に育ったと思いたいだろうが、実は不適切な育児により愛着障害を抱えて大人になり、そして親になってしまった人は意外と多い。そういう愛着障害の親が、児童虐待をしてしまうのである。

例え愛着障害があったとしても、ごく普通の社会生活は送れる。企業や行政に勤めたり、結婚生活も普通に送ったりすることが出来る。しかし、こと育児に関しては、愛着障害の親が子どもを健全に育てるということはとても難しくなる。さらに、夫婦生活においても微妙なすれ違いもあるし、夫婦仲はあまり良くない。ちょっとした諍いや喧嘩が絶えない夫婦生活になることが多い。それが育児にも影響を及ぼす。児童虐待が起きている家庭においては、夫婦やパートナーとの関係が実質的に破綻していることが多い。

傍目から見ると仲のよさそうな夫婦であっても、もはやお互いに対する敬愛がなくなっている夫婦は非常に多い。どちらか一方、または両方が愛着障害である夫婦は、互恵的共存関係が築けなくて、共依存になってしまうケースが多い。そして、お互いに支配し合おうとしてしまい、ダブルバインド(二重拘束のコミュニケーション)の状態に陥りやすい。こういう親は、子どもに対してもダブルバインドで支配して、それでも言うことを聞かない子どもには虐待をしてしまうのである。そして、子どももまた酷い愛着障害を抱えてしまうことになる。

愛着障害を抱えている親は、いつも育てにくさを感じている。自分が小さいころにダブルバインドで育てられてきたから、無条件の愛で子どもを包み込むということが出来ないのである。どうしても、言うことを聞かない子どもに対して、罰や暴力で従わせようとする。そして児童虐待に発展してしまうのである。こういう親に関係機関や警察がいくら指導監督をしたとしても、虐待は止まない。根底に愛着障害がある親は、この愛着が修復されない限り、児童虐待は繰り返されるのである。当人が躾だと思い込んでいるからである。

親から、ダブルバインドや過剰な干渉・介入を受けて育った子どもは、間違いなく愛着障害になってしまう。そして、育てられる時に暴言や暴力で支配されてきた子どもが親になると、我が子を虐待してしまうのである。この虐待の世代間連鎖を止める唯一の方法は、親子(祖父母と両親)に対する家族カウンセリングしかない。それも、オープンダイアローグを活用したミラノ型の家族療法しか、虐待をなくすことは出来ないであろう。オープンダイアローグ療法を駆使すれば、虐待もなくせるし、愛着障害も癒すことができる。

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過保護と依存が自立を阻むのか?

世の中には、子どもが自立できないと嘆いている親が、どれほど多くいるだろうか。そして、我が子が自立できない原因は、母親が過保護だからとか、甘やかし過ぎたせいだと、父親が母親を責めているケースが多い。確かに世の中の殆どの親は、子どもが親に依存しているから自立できないんだと思い込んでいる節がある。そうなってしまった原因は主に母親にあるんだと考えている人が多いが、それは完全な間違いである。子どもが自立できないのは、甘え切っていないからであり、保護が足りないからだし、十分に依存させてないからである。

依存しているから自立できていないというのはある意味正しいが、そうなってしまったのは依存が中途半端であったからなのである。現在、不登校やひきこもりの子どもが非常に多いが、これもまた過保護や依存が原因ではない。逆に保護が足りなかったからであり、甘えが不十分だったから起きていると考えたほうが合理的と言えよう。世の中の殆どの人が勘違いしているのだが、過保護はまったく問題なく、問題なのは過干渉や過介入なのである。あまりにも子どもを支配して制御し過ぎた為に、自立が出来ないのである。

動物の赤ちゃんをよく観察いると、いかに動物が過保護であるかということが解る。獅子は千尋の谷に我が子を突き落とすと言われているが、あれはまったくの虚構である。実際にライオンは過保護と言われるほど子どもの面倒を見る。そして、狩りの仕方も自分で見せて覚えさすのだ。模倣する対象があって初めて、動物は学ぶことができる。そして、独り立ちできるほどに肉体の成長と経験を積ませれば、動物は独りでに自立して巣立ちする。ところが、幼いうちに母親を失ってしまい保護されずに育った動物は、自立できないのである。

人間もまた、保護されることなく十分に依存できずに大きくなると、自立できなくて巣立ちを迎えることが出来なくなってしまう。そして、最悪のケースでは不登校になってしまうし、ひきこもりになることも少なくない。または、就職してから休職をしたり離職したりを繰り返すことが多い。社会に適応することが出来なくなってしまうのだ。何故かと言うと、幼児期に保護者に甘えて甘えて甘え切っておかないと、愛着障害を起こす可能性が高いからだ。根底に愛着障害があると、不安や恐怖感から大きな生きづらさを抱えてしまうことが多い。

子どもから大人に発達して自立していく過程において、通常は先ずは『自我』が芽生えて、それから自我を乗り越えて『自己』が確立される。自我が正常に発達しないと、自己の確立は難しい。自己を確立してこそ、人間として自立したと言える。ところが、最近の子どもたちは自我が芽生えずに大人になってしまうことが少なくない。いわゆる反抗期がないのである。あったとしても、反抗期に親から徹底して押さえつけられてしまい、正常な自我が芽生えないで成長してしまうケースが多いのである。過干渉を受けて育った子どもである。

子どもが正常に自我を芽生えさせるには、安心して反抗・反発できる養育環境が必要である。ところが、過干渉や過介入を繰り返されたり、『ダブルバインド』のコミュニケーションを受けたりして育てられると、正常な自我が育たないばかりか愛着障害を起こしてしまう。ダブルバインドとは、日本語では二重拘束のコミュニケーションと訳される。親が子に一方では愛してるよと言いながら、お前のことなんか嫌いだから出ていけと言うような真逆の声掛けをする子育てである。子どもは迷ってしまい、親に心から甘えることが出来ない。

それでは、何故母親は子どもに十分な無条件の愛(母性愛)を注ぎ続けられないかというと、父親が子育てにあまり関わらないからである。この場合、母親が父親の役割までも兼務するので、子どもはダブルバインドの養育を受けてしまう。または、父親が条件付きの愛(父性愛)をあまりにも強く子どもに施すケースもある。そして、母親が保護したり依存したりすることを許さない。こういうケースでは間違いなく、子どもが自我を発揮できないし、愛着障害を起こしてしまう。当然、自己の確立も難しいし、自立できないから生きづらさを抱えて、ひきこもりや不登校になってしまうのである。過保護と依存を十分にさせて子育てすべきである。

迷走神経の暴走で不登校を起こす

不登校が益々増えている。それも低年齢化していて、小学生や幼稚園から不登校になっている子どもが増えているのである。文科省が発表している不登校の数字は、あまり増えていないが、事実は違う。保健室登校は不登校にカウントしていないし、10分でも学校に行けば、長い時間の遅刻や早退であっても不登校とはならないのである。ましてや、文科省も不登校を異常とはしないという方針に転換し、不登校を認めなさいという馬鹿な教育評論家の意見を鵜呑みにした保護者も不登校を放置しているのだから、始末に負えない。

不登校の原因は、いじめ、不適切指導、成績不良、当事者の発達障害や愛着障害、メンタル障害など多岐に渡っている。しかし、これは不登校のきっかけではあっても、真の原因ではない。不登校が起きるのは、闘うことも出来ず逃げることもかなわないような体験がトラウマ化したことによる迷走神経の暴走からである。そして、そういう迷走神経の暴走(遮断)が起きる根底には『愛着障害』があり、安全と絆が保証されていないという問題が存在する。この安全と絆が保証されていない子どもが不登校という選択しか出来なくなるのだ。

今までの自律神経の考え方では、理解できないことである。まず、迷走神経という語句について詳しく説明したい。自律神経には交感神経と副交感神経があって、その両方の神経を調整しながら我々が生きているというのは理解していることだろう。副交感神経のうち、約8割が迷走神経であることを知っている人は少ない。しかも、迷走神経には2つあって、腹側迷走神経と背側迷走神経があるということを知っているのは、医療の専門家であってもごく僅かである。さらに、その腹側迷走神経と背側迷走神経が正反対の働きをするということは、まったく知らないことであろう。

1994年に初めて米国の医学会で発表されたポリヴェーガル理論は、またたく間に米国の神経学や生理学の世界に広まった。しかしながら、こと医学界においてはなかなか認知されることはなかったようである。ましてや、日本の医学界においては、まったく興味を示されず、2015年に至ってようやくポージェス博士の論文が本になって出版されたのである。それでも、このポージェス博士のポリヴェーガル理論に日本の医学関係者が興味を示すことさえなかったのである。何故ならば、このポリヴェーガル理論を認識したら、今まで自分たちが実施してきた医学的アプローチが否定されるからである。

人間が多大なストレスやプレッシャーを受けると、副交感神経の働きが抑えられ、交感神経の働きが優位になり、ストレスなどと闘うかまたは逃げるかの選択をすることになる。さらに、逃げることも出来ず闘うことも出来ない体験をしてしまうと、その受けた体験がトラウマ化してしまうのである。そうすると、腹側迷走神経の働きが停止して、交感神経でも対処できず、腹側迷走神経のスイッチが入り、心身の遮断(シャットダウン)が起きるのである。このシャットダウンは、凍り付き・解離・フリーズとも言われ、恐ろしさのあまり、正常な判断が出来ないばかりか、身体と心がまったく動かなくなるのである。

このシャットダウンによって、普段の生活は何とか出来るものの、働くことも勉強することも出来ず、何らかの行動をすることさえも億劫になる。大人はひきこもりになるしかなく、子どもは不登校になるのである。このシャットダウンは、根底に『安全と絆』がないために起きた愛着障害から発生している。したがって、不登校の子どもに絶対的な安全と絆を提供して、不安から脱却させれば愛着障害は癒される。安全と絆を求める子どもに対して、保護者が安全基地としての役割を果たせるようになれば、愛着は修復され不登校も乗り越えられる。

ところが、保護者からの当事者に対する言葉や態度だけでシャットダウンが解けるほど、そんな単純なものではない。シャットダウンは心身共に起きているし、HSP(神経学的過敏人間)もあるし、顎関節症、原因不明の痛みやしびれ、パニック障害、PTSDなどの身体症状もあるから、カウンセリングやセラピーでは治らない。唯一、音楽療法、運動療法、ボディーケア(ボディーワーク)などの統合的ケアしか効果がないことを実際に経験している。不登校の子どもに安全と絆を実感してもらうには、保護者によるボディーケアがとても有効である。それが、迷走神経の暴走から抜け出せて、不登校を克服する唯一の方法と言える。

※不登校という状況から抜け出せなくてもがき苦しんでいる当事者、そしてそのご家族の方への相談に応じています。いろんなカウンセラーやセラピストに相談しても効果がなかったのは、迷走神経が関係しているからです。そのシステムと発生メカニズムについて詳しくご説明申し上げますし、不登校から抜け出る方法についてもお伝えします。問い合わせフォームからご相談ください。

発達障害ではないかもしれない

少し他の子どもと違う言動を繰り返したりして、どうしても扱いにくいと感じる子どもを、学校現場や保育施設では、「あの子発達障害じゃない」と言って色眼鏡で見る傾向がある。そして、幼稚園や学校の教諭たちはこの子たちを厄介者扱いにして、親に専門医の受診を勧めたがる。発達障害という概念が社会に普及していないに時期は、そんなことを保護者に言えば反発されていたが、今は素直に専門医を受診することが多い。そうすると、精神科の専門医は、問診検査等で発達障害だと診断し、投薬治療を始めることになる。

ところが、投薬治療で多動や注意欠陥などの症状が和らぐことが一部で見られることもあるが、まったく効果がない子どもが多い。ましてや、投薬によって効果が見られた子どもでも、徐々に効果がなくなることが多い。ましてや、子どもだから嫌がって飲まない日が続くことがあるが、不思議と一向に症状は悪化せず変わらないことが多いのである。果たしてこの薬は効いているのか効いていないのか半信半疑になっている親たちは、想像以上に多いのではないだろうか。私が関わっている子どもや親たちは、薬に期待していないケースが多い。

何故、薬が効かないということが多いのかというと、ドーパミンやノルアドレナリンの不足によって起きている発達障害ではないのかもしれない。オキシトシンホルモンの分泌不足による愛着障害によって、発達障害のような症状を呈していると考えると、すべての疑問が解ける。それに、この発達障害治療薬の副作用欄を見れば驚くだろうが、とんでもない副作用がこれでもかと羅列されている。こんな危険な薬を認可する厚労省も酷いが、安易に処方をする医師もどうかと思う。ましてや、発達障害だと診断された子どもが実はそうではないのだから、薬が効かないのも当然である。

一時的に発達障害の薬が効いたように医師と親は思ってしまうが、実はそうではなくて発達障害という診断が下されて、親がある意味安心すると共に、子どもへの親や教師の対応が変化したから症状が一時的に和らいだだけだと思われる。本当は愛着障害なのであるから、傷ついた愛着や不安定な愛着が修復されなければ、その一見すると発達障害のような症状がなくなることはないと思われる。愛着障害は医学的アプローチで寛解することはない。あくまでも適切な愛着アプローチでしか、症状が和らぐことはないと言われている。

発達障害という診断が出て、先生からの指示があり、これは病気なのだから、親は子どもに傾聴と共感的対応をするのですよと諭される。ところが、困ったことに子どもが愛着障害の場合は親にも問題が存在するのである。つまり、親の愛着もまた傷つき不安定になっているのである。それ故に、保護者特に母親の精神が安定しないし、いつも不安や恐怖感を抱えていることが多い。したがって、子どもにいつも優しく接しなさい、子どもの気持ちに寄り添いなさい、子どもを見守ってあげるような態度をとりなさいと言われても、意識した時はできるが、そういう態度は持続しないのである。

発達障害という診断が果たして正しいのかどうかを一度疑ってみることも必要なのではないかと考えられる。もしかすると愛着障害によって発達障害のような症状を呈しているかもしれないのである。発達障害の薬を投与し続けても、あまり効果が見られない場合は、愛着障害を疑ってもよいだろう。もし、愛着障害ならば適切な愛着アプローチという手法で治療すれば、発達障害のような症状も和らいでくる。ただし、愛着アプローチ効果を発揮するには、子どもにとって安全基地という存在が必要になる。通常は親が安全基地となる。

人間には「安全基地」という存在が必要である。愛着障害の子どもには安全基地が機能していない。自分が愛着障害を抱えている母親は、子どもの安全基地になれないのである。そして、母親にも絶対的な安全基地が存在しないである。祖母もまた安全基地を持たず愛着障害になっている。さらに、夫である父親が仕事に逃げ込んでいて育児を母親任せにしていれば、妻の安全基地になれていない。愛着障害の子どもを癒して愛着を修復できるのは、精神が常に安定して健全な愛着を持つ親だけである。それ故に、まずは母親が安全基地となれるように、第三者による愛着アプローチの支援が必要となる。

※我が子が発達障害的な症状があったとしても、もしかすると愛着障害によるものかもしれないと思われた方は、一度イスキアの郷しらかわにご相談ください。愛着障害を乗り越える愛着アプローチの学びを提供しています。問い合わせのフォームにはLINEのQRコードが張り付けてあります。問い合わせフォームから送信すれば、こちらの連絡先もお伝えするメールを返信します。

引き出し屋(ひきこもり支援業者)は危険

ひきこもりを無理やり社会復帰させるビジネスが横行している。昔、〇〇ヨットスクールとかいうスパルタ式の矯正施設が話題になったことがあるが、これに近いような社会復帰施設があるらしい。ひきこもりの人たちを社会復帰させるので、引き出し屋とか引き出し業者と呼ばれているという。なんともすごい名称である。しかし、実際のインターネット上では、〇〇自立支援センターとかいかにも公的な名称を名乗り、ソフトな印象を与えている。ウェブサイトを見た保護者が藁にもすがる思いで、社会復帰支援の契約をしているらしい。

引き出し屋のウェブサイトを見てみると、実にうまくできている。ひきこもり当事者だけでなく、親たち保護者が見たら期待を抱かせる内容になっている。心理的ケアも充実しているし、職能訓練もしてくれる。さらには、就労支援のための職場訓練もさせてくれる。そして、社会復帰成功率が8割とか9割と謳っている。誰でも飛びつきたくなる。特に、ひきこもりの当事者よりも、保護者が期待してしまうのは当然である。当事者がたとえ施設利用を希望しなくても、親が無理にでも子どもに引き出し屋を利用させたくなる内容だ。

この引き出し屋と呼ばれる一部の業者が、ひきこもりの当事者や保護者から訴えを起こされているという。本人の同意もなくて、あまりにも強引な方法で無理やり施設に入所させて、人権を無視したような拘束までしていると訴訟を起こされている。保護者からは、暴利をむさぼるような利用料を取っていながら効果がまったくないと、料金返還の訴えをされている。なにしろ、6ケ月間の利用で500万円を超す料金設定になっているというからものすごい。一時的とはいえ社会復帰を果たしているという実績があるから、相当に強気なのだろう。

8割から9割もの利用者が社会復帰を実現しているというから、すごい実績だと感心する人も多いだろうが、果たして本当にそんなことが起きるのだろうか。社会復帰した人たちが、その後にどうなったかという記述はウェブサイトでは見られない。あくまでも想像でしかないが、完全復帰してその後何も問題なく社会生活を送れた人は極めて少ないような気がする。職場での人間関係のトラブルが起きたり、心身の不調を来したりして、再度ひきこもるような事態になっていると思われる。さらに深刻な心身の不調で苦しむ人も少なくないだろう。

どうしてそんな事態になってしまうかというと、ひきこもりになる根本的な原因が解決されていないからである。引き出し屋で実施するのは、本人へのカウンセリングやセラピー、認知行動療法などの心理療法などと職能訓練である。または、生きがい療法なども取り入れているらしい。しかし、ひきこもりになってしまったそもそもの原因を特定していないし、その原因を何ら解決していないのである。逆に、原因となった親との愛着における不安定さや傷つきを、さらに悪化させるという誤謬を犯しているように感じる。これでは、ひきこもりの完全解決を実現するのは難しいに違いない。

子どもがひきこもりになっている根本的な原因は、親との健全な愛着が構築されていないからである。つまり、子どもが全幅の信頼を親に寄せていて、両親からの豊かな母性愛と父性愛を注がれていれば、深くて安定した愛着が結ばれるので、子どもはひきこもりや不登校にはならない。両親夫婦の関係性が良くなかったり、母親の愛着が不安定とか傷ついていたりすると、親子の正常な愛着が上手く結べないことがある。そうすると、子どもの愛着も不安定化したり傷ついたものになったりする。したがって愛着障害を癒すには、当事者だけでなくて親への愛着アプローチが必要なのである。そういう親への支援をする業者は少ないみたいである。

子どもの意思を無視して、無理やり施設に入所させるというような乱暴なことをすれば、親子の愛着はさらに傷つく。親が自分の責任を放棄して他人に子どもを預けて、自分はまったく変わろうとしないというのは、育児放棄に等しいと思う。ひきこもりは親子の愛着の不安定に原因があるだから、変わらなければならないのは本人だけでない。親も一緒に変わる必要がある。だからこそ、親子への愛着アプローチが必要なのであるし、引き出し屋にすべてを委ねてしまうのは危険だと言わざるを得ない。引き出し屋に子どもを預ける前に、もう一度よく調査してからにしてほしい。親への支援もする引き出し屋なのかどうかを。

※イスキアの郷しらかわでは、ひきこもりの社会復帰支援をしていますが、当事者だけでなく保護者に対するサポートも同時に実施しています。そのほうが、ひきこもりを乗り越えることが確実に可能になるからです。問い合わせから一度ご相談なさってみてください。電話相談やメール相談も無料で実施しています。

 

家族愛と絆が問題の根源である

あなたの家庭は深い愛と強い絆で結ばれていますか?と問われて、充分に家族愛で満たされて絆が強いですと、胸を張って答えることができる家庭はどれほどあるだろうか。家族の中で、父親だけは絆があると答えるケースがあるかもしれない。しかし、母親と子どもは我が家に強い家族の絆がないと答えるのではなかろうか。現代の家庭環境においては、溢れるほどの家族愛で満たされて強い絆で結ばれた家庭は、殆どなくなってしまったのではないだろうか。それほど、家族の絆は希薄化し劣悪化してしまったと思われる。

家族の絆が薄くなってしまうと、いろんな問題が起きる。家族の関係性が薄くなくなると、お互いに支えあう関係もなくなり、家族はバラバラの状態になってしまう。そうなると、夫婦はもちろん親子の信頼関係もなくなり、家庭崩壊または機能不全家族になるケースもある。家族の絆が希薄化してしまった家族は、やがて大きな問題を抱えることになる。不登校、ニート、ひきこもり、家庭内暴力、様々な依存症(アルコール、薬物、ギャンブル、買い物、ゲーム)メンタル疾患、メンタル障害、離婚などが起きてしまうことになる。

家族愛が豊かにあれば、家族相互間に豊かな愛着が育つ。家族愛がなくなってしまうと、愛着が不安定になり傷つき、やがて愛着障害を起こす。この愛着障害は世代間連鎖を起こすから、祖父母から父母に、そして父母から子へと引き継がれていく。愛着障害の子はやがて、うつ病や双極性障害などの気分障害、発達障害、パーソナリティ障害、強迫性障害、摂食障害、妄想性障害、依存症などを発症する。強烈な生きづらさを抱えるが故に、社会への不適応も起こしてしまう。だからこそ、家族愛がなによりも大切だということである。

どうして家族愛が不足しているのだろうか。豊かで正常な家族愛がなくなってしまった原因は何かというと、家族間において互恵的共存関係が薄らいでしまったからだと思われる。家族の間で愛を分かち与え合うのでなくて、愛を求め合う関係になっていると思われる。本来は、家族どうしがお互いの考え方や生き方を尊重し合い、家族お互いの心の豊かさや幸福の実現を願い、そのために自分が犠牲になっても良いという覚悟で向き合う必要がある。ところが、反対に自分が愛されたい、幸せになりたいと思ってしまう傾向が強い。これでは正常な家族愛が育つ筈がない。

とかく人間というのは、相手の考え方や生き方を自分の価値観に合わせたいと思うものである。周りの人が自分と同じような考え方や言動であれば、ストレスなく生きられるからである。家族であるからこそ、余計にそう思ってしまうものらしい。そして、親というのはついつい子どもを見下してしまい、自分の支配下に置きたがるものである。または、夫は妻を自分の所有物のように勘違いしてしまう傾向がある。妻や子の尊厳を認め、その考え方や生き方に対して介入することや余計な干渉をすることなく、そっと見守るような態度を父親はとるべきである。ところが、実際には妻や子を支配し制御したがる父親が多いのである。

本来のあるべき家族愛を高めるには、相手が主体性、自主性、自発性、能動性、責任性などを育めるように、共感的メンタライジング能力を発揮して寄り添う必要がある。それなのに、まるっきり正反対の対応を家族にすれば、家族愛は育つ筈がない。ましてや、父親とは家族全体の幸福や豊かさを実現するために、自分の犠牲を厭わない態度が求められる。さらに家族全体の安全基地としての機能を発揮するべきである。そうじゃないと、家族は精神的な拠り所を失い、不安になって生きる勇気を持ちえない。妻は、安心して母性愛を子どもに注げなくなるのである。

現代日本の父親の多くは、家庭を顧みず仕事に没頭し過ぎてしまい、家族の拠り所(安全基地)になりえていない。妻や子どもが主体性や自発性などを発揮できるように、共感的互恵関係を確立して豊かな家族愛を注ぐべきなのに、逆に介入や干渉をし過ぎて妻や子の自己組織化を阻害してしまっている。これでは、豊かな家族愛が育まれる筈がない。家族間の互恵的関係性が希薄化して、家族愛が失われてしまったから、家庭内の様々な問題が顕在化してしまったのである。家族を大切に思い、お互いの尊厳を認め合い、家族愛を高め合うようなライフスタイルを確立したいものである。

8050問題を解決する方法

8050問題が、マスメディアで盛んに取り上げられたこともあり、注目されている。川崎市登戸無差別殺傷事件や元農水省事務次官の長男殺人事件が、ひきこもり関連で起きたことから、中高年のひきこもりが話題になったと思われる。80代の高齢者が50代の中高年ひきこもりを養育しているという家庭が急増しているという。内閣府の調査で40歳~64歳のひきこもりが61万人もいることが判明した。15歳~39歳のそれは54万人で、ひきこもりの実に6割が中高年だということになる。これは将来においても、由々しき大問題である。

中高年のひきこもりの子どもを抱えている親たちは、ひきこもりだと認めたがらない。当事者自身もひきこもりだと認識していないことも多い。したがって、内閣府によるひきこもりの調査に、ひきこもりの多くはカウントされていないと思われる。おそらく、調査で明らかにされた数の約2倍の200万人がひきこもっているのではないかとみられている。仕事をしていない訳だから、健康保険と年金にも加入していないし、収入もなくて親に養われている。親が高齢になり老齢年金しか収入がなくなると、生活困窮家庭となってしまう。

8050問題を放置して解決しなければ、健康保険制度や年金制度が破綻しかねない。ひきこもりを続けている人たちは、生活保護を受給するようになり、国家財政をひっ迫させる恐れもある。働かないで公的扶助を受ける人が多くなれば、日本経済は低迷するかもしれない。日本の経済的損失は、多大なものになる。ひきこもりも50歳という年代になると、ひきこもりを解決しようとせず諦める。ひきこもりになる原因が親子の愛着に問題があるのだから、親があまりにも高齢になると親子の愛着を再構築することが不可能になるのだ。

だからこそ、ひきこもりの親子が8050にならないうちに、愛着障害を解決してひきこもりを乗り越えなければならないのである。ひきこもりになっている子どもは愛着障害であるが、その親もまた愛着が傷ついているので、親子共に傷ついた愛着を癒す必要があるのだ。しかも、ひきこもり当事者の愛着障害を癒すためには、その親の不安定な愛着を安定したものに変えることが、一番効果があると言われている。となると、親が80代になってしまうと不安定な愛着を安定した愛着に変えることが非常に難しくなってしまうのである。

ひきこもりになっている親の傷ついている愛着をどのように癒すのかというと、それは愛着アプローチという方法が取られることが多い。この愛着アプローチという方法をとる場合、父親よりも母親のほうが有効になるケースが圧倒的に多い。男性というのは、考え方に柔軟性がなくて、謙虚さや素直さがない人が多いせいかもしれない。そういう意味では、女性は考え方に柔軟さがあるうえに、謙虚さもあるし素直な気持ちなので、愛着アプローチを受け容れやすいのだろう。特に年齢を重ねているせいもあるが、男性は頑固で人の話を聞かないから、支援が難しいと言える。

さて、この愛着アプローチによって傷ついた愛着を癒すのであるが、この愛着アプローチ療法を施すセラピストのメンタライジング能力が問われる。つまり、メンターとしての資質が必要とされるのである。そして、カウンセラーやセラピストというのは、不思議と自分も傷ついた愛着を抱えながら大人になっていることが多い。そして、その不安定な愛着を乗り越えたセラピストが優秀なメンターとなれるのである。傷ついた愛着を癒すことが出来るメンタライジング能力も高いが、自分も辛い経験をしたことから共感力が非常に高いのである。

ひきこもりをしている当事者に対して愛着アプローチができるケースは、残念ながら極めて少ない。ひきこもり当事者と親を含めたオープンダイアローグによる愛着アプローチが、とても有効だと思われるが、ひきこもり当事者が拒否する例が多い。ひきこもりの母親への愛着アプローチが、何故効果があるかというとこういう理由からだ。ひきこもりで苦しんでいる我が子を何とかしようとして、母親は孤軍奮闘している。そして、なかなかひきこもりが解決できずに、孤独感と絶望感に打ちひしがれている。そして、母親にとっての安全基地が存在せず、不安感や恐怖感がマックスになっている。その母親に適切な愛着アプローチをして、安全基地としての機能を発揮してくれる人物がいてくれたら、母親の気持ちは安心するし、愛着が安定する。そうすると、自分自身が我が子の安全基地としての機能を持てて、子どもの傷ついた愛着を癒せるし、やがてひきこもりから抜け出せるようになるのだ。

※「イスキアの郷しらかわ」では、ひきこもりの子どもを持つ母親のサポートをしています。我が子に対する愛着アプローチの仕方、またはメンタライジング能力を高める研修をしています。母親が我が子の安全基地としてなれるような支援をすると共に、安全基地としての機能をイスキアとして発揮させてもらいます。まずは、問い合わせフォームからご相談ください。