摂食障害を乗り越える

摂食障害に苦しんでいる人たちは、世間で想像している以上に多い。何故ならば、当事者は勿論のこと保護者も内密にしているので、文科省や厚労省はその実数が掴めていないからである。児童生徒の時から摂食障害の辛い症状が始まる場合もあるし、青年期に起きるケースもある。いずれにしても、圧倒的に青少年の時期に摂食障害が始まることが多い。摂食障害の症状は、過食、拒食、そして過食の後に嘔吐するという特徴的な状態が続くのである。最初は拒食から始まることが多く、その後過食の症状になり、拒食と過食を繰り返し、最後は過食後に吐くという症状を長く続けるケースが多いと言われている。

摂食障害は病気ではないと思っている人が多い。だから、治療も受けず当事者と家族は苦しみ続けている。確かに厳密に言うと病気ではないが、メンタル障害であるのは間違いない。心療内科などのクリニックに通院している人もいるし、重症の場合は極端な栄養障害に陥り、入院するケースもある。投薬治療も行われるが、あまり効果は期待できない。劇的に症状が改善する場合もあるが、治癒することなく長い期間に渡り摂食障害の症状で苦しんでいる人が多い。20年以上の長きに渡り摂食障害で苦しんでいる人も少なくない。

摂食障害が治りにくいのは、そのはっきりした原因が掴めていないからである。これだけ医療や精神医学が発達しているのに、まだ摂食障害の原因は謎の部分が多い。例え原因が特定されても、その原因を解消することが極めて難しいというケースが多い。つまり、摂食障害というのは難治性の症状だと言えよう。摂食障害の症状が起きるのは、脳の神経伝達回路の異常ではないかと考えられている。それでは、この神経伝達回路異常が起きるそもそもの原因は何かと言うと、完全には解明されていない。だから治りにくいのである。

摂食障害の症状が現れる子どもや若者に共通していることがある。それは、とても生きづらい生活を送っているという点である。その生きづらい生活というのは、言い換えると愛に飢えているということが言える。つまり、溢れる愛によって満たされていて、人生を楽しんでいるような子どもや若者は、摂食障害の症状が起きにくいということである。また、必要以上に無理したり我慢したりしている子どもや若者も摂食障害になりやすい。あるがままというか、自然体で生きているような人は摂食障害になりにくいのである。

すべてがあてはまるという訳ではないが、摂食障害を起こすのは、どちらかというと『良い子』である子どもが多い。無邪気でやんちゃで、自分の思いを親に素直にぶつけるような子どもは摂食障害になりにくい。手がかからず、親には一切反抗せず、親の機嫌を損なわないようにおとなしくしていて、我慢強くわがままを言わないような子どもが摂食障害を起こしやすい。そして、親からいつも「早くしなさい」「こうしないと駄目よ」「こうしたいんでしょ、こう言いたいんでしょ」と言動を先取りされて育った子どもが多い。さらに、自尊感情が育っていなくて、自己否定感が強い子どもというのが特徴である。

摂食障害という症状が起きるのは、心が不安でいっぱいになり恐怖が次から次へと押し寄せて、このままだと心が壊れてしまうのではないかという時に起きることが多いらしい。つまり、心が壊れてしまうのを防ぐのに、摂食障害という辛い症状を起こして防いでいるかのようである。心のバランスが崩れていくのを防衛するかのような不思議な働きと言えよう。だから、治りにくいのである。つまり、この崩れそうな心のバランスを正常に戻さないと治らないし、不安や恐怖感を収めないと完治しない。さらに、自己否定感情を払拭して、自尊感情を高めないと摂食障害の症状は収まらないのである。

脳摂食障害を治すのは、当事者の努力だけではなしえない。やはり、経験豊かで優秀なカウンセラーやセラピストの助けが必要だと思われる。そして、こういう摂食障害を乗り越えるには、家族も変わらなければならない。何故かと言うと、家族との関係性にこそ摂食障害が起きた原因が隠れているからである。何も親の子育てに問題があったという訳ではない。あくまでも、親子の関係性や両親夫婦の関係性にこそ、摂食障害を発症した原因があるということだ。という意味で、ミラノ型の家族療法である『オープンダイアローグ』が効果を発揮すると思われる。ご両親と当事者を含めたオープンダイアローグ療法が、家族の関係性における課題に気付かせ、自ら変わり関係性を修復することにより摂食障害を乗り越えることが出来よう。

※イスキアの郷しらかわでは、摂食障害の症状の克服に、オープンダイアローグを駆使しての対応をしています。出来る事なら親子一緒にオープンダイアローグを体験していただくのが最適です。家族療法というと、親が批判されたり子育ての拙さを指摘されたりするのではないかと危惧される方が多いと思います。しかし、オープンダイアローグは特定の誰かに原因や責任を押し付けることはしません。安心して、問い合わせをしてください。

自ら命を断つ前にすること

自殺をする人は、やや少なくなったとはいえ、年間3万人弱の数に上っている。しかしながら、実際は自殺者の数は3万人弱だけではない。この数は、あくまでも遺書を残していて、明らかに自殺としか思えないと確定した人数である。ましてや、自殺行為をしてから24時間以内に亡くなった人だけがカウントされていて、2日目以降に亡くなった人はこの人数に含まれない。また、発作的に電車に飛び込んでしまった方は事故死として処理され、自殺者としてはカウントされない。実際の自殺者数はこの倍以上に上ると推測される。

どうして政府は実際の自殺者を少なく見せているのかというと、これだけ多い自殺者を救う手立てをしていないのではないかと非難されるのを避けているからである。その証拠に、自殺者数が3万人を下回るようになったのは、厚労省や警察庁が自殺防止対策を講じたからだと自画自賛している。他の先進諸国と比較しても、こんなにも異常に多い自殺者を出している国はない。自殺をする人を救えない、無策な厚労省と言われても仕方ないであろう。自殺予防の対策をしているとは言いながら、効果を上げていないのは事実である。

自殺をする方をどうにかして救えないものであろうか。「こころの健康相談ダイアル」という自殺願望者の方が電話相談をするセンターがある。これは、あくまでも電話の相談だけであり、リアルに会ってカウンセリングをしてくれる訳ではなく、医療機関などを紹介されることが多い。『自殺サイト』と呼ばれる、自殺願望者や自殺に興味のある方が集うサイトがある。この自殺サイトは、自殺を思い止まらせてくれないばかりか、適切な自殺の方法を教えたり、背中を押したりするような不適切行為をする処もある。

自殺願望者を救ってくれるような処は、医療機関やカウンセラーしかなさそうである。自殺願望者を救うという高度な知識や技能というのは、専門家しか出来ないと思われている。しかしながら、自殺願望の方を思い止まらせてくれる民間の施設がある。佐藤初女さんが主宰していた『森のイスキア』という青森県の弘前にある宿泊施設である。この世に絶望してしまい、生きていても仕方ないと思い込み、自殺をしようと思っている方が、最後に訪れる施設である。この施設を訪れて、佐藤初女さんの温かいおもてなしを受けると自殺を思い止まるのである。

佐藤初女さんは、特別なカウンセリングやセラピーを実施する訳ではない。ただ、黙ってこの世に絶望した人の話を聞くだけである。けっして否定せず、ただ共感するだけである。じっと話を聞いて寄り添うのである。そして、佐藤初女さんの心尽くしの手料理を食べて、何日か宿泊すると元気になって社会に戻って行けるようになる。しかしながら、その佐藤初女さんは、2016年の2月に還らぬ人になってしまわれた。その後、この世に絶望してしまった人を救う『森のイスキア』の扉が二度と開かれることはなくなってしまった。

この佐藤初女さんの森のイスキアのような施設は、全国を探しても他にはない。佐藤初女さんのように偉大な方は、もう2度と現れないに違いない。日本のマザーテレサと呼ばれて、多くの方から慕われていたのだから、後を継げるような人はいないだろう。しかしながら、自殺をしようとしている方々を救う場所は必要である。例え佐藤初女さんには遠く及ばないとしても、10分の1でも100分の1でも佐藤初女さんに近づきたいと、森のイスキアと同じような施設を開設した。それが、福島県の塙町という田舎に開設した『イスキアの郷しらかわ』である。

この世に絶望してしまい、自らの命を断ってしまうしかないと思っていらっしゃる方がいたとしたら、もう一度思い止まって考えてほしい。自殺をするという決意は固いとしても、最後に『イスキアの郷しらかわ』で最後の時間を過ごしてみてからでも遅くはない。自殺をするにしても、最後の数日をイスキアの郷しらかわで愛情の籠った心尽くしの食事を食べて、自分を苦しめている悩み苦しみを一度手離して、もう一度生きる意味を考えてみてはどうだろうか。イスキアの郷しらかわでは、何も聞かず問い質すこともせず、けっして否定せず、何も強いるようなことはしない。ただそっと寄り添うだけであり、傾聴し共感するだけである。もう一度だけ、自分の悩み苦しみを話してみてはどうだろうか。

※イスキアの郷しらかわは、もう生きていても仕方ない、生きる希望もない、自分なんか生きる価値もない、死んでしまうしか他に方法がないと思っていらっしゃる方を受け入れています。もしかすると何かしらこの社会に生きる意味や、自分に課せられた使命に気付くことができるかもしれません。一縷の望みでもなんでもいいから、もう一度だけ数日だけでもイスキアで過ごしてからにしようと思ってくれたら有難いことです。下記の問い合わせフォームから、まずはご相談ください。

48グループ内の競争は自己破滅を生む

NGT48メンバーの一人がファンから暴行を受けた事件では、グループ内の確執から発生したのではないかとの憶測が流れている。当初、熱烈なファンが思い余って起こした単純なストーカー的事件と見られていたが、暴行を起こした男性は他のメンバーと深い関係にあり、暴行を受けたメンバーのファンではなかったと報道されている。暴行を受けたメンバーが、グループ内のメンバーの風紀が乱れていると運営者側に密告した報復として、密告されたメンバーが暴行を指示したのではと疑われているという。48グループ内での確執や不仲による影響が、こんな形で現れるのは異例である。

この事件が起きたメンバーどうしの確執や不仲は、NGT48だけに起きているのかというと、けっしてそうではないだろう。このNGT48を運営する会社のマネジメントが不十分だったから起きたのではなく、抑えきれなかったというか、隠しきれなかったというべきだろう。他の48グループでも、不仲や確執はあるに違いない。それらが明らかになっていないだけである。情報統制やメンバーの統制が効いているから、表に出ないだけであり、メンバーどうしがお互いに快く思っていないことが実際にあるのは当たり前だ。

何故、NGT48グループだけでなく他の48グループにもそんな確執や不仲など関係性の悪化があるのかというと、メンバーどうしを競争させているからである。その競争も、中途半端なものではなくて、自分のタレント人生を賭けた過酷な争いなのである。その競争に勝ち抜いたものだけがトップスターになれるが、負けた者はタレント人生が終焉を迎えるという残酷なステージで踊らされるのである。この競争は、世間の話題になるしマスコミが取り上げるので人気を博する。しかし、メンバーたちは神経をすり減らし、心を病んでしまうぐらい自分自身を痛めつけられている。

いくら本人たちが望んでいると言っても、うら若き少女たちを競争させて人気を盛り上げ、CDやコンサートの売り上げ増を実現させて、それを金儲けの手段にするなんて人間として許せないことである。熱狂的なファンに無駄なほどの量のCDを買わせて、握手券や投票券を入手させるという実に巧妙な手口を考えた人間は、お金の為に人を不幸にさせる冷酷な人間であろう。このシステムによって、多くの若者が価値を生み出さない無駄な金をどぶに捨てたことであろう。これこそ、非生産的な行為と言えよう。しかも、この競争原理によって、多くのメンバーが非人間的な扱いをされ、不幸な思いをしている。故に賢いメンバーは、この蟻地獄のような世界が自分を駄目にすると認識し、卒業するのである。

48グループというのは、それを構成するメンバーどうしの関係性によって成り立っている。メンバーどうしに行き過ぎた競争をさせると、関係性が悪化してしまい、グループが内部崩壊するのである。会社や職場も同じである。富士通や東芝等において人事評価制度で競争をさせて、生産性を上げようとしたら、逆に会社全体の業績が低迷したのは、社員どうしや部門間の関係性が悪化したからである。人間に行き過ぎた競争をさせると、精神を病んでしまう。不登校やひきこもり、さらには休職者を増大させたのは、ひとつには無理に競い合わせる社会構造が生み出したと言えよう。学校や職場でいじめやパワハラが横行しているのは、行き過ぎた競争によって、人が本来持っている優しさや慈しみの気持ちを忘却させたからに違いない。

48グループに過酷な競争を強いることによって、メンバーどうしの確執やいじめに発展しているのは間違いない。さらには、ファンどうしの争いにまでなっている。今までもそんな事実があったにしても、明らかにされなかっただけであり、今回の暴行事件は氷山の一角に過ぎない。このままで行けば、各48グループで益々悲惨な事件が起きることだろう。そして、48グループのメンバーは過酷な競争によってメンタルを病んでしまうし、将来はやがてひきこもりやニートになるかもしれない。山口メンバーは、身体の傷はなかったが心に負った傷害は非常に大きい。傷害罪として立件しない警察官たちは、心の傷がいかに大きいのかを理解できないだけだ。これから48グループが健全に発展していくためには、競争原理を緩めて関係性を重視するような営業方針の見直しが必要であろう。

ひきこもりやニート対策を営利事業に?

ひきこもりやニートと呼ばれる若者が、残念なことに年々増加している。そして、これからも増加の一途を辿る可能性が高い。親としてみれば、何とか社会復帰させたいと思うのは当然だ。ましてや、自分が生きているうちは何とか面倒をみられるが、もし先に他界してしまえば子どもが困るだろうと思い、あらゆる対応策を考えるようだ。そんな困りきって藁にもすがりたい親や当事者から、ひきこもりやニートを必ず社会復帰させますと謳い、高額の滞在費やセミナー費をむさぼる業者がいるらしい。

その殆どの業者は、数か月という長期間に渡り滞在させて、セミナー費用として請求するという。安くても月額30万円、酷いケースだと月額50万円以上にもなるという。そして、この滞在期間は、1ケ月では済まなくて、滞在を何度も繰り返させるケースも多いし、良くならないからと何か月も滞在させる例も多いらしい。食事も提供するのだから、そんなに高くないと考える親と当事者も多いらしい。しかし、食事内容も学生相手の食堂並みであるし、居住スペースも狭くて、研修や体験内容もお粗末な場合が多いという。

セラピストやカウンセラーも常駐して、個別に相談も受けるというが、果たして画一的な心理療法や研修内容で社会復帰できるものだろうか。ましてや、完全に営利を目的にした法人が運営している施設である。なるべくクライアントを多く集めたいし、せっかく集めた利用者を手放したくなるのは当然である。何やかやと手を尽くして完全復帰を先延ばしたくなるのは経営者として考えたくなることである。精神科病院が『固定資産』と称して、精神疾患の患者を囲い込んだ過去の不幸な歴史と、構図が似ている。

こきこもりやニート対策は、ビジネス(営利事業)として実行されてしまうと、クライアントを囲い込む傾向が強くなる。なにしろ利用対象者は大切な顧客なのである。せっかく得た顧客を無くしたくないし、長期に利用してもらえば収入も上がる。だから、このような福祉的な事業は公的機関が実施すべきなのである。しかし、障害者認定されてなければ、公的扶助や支援の対象ともならないし、公的機関が本格的な宿泊施設を活用したひきこもりやニート対策を取るにはハードルが高い。ひきこもりやニートに多額の公費をつぎ込むことに対しては、市民の理解を得られにくいであろう。

さらには、ひきこもりやニートをどのようにすれば解決できるのか、行政機関が明確な答を見つけられるとは思えない。ましてやひきこもりやニートの本当の原因を、行政側で認識していないように感じられる。となれば、民間の福祉関連施設がその役割を担うしかないだろう。しかし、民間の法人がひきこもりやニートの社会復帰訓練施設を公的援助なく運営するとなれば、相当に高額な利用料にならざるを得ない。ましてや、多くの職員を雇いビジネスとして事業経営するとなれば、収益を上げることに躍起となるのは当然である。

ひきこもりやニートを社会復帰させる研修は、一筋縄では行かない。乳幼児から十数年もの育児や家族との関わりから起きてきたことであり、そもそも社会に問題があるからこそひきこもりやニートに陥ったのである。単なるカウンセリングやセラピーだけで社会復帰が実現する訳がない。ひきこもりやニートの社会復帰支援は、家族療法や当事者の価値観教育なしには不可能である。ましてや、当事者の事情や人格は様々であるから、個別対応をきめ細かく実施しなければならない。だから、ビジネスとしては不似合いなのである。

完全復帰を目指したひきこもりやニート対策が出来るのは、限られた施設であろう。農業体験や自然体験を十分に行いながら、家族を呼んでミラノ型の家族療法をすることが出来る施設が望ましい。それも、オープンダイアローグの心理療法を駆使したセラピーができるような施設であればなおいいだろう。何十人も一緒に生活するような施設では、こういう対応は難しいし、ましてや収益の上がらないような対応策は取りたがらないであろう。こじんまりとした個別対応のできる農家民宿が、ひきこもりやニートの社会復帰訓練には一番ふさわしいと思われる。いずれにしても、ひきこもりやニート対策事業は営利企業にとっては荷が重すぎる。

※「イスキアの郷しらかわ」では、ひきこもりやニートの社会復帰支援をしています。農業体験や自然体験をしながら、オープンダイアローグ療法もします。何故生きるのか、働くという意味や意義についても、哲学を基本にしたレクチャーをしています。イスキアの事業は、理念にも書かれている通り、営利を目的にしたものではなく、社会貢献活動として実施しています。まずは問い合わせフォームからご相談ください。

夫現病を治す方法

ご婦人の不定愁訴症候群のうち、他の特定のストレス要因がなくて、夫が原因としか考えられないものを『夫原病』と呼ぶという。この夫原病が益々増加しているし、その症状が深刻化しているという。そして困ったことに、この夫現病がそのまま改善しないと、重大な免疫疾患や内分泌疾患にもなりやすいし、うつ病やパニック障害などの精神疾患に追い込まれることが多い。さらには、これらの症状を放置しておくと、乳がん、子宮がん、卵巣がんになるケースも少なくないから、軽症のうちに治す必要があるとみられる。

ところが、この夫現病を治癒させることが非常に難しいのである。元々、夫の言動や関わり合いが原因なのだから、投薬治療やカウンセリングで完全治癒することは期待できない。夫が変わらない限り、この夫現病は完全治癒することはない。または、夫と離婚すればこの夫現病から解放されるが、子どもが居れば踏み切れないし、離婚したあとの経済的な不安があると思いきれないものだ。自分が原因だと分かったとしても、夫は自分から変わろうとはしない。ましてや、ドクターから夫原病だと宣言されても納得できないのが人間だ。

だとすれば、夫原病になった妻は一生この苦しさに甘んじなければならないのか。ましてや、夫が高い社会的地位や立派な職業に就いていて、高収入で経済的にも裕福な暮らしを保証している夫婦関係であればあるほど夫原病を発症しやすいから複雑である。自分が我慢しなければならないと思うほど、そして良妻賢母ならなおさらこの夫現病になりやすいから、治りにくいのである。妻よりも夫の方が社会的成功者に見られていて、圧倒的に優位な立場であるほど、夫原病が完治することが少ないというのである。

ひとつだけ夫原病を治す方法がある。教養や学歴が高くて、プライドの高い夫が唯一自ら変化しようとする心理療法があるのだ。それは、オープンダイアローグという最新の家族カウンセリング療法である。フィンランドのセイックラ教授が開発した、難治性の精神疾患を完全治癒させるという精神療法のひとつである。これを夫婦に対する家族カウンセリング療法として実施すれば、かなりの効果を挙げることになろう。このミラノ学派の家族カウンセリング療法は、家族内に存在する病理を糾弾することはないし、介入することはない。だから、夫も協力的な態度をしてくれるし、自ら変わろうとするのである。

通常、メンタルの疾患の原因が家族にあるとすれば、家族に対するカウンセリングを行い、その病理を明らかにして、メンタル疾患の原因になっている家族の言動を変化させるという手法を取ることが多い。ただし、その場合家族の疾患の原因が自分にあると指摘された本人はどのように感じるであろうか。おそらく、原因が自分にあるとされたならば、当事者はおおいに反発するに違いない。ましてや、妻の病気の原因が自分にあると断言され、あなたは変わらなければならないと言われたら、相当なショックを受けるし、反論したがるのは目に見えている。自分だけの責任ではないと、変化するのを拒むに違いない。

オープンダイアローグ(以下ODと略する)という家族カウンセリングの手法は、今までのそれとはまったく違うのである。だから、治療効果が高いという。ODは基本的に確定診断をしないし、治療計画を示さない。当然、診断をしないのだから原因も追究しない。ましてや、特定の誰かに疾患の責任を負わせることをしないのである。どうするのかというと、当事者と家族に対してセラピストが開かれた対話を繰り広げるだけである。それも、当事者のつらくて苦しい状況とその気持ちを聞き取って明らかにするだけである。さらに、どのような時にそういう症状が起きるのかを否定せず共感的に傾聴するだけである。

ODをするセラピストは、家族関係に対して一切『介入』をしない。つまり、インプットをしないしアウトプットも求めない。あくまでも、家族が自分たちで現状をどのように認識して、自分がどうすれば良いのかを気付き学ぶ場を提供するだけである。ODのセラピストは、当事者が治癒することを求めないのである。そんな馬鹿なと思うかもしれないが、人間というのは何か変化することを他人から求められると拒否するからである。人間が本来持つ『自己組織性』と『オートポイエーシス(自己産生)』を引き出すのが、ODなのである。ODを続けて行くと不思議なことに、本人自ら変わろうとするのである。当事者も含めた家族全員が、自分から変化したいと心から思うのである。これは、実に不思議な化学反応が起きると言えよう。夫原病を治すには、ODが最適だと言える所以である。

 

※「イスキアの郷しらかわ」では、オープンダイアローグの勉強会を実施しています。ODの手法を実際に展開しながら、その効果を実感することが可能です。家族カウンセリングをしたいからと、当事者と家族が一緒にセラピストを訪問するというのは、かなり敷居が高くて難しいことです。しかし、あくまでも心身の保養のために、一緒に農家民宿を利用するというのはハードルが低いと思われます。その際に、オープンダイアローグの手法を学びながら、家族カウンセリングを体験するという形を取れば、実質的なODが受けることが可能です。まずは「問い合わせ」フォームからご相談ください。

ひきこもりは社会的な支援で解決

ひきこもりの状態に追い込まれてしまっている人が益々増えている。そして、その実態が明らかにされていない故に、ひきこもりの解決を遅らせてしまっているだけでなく、固定化させてしまっている。当事者の家族が、ひきこもりの実態をひた隠しにしていて、誰にも知らせないようにしているからだ。隣近所の方たちはひきこもりにあることを薄々感じているものの、支援することも相談に乗ることも出来ず、手をこまねいている。

ひきこもりが増えて固定化しているが、行政は手出しが出来ないでいる。当事者や家族が支援を要請しない限り、行政は何らサポートが出来ないからである。もし万が一、支援を行政に願い出たとしても、ひきこもりを解決する有効な手立てはない。保健師や精神保健福祉士などの専門家が家庭に赴いて支援行為をしようとしても、当事者は面談を受けないであろうし、家族だって面倒なことになることを回避したいと思うに違いない。長年に渡りひきこもりの状態にあり、一応平穏が保たれていれば事を荒立てたくないからだ。

ひきこもりの方々は、今の状況に甘んじている訳ではない。なんとか現状を打破したいと思っているし、社会復帰したいと願っているのは間違いない。しかし、そんな心とは裏腹に身体は言うことを利かないのである。ましてや、ひきこもりになった原因は、社会における間違った価値観による関係性の歪みや低劣さである。人の心を平気で踏みつけ痛めつけるようなことを日常的にしている、学校現場や職場の人々の悪意に満ちた環境に身を置くことなんか出来やしない。こんなにも生きづらい世の中にどうして出て行けようか。

そして、ひきこもりの人々がそんな社会に対する不信感を持っていること、さらにはそんな気持ちを家族も含めて誰も理解してくれないことに対する焦燥感が著しいのである。行政や福祉の専門家たちは、そんなひきこもりの当事者の気持ちに共感出来ないのである。そればかりではなく、ひきこもりになったのは当事者のメンタルに問題があり、そのようにしてしまったのは家族に原因があると勘違いしているのだ。これでは、ひきこもりの当事者と家族だって、支援を求めたくなくなるのは当然なのである。

それじゃ、ひきこもりのからの脱却は、間違った社会の価値観を改革しないと実現しないかというとそんなことはない。適切できめ細かな支援がありさえすれば、ひきこもりを乗り越えることが可能になる。しかし、今の行政に身を置く専門家にとっては、そのような支援は難しい。また、医療や福祉の専門家にも、そのような大変な労力を要する支援を提供する余力はないし、技能もないに等しい。だから、ひきこもりというこんなにも大変な問題が、社会的に置き去りにされてしまっているのだ。

ひきこもりから脱却するには、どのような支援が必要かというと、次のようなものだと思われる。まずは、支援者はひきこもり当事者の心に共感をすることである。ひきこもりになったきっかけは、それこそ人それぞれで違っている。そういった過去の辛く苦しかった過去を否定することなく黙ってじっと聞いて共感をすることである。当事者のメンタルや価値観に多少の問題があるように感じても、その病理を明らかにしてはならない。ましてや、当事者の行動にこそ問題があったように思っても、批判的に聴いてはならない。あくまでも、本人の気持ちに成りきって傾聴することが求められる。

出来たら、両親などの家族と一緒に話を聞けるなら、なおさら高い効果が生まれる。ひきこもりの家庭では、家族間での心が開かれた対話が失われている。この聞き取りと共感的な対話が、家族間にあったわだかまりやこだわりを溶かすことに繋がるのである。しかし、支援者はそのような家族間に存在する『病理』を指摘してはならない。あくまでも、現状における困っている事実や症状を聞いて行くだけである。その際に、聞き取った内容を出来る限りストーリー性のある言葉で言い換え、詩的で柔らかな表現に置き換えるのである。悲惨なこととして話した内容、憎しみや怒り、妬みや嫉みをストレートに表現すると、相手を非難している感情が強くなり過ぎるからである。

このように『開かれた対話』を繰り広げて行くと、不思議なケミストリー(化学反応)が起きるのである。当事者とその家族がお互いに大好きで愛し合っているという事実に気付くのである。愛しているからこそ、憎しみという感情に転化している事実にも。そして、その互いの愛情表現がいかに稚拙であったかということに気付くと同時に、それぞれの深い関係性にも思いを馳せるのである。勿論、正しい価値観や哲学を学ぶことにもなるし、間違っている社会であってもそれに対処していける勇気を持つことが出来る。家族の豊かで強い愛が感じられれば、人間は強く生きられるのである。これが『オープンダイアローグ』という支援である。このようなオープンダイアローグにより、ひきこもりの当事者と家族を救えるように、社会的な支援として確立していきたいものである。

 

※「イスキアの郷しらかわ」では、このオープンダイアローグを活用したひきこもり解決の支援を実施しています。ご家族でイスキアにおいで頂ければ対応いたします。外出が出来ないという事情があれば、交通費をご負担していただければ、出張もいたします。まずは問い合わせフォームからご相談依頼のメッセージをください。ご親戚の方からのご相談も受け付けます。

HSP(ハイリーセンシティブパーソン)を生きる

最近、HSP(ハイリーセンシティブパーソン)という語句が、ツィッターやSNSで盛んに用いられている。これは、心理学、もしくは精神医学の一部の専門家の間で使われている気質的特性・神経学的特性を持った人の総称である。勿論、その特性には強弱があるものの、約5人に1人がHSPだとされている。20%の人がHSPで、それ故に生きづらさを抱えているというのである。その割合の多さも驚きであるが、生きづらさの原因がHSPにあったとするなら、原因が解ることで少しは安心するのではなかろうか。

HSPとは、以前はまったく注目されることもなく、そんな特性を持った人間が存在することさえ認識されていなかった。1996年にエレイン・N・アーロン博士が主張した生得的特性である。HSPは強くて眩しい光、刺激的で不快な匂い、大きな音や意味のない雑音などに過剰反応して、強い不安や恐怖感を持つ。また、他人の微妙な言動に対して、過剰な反応をしてしまうことが多い。特に、自分に対して相手が悪意を持っているのではないかとか、攻撃をしてくるのではないかと不安になることが多い。つまり感受性が強過ぎるというか、あまりにも敏感な感覚を持つ人がHSPの特徴だと言われている。

こんなふうに記すと、マイナスのイメージしかないが、感受性が強いと言うのは繊細な心を持つので、芸術面や文芸における才能が突出するという側面もある。素晴らしい才能を発揮して、凡人には残せないような足跡を残すことも少なくない。とは言いながら、HSPは他人の言動に感じやすいことから、強い生きづらさを抱えることが多い。学校では教師や学友の発する悪意を敏感に感じてしまうし、いじめやパワハラなどが自分に向ってされたものでなくても、不安感や恐怖感がマックスに達して、不登校になることもしばしばである。社会における人間関係に不安を感じてひきこもりになるケースも多々ある。

また、HSPは発達障害と誤認識されることもしばしば起きるし、自閉症スペクトラムと混同されることも少なくない。さらに付け加えると、HSPであるが故に、大人になることへの無意識の拒否反応から、アダルトチルドレンになってしまう傾向もあると言われる。いずれにしても、HSPは感受性が強過ぎるというその生得的特性がある故に、強烈な生きづらさを抱えて生きているのは確かである。そして、そのHSPの特性を周りの人々に理解してもらえなくて、辛い日々を過ごすことが多い。

HSPは感受性が強いが故に、他とのコミュニケーションが苦手な傾向にある。どうしても、自分よりも相手の感情を優先してしまうので、相手の気持ちを慮ってしまい言葉が発せられなくなるのであろう。気兼ねのない人間関係を築き上げることが難しく、親しい友達が出来にくい。SNSなどで何気ない言葉に傷付いてしまうことがあるので、ブログやツィートすることに臆病な傾向がある。他人と接することが極めて苦手なので、人が多い雑踏や満員電車などに不安感を覚えてしまい、対人恐怖症的な症状を呈することもある。

HSPの原因は、生まれつきの遺伝子的な特質によるものだと推測されている。それが真実ならば、このHSPを克服したり乗り越えたりすることが極めて難しいということになる。そうなると、このHSPの特性と一生付き合って生きることになり、生きづらさを克服するのが困難だということだ。それは当事者に取っては、とても辛い現実である。これはあくまでも私見だと断った上で、HSPの原因はDNAの他にもあると提起したい。生まれつきの特性はあったとしても、養育環境によってHSPの特性が強化されたのではないかという推測が出来る。そのキーワードはオキシトシンという神経伝達物質である。オキシトシンという安心ホルモンが不足するような子育てにより、HSPが強化されたのではないかと思うのである。

オキシトシンという脳内ホルモンは、不安や恐怖感を和らげる神経伝達物質である。その効用と分泌作用はまだ不明の部分が多いものの、乳幼児期の不適切な養育によって不足気味になることが多いと言われている。まさしくHSPの症状は、このオキシトシンというホルモンが不足しているから起きるのではなかろうか。このオキシトシンは、愛情たっぷりのスキンシップや触れ合いによって分泌量が増えると言われている。また、このオキシトシンは他人の幸福を実現させる無償の行動をして感謝された時にも分泌量が増える。つまりボランティアや社会貢献活動をすると増えるのである。実際に、HSPの方が社会貢献活動に熱心に取り組んで乗り越えたケースが少なくない。HSPはオキシトシンやセロトニンの分泌量を増やす行動を重ねることで、乗り越えることが出来ると思われる。

 

※ひきこもり、不登校、メンタル休職者は、HSPが根底にあるケースが多いように感じます。HSPやアダルトチルドレンを乗り越えるための研修を、「イスキアの郷しらかわ」は実施しています。問い合わせのフォームからご相談ください。

精神疾患は脳のせいじゃない!

メンタルの不調や精神疾患は、脳の不具合から起きると殆どの人は思っている。精神科医やセラピストさえも、脳の器質的な機能障害からメンタルの不具合を起こすと思い込んでいる。確かに、精神医学の世界では長年に渡ってそう教育してきたし、脳神経学の研究でもそのように発表されてきたのだから仕方ないであろう。脳内における神経伝達物質(脳内ホルモン)の分泌や受け渡しの不具合が起きて、精神疾患が発症するとされてきた。しかし、最新の医学研究ではそれが間違いだと判明したのである。

勿論、脳原因説が全面否定された訳ではない。ごく一部においては、脳の機能障害による影響があるのは間違いない。しかし、それは限定的であり、メンタルの不調は人体における全体のネットワークシステムの不具合により起きるというのが真実である。それなのに、脳の機能障害によって起きるのが精神疾患だと思い込んでいる精神科医やセラピストがいて、その脳原因説にいまだに固執していて、クライアントを治療しているのは非常に残念である。患者さんたちが可哀想で仕方がない。

精神科医の9割以上は、精神疾患に対して投薬治療を行っている。その薬剤は、脳に働く機能を持つ。精神症状はその投薬によって少しは効果がある場合が多い。しかし、その効果は限定的であるし、症状が緩和されることはあっても完治することはない。あくまでも症状を緩和する効果しかないし、次第に投薬量が増えるケースが殆どである。ましてや副作用が深刻であり、便秘や低血圧、肝機能障害というような副作用に対して、さらに薬剤投与が増える。患者はクスリ漬けにされてしまうのである。

投薬治療による効果が何故あまり上がらないのかというと、脳の機能障害が精神疾患の原因ではないからである。確かに脳の神経伝達系の異常が起きているのは、間違いないと思われる。しかし、脳の神経伝達系に働く薬を投与すると、その薬の効果を減少させようという人間の恒常性が働いてしまう。人間の脳における恒常性を保つ機能があって、そうしなければならない訳があって神経伝達系の異常を起こしていると思われる。人間全体を守る為に異常を起こしてしまっているのである。それを無理やり投薬によって直そうとすると、逆に異常を強める働きが起きると考えるべきである。

日本における精神医療において、抗うつ剤や向精神薬が大量に用いられている。そして、それらの投薬治療によって精神疾患の患者は増えることはあるものの、完治して離脱する患者は殆ど存在しない。この事実だけでも投薬治療が無駄であるばかりでなく、患者を益々苦しめているのは間違いないであろう。精神疾患が起きる原因が脳の機能障害にないのだから、治療方針や治療計画が間違っているのである。投薬治療をすべて否定している訳ではない。緊急避難的に短期間使用するケースがあるのも承知している。しかし、何ケ月や何年にも渡り同一薬剤による投薬治療を行うべきでない。患者と治療者は一刻も早くその間違いに気付いてほしいものである。

メンタル不調や精神疾患を発症する原因は、人体におけるネットワークシステムの不具合である。人体には37兆2千億個の細胞がある。細胞どうしがネットワークを持っていて、過不足なく協力し合って働いている。また細胞によって組成されている臓器、骨格、筋肉組織は同じく親密なネットワークを組んでいて、人体の全体最適を目指している。誰かに命令指示されている訳でもなく、細胞や組織自体が自発的に主体的に働いている。セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン、オキシトシンなどの神経伝達物質は、人体の適切なネットワークによって生成されて必要箇所に適量が運ばれる。

食べ物、環境因子、人間関係のストレスなどが不適切な場合に、そのネットワークが不具合を起こすのである。例えば、食品添加物、農薬、化学肥料が含まれた食事が腸内環境を悪化させると、体内ネットワークの不具合を起こすことはよく知られている。精神疾患だけでなく様々な身体的疾患もまた、人体におけるネットワークの不具合で起きることは最近知られるようになった。さらに人体のネットワークシステムの不具合は、社会における人間どうしのネットワーク(家族関係等)が希薄化したり劣悪化したりすると起きることが判明している。このネットワークを正常に戻したり再生したりすることが、メンタル不調や精神疾患を治すということを認識してほしいものである。

タイガーウッズが完全復活する日

タイガーウッズの完全復活を期待する声が高まっている。全英オープンで6位に入り、先週開催された全米プロで、トップに2打差の2位に入ったのだ。それも最終日にタイガーチャージをかけて、首位に肉薄しての準優勝は価値がある。これで、タイガーウッズの復活は間違いないだろうと思うファンは多い筈だ。タイガーウッズが復活すれば、ゴルフツアーの人気はうなぎ上りになり、ゴルフ人口も増えるに違いない。母国である米国だけでなく、世界中の子供たちがタイガーに憧れてゴルフをやりたがるからだ。

タイガーウッズがどうしてスランプやツアーの長期離脱に追い込まれたかというと、深刻な膝痛と腰痛に苦しんだからだと言われている。さらに、私生活が極端に乱れてしまい、家庭崩壊まで引き起こしたことが影響しているらしい。膝痛と腰痛の原因になった力任せのスウィングを、膝と腰に負担のない最新理論のスウィングに改造したが、なかなか安定せずに調子を崩したとみられる。さらには、数度に渡る腰の手術と過度の鎮痛剤飲用が、心身の健康を損なわせたのではないだろうか。

タイガーウッズの成績が振るわなくなった頃、結婚生活が破綻してしまい、ついには離婚をしてしまった。タイガーの異常とも言える性癖が原因だとされる。かなりの人数の女性と浮気を繰り返していたらしい。それも、どういう訳なのか相手は白人の美人である。一説には、性依存症だったと言われているが、正式な精神疾患の名称にはそんな病名はない。ただし、そのためにメンタルケアーを受けていたという。かなり深刻な依存症だったのかもしれない。依存症を起こすのは、精神的な未熟さや愛情不足が根底にある。

カウンセリングと的確な精神療法によって、性依存症の症状が和らいだみたいである。しかし、今でも、白人の恋人との噂がマスコミを賑わしている。ということは、再婚はしていなのであろうし、家庭を持ったという報道もない。今までタイガーウッズと関わった女性はおしなべて、タイガーウッズの名声や財産を求めていたと思われる。タイガーウッズも黒人であることに対するコンプレックスがあるせいか、白人女性としか付き合わなかった。結婚していながらこれだけ多くの女性と関係を持つというのは、おそらく演技性のパーソナリティ障害があるせいではないだろうか。

演技性のパーソナリティ障害に苦しんだ有名人に、マーロンブランドがいる。彼の周りにはいつも大勢の女性が群がっていた。また、チャールズチャップリンは障害のせいで何度も結婚しては、破綻していた。マーロンブランドは死ぬまで、パーソナリティ障害を克服できなかったが、チャップリンは四度目の妻ウーナ・オニールと出会って障害を克服できた。それまでは、チャップリンの名声や財産を目当てに近寄ってきた女性たちだったが、ウーナ・オニールだけは、チャップリンという人間そのものを深く愛したと思われる。この結婚によって精神の安定を得たチャップリンは、傑作を数多く残したのである。

タイガーウッズも彼を人間として心から愛する女性に出会って、安定した家庭生活を送ることが出来たら、精神状態も落ち着くことが出来よう。パーソナリティ障害も和らいで、女性遍歴も止むことになるに違いない。以前膝痛や腰痛が起きたのは、精神的な不安定が深く影響していたと思われる。女性トラブルを多く抱えていて、自分を裏切ったと逆恨みして、相手の女性に対する怒りや憎しみが増幅することで、痛みを憎悪させたとみられる。タイガーウッズの前に、名声や財産目当てでない、彼自身の人間的魅力に惚れ込んだ女性が現れて、どんな彼でも否定することなくすべてを愛してくれたなら、タイガーは変われるに違いない。

ゴルフは非常にメンタルが強く影響するスポーツである。常に不安や恐怖感がつきまとう。その不安や恐怖感によって、無意識の脳がスウィングを微妙に狂わせる。この不安や恐怖感を克服して、無我の境地(ゾーン)に入れた者だけが栄光を掴むことが出来るのだ。不安や恐怖感を払拭するには、オキシトシンという脳内神経伝達物質が豊かに分泌することが必要だ。このオキシトシンは、家族愛や心から信頼するパートナーとの性行為によって増える。タイガーウッズのすべてを愛し、彼を心から信頼し、いかなる時も支えてくれる女性と出会い結ばれたなら、彼は見事な完全復活を遂げるに違いない。家庭生活の安定なくしては、心身の安寧は難しいであろう。完全復活の日が、一日も早くやってくることを期待している。

 

妻の寿命は夫が握っている

妻の寿命は夫が握っているなんてことを言うと、世の中の旦那さまからクレームが来るに違いない。そんなことはない、寿命は自分が決めている、または神様がお決めになっていると主張する男性が多いと思われる。妻の立場にある女性の多くも、そんなことはあり得ないと反論することであろう。ところが、多くの奥様たちは知らず知らずのうちに、旦那さまの言動によって心身共に傷つけられ痛めつけられ、身体疾患や精神疾患に苦しんでいる。そして、旦那さまによって寿命が縮められているということさえ自覚していない。

奥様を傷つけている旦那さま自身も、自分がそうしていることを自覚していない。つまり、夫婦が共に傷つけて傷つけられていることを自覚していないことが問題なのである。例えば、女性特有の疾病である、子宮筋腫、子宮がん、卵巣嚢腫、乳がんなどは、夫からの行き過ぎた『介入』により発症していると言っても過言ではない。独身の方も発症しているケースもあるが、それは親か上司による介入で起きている場合が多い。『介入』していない場合もあるが、それは『無関心』という態度で傷つけているのである。

介入と無関心(無視)とはどういうことなのか、具体的に示すとこういう態度である。介入とは、指示、指導、圧力であり、それが酷くなると所有、支配、制御の態度になる。つまり、夫が妻に対して、様々な言動で自分の思い通りに操ろうとするのである。妻の自由を奪い、まるで操り人形のように支配するのである。そんなことはないと言うかもしれないが、当事者たちも気付いていないだけである。勿論、夫婦お互いが尊厳を認め受け容れて愛を与えている例外もあるが、殆どの夫婦は夫が妻を支配しようとしている。

無関心(無視)の態度とは、妻の話を聞かないとか妻の姿や行動に関心を持たないという態度である。そんなことはないと夫は主張するかもしれないが、多くの夫は「あんたは私の話をちっとも聞いてくれない」と言われていることだろう。聞いているふりははしているかもしれないが、傾聴と共感の態度で聞かなければ、聞いているとは言えない。また、妻が美容院に行ってきた際、精一杯おしゃれをした時に、「それ似合うよ」と言う夫がどれほどいるだろうか。または、自分の意に添わない時に不機嫌な態度や沈黙してしまうことがあるが、これが無関心・無視の態度である。

人間という生き物は、本来自由であり自律性を持っているし、関係性をもっとも大切にして生きる。それが、夫によって支配され制御され無視されたとしたら、妻の心身はボロボロに傷付いてしまうということは容易に想像できる。妻は、夫から愛されていないし嫌われているのではないかと思い込んでしまう。それは私が悪いからではないかと、自分を責めるのである。そうすると、メンタルはボディブローのように毎日痛め続けられる。そのため、身体の血流やリンパの流れの循環機能だけでなく、人体のネットワークの不具合を起こして、臓器や筋肉組織の石灰化が起きて病気になると考えられている。

これが妻の寿命を夫が握っているというエビデンスである。夫源病という疾病があると主張しているドクターが存在する。妻が夫の機嫌を損なわないように一喜一憂しながら生きていると、様々な不定愁訴が起きて、やがて重篤な身体疾患に発展するというのである。これもやはり夫が妻の寿命を決めている証左である。ということは、妻が病気になるかどうかは、夫の態度次第ということになる。介入と無関心の態度をすることを改めないと、夫は妻を早く失ってしまうということになり、孤独になるということだ。

老後を一人で生きるというのは寂しいものである。仕事をリタイアして夫婦で余生を楽しもうと思ったら、妻が他界していないとしたら、詰まらない老後を生きることになる。または、もう我慢がならないと妻が定年を機に家を出て行くことがあるかもしれない。そんなことがないように、夫は妻の話を傾聴し共感することから始めてみてはどうだろうか。妻の寂しさ悲しさ苦しさを我がことのように聴いて、自分のことのように悲しむことを慈悲と呼ぶ。まさに慈悲の心を発揮して、妻が喜ぶことや満足することを精一杯提供しようと心を入れ替えることを薦める。そして、妻を所有・支配・制御することなく、自由を満喫させることである。そうすれば、いつまでも妻は若々しく元気で健康で長生きすることだろう。