女は男を遺伝子レベルで選ぶ

 ちっとも女性にもてない男がいる。顔だって悪くないし、スタイルもいい。経済力もあるし地位もある。人柄だって悪くないし、優しい性格である。それなのに、女性にはからっきし人気がないという男がいる。周りの人からみても、どうして女性にもてないのか不思議でならない。こういう男は、お見合いしても付き合いが続かないし、合コンを何度やっても選んでもらえないのだ。どうしてなのか、本人も周りの人もまったく解らないのである。女性はそういう男性を選ばないのには訳がある。DNAレベルで選んでいるからだ。

 

 そんな馬鹿な、DNAの優劣なんて科学的解析をしなければ解らないだろうと、猛烈に反論する人も多いことだろう。確かに、医学的・科学的に詳しく検査しなければ、いわゆる遺伝子解析をしなければ、DNAの優劣なんて解らない筈だ。しかし、不思議なことに女性は男性を一目見ただけで、遺伝子レベルで相手のことが解ってしまうというのだ。勿論、科学的な分析をしている訳ではなくて、直観で見抜くというのである。それは、相手の姿かたち、身のこなしや雰囲気、姿勢や態度、表情や声などから、わずか数秒で判断するという。

 

 わずかの時間で判断出来ても、すべての女性が遺伝子レベルで好みの相手と結ばれる訳ではない。いいなあと思っている男性が、自分を好きになってくれるかどうかは別なのである。男性は遺伝子レベルで選んでいる訳ではなくて、容姿とか自分をどれだけ深く思ってくれているかとか、自分に取って都合の良い女を選ぶ傾向にあるのだ。または、自分の夫婦生活に取って必要かどうかという基準で選びやすい。料理が上手いかとか、家事や育児をテキパキとこなしそうだとかいう選択基準でセレクトする傾向がある。身勝手なところもあるのだ。

 

 遺伝子レベルで相性がいいというが、男性のどういうDNAを女性が好むのであろうか。人間の遺伝子には、過去の記憶が書き込まれているのではないかと言われている。その遺伝子記憶とはどんなものかということだ。日本人の起源は、古代から住んでいた縄文人と大陸からやってきたのではないかと見られる弥生人だと言われている。縄文人は、一万数千年に渡り、平等で平和な暮らしを続けていた。大陸から渡ってきた弥生人がその生活に入り込んできて、縄文人を駆逐したと言われていたが、今は否定されている。とは言いながら、好戦的で経済観念が豊かな弥生人は、縄文人を凌駕したのではなかろうか。

 

 縄文人は、自分の利益や幸せよりも全体の幸福を追求していたと見られる。つまり、世の為人の為に生きるという価値観が強かったようである。個別最適よりも全体最適の哲学を大事にしていたらしい。そして何よりも関係性を重要視した生活を心がけていたことが想像されている。一方、弥生人はそれとは正反対に、個別最適の価値観を強く持っていたと思われる。端的に言うと、弥生人はエゴな生き方、縄文人はエコな生き方をしていたと言える。女性が瞬間的に遺伝子レベルで求める男性と言うのは、縄文人の遺伝子記憶を持つ人と言える。

 

 何故に女性は、縄文人の遺伝子記憶を持つ男性を選ぶのであろうか。それは単純な理由からだと思われる。縄文人にしっかり根付いていた全体最適と関係性重視の価値観こそが、人間として必要であり、この価値観を持っている人間は周りから信頼されるし尊敬されて、成功することが約束されているからである。そして、こういう高い価値観を持っていれば、家族を大切にするし愛する人を決して裏切ることがない。直観力が高くて遺伝子情報を感じ取ることが可能な女性だからこそ、わずか3秒から4秒で男の値踏みが可能なのだ。

 

 日本人の中には、元々縄文人の遺伝子記憶を強く持っている人と、弥生人の遺伝子記憶を強く残している人がいるのであろう。弥生人の遺伝子記憶を強く持つ人間は、個別最適を目指そうとするから、自分の損得を優先する行動をしたがる。身勝手で自己中な人間であり、自分さえ良ければいいという価値観を大事にするから、自分だけの経済的な豊かさを追求する。周りの人々の豊かさや幸せを実現しようなんてことは考えることがない。こういう人間は、誰からも相手にされないし、やがて独りぼっちの人生を送る。こんな男は、女性から相手にされないのは当然である。もてないのには、それなりの理由があるのだ。

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