夫婦別姓の司法判断が先送り

 最高裁大法廷で25年振りに、夫婦別姓についての憲法判断を問う裁判が行われ、夫婦同姓を強いる民法の規定は合憲だとする判決が出された。この判決に対して、世界の潮流からは乗り遅れた前近代的な判決だと報道するマスコミが多いが、ネット上では判決が当然だというコメントが多いのは、意外であった。ネット上で判決に好意的なコメントをするのは、圧倒的に男性が多いようだ。合憲判決とは言いながら、夫婦別姓の問題は憲法判断にはそぐわないので、国会で討議すべきだとして合憲判断から司法が逃げたとも言えよう。

 

 国会で討議すべきだというのは、司法の最高機関である最高裁として如何なものだろうか。国会で討議すべきだと言うが、夫婦別姓の民法・戸籍法改正案を国会にて審議しようとしても、自民党の猛反対に遭って、審議させてもらえないのだ。国会で討議が不可能なのに、国会審議が妥当であるなんて、問題の先送りをしているとしか思えない。自民党のお偉方やタカ派の先生方は、絶対に夫婦別姓を認めないとして、門前払いを続けている。夫婦別姓が良いのか悪いのかを議論することさえも拒否するのは、国会軽視と見られても仕方ない。

 

 夫婦別姓に反対する人たちの意見はこういうことらしい。夫婦別姓を認めてしまうと、夫婦の絆や家族の絆が希薄化してしまい、離婚が増えて家庭が崩壊してしまい兼ねない。日本の美点である家族制度が弱体化し、離婚が増えてしまい不幸な子どもを多く生み出してしまうことになる。シングルマザーが増えて貧困家庭も増加するし、老後をひとりで送る人が増えるし、老人介護施設を利用する老人も増えてしまい、福祉財政も破綻しかねないと主張する。日本における親密な家族制度が夫婦別姓によって崩壊してしまうと説いているのだ。

 

 こういう理論を主張する人と言うのは、思い込みが強くて他人の意見を聞かない傾向が強い。論理的に考えることが苦手で、感情論に流されることが多い。自説を曲げないから、議論が嚙み合わないことが多い。日本の国会議員で保守派に属する先生方は、こういう人が多いし、本音と建て前を巧妙に使い分けることが多い。欧米において夫婦別姓を導入しても、家庭崩壊なんて起きていないし、かえって夫婦の絆が深まっているという情報を聞いても、それは日本には当てはまらないと主張して譲らないのである。実に困ったものである。

 

 夫婦別姓を認めない国は、先進国では皆無であり、世界の中でも日本くらいのものである。男女平等の指数が日本は極端に低い。男尊女卑の考え方が強いし、女性蔑視のジェンダーが根強く残っている。家という観念に強く捉われていて、家族制度に縛られている男性が、配偶者を家に縛り付け自分の思うままにコントロールしがちだ。その為にこそ、夫婦同姓が必要なのだ。夫婦別姓になってしまうと、自分の元から妻が離れてしまうのではないか、自分の支配から逃れてしまうのではという不安から、夫婦別姓に反対しているのであろう。

 

 TBSで『リコカツ』というドラマが放映されていた。永山瑛太が演じる現役自衛官が北川景子演じる女性と電撃結婚して、すぐに離婚をしてしまうという筋書きの物語である。永山瑛太の父親も元自衛官で、男性中心の家庭しか考えられない古臭い親父で、家系や家訓に拘る男性である。そして、この父親もまた妻から愛想を尽かされてしまい、独りぼっちになってしまう。日本の古い家族制度に甘んじてしまい、自分の妻や子に対する配慮や思いやりを忘れた父親(夫)は、家庭崩壊を生み出すということである。自分の独善的な生き方の間違いに気付き、生き方をドラスティックに変えた父子は、やがて伴侶から惚れ直される。

 

 夫婦同姓という古い家族制度に胡坐をかいて、本来の人間として家族への優しさや思いやりを欠いてしまうと、その家庭は崩壊してしまう。夫婦別姓であれば、家に縛られないからこそ、配偶者や子どもたちから尊敬される夫であり父親でありたいと強く願い、魅力あふれる自分でありたいと、自分磨きをして成長するために精進するに違いない。家族の絆を強くしたい、夫婦の絆を太くしたいと願い、個別最適を志向せず全体最適を目指す筈だ。だからこそ、夫婦同姓でなくて夫婦別姓を世界中の人間は選択しているのである。そんな当たり前のことを解らず、夫婦同姓に拘っている日本は、世界中から笑いものになっているのだ。

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