面倒くさいと言うのが大嫌い

ああ、面倒くさいなあと、誰でも思うことがあるに違いない。もう少し努力する余地はあったとしても、忙しさや困難さに心が挫けてしまい、まあこれぐらいでいいかと面倒くさいことから逃げてしまうことはよくあることだ。面倒くさいというのが口癖になっている人もいる。ところが、面倒くさいと言わないことを人生のモットーにしている人がいる。その人とは、森のイスキアという施設で多くの人々を救った佐藤初女さんである。2016年2月に亡くなられたので、もう実際に会うことは出来ないが、まだ多くのファンを持つ。

佐藤初女さんは、青森県弘前市の岩木山のふもとで、心身を病んでしまわれた方々を森のイスキアという宿泊施設に迎え入れて、黙って話を聞いて共感すると共に、心尽くしの食事を提供してきた。その食事はご馳走などではなくて、ごく普通の田舎料理である。その食事を作る際に、けっして手抜きをすることはなかった。食材を選ぶ時も、切ったり皮をむいたり、さらには煮たり焼いたりする際にも、妥協をすることはなかったという。だから、面倒くさいと言わないことが佐藤初女さんのポリシーだったのである。

何故、面倒くさいと言わないかというと、その料理を食べる人が喜んでいる顔を思い浮かべながら作っているからである。だから、何をするときにも妥協を許さなかったのである。佐藤初女さんの料理は、食べる人の感動を呼んだのだ。少しでも面倒くさいと思って料理を作ったら、その料理は死んだも同然である。人の心を癒そうとする際に、少しでも面倒だと思い妥協してしまったら、その人の心が癒されることはないだけでなく、自分が見捨てられたと思い心が傷つく。それ故に、佐藤初女さんは面倒くさいと言わなかったのだ。

自分のために何かをする時なら、面倒くさいと思って手抜きするのは許される。誰かの幸福や豊かさに寄与する為に何かの行為をやっている時は、絶対に手抜きは許されないのである。手抜きする気持ちが、その貴重な行為を台無しにしてしまい兼ねないのだ。そのことを誰よりも解っていたからこそ、佐藤初女さんは面倒くさいと言うのが嫌いだと、自分自身を戒めていたのではあるまいか。そんな佐藤初女さんが握ったおむすびだからこそ、人の命を救ったのである。奇跡のおむすびと言われた所以である。

佐藤初女さんは、2016年2月に永眠なさってしまわれた。その後、弘前にある森のイスキアの扉は開かれていない。あれほど多くの悩み苦しんでいる方々を救われていた佐藤初女さんの逝去を悔やんでいらっしゃる方は多いに違いない。今でも、多くのファンが第二第三の佐藤初女さんを望んでいらっしゃるのではないだろうか。私は一度だけ佐藤初女さんにお会いしたことがある。弘前の森のイスキアを尋ねて、お話をさせてもらった。いつかは森のイスキアのような施設を、白河に作るということをお約束してきた。ようやく3年前にその約束を果たせることが出来た。

イスキアの郷しらかわという癒しの施設を作り、イスキアの名前を名乗らせてもらっている。佐藤初女さんのお名前を汚さないように、面倒くさいという言葉を封印して運営させてもらっている。農家民宿の料理を担当しているスタッフも、けっして手抜きせず全身全霊を傾けて料理をしてくれているし、農業体験をサポートしてくれているスタッフも細心の注意を払いながら寄り添ってくれている。自然体験の支援をしたり相談をしたりする私も、面倒くさいという思いを一切捨ててクライアントに向き合っている。

勿論、佐藤初女さんのご活躍には、まだまだ足元にも及ばないことは承知している。だからこそ、少しでも佐藤初女さんに近づこうとして、自分自身を磨き続け進化させたいと思っている。出張ケアをする際には、なるべく初女さんのおむすびを作って手作りのおかずを持参するようにしている。また、レンタルルームを利用してケアする際にも、昼食を用意させてもらっている。それらのおむすびや料理を作る際には、けっして面倒くさいとは言わず、あらん限り心を込めて調理させてもらっている。面倒くさいということが嫌いだということが、口癖になるまで精進したいと思っている。

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