コロナで学ぶLOHASな生き方の大切さ

「パチンコ店さえ休業してくれたら、来ないのに!」とのたまうパチンコ客が大勢いる。それは本末転倒である。そもそも、感染の危険が高いパチンコをする人さえいなければ、パチンコ店は営業しないのだ。こんな危険な時期にパチンコに行かないでいられない人は、ギャンブル依存症という病気なのである。精神科を受診することを勧めたい。パチンコは、遊戯ではなくて完全なギャンブルである。公営でしかギャンブルを認めない筈なのに、民営のギャンブルであるパチンコを許可することがそもそも間違いなのだ。

コロナ感染の危険性が高いと言われているのに、バーやキャバレー、スナック、風俗に通う人たちもいる。こういう人たちも、アルコール依存症やセックス依存症かもしれない。カラオケボックスやカラオケ教室、LIVEに行かないといられない人もいるが、これもある意味で依存症とも言える。感染のリスクが高いダンスクラブやスポーツジム、ヨガ教室に行かないと我慢できない人も、問題だろう。これらのギャンブルや接客業、趣味に行けなくてストレスが溜まり、家庭内でDVを働く人がいるらしいが、こういう人間は生きる資格がないと言える。

このコロナ感染症が大流行をしたことで、DV被害やコロナ離婚が起きて、家庭崩壊が起きつつあるという。企業や組織・団体の中では、パワハラやモラハラが横行してしまい、社員どうしの信頼関係が崩壊しつつある処も多いらしい。それぞれの地域内においては、コロナ感染を起こした家族を村八分のように扱う所もあるし、感染症の病院で働く人やその家族を排除する動きも強まっていると聞く。政府や自民党内でも、この未曾有の国難に遭いながら、権力争いに発展しているという。つまり、コミュニティが崩壊しつつあると言えるのだ。

言ってみれば、今まで隠し通してきた、またはないことにしてきた不協和音が一気に爆発を起こしたようなのである。人々のエゴが暴発したというような状況だと言える。このような大変な事態になって、皆が一致団結して協力し合いながら難局を乗り切らなければならないのに、自分の利害や損得を前面に出してしまい、身勝手で自己中心的な行動をするようになったというのは情けない。一方では、ボランティアで高齢者支援活動や献身的に医療活動に携わる人も出ている。全体最適を目指す人と個別最適を優先する人の二極化が起きているのだ。

これは何を意味しているかと言うと、人々の本音や本質が明らかになったということではないだろうか。高潔で素晴らしい価値観を持った人と、低俗で劣悪な価値観を持った人とが、炙り出されてきたとも言えよう。コロナ感染症で重症化する人というのは、持病を持った人だと言われている。高血圧、糖尿病、心肺機能の低下症、喫煙者、アルコール常飲者などが重症化しやすいらしい。すべてが生活習慣病だとは言えないが、自分の悪い生活習慣や生き方が招いたとも言えよう。これも本人の人生哲学が影響していると言えないだろうか。

高齢者や介護施設に入所されている方も重症化して亡くなる方が多い。自分も高齢者であるが、自分が新型コロナ肺炎になったら延命治療は受けたくないと思っている。何故なら、そうなったときは自分の寿命なのだから、無駄な医療費を浪費させたくないからである。今の医療や介護はクォリティオブライフを無視している。ある程度の生活の質を保てなくなったら、または社会に貢献できる体力や気力がなくなったら、延命治療はせずに自然死を望むのが、人間本来の生き方だと心得ている。コロナ肺炎は、まさにノアの箱舟のような気がする。

発症して重症化する人と、感染しても発症せずに抗体ができる人がいる。発症するかどうかは、普段の食生活や生活習慣に関わっていて、LOHASな生き方を普段から心がけている人は発症しにくいのではないだろうか。不健康で自堕落な生き方、つまりはタバコを吸い、ギャンブルに没頭し、アルコールに依存した生活をしている人、またはそんな乱れた生活を過去に続けてきた人が重症化するのではないだろうか。例外はあるとしても、家庭を大切にして、環境に配慮しながら持続可能で健康的な生活をしている人は発症しにくいのではないかと思われる。今回のコロナ感染で、LOHASな生き方を志向する人が増えてほしい。

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