性的暴行に無抵抗になる訳

男性から暴力を伴う性行為を、女性が無理やりに強いられるケースがある。または男性の養育者から、女の子が性的虐待を受けるケースがある。強い立場の者が弱い立場にある者に、こんな人間としてあるまじき卑劣な行為をするというのは、絶対に許されないことである。しかし、裁判とか家裁の聞き取り調査で、実に不思議な証言が加害者と被害者から述べられることが多い。それは、被害者が抵抗しなかったという点である。だから加害者側から、合意のうえだったとか、暗黙の了解だったと主張する根拠にされてしまうのである。

この抵抗できなかったという点で、被害者の女性は法廷の場でセカンドレイプのような気分を味わうし、自分自身を責めてしまうことになる。ましてや、抵抗しなかったことで多大な負い目を持ってしまうし、多くの人々から非難めいた言葉が寄せられて、メンタルを病んでしまうことが多い。そして、深刻なトラウマやPTSDを持つことも多い。また、養育者から性的虐待を受けた子どももまた、深刻なメンタルの傷を負ってしまう。どうして抵抗しなかったのかという後悔の念を、大人になってからも持ち続けることだろう。

実は、これは抵抗しなかったのではなくて、身体が勝手に反応してしまい、抵抗できなかったというべきなのである。しかも、自分の生命を守るために、迷走神経系統が勝手に反応して、止むを得ずに起きた正しい反応なのである。どうしてかというと、それはポリヴェーガル理論で説明できる。ポリヴェーガルというのは、日本語では多重迷走神経と訳される。自律神経というのは、現代医学においては今まで交感神経と副交感神経の二つで、身体のバランスを取っていたと見られていた。しかし、副交感神経には二つの迷走神経があることが判明したのである。

副交感神経を支える迷走神経に、実は二つの迷走神経回路が存在することを、ステファン・W・ポージェス博士が世界で初めて明らかにした。そして、この二つの迷走神経のうち、背側迷走神経が進化上初めに出来た神経経路で、その後に新しく腹側迷走神経が出来たとみられる。したがって、交感神経と副交感神経だけで身体の健康や体調を調整している訳ではないということである。つまり、交感神経と二つの迷走神経の合計三つの神経経路が、身体と心のバランスを制御しているのである。これは画期的な発見であり、今までの医学界の定説を覆したと言える。

今までは、哺乳動物が命を脅かされるような事態が起きた時には、交感神経が闘争/逃走の二者選択をして生命を守る行動をすると思われていた。ところが、逃げるのも出来ず闘うことも出来ない状況に追い込まれた小動物は、背側迷走神経が働いて、不動化・固まるというような防衛行動を取ることが知られている。この背側迷走神経がやっかいな存在で、人間の場合は不動化・シャットダウンだけでなく、精神的な解離や失神状態にさせるのである。本来は、新しく発達した腹側迷走神経を働かせて、安全だと認識できたら古い背側迷走神経が働くまでは行かないのだが、レイプされるという恐怖感がシャットダウンをさせるのだ。

被害を受けた女性は性的暴行や虐待をされるという恐怖感があり、そして自分よりも強大な敵で、逃走も闘争もかなわないというので、背側迷走神経を動かすスイッチが入ってしまい、身体が動かなくなったり心が固まったりして、反抗することが出来なくなったとみるべきだろう。もし対抗したら相手を怒らせて、命までなくす危険もあったのだから、正しい防衛反応をしたと言える。性的暴行を受けた時に、抵抗しなかったのではなく、迷走神経が働いて防衛反応を無意識に起こしたのであり、被害者は自分を責めたり否定したりする必要はない。抵抗の出来ないか弱き女性を、思うままに凌辱した男性が卑怯なのである。

性的暴行を受けた被害者で、シャットダウンを起こしてしまった女性はその後、新しく進化した腹側迷走神経を働かせることが出来なくなる。そうなると、トラウマやPTSDを克服できないばかりか、正常な社会生活や社会的交流が出来なくなり、メンタル障害を背負うことが多い。ましてや、その後に異性と付き合えなくなるとか、セックスが出来なくなったり性的快感を得なくなったりする。だから、性的暴力は被害者の人生そのものを狂わせてしまうものなので、死刑に値する重罪なのである。ただ、ポリヴェーガル理論を用いた適切なアプローチをすれば、シャットダウン状態から救い出せるということを最後に付け加えたい。

※イスキアの郷しらかわでは、過去に性的暴行を受けて現在もメンタルを病んでいるとか、トラウマを抱えて生きづらいという方に、何故克服できないのかをポリヴェーガル理論を駆使して説明します。と共に、迷走神経によるシャットダウン状態から抜け出すための音楽療法やボディーワークを詳しく丁寧に説明します。

“性的暴行に無抵抗になる訳” への2件の返信

  1. この話、なる程!と感心してしまいます。
    少し例えが、的外れだったらスミマセン。
    実は、「狸寝入り」もタヌキが身を守る為の行動だと言われています。
    タヌキを大声で脅すと、タヌキは失神してしまいますが、暫くすると何事も無かったかの様に歩き出して逃げてゆきます。
    この行動はご存じだと思いますが、妙にこの行動と似ていると思ったものですから、投稿しました。

    1. 穂積栄治さま、まったくその通りです。狸寝入りもまったく迷走神経が起こした防衛反応です。爬虫類が敵に出会うと微動だにせず固まるのも同じことです。大型肉食動物は、動いている動物しか襲いませんし食べません。何故ならば、死んだ動物の肉を食べると腐敗していて食中毒を起こす危険性があるからです。哺乳類の小動物は、強大な敵に出会うと『死んだふり』をして自分の命を守るということを、迷走神経が防衛反応として行うのです。
      最近、道路上に車に轢かれた狸の死骸が目につきますが、あれも逃げられずに轢かれてしまったのですが、びっくりして逃げられず狸寝入り(シャットダウン)をしてしまい、轢かれてしまうのでしょう。人間も、レイプだけでなくて、あまりにも乗り越えられないような過大なストレスによって、いろんな場面でシャットダウンして固まります。動物は固まっても(不動化)、自分の力で身震いして動き始めるのですが、人間は一度シャットダウンすると、自分の力ではどうしようもなくて、固まったままになります。これで、心身の異常になってしまうのです。感情が動かなくなってメンタル疾患になるとか、血行障害やリンパ障害などによって腰痛・肩痛・頭痛や心臓病・糖尿病・高血圧などになります。

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