悲劇のヒロインから抜け出す為に

幸福な人生を歩もうと思いながら、どうしても不幸な生き方になってしまう人がいる。自分で不幸を望んでいる訳ではない。それなのに、何故か不幸を招いてしまう人がいるのだ。そういう人は圧倒的に女性が多い。つまり、悲劇のヒロイン役を演じてしまう女性が多いのである。しかも、高学歴で教養も高く聡明な女性ほど、自分の人生は不幸だと思っているケースが多い。人生における最良のパートナーにも恵まれず、持っている才能を発揮することも出来ずに、職場でも不遇なことが多いというのは実に不思議である。

悲劇のヒロイン役を自ら望んで演じたいと思う女性なんている訳がない。誰だって、幸福な人生を歩みたい。それなのに、大切な人生の岐路で選択を間違ってしまい、悲劇の主人公のような人生を引き寄せてしまうのである。一方、いつも幸福なヒロイン役を演じ続けている女性がいる。人生の岐路に立った時に、迷わずに自信を持って選んだ道を進み、幸福な人生を歩み続ける。例え一時的には不幸な目に遭っても、それを自分の試練だと思い、けっしてひるまず逃げずに乗り越えて、結果として幸福な人生を引き寄せてしまうのである。

悲劇のヒロインになるのか、それとも幸福なヒロイン役を演じるかのその違いはなんであろうか。運が良い悪いかの単純なものではない筈である。悲劇のヒロインになることを、生まれついた時から決められているなんてことはけっしてない。幸運な人生を歩むのか、それとも不運な人生を歩むのかは、その人の生き方によって決まると言ってよいだろう。幸福になるかどうかは、すべて運命で定められているとすれば、努力しても無駄だということだ。しかし、幸福な人生を歩んでいる人は、自ら幸福を引き寄せる生き方をしているとしか思えないのである。

松下幸之助氏は、入社試験の面接時に必ずこんな質問を受験者にしたという。「あなたは自分の人生を恵まれていると思うか」と問うた。「恵まれた人生です」と答えた人は採用し、「恵まれていません」と答えた人は、けっして採用しなかったと言う。何故、松下幸之助はそんな質問をしたかというと、幸運だと思う人というのはそうなるように努力しているし、不幸だと思う人はその状態に甘んじていると見たらしい。また、恵まれているという人は、自分が周りの人々に尽くしているから、多くの人に好かれて支えられ、いざという時に周りから助けられるのだと説いていた。

悲劇のヒロイン役を演じている人を見ていると、まさしくそんな人生を引き寄せているとしか思えない。悲劇のヒロイン役を自ら演じていることで、安心しているように見えるのである。そんな馬鹿なことはない、自ら進んで悲劇のヒロイン役を演じる訳がないと反論するかもしれないが、自分が不幸であることに満足しているのである。いつも自分が不幸になるかもしれないという不安や恐怖感に支配されていて、幸福である状態にいると逆に不安になる。だから、いつも不幸になることを予想してしまう。それが不幸を現実化させてしまうのだ。

人間の脳というのは、不思議な働きをしてしまう。オキシトシンホルモンという安心ホルモンの分泌が少ない人は、いつも不安感に支配されている。そうすると、自分は皆から嫌われてしまうのではないか、攻撃を受けてしまうのではないか、不幸になってしまうのではないかという恐怖感で心がいっぱいになる。こういう不安や恐怖感が強いと、無意識下の脳は思わず不幸な人生になる言動をさせてしまうのである。または、不幸になってしまうという不安から、あまりにも自分の幸福を願う為に、他人の幸福に寄与することを忘れてしまうのだ。そうすると、周りの人々から嫌われてしまい、支えられず応援されず孤立するのである。

このオキシトシンホルモンの分泌が少ない人というのは、親やパートナーとの正常な愛着が結ばれていない人である。愛着障害を抱える人は、どうしてもオキシトシンホルモンが不足しがちになる。不安定で傷ついた愛着を抱えている人は、悲劇のヒロイン役を演じる傾向が強い。いつも悲劇のヒロイン役を演じてしまう人は、愛着障害を疑ってみるほうがよい。悲劇のヒロイン役を演じないようにするには、愛着障害を癒すしかない。適切な愛着アプローチを受けることで、見事に悲劇のヒロインから脱却することが可能になるに違いない。

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