ポストアベノミクスはイノベーションで

アベノミクスという経済及び金融政策は既に理論破綻しているということは、皮肉なことに勤労統計の偽装によって実証されてしまった。実質賃金が低下していることが判明して、政府が主張していたトリクルダウンはまったく起きなかったことが図らずも証明されてしまった形である。それでは、アベノミクスからどのような経済政策に舵切りをすればよいかというと、御用学者たちはまったくアイデアが出せないでいる。何故かと言うと、経済政策、金融政策、そして労働政策が大企業中心に実施されているからである。

政府の経済政策は、あくまでも大企業が輸出を伸ばして利益を上げて工場増設や設備投資をすることで景気回復するというシナリオに固執している。頭のお堅い政府関係者やキャリア官僚は、低賃金で低コストの労働政策、さらには円安のための金融政策を取れば、国際競争力が高まって大企業が儲かり、下請けの中小企業もその恩恵を受ける筈だと思い込んでいるのである。ところが、実体経済はどうかというと、非正規の低賃金労働者が増えて所得格差が生まれ、消費支出が伸び悩んで景気は低迷し、庶民の暮らしは益々苦しくなり、不景気のスパイラル状態になっているのである。

それではアベノミクスからどのような経済政策に転換すればよいかというと、実に簡単なことであり、国民ファーストの経済対策をすればよいのだ。まずは、最低賃金を毎年5%ずつ上昇させればよい。そうすれば、5年もすれば28%賃金が上昇する。と同時に非正規雇用から正規雇用への労働政策を推し進める。そのうえで、所得税や地方税の累進課税比率を見直して、高所得者への課税強化を実施する。そうすると、賃金格差が減少して、中間所得層が増えて一般消費支出が驚くほど伸びることになる。所得税の累進課税を強化すると、高額の役員報酬や給料に出すよりも、設備改新や新商品開発に投資するだろう。

そんなことをしたら、企業が倒産してしまい、不景気になって失業者が増えることになると思う経営者が多いことだろう。そんな無能な経営者は、経済界から退出してもらうほうがよい。労働コストが上がったら、働き方改革やワークシェアーをするのは勿論、労働生産性を高める工夫が必要になる。さらには、真のイノベーションの実行やAIを活用した事務処理と生産工程を推進しないと生き残れなくなる。また、コモデティ化に飲み込まれないように、より付加価値の高く追随を許さない高技術の製品開発に取り組まざるを得なくなる。つまり、経営者は自らが抜本的な経営改革や意識改革をすることになるのだ。

1960年に当時の池田勇人首相が所得倍増計画を打ち出した。10年間で国民の給料を倍にするという、当時の経済常識からすると荒唐無稽のような経済政策であった。ところが僅か4年で所得は倍増し、10年後には所得は4倍になったのである。高コストになり輸出は減少したかというとそうではなく、驚くほど生産性が伸びて国際競争力は落ちず、輸出が伸びて国民生活は潤ったのである。経済格差もびっくりするほど改善して、失業者や貧困者は激減した。池田勇人が取った経済政策は、現代には当てはまらないとする経済学者が多いが、そんなことはない。賃金を上昇させることで、一般消費支出は伸びて、景気回復は実現するに違いない。結果として、企業は収益を高めることになる。

人件費コストが増大すると、企業の収益は一時的に落ちるのは間違いない事実である。経営者たちは、それが持ちこたえられないと、最低賃金のアップは認めたがらない。しかし、イノベーションを実行すれば、賃金コストを吸収してなお収益が確保できるのである。イノベーションなんて中小企業では無理だと最初から諦めている経営者が多く存在する。それは、イノベーションというものに対する誤解である。イノベーションが日本に紹介された際に、『技術革新』と誤訳されてしまった。それによる完全な勘違いでしかない。

かの著名な経済学者シュンペーターが唱えたイノベーションとは、単なる技術革新などではなくて、抜本的経営革新のことである。それには、勿論技術革新も含まれるが、ごく一部である。シュンペーターが説いていたのはneue Kombination(新結合)こそが、イノベーションにとって重要だということである。つまり、異質な価値どうしを統合させて、新たな大きい価値を生み出すという意味であり、それによって新たな顧客を創造するのが真のイノベーションである。端的に言うと、統合による新しい価値と顧客を創造することこそが、イノベーションなのである。それには、社員全員の意識改革も必要である。そうすれば、過度の競争にさらされることなく、収益性も確保されて、企業の発展と存続が可能になるであろう。

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