縄文人と量子力学的暮らし

縄文ブームがやってきているらしい。特に若い女性が縄文時代の土偶や土器にはまり、縄文女子と呼ばれているという。何故、そんなに縄文時代のことが好きになったかというと、土偶がとても可愛いということから始まったらしい。あの縄文時代の土偶が愛くるしいという。縄文時代の土偶は、女性がモデルであったと思われる。胸やお尻などの造りは、明らかに女性の特徴を備えている。遮光器土偶がチャーミングだというのだから、若い女性は、イマジネーション力が豊かで美的感覚が優れているのかもしれない。おじさんたちは、そのような美的感覚が鈍いのであろう。

若い女性たちは、土偶や土器の素晴らしいデザインに惚れて眺めているうちに、縄文人の遺跡や巨石文化にも興味が及んで、それらを訪ね歩いているという。さらには、縄文人の暮らしぶりにも共感しているらしい。縄文人の生活が、豊かな自然を大切にしていて、自然の恵みを上手に利用していたことを知って、彼女たちのLOHASを目指す生き方にリンクしたと思われる。縄文人のサステナブルな生き方が、自分たちの自然派の生き方と同じだとからと共感したのであろう。

縄文人の生き方に共感したのは、若い女性だけではない。縄文人の暮らし方というのか生き方そのものが、実に自然の摂理にかなっていることを知った科学者や知識人の間で注目されたのである。特に、最先端の複雑系科学を研究している科学者にとっては、縄文人の生き方や価値観がとても魅力的に映ったらしい。量子力学やシステム論で科学的に証明された、実にシンプルでしかも人間として正しく理にかなった生き方を、今から10,000年以上前に実践していたというのだから驚きである。縄文人の生き方に憧れるのは当然である。

縄文人ほど量子力学の理論に添った生き方をした人類は、世界中探しても他にいない。なにしろ争いのない平和な暮らしが、13,000年間近くも続いたというのだから驚きである。縄文人の遺骨を調査すると、傷付いた骨が見つからないらしい。他の古代人の骨は何らかの刃物による傷や外部からの打撃による骨折が見つかるのであるが、縄文人の骨にはそういった痕跡が殆どないらしい。ということは、縄文人どうしの争いがなかったという証拠になる。また、脳性小児麻痺による障害があった成人女性の骨も見つかった。ということは、誰かの支えなくしては生活できない障害のあった彼女が成人まで生きられたのは、高福祉社会であったということである。

このように縄文時代は平和で高福祉の社会であり、お互いが支え合うという理想的なコミュニティであったと想像できる。それは、お互いの関係性が非常に良好であり、人々は全体最適(全体幸福)を目指して生きていたからであろう。この生き方は、まさに量子力学の世界であるところの、全体最適と関係性重視を基本理念としたものに他ならない。縄文人は、まさに人間として理想とする生き方をしていたと言える。だから、平和で争いのない、しかも自然の摂理に従った暮らし方が出来たのであろう。

縄文人は、自然科学の知識もないし社会科学の観念もなかったにも関わらず、人間として理想的なLOHAS的暮らしを実践していたと思われる。防災のための知識や技術もなかったので、嵐や水害など自然の猛威にさらされていた。当然、川の堤防やダムを造る知識・技術もなかった。しかし、度々水害や渇水が起きるのは日本特有の急峻な地形と樹木不足にあると見抜いていた節がある。だから、せっせと山に植林した。それも自然のダムとしての機能を持つ広葉樹の森を作ることを目指したらしい。自分たちには何の恩恵もないのに、500年後の子孫の為に植林したのだから、素晴らしい価値観である。

縄文人の暮らし方と価値観と比較すると、現代人はあまりにも自己中心的であり、関係性が希薄化していると言わざるを得ない。現代のコミュニティが崩壊していると言われるのも、関係性が劣悪化しているからに他ならない。家族・地域・職場というコミュニティが崩壊していて、ひきこもり、不登校、休職者などの問題が起きている。自分さえ良ければいいという困った価値観が人々の間に蔓延し、お互いに支え合うコミュニティがなくなっている。こんな時代だからこそ、縄文人の生き方を見習いたいと強く思う。それも、科学的に正しいと実証されている量子力学的な暮らし方・ライフスタイルである縄文の暮らしを実践したいものである。

 

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