新幹線内無差別殺傷事件に思うこと

またもや新幹線内で悲惨な事件が起こされた。犠牲になられた方とご家族に謹んでお悔やみを申し上げたい。それにしても、治安の良い日本の、それも新幹線という誰でもが利用する安全な乗り物の中でこんな凶行事件を起こすなんて信じられないし許せないことである。多くのマスメディアは、こういう凶行事件が起きる度に、なお一層の安全対策を求める声を大にして訴える。しかし、誰でも何時でも制限なく乗れる公共交通機関においては、このような凶悪事件が起きることを防止するのは基本的に難しいのが現状だ。自分で自分の身を守るしかないのであろうか。

こういう無差別凶悪事件が起きる度に、殆どのマスメディアは安全対策が不十分だからこんな事件が起きるという論調になる。そして、犯人がいかに凶悪で特別な人間であり、こんな人間は絶対に許せないと主張する。そして、マスメディアはどうしてこんな凶悪な犯人が生まれたのかという分析をして、親の養育に問題があったと結論付けてしまうことが多い。このような人間を生み出してしまったバックグラウンドや社会の歪みや闇までも明らかにして行こうという意思は感じられない。本当の再発対策は、こういう人間を生み出さない社会を創ることではないかと思うのだが、そこまで到達しないのが不思議である。

犯人の素顔や養育環境が、少しずつ明らかになってきている。子どもの頃に不登校になり、やがて引きこもりの状態になっていたという。世の中に非常に多いパターンである。そして、両親の手を離れ祖母の家に居候していた事実が明かされている。とても育てにくい子どもで親と仲違いしていたので、祖母に養育を任せていたという。父親のインタビューの返答がすごい内容である。こんな事件を起こした原因と責任は、あくまでも本人にあり、どのようにして償うかは本人次第だと言っていた。こんなにも子どもに対して冷たい親が存在するなんてびっくりである。

確かに、成人したらすべて自己責任である。だとしても、いつまで経っても親子の関係は断ち切れない。どんなに年齢を重ねても、我が子を思う親の愛情はある筈である。それなのに、この犯人の父親には我が子を思う情愛がまったく感じられないのである。今まで、いろんな無差別凶悪事件の犯人像を見てきたが、やはり父親の愛情が希薄であったように思う。どんなに厳しい子育てであっても、その根底に愛があれば良い。しかし、愛情の欠落した躾は、子どもに悪影響しか与えない。

父親のインタビューでさらに驚くことが語られていた。子どもは家庭内暴力を奮っていたらしいが、父親自身も子どもを虐待していたと認めていたのである。暴力は連鎖するし、世代間にまたがって伝わっていく。この若者が無差別な存在にまで暴力を奮うようになったのは、暴力の連鎖によるものであろう。そして、この父親だけにその責任を押し付けるのは、筋違いとも言えよう。この父親だって、その祖先からもまた愛情をかけられなかったに違いない。愛情を持って育てられた経験のない親は、子どもを心から愛せない。

このような家庭は、今非常に多い。このような親子・兄弟の関係性が破綻した家族を機能不全家族と呼んでいる。そして、この機能不全家族を生み出した張本人は、我々であると言っても過言ではない。つまり、今回引き起こされた無差別殺傷事件の根本原因は、この歪みのある社会を構成する我々にあるのだ。この犯人の両親も、そしてその親もまた機能不全家庭で育った可能性が非常に高い。犯人の祖母のインタビューを聞いていても、やはり孫に対する愛情が感じられない。こういう機能不全家族を生み出したのは、間違った教育を続けてしまったこの社会にある。

子どもを愛せない、または子どもの愛し方が解らないという親が増加している。それは基本的に、社会教育と家庭教育が機能していないという証左でもある。しかし、そればかりが原因ではない。添加物過剰の食事などにも原因があるし、農薬や化学肥料を過剰使用した農産物にも原因がある。また、必要以外のワクチン使用や抗生物質などの乱用、または薬物の過剰使用にも原因があると言われている。これらによって腸内環境の悪化が起きて、脳内ホルモンの異常を生み、セロトニン、オキシトシン、ノルアドレナリンなどの分泌不足が起きて、親の愛情不足を生み出しているとも言えよう。このような社会の歪みや闇を放置した我々にも責任がある。二度とこのような無差別凶悪事件が起きないように、我々自身が社会変革に乗り出したいものである。

 

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