人民裁判の危険(韓国五輪パシュート置き去り)

オリンピックのパシュート種目で、韓国のチームが一人だけ置き去りにしてゴールした問題で揺れている。大統領府まで巻き込んだこの事件は、韓国全土で大問題になっていて、いまだに収まる気配を見せない。このパシュート置き去り事件で注目されるのは、韓国民のその国民性であろう。韓国においては、朝鮮王朝の時代から民意を重視する風潮がある。インターネットの発達している韓国では、ネット上での民意が行政や政治だけでなく、司法を動かすケースもあるみたいである。まるで人民裁判の様相を呈している。

韓流ドラマを見ていると、国民が王宮に大勢押し寄せて、大きな声で直接訴えるようなシーンが放映されている。そして、その訴えを無視できずに王政が揺れ動くケースがある。韓国という国が、いかに世論に対して神経質だったかということであろう。そこに、現代ではネットという武器が加わってしまったのだから強烈である。朴槿恵元大統領がネットやマスメディアに連日批判されて、ついには弾劾裁判にまで追い込まれた例は、記憶に新しい。文在寅大統領が世論に配慮し過ぎて、外交の基本原則までも無視せざるを得ないというのは、実に滑稽でもある。

さて、このような人民裁判のような前近代的野蛮な行為をしているのは韓国だけかと思ったら、日本でも同じような行為をしていることに気付いてしまった。元東京都知事の枡添氏は、多くのマスメディアから集中砲火を浴び、さらにはネット上での非難も加わり、辞任に追い込まれた。こういうマスメディアの非難が先行して過激化し、ネット上での非難がそれを後追いして炎上し、辞めていった政治家が何人もいる。それだけではない、不倫報道とそれに連なるネット非難で活躍の場を奪われた芸能人や政治家が多数存在する。

確かに社会的かつ倫理的には悪いことをしたのだから、それを許せないと言う気持ちは解る。しかし、あの非難の嵐は尋常ではないと感じるのは私だけではあるまい。寄ってたかって糾弾する様は、まさに吊るし上げの状況である。高々不倫なのにというと、ネットで炎上しかねないが、所詮私事であり秘め事である。倫理上は問題があるが違法行為ではないのに、あれほどマスメディアやネットが騒ぐこと自体が異常である。これも人民裁判のようだと言っても過言ではないだろう。

さて、日本国民はどうしてこんなにも、人民裁判的な批判をしたがるのであろうか。その根本要因は、おそらく近代教育の欠陥にあるに違いない。明治維新の際に、富国強兵の為に西欧の近代教育制度を導入した。大久保利通が中心となり伊藤博文や山縣有朋を巻き込んで制定した制度である。この近代教育制度導入に猛反対をしたのが、西郷隆盛である。伝統的な武士道精神の教育を無くしたら、日本が滅んでしまうと猛烈に反対したのである。ところが大久保らは、西郷が視察で不在の間に近代教育を勝手に導入してしまったのである。これが、今の日本を駄目にした根本原因と言えよう。

この近代教育の欠陥は、実に深刻である。西洋から導入した近代教育は、客観的合理性と要素還元主義を重視するものである。この客観的合理性と要素還元主義が、現代における重大な問題を引き起こしていると言えよう。相手をあまりにも批判的に見る人間を生み出し、身勝手で自己中心的な人間を育成してしまうことと、問題を細分化してしまい全体が見えなくなり、故に全体最適を忘れてしまい個別最適を志向してしまう誤謬を起こしてしまうのである。これが、学校や職場における無意識のいじめを助長し、不登校・ひきこもり・休職・メンタル障害などを引き起こしていると言えよう。

学校や職場、または家庭での関係性を悪化させている原因を作っているのも、この近代教育制度である。西欧ではいち早くこの近代教育制度の欠陥に気付き修正したのだが、日本や韓国では欠陥に気付かなかったのである。だから、批判的な人間ばかりを生み出して、人民裁判が好きな風潮を作り出したと言えよう。この近代教育の厄介な点は、優秀な人間ほどこの影響を受けやすい点である。つまり、高学歴で地位の高い者ほど批判的で冷たいのである。だから、マスメディアやTV局などで働く者とコメンテーター達は、他に対して共感的になれず批判的なのである。韓国のマスメディアも同じで、五輪代表の選手を批判しているのも高学歴の者たちである。日本のキャリア官僚や政治家も同じく高学歴なのである。西欧と同じように、近代教育の欠陥を是正しないと、日本の諸問題は解決しないであろう。一刻も早い近代教育制度の改革と国民の意識改革が望まれるのである。

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