知識教育から智慧の教育へ

日本の高等教育を見直そうという機運が盛り上がっている。今までは、知識偏重の教育であったが、それでは主体性や創造性といった、社会に貢献するうえで必須な能力が育たないからだという。今更そんなことを気付いたのかい、と呆れる一方であるが、どんなふうに教育を変えていくのか、お手並み拝見といきたい。明治維新以降、欧米の列強に負けじと、それまで綿々と続いてきた智慧の教育を切り捨ててしまい、近代教育を導入して、富国強兵の為に必要な知識や技能を修得する教育を始めたのである。そして、その傾向は、戦後に益々強くなり、人間として最も大切な思想哲学さえも切り捨ててしまったのである。それなのに、どのような手法で、知識から智慧の教育を展開しようとするのか、今の文科省のキャリア官僚が主導してそれを行なうならば、非常に難しいだろうと言わざるを得ない。

何故ならば、文科省のキャリア官僚を含めた行政マンたちが、今までの教育の間違いにまったく気付いていないからである。さらに、自分たちも近代教育を受けてきた当の本人であるし、高等教育までも受けているから、知識偏重の教育こそが必要だと信じて疑わないからである。ましてや、今の教育制度における過度の競争を勝ち抜いてきたのがキャリア官僚なのだから、知識を沢山身につけた者が勝ち組だという固定観念に捉われているのは間違いない。それをいまさら知識偏重教育を否定して、主体性や創造性を身につける教育をしようとしても、どうしていいのか解らないのは当然である。自分でも主体性や創造性を持ち得てないのだから、それを教育する手段なんて思いつかないのは当然である。

そもそも「ゆとり教育」として数年前に掲げた教育方針が間違っていたからと、以前の詰め込み教育に逆戻りしてしまったばかりなのである。あのゆとり教育が何故失敗したのか、本当の理由を知ろうともせず、ただ単に教育水準が低下したからという理由だけで、方針をいとも簡単に変更したのである。文科省のお役人たちが、知識教育から智慧の教育に変更するやり方を考え出せるとは思えないのである。さらに、こういう知識教育から智慧の教育にシフトする方法を、文科省のお役人だけでは考えられないから、外部の教育制度審議会に諮るだろうと思われる。その審議会委員のメンバーもまた、大学教授とか青少年教育の専門家であり、近代教育の弊害をまともに引き受けてきた人たちなのである。やはり、主体性や自発性を持たない人なのだから、それらを身につける方法などを、考え出せるとは到底思えないのである。

それでは何故、近代教育というものが主体性・自発性・責任性・創造性を育てることが出来なかったのであろうか。江戸時代以前の庶民や武士たちは、主体性・自発性・創造性を豊かに発揮していた。ところが、明治以降近代教育の制度を取り入れてから、知識偏重の教育になったせいもあり、主体性・自発性を発揮できる人間を育てることが出来なくなってしまったのである。ましてや、近代教育は要素還元主義が基本である。つまり、物事や事象を、一つ一つの要素に細分化して考えるという手法を取り入れたのである。当然、全体を見るということを観点がなくなったし、物事や事象を細かく分析して、客観性を持って批評的・批判的に観察するということしか出来なくなったのである。学校教育において、徹底して客観的なものの観方を叩き込まれたのだから、主体性を持てないのは当然である。

だから、近代教育、とりわけ優秀な高等教育を受けた人ほど、客観的合理性を持つ人間になってしまったのである。この客観的合理性というのが、実に困った人間を創り出す。批判的に観るという癖がついた人間は、主体性や自発性を発揮できないばかりか、身勝手で冷たく、相手の気持ちに共感できなくなり、相手の気持ちになりきって物事を考えることが出来なくなってしまうのである。智慧というのは、客観的合理性の教育では身につかない。客観的合理性、要素還元主義の教育というのは、言い換えると自我人格を育てる教育である。自己を育てるという教育をして来なかったツケが、今ふりかかってしまい、主体性や創造性を発揮出来ない若者を大量に生み出してしまったのである。

客観的合理性の教育が不必要だと言うつもりはないが、あまりにも知識偏向の教育にシフトするのは危険である。文科省は、哲学や思想などの価値観教育は高等教育では不要であり、国立大学では理工系の教育に主力を置こうとしている。国益を向上するには、智慧の教育よりも知識の教育が必要だと主張しているのである。しかし、主体性や創造性を育てる教育、人間教育としての思想哲学教育とも言える、自己を育てる教育こそが、今必要とされているのである。正しい価値観を身に付ける教育こそが、智慧の教育である。様々な教育問題が起きている今こそ、知識偏向の教育から智慧を育てる教育に変える時期に来ているのだと確信している。

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