システム思考という語句を聞いたことがあるだろうか。哲学というか社会科学の用語であり、日本人にはあまり馴染みのない言葉かもしれない。システム思考の第一人者と言えば、MIT(マサチューセッツ工科大学)の上級講師であるペーター・センゲ氏であろう。米国のビジネスマンや経営者、そして多くの科学者に多大な影響を与えている研究者である。この世の中は、特定のシステムによって動いているし、そのシステムに則ったビジネスモデルならすべてが上手く行くが、このシステムに反する経営をして行けば破綻すると主張している。
このシステム思考が基本となるのは、ビジネスや経済だけではない。政治・社会・国家・組織・団体・家族を初めとしたすべての世界において、システム思考は有効である。それだけではない、宇宙の仕組みもまたシステム思考であるし、すべての物体や生き物はすべてシステム思考を基本に存在している。この学術理論は驚くことに、今から2500年前から唱えられているのである。世界で最初にシステム思考を人々に説いたのは、ゴータマシッタールーダブッダという人物だ。つまり、お釈迦様である。仏教の神髄は、システム思考なのである。当時、システム思考とは呼んでいなかったが、考え方はまるでシステム思考なのである。
さらに、驚くことに日本の江戸時代はこのシステム思考がごく普通に機能していたのである。システム思考とは、全体最適を目指すものであり、全体を構成するそれぞれの要素は、関係性によって成り立っているという理論である。だから、それぞれの構成要素の関係性が劣化したり損なったりすると、全体最適の機能が発揮できなくなる。人間社会においては、それぞれの人間の個別最適を目指してしまうとシステムが機能しないし、人間どうしの関係性が悪くなると、組織は全体最適に向かわなくなり、組織は減滅したり棄損したりすることになる。江戸の町では、100万人もの人々が暮らしていても、感染性の疾病で壊滅的被害もなくて、事故による崩壊や犯罪による悲惨な状況が起きなかったのは、システム思考が機能していたからに他ならない。
全体最適と関係性重視の哲学であるシステム思考は、すべての組織・コミュニティに必要な理論・価値観でもある。東芝が経営的に行き詰ったのは、システム思考を忘れて、各部門や関連会社とその役員がそれぞれ『個別最適』を求め過ぎた結果である。そして、社員どうし部門どうしの関係性が悪かった為に、経営危機を起こしたとも言える。シャープの経営危機や富士通の経営悪化も、システム思考を無視した経営にあったと言っても過言ではない。また、フランスのパリや英国のロンドンで、ペストやコレラで壊滅的な人口減に陥ったのは、システム思考を生かした都市計画がなされなかったからである。
国家組織や地方行政組織においても、システム思考を無視した政治や行政が行われるケースがある。そうすると、様々な問題が発生する。ひどい場合は、財政破綻まで起きる場合もあるし、首長のリコールや政権交代が起きるケースもある。家族の関係性が劣化・悪化し、全体の幸福を追求せず、それぞれが個別最適を求めてしまうと、家庭崩壊が起きる。または、家庭内別居、離婚、DV、モラハラ、不登校、ひきこもりなどの問題が起きてしまう。学校でいじめや不登校が起きるのも、システム思考に反する価値観が蔓延しているからである。
ブッダが関係性の重要性を縁起律という考え方で示し、衆生救済などの考え方で全体最適の大切さを教えてくれた。このような理論が科学的にも正しいということを、最先端の複雑系科学は証明しつつある。量子力学、宇宙物理学、分子生物学、大脳生理学、脳神経学、非線形数学等を研究すればするほど、システム思考が理論上だけでなく実証科学的にも正しいことを示すのである。ノーベル賞を受賞するような科学者は、おしなべてシステム思考に傾倒する。人間の身体や精神も、全体最適や関係性重視のシステム思考に基づいた生き方をしないと問題を起こす。疾病やメンタル障害、または不幸に見舞われる。この全宇宙システムに存在する生物、植物、鉱物はシステム思考によって存在が許され、そして機能していることを我々人間は忘れてはならない。